EXEP1-02「九人目の刺客」
◇ ◆ ◇
クロスレイド専門店『SEED』。
入り口には大勢の人が集まっている。
店舗内にあるクロスレイドのバトル専用スペースで、今からシングルス大会の決勝トーナメントが行われるため、その観戦に来ている人たちがほとんどだ。
入口を入ってすぐ右手側にある階段を登った先──
三階がトーナメント会場となっており、会場手前に受付が備えつけられている。
すでに多くの観客が受付を済ませてトーナメント会場へと足を踏み入れており、会場はこれ以上ないほどの賑わいを見せていた。
しばらくして階段から選手たちが会場へと入ってくると、観客たちの大きな歓声があたり一帯を包み込む。
全国各地で行われた予選を勝ち上がってきた八名の猛者たち。
数日前。このSEED店内において、各都道府県の二次予選を勝ち上がった選手たちによる三次予選が繰り広げられていた。
そして今日この場にいる選手たちは、その二次予選を勝ち上がった八名ということになる。
金太郎は、神奈川県の代表として八名の中に勝ち残っていたのだ。
「緊張するぜ~……」
「なに言ってやがる。さんざんレイドスタジアムのでけぇフィールドでやってきただろうが!」
そう言って金太郎へ厳しい言葉をぶつけているのは将角だ。隣では桂が笑って二人を見ている。
将角と桂は、金太郎を応援するために同行しているのだ。
「そうは言うけどさ~。空気感っていうの? レイドスタジアムとはまた違った緊張感があるんだよ……。観客が目の前にいるし」
頼りなさそうに反論する金太郎を見て、将角が頭を抱えて黙り込んだ。
桂は将角の後ろで、何とも言えない困った笑みを浮かべながら二人を眺めている。
このSEEDの店舗三階のど真ん中。そこに大きく設置されたクロスレイド専用のフィールド。
レイドスタジアムのような本格的なレイドフィールドではないが、一応はレイドシステムを搭載した簡易型のレイドフィールドとなっている。
店内の広さは秋葉原の中でもかなり広めの方だが、そうは言っても流石にレイドスタジアムのような大きさのフィールドは設置できない。
観客のスペースも確保しなければならないため、迫力はレイドスタジアムのバトルと比べて劣るのは仕方ないだろう。
だが観客がすぐ近くにいることで、レイドスタジアムとは違った程よい緊張感とライブ感を体感することができるのだ。
金太郎以外の選手七名は次の通りとなっている。
北海道代表の三浦正和。
福島県代表の五十嵐亜紀。
東京都代表の井上正樹。
長野県代表の加藤智行。
京都府代表の相川円華。
愛媛県代表の越智啓介。
沖縄県代表の知念吉光。
そして────
「オォウ…………! 賑ワッテイルネェ!」
九人目の海外枠────アメリカ代表のデイビッド・ゴールドマン。
実のところ、デイビッドは予選に参加していないと言われている。
少なくとも数日前に金太郎たちが行った三次予選には顔を出していなかった。
金太郎たちは何も聞かされておらず、いつの間にかデイビッドのシード枠出場が決定していたということだ。
クロスレイド協会のアメリカ支部からの要望があったということだが、どこまでが真実なのかは不明だ。
単純にアメリカからの出場希望者の声を聞いて臨時的にシード枠を用意したのか、それともデイビッド個人からの直接的な要望なのか──。
そもそもアメリカで予選を行ったのかすら不明なのだ。
確実にわかっていることは、デイビッドが九人目の刺客として決勝トーナメントに参戦したという事実だけだ。
金太郎がデイビッドへ視線を送りながら呟いた。
「それにしても……まさかあのデイビッド・ゴールドマンが参戦してくるなんて聞かされてないんだけど……」
金太郎のぼやきに反応する桂。
「そうなの?」
「そうだよ。シード側はやだなぁ……。反対側にならないかなぁ……」
すると今度は、将角が怒りを顕わにして金太郎を怒鳴りつけた。
「情けねぇこと言ってんじゃねぇよ! てめぇは神奈川代表だろうが!」
「わ、わかってるよ……」
相変わらず桂は、二人の様子を面白そうに眺めている。
実は将角と桂も、この大会には参加していた。
今回のトーナメント大会は、最終的に各県から数名が三次予選へ進出できることになってはいたものの、ひとつの地区からは一名だけしか勝ち残れないシステムでもあった。
そのため、同じ地区の住人である金太郎と将角、および桂の三名が同時に三次予選へ進出することは物理的に不可能だったのである。
一次予選は各地区での総当たり戦。二次予選は各地区のトーナメント式で行われていた。
将角と桂も順調に勝ち進んではいたのだが、桂は二次予選トーナメントの二回戦で将角に敗退。そして将角も二次予選トーナメントの決勝戦で金太郎に敗退。
結果、金太郎たちの地区からは金太郎が神奈川県の代表として出場することになったのだ。
そのほかに、別地区から三名が神奈川県の代表として三次予選に参加している。
そして金太郎は三次予選も勝ち上がって、今回の決勝トーナメントに出場することになったという経緯だ。
将角と桂の二人が、今回応援という形で同行しているのは、そういうわけである。
金太郎たちが緊張感のない雑談をしていると、そこにデイビッドが乱入してきた。
「ヤァ! 君ノコトハ知ッテルヨ──ミスター金太郎!」
あまり流暢とは言えないが、なかなか上手な日本語だ。
「うおっ……! で、デイビッド……さん⁉」
海外の有名プレイヤーに声をかけられて動揺する金太郎。
デイビッドは、その瞳の奥底に得体のしれない不気味さを覗かせている。
「君──。半年ホド前ノ大会デ、ナカナカ興味深イモンスターヲ使ッテイタネ?」
「興味深いモンスター……?」
「…………金将〈ゴールド・ドラゴン〉ダヨ」
デイビッドの口から飛び出したワードに、得も言われぬ不安を感じた金太郎。
根拠のない胸騒ぎが金太郎を襲う。
そんな金太郎の様子に気づいたのか、無邪気な笑顔の裏に気味の悪い雰囲気を漂わせながら、金太郎に握手を求めるデイビッド。
「マァ……今日ハ正々堂々ト戦オウジャナイカ!」
「あ…………ああ。よろしく頼むぜ」
金太郎は少し気後れしながらも、デイビッドの握手に応じた。
その頃、すでに会場の壁に設置されたモニターにトーナメント表が映し出され、選手のみならず観客たちまでもがモニターへと群がり始めていた。
モニターの前が人々で騒めくなか、遠目にそのトーナメント表を確認する金太郎たちとデイビッド。
「オォウ! ミスター金太郎ト戦ウタメニハ、決勝戦ヘ勝チ上ガラナケレバナラナイネ!」
「そう……なるかな」
金太郎はトーナメント表を見ながら少しホッとしている。
トーナメント表は次の通りだ。
左からシードのデイビッド。第一回戦は、加藤智行VS相川円華、井上正樹VS三浦正和、五十嵐亜紀VS知念吉光、そして越智啓介VS御堂金太郎。
金太郎の一回戦の相手は越智。二回戦は五十嵐か知念のどちらかということになる。
そしてデイビッドを含めた左半分から勝ち上がってきた者と、決勝戦で戦うことになるのだ。
デイビッドが不気味な笑みを浮かべて言った。
「イヤァ……今回ノ来日ハ良質ナオ土産ヲ、イッパイ持ッテ帰レソウダネ!」
意味深な言葉を残して、その場から離れるデイビッド。
立ち去るデイビッドの背中を無言で眺める金太郎の表情を、不安が支配していた。