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3 遠い遠いところから辿り着いた

 月が赤く染まっている。

 そしてその場も赤く染まっていた。


 赤・赤・赤───

 何もかもが血塗れで、そこらに転がっているのはかつて人間だったものの残骸だ。


 イウリーカ王城で起きた惨劇。

 国王は玉座で震えていた。


 なんだというのだろう。

 内輪だけの楽しい宴を開いていたのに。

 ほんの十数人の宴を開いていたのに、生きているのは自分だけだ。


 そして、国王ダイ・ホープラング・イウリーカは喋る事が出来なかった。この非現実的な光景を見ても叫ぶ事も出来なかった。


 惨劇をもたらした者は、赤の魔女。


 真っ赤な髪が肩でそろえられ、長い前髪が右目を隠していた。左目はやはり真紅。

 色白で華奢な魔女はロズシュタルでは見た事のないような格好をしていた。

 膝上までの長靴、それを止めるガーターベルト、短い丈のスカートに、胸元が露わになりそうな、申し訳程度の布面積しかない胸着。


 ダイは殺されると思った。

 自分の友のように臣下のように、他の誰にも気付かれずに殺されると、そう思っていた。

 だが、女は血に塗れた床に膝を突いたのだ。


「野心ある王に、我が力を御使いいただけますよう、お願いしに参りました」


 その言葉に、ダイは思わず目を見開く。

 ダイの野心は、ダイしか知らぬはず。

 野心など決して見出されぬように卑屈な暗君を貫いてきたのだ。

 悲しい話、イウリーカを守る為には賢君ではなく暗君である必要があったのだ。

 イウリーカは、大国セルヴェカの属国のように扱われている。一応の体裁としては独立国家であるがセルヴェカの監視の下で息を潜めているのが現状だ。


 英邁さを、有能さを、爪の欠片程見せてしまっただけで、恐らく『危険だ』と滅ぼされるだろう小さなイウリーカ。


 力をどれだけ欲した事だろう。

 それも今目の前で女が使ったような有無を言わせぬ力がどれだけ欲しかったか。

 女は音も立てず小指を払うだけで、彼の友と臣下を破裂させた。

 その時飛び散った臓器はまだ温かい。


 ぱちん、と、女が指を鳴らした。

 喉の奥の圧迫が取れた。


「まず最初にセルヴェカを滅ぼしましょう。どれだけの力をお見せすれば、偉大なる王よ。私の力を信じ、私を臣下に加えていただけますか?」

「名は!! 名はなんと言う!?」


 ダイは、恐慌状態に陥りそうになりながらも、辛うじて自分の中に残っていた威厳に縋りついた。ひたすら隠し続けてきたせいか、上手くそれを纏えたか怪しい。けれど、青い瞳は正直に饒舌に魔女を見詰める。


 魔女は赤い唇を器用に持ち上げた。

 その表情は獲物をいたぶる猫のよう。


「エラ・ルセリエル。ラグナノールの魔女にございます」


「ラグナノール……? まさか!! そんな筈がない!! 『水の薔薇』が行く手を遮るはず!!」


 ダイの言葉に魔女は、エラはからからと笑った。


「ただ一人、越えて参りました。欲しい物を得る為に。大体、私がラグナノールのもので無いとすれば、陛下の御前に転がる死体はどうやって出来たのでしょう? ラグナノールの民である証は、私が放った魔法にございます」


 ダイは信じるしかなかった。

 ロズシュタルの民は魔法を持たぬ。

 爆弾を仕掛けられた様子もない。

 それならあれは魔法であり、その魔法を紡いだ魔女はまぎれもなくラグナノールの民なのだ。


 エラ・ルセリエル。そう名乗った魔女。


 恐ろしいとダイは思う。

 そして『ほしい』とも。


「──何故に余の臣下になるを望む?」


 ダイの言葉に、エラは今度は笑わなかった。


「貴血を探しておりました。『大虐殺』の王と王妃の血を引く尊きお方を探して、私は此処に辿り着いたのです」

「あれは……御伽噺ではなかったのか」


 ダイが子供の頃聞かされた伝承。

 エラは貴血だといったが、イウリーカの王家では恥ずべき事だとされている事。忌むべき血。

 信じたくなかったから、美髯を蓄えたダイは、三人の我が子には決してその伝承を聞かせなかった。


「何も恐れる事はないのです、王よ。私が貴方様の槍となり盾となりましょう。ただ貴方様は私を受け入れてくだされば良いのです。セルヴェカをとる事など私と貴方様が力をあわせたならあまりに容易い事。いずれは、イウリーカ国王陛下、貴方に世界を取って頂きます」

「……見返りに何を望むのだ? 何の対価も払わず、力が得られると思うほど、余は愚かではないぞ」


 震える声音で聞いてきたダイに、エラはまた笑った。

 本当に、思ったとおりに動いてくれる。  



「国王陛下がロズシュタルの王になってから……ある物がほしいのです」


 エラは立ち上がると印をきった。

 掌の上で宝石のような物が光放ち、踊る。

 ソレがなんであるか知っていたダイは息を飲んだ。

 ソレこそ御伽噺であるとダイは信じていたし、まさか本当にソレがあるなどとは思いもしなかったけれども。


 妖艶に妖艶に、エラは笑う。


 それでも否やを言う気はダイにはなかった。

 世界の王という名に彼は酔っていたのだ。

 そしてダイはエラを受け入れる。





◆◆◆

 与えられた部屋で、エラは溜息つく。

 ついさっきまで自分の前で必死に怯えを隠していた王。

 ちょろい男だとエラは思った。

 最も、万に一つの間違いもないようにとエラは魅了の術を使い続けていたのだが。


 ダイは奇妙に思わなかったのだろうか。

 自分の友や臣下が、内臓から破裂して臓物を撒き散らしながら転がり、物言わぬ骸と化しても、エラの魅了の術と言葉に甘い夢を見た王。その自分に疑問を抱かなかったのだろうか。


「愚昧王ダイ・ホープラング・イウリーカ。尤も、駒は愚かな方がいいわ。その方が操りやすい」


 言うなり、エラは布団に横たわった。

 勿論、部屋を与えられる前に死体の処理をして、血を拭い、玉座を清めた。誰が見てもそこで血の惨劇が起こったように見せない為、という建前の元にただダイに魔法を見せつけただけなのだが。


 そんな魔法も使えるようになった。

 この右目の所為で。


 右の瞳はエラの本来の瞳ではない。

 抉り出し、代わりに人魚の瞳を入れた。


 サーシャが、『大虐殺』の魔女の王妃が、持っていたものとして伝えられる人魚の瞳。

 ぱっと見た目は大きめの赤い透き通った石。


 それが絶大なる魔力をエラに分け与えてくれている。勿論、エラの体がその魔力に耐えうるだけの能力を持っているからなのだけれども。


 その力はエラの体に様々な影響を及ぼした。

 真紅に染まった左目。血の色の髪の毛。

 父と同じ金茶の髪の毛はもう何処にもない。

 つきんつきんと、埋め込まれた右目が痛む。

 その痛みを振り払うように自分に言い聞かせるように、エラは言葉を紡いだ。


「大丈夫よ、きっと、ね」


 イウリーカの血筋はサーシャの血筋。

 それとダイの野心を利用して必ずやロズシュタルの人間を相争わせよう。

 そしてダイがロズシュタルをとった暁には、太陽王国アイラウエリケの鍵を開くのだ。

 そしてアレ(・・)を手に入れる。

 エラの最終的な目的はたった一つだった。


 ――『水の薔薇』を落とす。


 故郷の人達は、ラグナノール人は、全員が冬眠体勢に入った。

 人魚の瞳を持ってしてもエラ一人が『水の薔薇』のベールを抜けるので精一杯だった。

 それでも、アレを手に入れたら。

 エラの魔力は神をも凌ぐかもしれない。

 少なくともラグナノールの民の為に指一本動かしてくれるわけでもない神より、エラは有用な人物になる。


 きっとラグナノールを救ってみせる。

 そのためにならロズシュタル人など利用できるだけ利用してやる。

 何処の国が滅びようが何人の人間が死のうが知った事か。


 エラはにんまりと笑んだ。

 この瞳は本当に恐ろしい。

 人の血など見る事さえ厭うていたエラが、動物が殺されるのですら見ていられず屠殺場などにも決して近寄らなかったエラが、小指の一振りで人を殺せるようになった。

 願うはただラグナノールの民の安寧のみであるのだけれども。

 それとは別に本能が血を欲しているようにも感じる。


 『水の薔薇』を落としたらベールがなくなる。ラグナノールの民がこの豊かなロズシュタルに移住するのも可能。

 その邪魔をする者は総て殺してしまえば良いのだ。

 それはとても簡単なこと。

 それまではエラは牙を隠し、従順にダイに仕えようと思い、また、笑った。

 


◆◆◆


【ご免なさい、ご免なさい、わたくし達が無理な事をお頼みしたばかりに】

「大丈夫……一寸だるいだけだから」


 自らの周りに集る精霊達に、ノルは優しく語り掛ける。

 藁布団はお世辞にも寝心地いいとはいえなかった。それでも横たわっていないと、身体を起こすだけで凄まじい目眩がノルを襲った。


 何が問題なのだろう。

 胸の下、身体の中央が気持ち悪かった。

 ノルは空腹感に襲われていたのだが、悲しきかな、今まで空腹を知らず育った人魚にそれを理解せよというのは余りに暴論。

 とはいえ、ノルは食べなくてはならなかったのだ。老人を癒すために力を使ったノルは、人間で言うならば一週間くらい食事を取っていないのと同じであった。


【あ、ノル様】

【シンが来ます】

【食事の時間だわ】


 がんがんなる頭をノルが持ち上げると勢いよく少年が部屋に入ってきた。


「ノル姉ちゃん、飯!!」

「メシ?」


 ノルが問いかける。飯、などという砕けた言葉はノルが知る言葉ではなかった。


「魚、いいのが手に入ってさ、そいつをさばいて、焼いて。アラはスープにしたんだ。美味いぞぉ。こう見えても俺様料理は天才的に上手いんだから」


 料理、と言われてもノルには何だか解らない。その語彙はノルにはなかったのだ。ただ、シンが魚に何がしかした事だけは理解できる。


 それは何なの? そう聞こうと思ったが頭の中で凄まじい音が踊っていて、それが辛くて声が出ない。もしノルが教会の鐘を聴いた事があるのならば、その鐘が十も二十も一斉に鳴り響いているようだと喩えるだろう。


「ノル姉ちゃん、大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ!? 熱でもあるのか?」


 シンが大きな声で問いかけた。その声までもがノルの頭の中で反響する。


「大丈夫……」


 ノルはかろうじてそう答えると、にっこり笑って見せた。

 作り笑い。だが、人生経験の少ないシンにそれは本物の笑顔のように見えた。

 つられるようにシンも笑顔になる。


 優しい顔だとノルは思った。

 ノルの事を案じて、ノルが笑ったからといって笑い返してくれる命がノルには愛おしい。確かに最初はウミケムシよりも毛を逆立てていたのに。


 怒るっていうのは、何時までも続かないのね。何時までも続く優しさや愛とは、怒るっていうやつは違うんだわ。

 良かった。


 胸を撫でおろしながらノルはシンを見つめる。最初にノルの目が捉えた、記念すべき最初の人間。

 焼き付けねばとじっくり見てみると、シンは思わず頭を撫でたくなるほど愛らしい容姿に恵まれていた。

 シンのざんばらの金髪は短く、だが、窓から入る光が、まるで光の王冠を戴くもののようにシンを照らす。

 その瞳は紫だった。


 なんで気が付かなかったんだろう、シンの目、シードと同じ色だ。


 ぼんやりとそんな事を思いながら、ノルは暫しシンに見とれた。

 しかしその時間はシンがすたすたと近づいてノルの腕を掴んだ事によって終わりを告げる。そしてシンは彼女を無理やり立たせた。


「朝からのんびりしていると、海の女神様が一日の糧を与えて下さらないぞ。飯が冷めちまう。急ごう」


 シンの力は強かった。

 こんなに乱暴に扱われた事がなかったノルは言葉も出ず、立たされ、歩かされ、階段を下りた。

 悪意が一欠片もない為に、周囲の精霊達ははらはらしながらも手出しが出来ないでいる。

 

 階段の途中から良い匂いがした。

 

 メシって御飯の事なんだわ。


 やっとノルは理解した。御飯を食べている人間は見せてもらった事がある。そしてそれ故に怖くなった。

 人魚は食事を摂らない。

 世界の精気を身体に取り込むことが出来るからだ。


 だけれども、此処では何故かそれが出来ない。気が付いたのはつい先程、朝食のイメージで精気を取り入れようとしたときだ。それが出来ない以上何処からか力を得なくてはならない。

 それはきっと食事だとノルは本能的に解ってしまった。


 生まれて始めて御飯を食べる、他の命を食べる。それは恐ろしい事。

 しかしノルの口の中には唾が湧く。その現象が何故かと考える余裕すらない。

 食べたいと思う。恐らく、食べないと大変な事になる。


「シン……」


 あっという間に階下に着くと、布団の横の小卓に食事が乗っていた。

 米と魚とスープ。たったそれだけの簡素な食事。


 胃が猛烈な空腹を訴える。

 生きる為に必要な行動を身体がノルに求めている。


 老人は、布団から身体を起こしていた。


「おはようございます、海の方」

「おはようございます」


 老人とノルは丁寧に挨拶を交わす。


「姉ちゃんの歌のお陰かな。じっちゃん、今日一度も咳をしていないんだ」


 シンの言葉は疲れ果てていたノルに力を与えた。

 良かった。この人はきっともう、大丈夫。


「ノル姉ちゃんは精霊の愛し児なの?」


 唐突にシンが言った。


「え?」


 ノルは返答に困る。なんと答えたらいいのだろう。


「俺さ、たまぁにだけど、精霊が見えるんだよね。今ノル姉ちゃんとじっちゃんのところに精霊が集っているからさ」

「よく解らない。私は、……やっぱり解らない」


 ノルは緑の瞳を伏せた。だが閉じる事は出来ない。シンの真っ直ぐな瞳から逃れることも出来ない。

 人魚だって言っちゃ駄目だ……って母様が言ってた。でも嘘をつくのは辛い。心に澱がたまる感じで嫌だ。この澱は私を穢す。


「まぁいいや。姉ちゃんは愛されてると思うよ。精霊の加護って中々得られないらしいから、羨ましい。飯にしよう」


 そう言うとシンは老人の隣に座った。ノルにも席が示される。

 狭い部屋で、小さな卓子で、正座をしながらノルは食事と向き合った。


「天の御座にましますシーダルディドよ、この糧を有難うございます」


 シンが大きな声で、老人が優しい声で唱えた言葉をノルも慌てて口にした。


 御飯を食べるのにはシードに感謝しなくてはならないのね。でも、摘み取られた命はシードのものではなくてお魚やお米だわ。それには感謝しなくて良いのかしら?


 シンが箸を取った。老人も箸を取る。ノルはその二本の棒で何をするのか大変興味があった。


 『水の薔薇』では見たことないわ。ただの棒だし、簪にもならないわ。


 ノルがじっと見ているとシンが左手に茶碗を持って、右手の箸で焼いた魚をほぐしていった。老人も右手の箸で米を口に運ぶ。


 どうやったらあんな棒であんな事が出来るんだろう。不思議。


 ノルは魚のアラのスープを入った椀を持ち上げた。そして目の前にある木匙を無視して、直接椀に口をつけると、勇気を出して啜ってみた。


 美味しい。

 その言葉が自然に心に浮かんで、彼女は命を奪って食べているという事を忘れた。

 人間のように空腹を覚えていたノルは、ただひたすらスープを音立ててすすった。


 シンが呆気にとられてノルを見る。

 そのノルは椀のスープを飲み干すと、スープに浮いていたアラに手を付けるため、右手で箸を握った。そう、棒切れを掴むように握り締めたのである。

 そしておもむろにノルは魚のアラに箸を突き刺した。

 よく煮込まれていたアラは、箸を突き刺されるとたちまちのうちに崩れる。

 ノルは焦る。もう食べ始めてしまったからこの魚の命を奪ったのは私でもあるのに、残したら駄目なのに!!


「姉ちゃん、何処から来たの?」


 シンが呆れながら言った。

 老人はただ優しくノルを見詰めている。


「遠い遠いところ」


 ノルの答えに、シンはとりあえず納得した。

 箸の使い方を知らないなんて、どんなに遠くから来たんだろうとシンは思う。

 そしてシンは少し心配になる。

 なんだか世間知らずっぽくて、危なっかしいよな。背は俺より高いけどな。何で俺、こんな小さいだろ。

 後半は自分への問いだった。

 シンの頭頂部は丁度ノルの鎖骨辺りだ。


 シンがそんな事を心で思っているうちにノルは遂に暴挙に出た。

 椀を持って口元にあてがい、解れた身を握り箸でかき込み始めたのだ。


「なんだか姉ちゃん、三年前の俺みたいだ」


 唐突にシンは言った。


「そういえば、お前も箸の使いかたを知らなんだな」


 老人が笑う。


「シンの三年前?」


 ノルは椀を卓子に置くと、今度は米に取り掛かろうとしていたが、シンの言葉に興味を惹かれ、茶碗を持ったまま、シンの言葉を待った。


「三年前、俺、海岸で倒れてたところをじっちゃんに助けられたんだ。で、姉ちゃんと同じような食べ方したわけ。仕方ないよな、助けてもらう前の記憶ないんだからさ」


 ノルは吃驚した。

 記憶は大切なものだ。それがないなんて。


「じゃあ、シンの記憶は助けてもらってからの三年分しかないの?」

「うん、そう。不自由はしてないけどね」


 シンは言いながら綺麗な箸使いで食事を摂る。ノルは急に箸を握り締めているのが恥ずかしくなり、必死でシンを見て箸の使いかたを覚えようとする。

 私が旅に出ている間は、多分他の命によって生かされる。それなら綺麗に丁寧に食べたい。でないと失礼な気がする。命に失礼な気がする。


 老人が笑った。


「そのうち使えるようになるでしょう。焦らぬ事です」


 そのうちではノルは嫌だった。今覚えたかった。

 だって私は、この御飯を食べたら旅に出なきゃいけないんだもん。旅の間にずっとこの棒を使えないなんて嫌だ。


「ノル姉ちゃん、こう」


 卓子越しに身を乗り出したシンがノルの手に触れた。温かい手だった。その手がノルに箸を握らせる。


「そう、その持ち方で、飯食いながら練習しよう」


 こくん、と、ノルは頷いた。

 スープが空腹を宥めてくれたので、ノルは焦って食べる必要が無かった。シンと老人をしっかり見据え、箸の使いかたを真似する。


 米の一口が、魚の一口が、たまらなく美味だった。

 そして、頭の中の音が消え、視界が明瞭になってくる。だるさが取れてくる。


 ノルは過去の自分を深く恥じた。

 人間が生き物を食べると聴いて野蛮だと思っていた事、今なら必要な行為だと解るのに。

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