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呪われた聖女の生存戦略  作者: Okayu
第1章
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第3話

──コンコン


「お嬢様、朝の支度に参りました」

「どうぞ」


今日も同じ時間にアンセラがやってきた。部屋に入った途端、アンセラはまあ!と驚いた声を上げる。


「お嬢様、何をされているんですか?」

「カリタ神へ朝のお祈りを捧げていたの。…今まではちゃんと出来ていなかったけど、これから毎朝続けていくわ」


アンセラが来る1時間前に起きた私は、パジャマのまま窓辺で聖典を読み上げていた。


今までフォリアの性格を変えることを考えていたが、人を変えるより楽なのは自分が変わることだ。仮にフォリアが黒魔術を使って私を攻撃して来ても、太刀打ち出来るようになればいい。

昨日のジェロとの会話で、私は真なる聖女になる為の特訓をすることに決めた。


「最近のお嬢様はとても成長されておりますね。私はとても感動しております」

「ありがとう、アンセラ。それで、早速なんだけどお願いしてもいいかしら?」

「はい、どのようなご用件でしょうか」

「今日も外出したいから、馬車と護衛の準備をお願い。場所は南部のクリミネ孤児院よ」

「孤児院、ですか?」


カリタ教の財団は、信者からのお布施や貴族からの寄付金の一部を財源にいくつかの事業に投資している。教育や養護、医療など主に社会福祉に貢献出来るものが多く、そのひとつとしてエノルメ帝国本土の南部にある孤児院がある。


元々、カリタ教の教会では孤児や虐待児の保護施設や町の学校として機能しているが、教会の力だけではカバーできない場合は孤児院が建てられている場所が多い。

クリミネは治安が悪く、窃盗・暴行・詐欺などの犯罪がところかしこに多発している場所だ。長い間貧困問題も解決されておらず、行く宛てのない子どもがたくさんいる。


「わざわざお嬢様が行かれるのですか?クリミネはかなり危険な地域だと聞いていますが…」

「ええ、これは私が行かないとダメなの」


聖力を貯えるためにカリタ神への信仰と善行を積まないといけない。今度は絶対生き延びてみせる。





「リリーお嬢様、よくぞお越しいただきました」


孤児院に到着すると、オルファーノ院長が出迎えた。彼は孤児院の創立時から20年あまり院長として着任している。


「お久しぶりです、オルファーノ院長。先日は誕生日祝いの手紙をありがとうございます」

「あんなに小さかったレディーがもう13歳とは、時が経つのは早いですね。このように立派にご成長されて、聖女様もご安心されているでしょう」


オルファーノ院長はクリミネの教会の大司教だ。宮殿で行われるカリタ教の聖祭で過去に何度か会ったことがある。

とても心優しい紳士で、いつもクリミネの子どもたちのことを憂いている。


「いきなりお越しになられると聞いた時は驚きました。何せ、お嬢様ひとりで来るにはこの町は荒れすぎていますから」

「帝国本土にあるカリタ教の孤児院はここしかないし、一度カリタ教の財団がどのような貢献をしているのか見てみたかったんです」

「財団には十分な支援を頂いています。クリミネは信仰者が少ないですが、聖女様のご厚意で重点的に補助されています」


カリタ教の収益の使い道は各教会から選抜された枢機卿がいる評議会で議論されるが、最終的な決定権は聖女が握っていた。聖女はこの世界全ての教会の在り方について自由に決めることができ、そこに集まる信者もお金も意のままだ。

クリミネに限らず、経済的に貧しい地域や犯罪・紛争が絶えない地域では、教会の財源が厳しくなる。聖女ノナ(お祖母様)は教会ごとの格差が起きないように、クリミネのような町の教会には多めに支援金を分配している。


「こちらが子どもたちのいる教室です。年齢の層ごとに部屋は分けられていますが、いつも上下関係なく子どもたちは遊んでいますよ」


案内された教室では、色々な子どもたちがそれぞれボードゲームや読書をしていた。窓の外からも、無邪気に遊ぶ子どもたちの声がする。


「この子達はここで大人になったらどうなるのですか?」

「カリタ教の聖職者になる者や、クリミネを出て働きに出る者もいます。クリミネではまともな働き口はありませんから。…中には町のアングラな組織に誘われて孤児院を出ていく少年たちもいます」

「…その子たちはどうなるのですか?」

「彼らの仲間になった者は違法行為を繰り返し、敵対組織と殺し合いが起きる時もあります。孤児院を出て悪に染まった子が、また孤児院に来て仲間として勧誘するのが繰り返されています」


オルファーノ院長は悲しそうな目で、教室の壁に飾られたカリタ神の彫刻を見上げた。


「ここで神の教えを学び、良き心を身につけても、人には必ず恐れがあります。実の親から見放された子どもたちは、自分が誰からも気にしてもらえないことがトラウマになっていることが多いのです。

彼らのその心の隙間に、悪は甘い言葉で誘惑します。彼らの元に行ったら最後、私たちの警告や神の言葉は聞こえません」


こんな酷いことが起きているなんて。現状は想像していたよりも酷い。まだ成人もしていない子どもたちが悪の道に進んでいってしまうのはとても見過ごせない。


「全ては領主や王政の無関心が招いた問題です。今に始まったことではありません」

「ですが、そうそう見過ごせる問題ではありません。この現状を知った以上、何もせずにはいられません」

「リリーお嬢様……」

「私の力で何ができるかは分かりません…ですが、子どもたちが悪の道に進まないよう町を浄化する手伝いをしたいのです」


ここに来た私の本当の目的。それは、多くの堕落した人間を悪の道から救い出し、カリタ教の教えを広める。私の聖力を強化させるためだ。

クリミネが無法地帯だということは昔から聞いていた。しかも、権力者の誰もが町の惨状を見て見ぬふりをし、問題を解決することを放棄し続けていた。

帝国各地に赴いて、布教やボランティア活動をしているロジーアですらクリミネには寄ろうとしなかった。


とすれば、早速私ができることを探さなきゃ。





「ねえねえ、院長先生と一緒にいるあの子誰?」

「院長先生のお客様だってよ」

「綺麗なお洋服…首都から来たのかな?」


教室の片隅で、子どもたちがソワソワしながら話していた。


子どもたちの視線の先には、自分と年端の変わらない少女が、施設の中を歩いてた。清潔感のある身なりときちんとした立ち振る舞いは、クリミネの町とは到底結びつかない。


「さっき先生の話を聞いてたけど、聖女様の孫なんだって!」

「本当に!?」

「あんなに小さい子なんだあ」

「後で話しかけてみようよー」


───くっだんねえ。


ワイワイと騒ぎ立てる子どもたちを横目に、小さく舌打ちをして席を立った。


「あ、フェデーレ。どこに行くの?」

「……どこだっていいだろ」


とにかく、この煩わしい喧騒の中から離れられればどうだっていい。


聖女の孫だろうが、どうだっていい。どんな目的で来たか知らないが、自分には全く関係ない。


神なんて、どうせこの世に存在しないのだから。





「今日の収穫はどうだった?リリー」


昨夜に続いて、夢の中でまたジェロと会った。人の夢の中だというのに、ジェロは自由に私の部屋でくつろいでいる。


「天使なら今日あった出来事は全部知っているでしょ」

「釣れないなあ。ボクはキミとお喋りを楽しみたいのに」


ジェロは残念そうに肩をすくめる。口ではそう言っているものの、本心は全く読めない男だ。

人間ごときが天使の考えてることを知れるだなんて思ってないけど、味方だというジェロのことはまだ完全に信用しきれていない。


「特訓初日は疲れたわ。祈祷の時間を増やしたから体力がどっと使われたかも」

「リリーは運動しないから平均的な体力が備わっていないんだね」

「まあそうね…以前までの私は部屋に籠って読書をするか、寝てるかって感じだったから」

「筋トレでも始めてみたらどう?」

「……考えてみる」


「それはそうと」と、ジェロが話題を変えた。


「クリミネの件はどうするつもりなの?いくら教会の力を使えるとはいえ、キミは何の役職も持たない13歳の女の子だ」

「正直まだ突破口が見いだせてないの。町にいる怪しげな組織を一掃できればいいんだけど…」

「またまたどうしてクリミネを何とかしようなんて思ったの?」

「昔からあそこが危険地域だということは知っていたわ。孤児院の子ども達のことは今日初めて知ったけど、帝国にも見捨てられてカリタ教が何とか支援し続けていることは記憶にあったの。

町を更生させて、多くの人々の貧困を救い、カリタ教の信仰者として勧誘すれば一気に私の聖力が増加するでしょ?」


ほほうと、ジェロは関心したように相槌を打った。


ただ問題なのは、ジェロの言うとおり、私には自由に使える力がない。昼間はオルファーノ院長にあんなことを言ってしまったが、どうやったら町を救えるのか、皆目見当もつかない。今まで多くの大人が無視し続け、町を正せなかったのだ。


「リリー、手は貸さないけどヒントをあげよう」


悶々とする私に、ジェロが突然にこりと笑いかけた。


「ヒント?」

「この世界で今から200年前に「魔女狩り」があったことは知ってるよね?」

「ええ、確か悪魔を呼び出したり呪いの呪文を使った女性を捕まえて火炙りで処刑されていたんでしょ」

「そう、その通り。その魔女狩りで魔女になった者は狩り尽くされて、魔術に関する書物や集会も禁止された。今じゃ魔女は絶滅されていると言われている」

「…『 言われている』?まさか魔女はまだ残っているの?」

「モチロン。数はとっても少ないけどね」


ジェロの言葉に私は目を丸くした。


「人が魔女になるのはそんなに難しくないんだよ。当時の魔女が一気に根絶やされたとしても、誰でも魔女になることはできるからね。フォリアだって悪魔を召喚して黒魔術を使えるようになったし。人間の女性の魂を好む悪魔が男と契約するのは珍しいけど」

「あ、確かにそうか……でもその話が何が関係しているの?」

「クリミネは世界で初めて魔女が計測された地なんだ」

「世界で、初めて……?」


ジェロはこくりと頷いた。


「魔女狩りブームが起きる前、クリミネでとある女性が初めて悪魔を召喚することに成功して魔女となった。そこから瞬く間に周囲に魔女になる者が現れていって、全国へ魔女の存在が広まったんだ」

「その第一人者がクリミネの人なんだ…その女性も処刑されてしまったの?」

「いや、彼女は捕まってないんだ」

「えっ?」


捕まっていない?彼女は魔女狩りを逃れて生き延びたっていうこと?


「それどころか死んでもいない」

「ええ?200年以上前の話でしょ?」

「まあ、恐らく悪魔に不老不死にしてもらったんだろうね」

「…っていうことは」


まだクリミネに生きてる?その魔女が?


ジェロは私の驚愕した顔を見て、ニタリと笑った。


「この魔女は結構なやり手だね。黒魔術を使った痕跡を消して、町の不浄な空気に紛れて隠れている。キミも院長も気づかなかったのも無理はない」

「じゃあ、その魔女のせいでクリミネはあんな無法地帯になっているの?魔女が使った黒魔術の影響で、住民の心がおかしくなってるわけ?」

「大きな原因はそれかな」

「だったら、その魔女がいなくなればクリミネの町は……」


ジェロのヒントのおかげで、やるべき事が見えた。クリミネを救うために、黒魔術の元である魔女を倒さなければならない。





「お呼びでしょうか、フォリア皇子殿下」


日が沈んだ皇宮の一室で、ひとりの従者が自らの主の前に現れる。


「次期聖女候補のリリー・フェルナンドについて調べてほしい。できれば最近の動向も合わせて報告してくれ」

「かしこまりました」


従者は返事をすると即座にその場を離れた。

フォリアは椅子にもたれながら、窓の外を眺めていた。


退屈で面白みのない毎日を繰り返していた。一国の皇子である責任と周りからの過度な期待を身に受け、ただ自分の地位と名声が脅かされないように振舞ってきた。学問も帝王学も、人から十分な評価を得られた後は勉強意欲も湧かず、何に対しても探究心が起きなかった。


──────あの出来事までは。


突然、部屋に舞い降りた自分と歳の変わらない少女。華奢な体躯と手入れの行き届いた艶やかな髪、人の芯まで見抜くような硝子玉のような瞳と血色のいい頬。初めて出会った時から、不思議なことにその少女から目を離せなかった。


『私は将来聖女になります。──そしたら、皇子殿下が笑いの絶えない楽しい世界をつくってみせます』


リリーは優しく包み込むように言った。彼女は、まるで退屈な日常を壊すために天からやってきた使者のようだった。


彼女のことが知りたい。


今まで何にも興味を示さなかった自分が、初めて他人に関心を持った。



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