婚約破棄と見せかけて王妃力を滾らせる公爵令嬢
お題をもらったので、ちょっと書いてみた。
『婚約破棄』。
細かいあらすじは、作中に。 @短編その2
簡単なあらすじ>>
マッキン皇国の嫡男・アルギルレオ皇子が、婚約者がいるにも関わらず、平民の女・マリーダにうつつを抜かして恋をして!あろう事か記念式典のパーティーで、10年来の付合いの婚約者である公爵令嬢・フィール嬢に対して『婚約破棄』を宣言!原因は、マリーダの暗殺未遂!眉唾物の証拠と証言を盾に、フィール嬢を追い詰める!「マリーダに嫌がらせどころか命を狙う不届き者!お前のいる場所はこの国には無い!さっさと出て行かねば、公爵家も取り潰すぞ!」とまで言う始末。危うし!フィール嬢!!
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本日は国を挙げての記念式典パーティー。
国の内外からの貴賓も大勢集まって、和やかに進行していた。
それが突然緊迫した空気に包まれ、招待客は押し黙ってその様子を見守るしかなかった。
突然始まった悶着は、マッキン皇国の嫡男であるアルギルレオ皇子の発した言葉で、口火が切って落とされたのだった。
「マリーダを甚振るどころか、暗殺まで企てるとは!私の寵愛が得られないからと、程がある行為!お前には随分前から愛想が尽きていた!フィール!お前とは『婚約破棄』だ!私達の目の前から消え失せろ!」
10段程高い舞台の上から、お相手の娘・マリーダの肩を抱き寄せて、アルギルレオ王子がフィールに向かって言い放つ。
対する婚約者であるフィールは、首をこてんと右に傾け、不思議そうな顔をしている。
「私が暗殺?」
彼女の暢気な態度に皇子は顔を赤らめ、犬歯が見えるほど大きな口を開けて吠えるように叫んだ。
「ああ!可愛いマリーダを、お前は殺そうとしたのだ!」
「アル様、怖かった・・・」
「ああ、大丈夫。私がマリーダを守るよ。・・シラを切る気か、フィール!」
眼光鋭く婚約者を睨んでいる皇子に構わず、フィールは従者から手渡された犯行調書を見せて貰う。
アルギルレオは証拠に証言が揃っているので、強気な態度だ。
「マリーダに嫌がらせどころか命を狙う不届き者!お前のいる場所はこの国には無い!さっさと出て行かねば、公爵家も取り潰すぞ!」
「・・・ふむ・・・まあ・・・はあ・・・」
「何をしている!返事ぐらいしろ!」
だがフィールは調書を熟思、返事は無しだ。
「あら。こんなモノが証拠?・・・まあ・・・」
「いい加減に、返事を・・しろっ!!」
憤慨した皇子は壇上を降り、フィールの側まで大股で歩いて近寄って、調書を取り上げた。
取り上げるのが乱暴だったので、数枚パラパラと床に落ちる。
落ちる数枚を『あらあら』と呟きながら、フィールは目で追って・・ふぅと大きな溜息を吐いた。
そして彼女の表情が、おっとりとした顔が・・・ジワジワと、変わる。
「アルギルレオ様。この調書で私を訴えられると、本気で思っているのですか?」
ギロッ!!
フィールは射殺す勢いでアルギルレオを睨んだので、彼は思わず一歩下がってしまう。
「なんだと!これはきちんと証拠として使えると「誰が言いましたの?宰相様?それとも只の文官風情?」
アルギルレオが言う言葉を無視して発言を被せ、フィールは一歩彼に迫る。
「こんな証拠よりも証言が多いようなモノなど、偽証し放題ではありません?」
「マリーダが証言している!証拠もマリーダが「ですから。もう一度調べましょう」
再びフィールは彼の言葉を遮り言い募る。
「そうですわね。我が公爵家には優秀な密偵がいますが、私が偽証すると思われても困りますの。
そうだわ!王所属の暗部!それなら偽証はあり得ません!ねえ、そこの下賤で不愉快極まる、そこ!」
フィールは、扇子をビシッと壇上の娘に向けて指した。マリーダは一瞬ビクッと肩を跳ね上げる。
「そうそう、そこの。お前です。口にするのも汚らわしい。やっていることもクズとは」
「お前!マリーダに」
皇子はフィールの肩に掴みかかろうとするが、パン!!扇子で手を叩き落とされた。
「実は『そこ』の事、陛下に相談して前もって暗部に捜査させてありますの。ケビン!」
フィールは従者のケビンを呼ぶと、革張りのファイルを銀盆に載せて足音を立てずにやって来て、彼女に手渡した。皇子は呆気に取られるばかりだ。
いつも物静かで、優しく温和だったフィールが、鋭い眼付きで彼を睨むのだ。
なんでも『そうですわね』と同意してくれた彼女ではなかったから、なんだか落ち着かない。
「これは、『そこ』のを徹底的に調べ上げた調書です。ご覧になります?貴方のお父上である陛下直属の、暗部が調べたのですから信じますわね?内容は既に陛下とお妃様はご存知ですわ」
「なっ・・・!」
「皇帝が決めた婚約を破棄するのですもの。暗殺が本当なのか、陛下に説明しなければいけません」
「あ、ああ・・そう、だな・・父に・・そうだな・・」
アルギルレオに暗部の調書を渡すと、彼は『要約』を読む。簡単な結果説明を読んで、息を飲む。
『暗殺は狂言・マリーダの計略によるもの・・・犯人をフィール嬢に仕立て上げる為に・・』
「アルギルレオ様。私はしておりません。神に誓って」
「・・・そ、そうか・・」
アルギルレオは今頃気付いたみたいな表情、そして狼狽している。
まさか思い浮かばなかったとは言わせない。この取って付けた様な証拠や証言で騙せると思っていたとは、浅はかな考え。皇子が書いたシナリオとは思えない。多分、『そこ』のが考えたのだろう。
だがこんなお粗末なシナリオでさえ見抜けず、彼女を断罪したのには正直ガッカリした。
それでも彼を見捨てられようか。これでも嫡男、皇子なのだから。
尻拭いは次期妃となる私の『仕事』ですもの。
後でゆっくりと調書を読んで貰う事にしよう。
『これ』の性根や悪巧みが羅列されているから、読めば反省と後悔で寝込むかも。
だが・・暗部が調べた調書にあった『アレ』が、ここまで思考に害を及ぼすモノだったのね。
フィールは不意に彼の体が心配になった。
「ああ、そうだわ。急がないと・・アルギルレオ様。今すぐに魔法治療院に入院して下さいませ」
先ほどまで睨んでいた怖い顔が、急に心配げな表情になったからなのか、アルギルレオの頭の中の何かが『とくん』と脈を打つ。鼻があと数センチでくっつく距離まで、顔が接近。
「アルギルレオ様。貴方は今、精神汚染に侵されています。『そこ』の・・『そこ』のくれた何か、飲食しました?」
「え」
話が急に変わったので、思わず彼女の顔を見入る。
フィールは真剣な表情だった。それは見覚えのある・・
アルギルレオは不意に、随分前の出来事を思い出した。
まだ二人共10歳に満たない年齢だった・・
城の庭園を二人で走り回って遊んでいて、アルギルレオが石に躓いて転んだのだ。
フィールはトテトテと駆けて来て、彼が膝に怪我をしているのを見て、
「痛いの痛いの飛んでけー!アルギルレオ様、痛いの治りましたか?まだ痛いですか?」
その時の顔も、こんな風に真剣で、心配してくれていて・・
何度も何度も『飛んでけー』をしてくれた。
懐かしく、心から大事な思い出だった。
とくん、とくん・・
頭の中が熱くなって、脈打つ程に何かが鮮明になっていく・・・
アルギルレオの目に、光が戻るのを見てマリーダは焦った。
「アルギルレオ様」
「アルギルレオさまーーっ!!」
「ゔっ」
フィールの声にマリーダの声が被さり、彼女の声を聞いた途端、アルギルレオは頭の中がグラグラ揺れ、体もぐらついた。
傍にいるフィールは彼を支えようとするが、180越えの長身の男だ、支えきれずに一緒に膝を折る。
「誰か!アルギルレオ様を医務室に!!魔法医師を呼んで!!そして『そこ』のを捉えよ!!」
「はっ!!!」
数人の騎士がマリーダを捕縛し、引き摺って出ていこうとするが、アルギルレオはそれを見て駆け寄り、騎士達を腕で掻き分けるようにして追い払う。
「わぁぁん、アルギルレオさまーーーー!怖かったですぅーーーー!!」
マリーダは涙を滲ませて彼に抱きついた。
そして勝ち誇ったように歪んだ笑顔を、フィールに見せつける。
が。
マリーダの隠しポケットにアルギルレオは手を突っ込んで、中の物を引っ張り出した。
小さな巾着袋が彼の手に握られていた。
「フィール・・・これを調べてくれ」
「あ、アルギルレオさま?返して!!」
「邪魔をしてすまなかった、騎士達・・連れていってくれ」
「え!!アルギルレオさま!!きゃあ!!」
騎士達は再びマリーダを捕まえて、今度こそ引き摺って出て行った。引き摺られながらもマリーダは暴れ、奇声を上げ続けていたが、それも遠くなって消えた。
「く・・」
「アルギルレオ様!!」
フィールはまだふらつく彼に取縋り、身体を支えるがまたしても力が足りず、二人はずるずると正座で床にしゃがむ事となった。
「大丈夫ですの?アルギルレオ様」
また昔のような、心配げな表情をして彼をみる。
アルギルレオは自分の至らなさを恥じた。
彼女は凄い。出来る。才色兼備。次期妃として相応しい。
国中、いや国外からも誉れ高い公爵令嬢で・・私は正直肩身が狭かった。
彼女に相応しくない、勝手に思い込んでいた。
平民の出で、気楽に付き合えるマリーダといると、落ち着けた。
手作りのお菓子だ、私のために作った、そう言われたらなんだか嬉しくて・・・
彼女となら自分らしくいられる。そう思った。
だが間違っていた。
我ら王族は、いついかなる時でも気を抜いてはいけないのに。
王族は平民ではない、貴族のさらに上の、国を統べる存在なのに。
私は次期王となる者なのに。
甘えなど許されない存在だったのに。
『アルギルレオさま!甘えていいんだよ!』
マリーダの菓子のように甘い言葉に縋って、自分を正当化しようとした。
本当に、愚かだった・・・
ようやく頭痛が治まり、全てが理解出来るようになった彼は、傍に寄り添っている婚約者に頭を下げた。
「フィール・・すまなかった・・私は・・甘えていた。間違っていた」
「・・・・・・・・」
「・・何か言ってくれ・・婚約破棄したいのは・・君の方だな・・私は・・愚かだった」
「・・・・・・・・」
「私の傍から・・離れてくれ。フィールに・・私は似つかわしくない」
急に彼の顔を両手で掴み、顔を持ち上げるとフィールは睨んだ。
「アルギルレオ様!!お黙りなさい!!」
「!」
そしてフィールは大声で言った。周りに聞かせるつもりでは無い、ただ大きな声で言わなければ、アルギルレオに響かないと思ったからだ。
「アルギルレオ様!!私は、この10年!!貴方の為に!!貴方だけの為に!!
努力に努力を重ね、精進してまいりましたの!!学問も!!魔術魔法も!!身嗜みも、お妃教育も!!
貴方が恥をかかないように!!貴方が自慢出来る様な!!貴方に・・あ、い・・・・」
フィールの目が潤み、口が震えた。
思いを振り払う様に、ぱちぱちと強く瞬きをすると、水滴が散って・・・
きゅっと顔を引き締め、高慢な笑みで彼を見た。
「それに!!この程度の瑣末な事で、いちいちオロオロしていては!!国の一大事なんて処理できませんもの!!アルギルレオ様を支え、お力添えが出来ないような者などお傍におけませんわ!!
いい事?アルギルレオ様!!これからも!!おいたが過ぎるようでしたら私!!」
パン!!
畳んだ扇子でアルギルレオの胸元を叩いた。そして音を立て扇子を広げ、口元に添えて微笑む。
「もっと良い殿方の所に輿入れしますわよ?そうね。海外の・・」
「ダメだ!!フィー・ル・・」
何か言おうとしているのか、口がわずかに話をするような動きをするも、そのままアルギルレオは気を失ってしまった。
先程まで高慢な笑みだったフィールは、今は泣きそうな顔でぐったりとした王子に付き添い退場。
時間として30分に満たない、本当に瑣末な事件は幕を閉じた。
パーティーは突然のお開きとなり、来客達は騒然としつつも解散して行く。
この出来事は『アルギルレオ皇子と婚約者の痴話喧嘩』として終了したのだった。
その後だが・・
袋に入っていた菓子には媚薬が練り込まれていた。
マリーダは皇子に『毒』を盛った罪で・・・どうなったかは不明だ。
皇子と婚約者は1年後に婚姻を果たした。
いつも悋気で劣等感に苛まれていた皇子も、妻の掌に転がされる心地良さを知るや、心にゆとりが出来たのだろう。いつしか王に相応しい人格となっていった。
それは随分昔、何年前のことだろう。
もう昔の事・・というか、皇帝はあの瑣末な出来事などすっかり忘れてしまっていた。
が。
妻で王妃であるフィールは、あの事を決して忘れていなかった。
こっそり、彼には知られないように、今も頑張っているのだ。
いつも美しく、賢く、王妃として、そして彼の妻として愛されるように。
ついでにこっそり・・・暗部に彼の身辺を調べさせている。今の所大丈夫の様だ。
もう40も過ぎた壮年だが、皇帝という地位を取ったとしてもモテる風貌で、彼も『まだまだ若い者に負けない』と余裕を見せる。本当に素敵だと妻も思うのだ。だから気が抜けない。
「浮気は赦さないから」
子供を4人産んでも未だ衰えない美貌を鏡に写し、王妃はニコッと微笑んだ。
ほぼ毎日短編を1つ書いてます。随時加筆修正もします。
どの短編も割と良い感じの話に仕上げてますので、短編、色々読んでみてちょ。
pixivでも変な絵を描いたり話を書いておるのじゃ。
https://www.pixiv.net/users/476191