第4話 封印した想い
ひどく悪い予感がしたデゼルは、ネプチューンに懇願して、夜のうちに、相手だけして部屋に帰してもらいました。
ガゼルがどうして、あんなことを言ったのか。
まるで、お別れの言葉のようでした。
明日の朝にはもう、ガゼルはいなくなっているような気がしたのです。
「ガゼル様!」
ガゼルの血で真っ赤に染まった浴槽を見て、デゼルは心臓が止まるかと思いました。
ガゼルにはもう意識がありませんでしたが、かろうじて、まだ息だけはありました。
急いで止血すると、デゼルはガゼルに取りすがって泣きました。
闇巫女であるデゼルには、精神に干渉する魔法が多くあり、もっとはやく、ガゼルを救えたのです。
ガゼルが苦しいのは、公子だったこと、デゼルを愛していたことを覚えているからです。
その記憶を封印してしまえば。
ガゼルには苦しむ理由がなくなるのに。
デゼルはそれでも、公国で幸せに過ごした優しい日々を、二人の大切な思い出を、ガゼルの記憶から消してしまいたくありませんでした。
二度と会えなくなっても、記憶の片隅にでも、彼女のことを覚えていて欲しかったのです。
彼女のその願いが、ガゼルを追い詰めてしまったことを知り、デゼルは慟哭しました。
「ごめんなさい、ガゼル様、ごめんなさい……!」
意識のないガゼルに何度も謝ったデゼルは、涙を止めることもできないまま、彼女にとって一番大切な、大切な、ガゼルの記憶を封印しました。
公子だったこと、デゼルを愛してくれていたこと。
ガゼルの記憶に二度と戻らない封印をかけることは、デゼルにはどうしても、あまりにつらすぎてできませんでした。だからデゼルは、十歳の誕生日にもらったイヤリングを鍵に、ガゼルの記憶を封印しました。
ガゼルにもらった大切なイヤリングを、山賊たちの慰み者にされていた間に、デゼルはなくしてしまっていたのです。
デゼルはないも同然の鍵をかけて、ガゼルの記憶を封印しました。
**――*――**
翌朝、目を覚まして記憶がないことに途惑うガゼルに、デゼルは二人とも、滅ぼされた公国の生き残りだということだけ教えました。
「そう……とても、つらいことがあったような気がするんだ。戦争があったんだね。私はここにいていいのかな、出て行った方がいいのかな」
デゼルは皇帝の妾であることをガゼルに伝え、ガゼルには彼女の侍者としてここに残ることも、出て行って自由に生きることもできると答えました。
「私には行くあても、帰る場所もないってことだよね」
記憶をなくしたガゼルには、優しく誠実な人柄だけが残っていました。
ガゼルは静かにデゼルを見詰めて言いました。
「同郷の私が出て行ったら、デゼルは寂しくならない?」
へいき、と言おうとしたのに、デゼルには言うことができませんでした。
嗚咽を噛み殺して泣くデゼルを見て、ガゼルは異国で一人にされるとデゼルは寂しいのだと考えたようでした。
「泣かないで、デゼルが寂しいなら、傍にいるから。行きたいところも、したいこともないんだよ。覚えていないだけかもしれないけど」
でも、と、昨夜までの苦しみ方が幻だったような優しい笑顔で、ガゼルが言いました。
「今、したいことができたよ。デゼルを泣きやませたい。私がここにいれば、デゼルを泣きやませてあげられるなら、傍にいるから」






