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呪われた聖女の生存戦略  作者: Okayu
第1章
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第7話

「おめでとう、リリー。見事魔女を討伐したね」


クリミネから宮殿に戻った夜、久しぶりに夢の中でジェロと会った。


「あんまりボクが登場するとヒントを与えすぎることになるからここ最近は自重してたんだ。でも、自力で聖遺物の間の謎も解いて、魔女を倒したからエラいよ」

「ありがとう。聖遺物についてはジェロの蝶のおかげでもあるけどね。

それで、どうかな?私の聖力!」


大きく両腕をバッと開くと、ジェロはふむふむと値踏みするような目つきで私を凝視した。


「ペンダントのおかげか、前よりは格段に増えているね。さすがクリミネの魔女を倒しただけはある。…でも、フォリアが契約した上級悪魔とかが相手になるとまだ力が足りないかな」

「そっか……まだ時間はあるし、聖女になるまで頑張ってみるわ」


私が意気込むと、ジェロは優しく微笑んだ。

流石天使だけあって、笑った顔は眩しく光を放っているように見える。


「クリミネの一件が世に広まれば、これから周りの者もキミを有力な聖女候補として認めざるを得ないだろうね」

「あっそうか……前回はロジーアが有力視されてたもんね」

「キミを取り巻く環境も一気に変わっていくだろうなー」


翌日、私はまさにジェロの言った言葉をその身で実感した。





クリミネの魔女がリリー・フェルナンドによって倒され、違法行為を繰り返していた組織を解体したことは、全国新聞で大きく取り上げられた。長年にわたり放置され続けていたクリミネの町がやっと救われたこと、それが今まで特に注目されなかった方の次期聖女候補が行ったということで、国の至る所で話題となった。


お父様からはまた無茶をしたことを叱られたが、最後は私を強く抱きしめ褒めてくれた。アンセラや教会の聖職者も感激していた。


クリミネの領主は感謝状を送り、町にリリーの像を建てたいとまで申し出た。今までロジーアに胡麻すりをしていた貴族らは、ここぞとばかりにリリー宛に大量の贈り物を贈ってきている。


……人からの待遇がこんなに変わるなんて。引きこもり生活が長かったから、自分がこんなに注目されている状態は新鮮だ。


この調子で日々の祈祷と人助け活動で聖力を上げていこう。ジェロにも褒められたし、順調に運命を変える戦略は進んでいる。


────そういえば、フォリアはどうしているんだろう。今までクリミネに付きっきりで、一番肝心の相手を忘れていた。フォリアとの親交を深めるのも同時にやらなければならない。


「お嬢様、皇宮からお手紙がきています」


私が物思いに耽っていると、アンセラが手紙の束を持ってやってきた。


「これは……?」

「どうやら、お嬢様の噂を知った皇族の方がたが一度お会いしたいと、皇宮にご招待されているようです」

「こんなに!?」

「はい。旦那様からは、『行きたいところへ行きなさい』とご伝言を頂いています」


皇族の中には、自分の私腹を肥やすため、教会と手を組みたがる者もいる。皇子と皇女は成人になると、皇帝からエノルメ帝国が支配している領国の統治を任せられる。この世界で絶対的に信仰されているカリタ教の聖女の後ろ盾があれば、国を統治する際にあらゆる点で有利に働ける上、宗教を理由に国民に苦を強いて自分たちが得することも出来る。

ロジーアは、聖女として世界をまたにかけた権力者に君臨したいが為に、そういった目的を持つ皇族に近づき交流をしている。お互いの力を使って協力するパートナーを作っていた。


正直、そういう悪どい人達とは付き合いたくないな……。国の統治なんて興味無いし、地位も名声もいらない。平穏で静かに暮らしたい。


憂鬱な気分で封筒を捲っていると、ある封筒の送り主の名前に目が止まった。


「フォリア皇子……」


その手紙はフォリアからのものだった。私は封筒を手に取ると、中の手紙を読み始めた。



『親愛なるリリー


お元気でいるかと思います。貴女が王宮にいらしてくれた日から、少し日が経ちましたね。


貴女がクリミネの町で活躍されたことを耳にしました。ぜひ、直接お話をお伺いしたいです。


お暇な日に、またこちらに遊びに来ていただけませんか?貴女の好きなお茶菓子を用意して待ってます。


愛をこめて、


フォリア』



……あのフォリアがこんな手紙を書くなんて!将来暴君皇帝になる人物とは思えない。


手紙の内容に驚いたが、ちょうどいい機会だ。フォリアに会ってこよう。

私は早速返事を書こうと、アンセラに手紙の準備をお願いした。





「第4皇子殿下にお目にかかります」


皇宮の庭園で、フォリアは私を出迎えた。

前回フォリアと会ったのは、1ヶ月以上前だった。


「畏まらなくてもいいよ、リリー。久しぶりだね」

「はい、お久しぶりです」


ティーテーブルに促されて着席すると、仄かな甘い紅茶の香りが鼻腔を擽った。テーブルの上には、色とりどりな皇宮御用達のお菓子が並べられている。


「このクッキーは甘めだからリリーも気にいると思う。食べてみて」

「はい、いただきます」


フォリアに進められお菓子を頂くと、サクサクっとした食感とくどくない甘い味付けに口が包まれて、思わず顔が綻んだ。


「美味しい…」


フォリアは真向かいから私の様子を見て、にこやかに笑っている。


「クリミネの件を聞いたよ。君ひとりで魔女を倒したようだね」

「いえ、私ひとりの力では……色々な人の力をお借りして出来たことです」

「それでも、君はまだ幼いのに立派だね」

「そんなこと!恐れ多いです」


フォリアから直球で褒められると照れてしまい、私はソワソワと落ち着きなく座っていた。気を落ち着かせようと、手元の紅茶を口に流し込む。


フォリア自身だってまだ14歳なのに、その才能を周りに認められて皇帝にさせようとする派閥もいるんだから、彼自身も立派だ。


「何度か危ないところもあったみたいだけど、無事でよかった。今度からはきちんと護衛騎士を付けて外出するんだよ?」

「?はい」


新聞には私の誘拐未遂や魔女から受けた傷などは開示されていなかったのに、まるで全てを知っているかのような物言いだ。

……まさかね。ただの偶然だろう。フォリアに透視能力があるわけないし。


「どこでもクリミネの話題で持ち切りだし、これでリリーも有名人になったね」

「そうですね、何だか恥ずかしいです」

「誇っていいんだよ。今も慌ただしいんじゃないかな?」

「色々な方からお手紙をたくさんいただいてます。皇族の方々からも、お誘いのお手紙をいただきました。皇后殿下からは勲章を渡したいとも」

「……そうなんだ」


一瞬、フォリアの顔が曇ったように見えたが、すぐににこやかな顔に戻った。

何かまずいこと言ったかな?フォリアの手によって私の生死は委ねられているから、彼の機嫌はもの凄く重要だ。


私の不安もよそに、フォリアは笑顔のまま続けた。


「リリー、少しふたりだけで散歩しない?」






私とフォリアは茶席を離れて庭園を散策していた。

いつ来ても、完璧に手入れされた植物が整列され、そこらかしこに花の香りが漂っていた。


「皇子殿下は植物はお好きですか?」

「うん、見ていると心が落ち着くんだ」


フォリアは薔薇の垣根に近寄り、花弁を指でなぞった。


「美しくて、完璧なものは誰でも好きだしね」

「…………」

「花に限らず、表面の美しさを求めるのは普遍的なんだろうね」


フォリアが零した言葉は、まるで自分自身を重ねているようだった。

周りから完璧さを求められ続けているフォリアは、この庭園の花々のようだ。


私はフォリアが撫でている薔薇の下の茎の棘を触った。


「!リリー?」

「薔薇の棘は外敵から守るために装備されているそうです。この薔薇がこんなに綺麗に咲いているのは、根を張って茎を伸ばして頑張って生きているからですよね」


周りの者は綺麗に咲き誇る薔薇の花弁がフォリアだと言うだろう。けれど、私はその薔薇の鋭い棘こそがフォリアの本性だと感じた。


「私も植物は好きです。生きている証がとても綺麗だから。…この薔薇だって、花弁が注目されますが、私はこの棘も綺麗だと思います」


フォリアの棘である本当の性格は、きちんと尊重されるべきだ。周りの期待に抑圧されて、幼少期から自我を我慢し続けている。

5年後、フォリアはエノルメ帝国史一の暴君として世界を掌握する。けれど、フォリアをそのようにさせたのは、彼の才能に入れ込んだ周りの人間のせいだ。彼の世界がもっと自由で、好きなことを見つけられたら……。


フォリアは呆然とした顔で、私を見つめていた。


「リリー」


微かな声で私の名前を呼ぶと、薔薇の棘に触れていた私の指を絡め取った。


「僕は君と一緒にいると、完璧でいられないみたいだ。…さっきもね、ほかの皇族たちが君に手紙を送ったことを聞いて、イライラしたんだ」


感情を表に出すのが苦手なのか、フォリアは自信のない声で呟いた。


「皇子殿下は完璧でなくても良いのですよ。私は今の皇子殿下の姿も好きです」


フォリアに繋がれた手を強く握り、彼の目を見つめた。

フォリアは、ハッと衝撃を受けた顔で私を見ていた。数秒、私たちは見つめあっていると、フォリアがくすりと小さく笑った。


「……君には敵わないな」

「えっ?」

「最初に会った時から、全部見通されているみたいだ」


フォリアの発言に内心ドキリとする。前世の記憶を持っている私はただの13歳の少女だとは言い難い。しかも、最初の『リリー・フェルナンド』の人生でフォリアに殺されて呪いまで受けたのだから。


時が止まったように、フォリアと私はお互いに見つめあっていた。庭園の話し声や従者の馬車の音が遠くに聞こえる。──まるで、ふたりだけの空間に切り取られたみたいだ。


「ありがとう、リリー」


フォリアは心底嬉しそうに笑った。フォリアの『ありがとう』が何に対しての礼なのか、ピンときていないが、今日この日私とフォリアの距離が縮まったのは明らかだった。





「──ふざけないでよ!」


侍女に渡された新聞を床に叩きつけた。


一面に大きく取り上げられているのは、『リリー・フェルナンド』。先日13歳になったばかりの令嬢が、エノルメ帝国のごみ捨て場とも言われているクリミネで、魔女を倒し住民の不浄な心を浄化させたと書かれていた。


「何が次期聖女よ……聖女になるのは私なのよ!?」


視界の隅で侍女がビクつきながら、私の様子を伺っていた。

忌々しい記事には、大々的に#落ちこぼれ__リリー__#の功績を称えるようなことが書き綴られていた。


──あの女、今までやる気がなかったくせに。最近、毎日本殿で祈祷し始めていることを聞いた。リリーの様子を偵察させている侍女によれば、いつもは部屋でぐうたらしていたあの女が、今では朝早くから起きて聖典を読み上げているそうだ。

明らかに変わった。今回の件といい、まるで人が変わったように動いている……。


付き合いのある皇女たちからは、#落ちこぼれ__リリー__#を紹介してくれとも頼まれた。……煩わしい。これまでずっと無関心だったのに、こんな新聞が出回ってから手のひらを返すように接点を持ちたがっている。


「許せない……」


聖女になるのはこの私、ロジーア・フェルナンドよ。この私が、神に選ばれるのだ。この世界の圧倒的な権力者として君臨するのは、私以外にありえない。


「そうよ、ありえないのよ……あんな女、存在すること自体ありえないわ」


今まで目立たず落ちこぼれとして生活していたから無視してあげていたけど、出しゃばってくるようだったら許さない。──私の邪魔をするなら消えてもらうわ。

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