牛の首
此れは源頼朝公が弟の源義経の首を持ってくる由家臣へ命じし時の話なり。
奥州平泉にて討ち取られた義経の首はかくして頼朝公の元へと送られる事となり候。
しかし、そこから先のことは頼朝公しか知らぬこと。
そうして届けられた義経の首。
首桶を開ければ、そこに入っていたのは牛の首であり候。
頼朝公曰く。
「これは義経の首にあらず、牛の首なるぞ」
家臣曰く。
「これは義経の首になりまする」
はて、これはおかしな事と相なった。
どう見ても牛の首。
しかし、家臣誰もが義経の首を言ってはばからぬ。
この首は義経の首か、牛の首か。
たぶらかされているのか、狂っているのは己であるか。
三度、義経の首を探させるも家臣困惑するばかり。
ついに頼朝公認めたり。
「これは、牛の首あらず義経の首なり」
疑心晴らす為の弟討ち。
されど、頼朝公の心晴れる事なし。
「あれは義経の首にあらず、牛の首なり」
疑心ますます深まれり。
頼朝公、精神衰弱し、心神喪失す。
これを心配せし家臣、頼朝公に療養を勧めたり。
頼朝公、鷹狩などして心を休めることに努めて候。
その日もまた、鷹狩へと赴く途中の事候。
「義経なり、義経なり」
頼朝公、大きく声を上げ、あまりに驚きに馬より滑り落ち落馬す。
「義経なり、義経なり」
頼朝公、狂ったように声を上げ候。
頼朝公、そのまま亡くなれり。
その実、義経にあらず。
ただ牛が横切っただけなり。
義経の首桶より始まりしこの話。
これを牛の首。
語る事許されぬ頼朝公の死の秘密。
げに恐ろしき話の正体で候。