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呪われた聖女の生存戦略  作者: Okayu
第1章
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第5話

今日も私はクリミネの孤児院を訪れていた。オルファーノ院長の厚意で、子どもたちと遊ばせてもらっている。

子どもたちは前回の私の姿を見て気になっていたそうで、色々な遊びに私を誘ってくれた。年齢は私より少し年下か、同い年くらいの子が多いが、前世の記憶を引き継いでいるため精神年齢の差がとても開いている。一緒に遊んでいるというより、子守り状態だ。


園庭の芝に座っていると、遠く離れた木陰でひとり本を読んでいる少年が視界に入った。

彼はこちらに見向きもせず、まるで誰も寄せ付けないように、木にも垂れていた。


「あの子……」

「フェデーレのこと?」


私が少年を見つめていると、そばに居た子達が反応をした。


「フェデーレはいつもああだよ。ずっとひとりでいるの」

「うちらとも遊ばないよね」

「最近ひとりでどっかに行っちゃうことも多いし、謎が多いんだ」

「どっかって?」

「わかんない。フェデーレに聞いても教えてくれないから」


子どもたちとの会話で、前回のオルファーノ院長の話を思い出す。孤児院を出て怪しい組織の一員となった人が、孤児院で子どもを勧誘して悪事を働かせようとしている事が起きていること。

もし自分の組織に勧誘するなら、孤立している子どもに声をかけるだろう。


フェデーレという少年、調べてみる必要がある。もしかしたら、クリミネの怪しい組織と繋がりがあるかも。





気づかれないようにフェデーレに注意しながら、子どもたちと過ごした。すると、お昼を過ぎた頃フェデーレが突然立ち上がり移動した。

私は子どもたちにお詫びとまた遊ぶ約束の言葉を言い、彼の後を着いていく。


護衛騎士は孤児院の中に待機させているが、彼らを呼んでいるうちにフェデーレを見失うのが嫌だった。仕方ないので自分ひとりで跡をつけることにする。


フェデーレは孤児院を裏門から出ると、吸い込まれるかのように路地へ入っていった。私は一定の距離を保ちながら、同じ路地に着いていく。


建物の角を曲がると、裏路地へ進んだ。私は裏路地の入口の影に身を潜めた。


「よお、フェデーレ。調子はどうだい?」


野太い成人男性の声がする。姿は見えないが、どうやらフェデーレは誰かと会話をしているようだ。


「それより、アレは?」

「可愛げのねえガキだ…ほらよ」


男は何かをフェデーレに渡しているようだった。その後、こちらに向かってくる足音が聞こえた。私は急いで入口から離れ、物陰に身を潜めた。


裏路地からフェデーレが出てきた。彼はそのままの足取りで、孤児院とは別の方角に進んでいく。私は尾行を再開した。


フェデーレが向かった先は、町の外れにある廃墟だった。そのまま中に入っていく彼を見て、私は1階の窓のそばに近寄った。


「……あぁ、フェデーレ!いつものを頂戴、早く!」

「順番を抜かすなぁババア!お、俺が並んでたんだぞ!」


フェデーレが建物に入った途端、中から複数人のどよめいた声がした。老婆や若者、色々な種類の人がいる。ただ、皆に共通しているのは声が震えて、病的な様子だ。


……嫌な汗が体を流れる。私の予想通り、フェデーレは何か悪いことと関わっている。

この様子はもしかして、違法薬物を売っているんじゃないの?フェデーレは組織の薬物の売人として働いているんじゃ……。


衝撃的な事実を知ってしまった私は、その場から動けずにいた。何とかして、このことを辞めさせないといけない。でもどうやって?


必死に頭の中を整理している私は、後ろにいる男の気配に気づけなかった───。


「よお、お嬢ちゃん。そこで見学かい?」


さっきまでフェデーレと会話をしていた男の声。即座に振り返ると、顔に刺青を入れた大柄の男が立っていた……。





「おい、フェデーレ。お客さんが来ているぞ」


大柄男に取り押さえられたまま、廃墟の中に連れられた。中に入ると、鬱屈な空気の中で薄汚れた服をまとった人達が気の抜けた顔で寛いでいた。ブツブツと何かを呟いていたり、何も無いところを見て笑っている人もいる。……完全に薬物中毒の症状だ。

部屋の真ん中にフェデーレが立っていた。フェデーレは私とこの男を見るや否や、心底驚いた顔をした。


「お前、どうしてここに……」

「コイツ知り合いかあ?さっきからお前のことつけて来てたぞ」

「は?」


フェデーレは怪訝な顔で私を見た。

焦る気持ちが止まらず、私は咄嗟に言葉が出ていた。


「フェデーレくん、こういうことは辞めて。誰も喜ばないよ」

「はあ?何だよお前いきなり」

「私はこの町を救いに来たの」


私の言葉に大柄男は下品な声を上げて笑った。


「お嬢ちゃんが救うって?そりゃ見物だなァ」

「私は本気よ」

「…お前、バカなのか?」


フェデーレは吐き捨てるように呟いた。


「お前がどうしようとこの町は変わらない。この町の人間はクズばっかだ。クズはクズのまま、この吐き溜めが居心地いいんだよ」

「そんなことはない。人は誰だって変われるんだよ。フェデーレくんや、町の人達だってみんな変われる。

ただ、変わるのが怖いだけ。先に進む勇気がないから、楽な道に逃げてしまってるの」

「……部外者のお前に何がわかるんだよ」

「ガキの喧嘩はそこまでだ。おい、フェデーレ。コイツは孤児院のヤツじゃないよなぁ?この小綺麗な身なりは貴族の子どもか?」


私を強く睨むフェデーレに、大柄男は尋ねた。


「そいつは違う。カリタ教の聖女の孫娘だ」

「……ほお?」


大柄男が品定めするかのように、私を見回した。

このまま売られるか、人質として身代金を要求したりするのだろうか。こんな事になるんだったら、護衛騎士を連れてくれば良かった…。頭の奥で激しく後悔する。


「とりあえずコイツはボスに連れて行く。フェデーレ、お前は周囲を警戒しておけ」

「……了解」

「待って!私をどこに連れて行くの?」

「あ?丘にある屋敷だよ。お前をどうするかはボスが決める」


『ボス』……はっきりと男は答えた。この組織のボスなら、きっと魔女とも何か関係があるはずだ。

だけど、今そこに行くのはマズイ。抵抗できる力は持っていないし、フェデーレを連れて逃げるのは無理だ。


男に押さえられながら私が絶望していると、突然聞き覚えのある声がやってきた。


「リリーお嬢様!」

「!院長!」


なんと、やってきたのはオルファーノ院長だった。奥には私の護衛騎士達もいる。

護衛騎士は速やかに男を包囲し、力づくでうつ伏せにさせた。剣を突き出し、抵抗できないようにする。ググッと唸る様な声が男から漏れた。

部屋にいた住人たちも驚いた声をあげて固まっている。


オルファーノ院長は私に近寄ると、ほっと安心した顔をした。


「お嬢様、お怪我はありませんか?」

「ええ、私は大丈夫です」

「この男の身柄は私が責任持って処分します。表に馬車を停めてありますので、一先ずここを離れましょう」

「分かりました……フェデーレくん」


私が声をかけると、フェデーレはビクッと体を反応させた。


「フェデーレくん、一緒に帰ろう?」

「…………」


フェデーレはしかめっ面をしたまま、私の横を通りすぎ外へと向かった。院長は深くため息をついた。

院長の様子を見るに、どうやらフェデーレがこの悪事に関与していることは知っているようだ。ただフェデーレは院長の言葉もまともに聞いていないのだろう。


何はともあれ、助かって良かった。オルファーノ院長には感謝しなければ。


「あの、院長……来てくれてありがとうございます。どうしてここが分かったんですか?」

「帝国の兵士を名乗る者から知らせを受けたのです。リリーお嬢様がこの廃墟の中に連れ去られたと」

「帝国の兵士……?」


どうしてここに?クリミネは帝国兵の駐在所もなく、今までだって兵士らしき人物は一度も見かけた事がなかった。


少し不可解に感じるが、無事に自分もフェデーレも助かったので運が良かったと思うことにした。





あの後、私はそのまま宮殿に帰された。報告を受けたアンセラが涙を流しながら取り乱して、お父様はひとりで無茶をしたことに激怒して3週間の謹慎を命じた。

私も今回は自分ひとりで動いたことを反省している。院長達が助けに来てくれなかったら、自分は殺されていたかもしれない。


しかし、大きな収穫があった。あの男が話していた『ボス』は、クリミネの丘にある屋敷に住んでいる。魔女を倒すには、まずそのボスに会う必要がある。


──そのためには、やはり力が必要だ。私の聖力ではこの先の危機に太刀打ちできない。お祖母様が教えてくれた聖歌の謎を解かないといけない。


謹慎期間は宮殿の外にも出られないから、その間に調べられるかもしれない。公的礼拝などの行事がない日であれば、自由に時間を使えることができる。


「お嬢様、今日はとても良いお天気ですよ。窓は開けておきますね」


数日間部屋に閉じ込められた私を、アンセラは気遣ってくれた。


「ありがとう、アンセラ」

「はい、何かありましたらお呼びください」


アンセラが部屋を後にし、私はまた本とのにらめっこを再開した。頭の中で悶々と考えているものの、手がかりは何も見つけられない。


……気分転換しよう。私は大きく背伸びをし、アンセラが開けてくれた窓の外を眺めた。アンセラの言う通り、今日はとても天気のいい日だった。


突然、視界にキラキラと輝くものが現れる。────黄金色の蝶!


黄金色の蝶がフラフラと私の前で飛び回り、そのまま窓の柵を超えて、宮殿の中庭の方へと飛んで行った。

私は急いで部屋を飛び出し、部屋着のまま中庭へ向かった。


「待って!」


芝生を横切ると、蝶は敷地の奥へと進んでいく。あの日、初めて王宮に行った時のように、私は必死に蝶を追いかけていた。


中庭を過ぎると、敷地の片隅の方まで蝶は飛んで行った。私が息を切らせながら追いつくと、石像に蝶は止まった。


これはジェロが何かを伝えようとしている……?

私はゆっくりと石像に近づく。宮殿には敷地の至る所に神話や神をモチーフとした石像や石碑があり、普段からその存在には特段気に止めてもいなかった。


その石像は、手を差し伸べる姿をしたカリタ神が彫られていた。タイトルには「われらのみこと」と書かれている。


……これって。


「聖歌のこと……?」


さっきまで私が悩んでいた聖歌の題名が刻まれていた。ドクンと、心拍が大きくなる。

題名の下には歌詞が表記されていた。この像は、聖歌をモチーフとしたものだった。


「…………あれ?」


よく見てみると、歌詞がおかしい事に気がついた。石像に書かれた歌詞は、文法的には意味が通じるが、本来の聖歌の歌詞と異なっている。主語と述語の順番が違っていたり、センテンスが丸々別の箇所に挿入されている。


……どうして間違った歌詞が刻まれているの?私は不思議に思いながら、その歌詞を撫でると、手の中で文字が回る感触を覚えた。


「!?動いた…?」


ゆっくりとその文字を摘むと、それは釘のような引き抜くことが出来た。すべての文字が同じように、引き抜けるようになっている。


ごくりと、生唾を飲んだ。ジェロが蝶を使ってわざわざ教えてくれたこと、そして私の勘が正しければ……。


私は聖歌を口ずさみながら、石像の歌詞を本来のものに正した。1文字ずつ引き抜き、元の位置に戻す。そして最後の文字を埋め込むと、突然大きな地鳴りのような音がした。


石像が後ろにスライドし、地面の中から階段が現れた。石像の歌詞がギミックとなっていて、地下への入口が現れたのだ。突然の出来事に、私はその場で硬直した。


……ここまで来て、先に進まない訳にはいかない。私は一呼吸つき、その階段を降りることにした。





────不快だ。


あの時のあの女の声が脳裏にこびり付いて、離れられない。


いきなり孤児院に現れた聖女の孫という女。この腐った町を救いたいなんて、世迷言を言っていた。正気の沙汰じゃない。


あんな女ひとりで何が出来る。何も出来ないくせに、口では偉そうなことを言って本当におかしなヤツだ。


何故か、頭の中からあの女の声が消え去らなかった。自分に手を差し伸べてきた、女の姿が……。


──どうせ、裏切られるんだ。アイツも母親と同じ。俺を見捨ててどこかに消えていく。

裏切られるなら、最初から信じなければいい。俺は何も信じない。



「…聖女の孫娘と言う奴がクリミネに来た。そいつのせいで今日のシノギはパーだ」


ボスの部屋で定例の報告をする。ベットからは不気味な笑い声がした。


「小賢しい…『落ちこぼれ』の孫娘が一体何をやるつもりなのかしら」


嘲るような笑い声が薄暗い部屋を満たした。

ボスは、あの女を敵視すらしていない。教会の情報によれば、あの女はろくに公務にも参加せず引きこもりの娘らしい。次期聖女ももう1人の孫娘が有力視され、誰からも期待を寄せられていなかった。


ケラケラと笑うボスの声に、俺は微かにイラつきを覚えていた。原因不明の不快感が、俺の体を蝕む。

アイツに会ってから、頭の中がおかしくなりそうだ。不快な胸のざわめきが続く。

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