うっかりジョニーと缶コーヒー
月も星もない夜。
俺は、事故現場にいた。
海沿いの細い車道の先端にある、危険な急カーブ。三日前、俺はここでバイクのハンドルをうっかり切り損ねて転倒し、後ろに乗っていた恋人のルーシーを死なせてしまった。
ついさっき、誰かがここで手を合わせたようだ。綺麗な花が手向けてある。傍らに火の付いた煙草が添えられている。線香の代わりかな。おや、俺の好きな銘柄だ。
「ジョニー」
その時、背後から声がした。冷たい気配。俺は後ろを振り返る。
「驚いたな。これは夢か」
そこには、死んだはずのルーシーが立っていた。
「ジョニー、会いたかったわ」
ちょっと待て。缶コーヒーを買ってくる。動揺を隠せない俺は、先ずはコーヒーでも飲んで落ち着こうと、近くの自販機の前に立った。しかし体が震えてまともに動かず、買うことが出来ない。
「手間のかかる人。え~と、ジョニーは無糖派だったわね」
「おい、無茶をするな、死者が物を買える筈が……」
俺の心配をよそに、ルーシーは平然と自販機で缶コーヒーを買い、それを煙草の横に添えた。
俺とルーシーは並んで座り、漆黒の海を見ながら話しをした。
「ジョニー。あなたって本当にうっかり者ね」
「すまない。俺がハンドルを切り損ねたばかりに、君を死なせてしまって」
「うふふ。そうじゃない。よく思い出して。あの日、あなたは立ち寄ったドライブインに私を置き去りにした。後部座席にうっかり乗せ忘れて単身で走り出したのよ」
「え?」
「その直後、ここで転倒をして、大事故を起こした」
「どういうこと? 言っている意味がよく分からない」
「まったくもう。うっかりジョニー。死んだのは私じゃない――」
ルーシーはおもむろに缶コーヒーと掴むと、それをコポコポと俺の頭上から流す。
「あなたよ」
黒い液体は、俺のリーゼントを濡らすことなく、真っさかさまに体を貫通して地面に流れて広がった。
「……そっかそっか、俺かあ。これ、俺のお供え物かあ」
自らの死を受け入れた途端、体が昇天を始める。
「うっかり死に損なうところだった。教えてくれてありがとう」
体が軽い。風のようだ。
「どこにも行かないで! もう私を置いて行かないで!」
むせび泣くルーシーが、上昇する俺の左手を掴もうとする。
「俺でよかった。君じゃなくて、本当によかった」
俺は恋人の手をそっと振り払い、重たい雲を突き抜ける。
思い残すことは何もない。
「愛している」
そのひと言を、うっかり言い忘れたこと以外。