第二十八話 決着
「始めっ!」
審判が試合開始を告げるが対峙する二人は動かない。
互いに武器も抜かず、見つめ合ったままだ。
「我が妹様は随分と優秀な手駒を手に入れたのだな」
「兄様……」
辛そうな表情で、悲しそうな声でアヤセが兄を呼ぶ。
しかしその思いは伝わらない。
「女はいいな。私が血反吐を吐く思いで修練している間に、少しよろしくするだけで簡単に力を手に入れたわけだ」
「わ、妾はそのようなことはしておらぬのじゃ!」
どうしてそのようなことをいうのか。
アヤセが責めるが彼は聞く耳を持っていないようだった。
「くくく……、だがそれもこれまで。私が手に入れた力の前に絶望するがいい……」
若様が虚ろな目で胸元から黒い物体を取り出す。
見ているだけで嫌悪感を与えてくるそれ。
「ようやく、ようやく力がたまった……。力を開放せよ。闇瘴石!」
若様の持っていた黒い石から目に見えるほど濃い瘴気が溢れ出る。
「な、なんなのじゃそれは!?」
「ふははは……! お得意の魔法を使ってみたらどうだ? 使えるものならな!!」
呆然とするアヤセに若様が嘲笑を投げつける。
なるほど、周囲に溢れた瘴気が魔力の動きを阻害しているのか。
魔法がかなり使いにくくなっている。
俺でこれなら、アヤセでは魔法は使えないだろう。
「それでは、死ね」
若様が剣を抜く。
怪しく紫に煌めく剣が、ゆっくりと彼女の首元へと差し出された。
「姫様!!!」
「っ!!」
ミサトさんの悲鳴に我に返ったアヤセが危ないところで切っ先を躱した。
無防備な妹へ、躊躇なく刃を突き刺そうとしやがったぞこいつ!
「お、おい! これは試合だぞ!? 殺すつもりか!?」
「はは、もちろん寸止めするつもりだぞ? 現に当たらなかったではないか」
慌てて声を掛けるが試合の邪魔をするなと一蹴されてしまう。
危ういバランスでなんとかアヤセは耐えている。
これを無理やり止めたらその隙きに斬られかねないか。
くそ、こうなったらバレないように介入するしか無い。
「はっ!」
「ふん、魔法なしでも多少はやるようになったではないか」
「このっ!」
「兄より優れた妹など要らぬ!」
だが、二人は立ち位置を目まぐるしく変える。
せめて補助魔法をと思ったが、これでは介入のしようがない。
薄紫の靄で満たされた中庭に火花が舞い散る。
鍛えたといってもアヤセはまだ子供だ。
若様が本気になれば、魔法なしなら決着はそこまで長引かないだろうに。
「苦しいか? 苦しいよな?」
「くっ」
甚振るように、嬲るように、若様はアヤセを削り取っていく。
鎧で守られていない腕を、太ももを、そして頬を。
巧みな技で掠め、浅く切り裂いていった。
「疾っ!」
時折アヤセの細剣が若様の全身鎧を叩くが貫くには至らない。
アヤセの技術なら鎧の隙間を抜く事もできるだろうに、兄を傷つけることに未だ抵抗があるのかもしれない。
だが、このままでは彼女は殺されてしまう。
仮に死ななかったとしても、彼女の心は死んでしまうかもしれない。
「姫様、いや、アヤセ!」
そう思った時、不意に口から叱咤の声が飛び出していた。
「自分の夢を掴み取れるのは、自分の手だけだぞ!」
「っ!!」
「外野が口を出すな! くっ!?」
アヤセの剣閃の鋭さが増した。
彼女の連撃に若様が押され始める。
彼の表情に先ほどまであった余裕は消え去っていた。
「お師匠様、感謝するのじゃ!」
先程まで腐った魚のような目をしていたアヤセの瞳に光が宿る。
「なっ!?」
若様が驚くがさもありなん。
周囲一体は魔法が使えないはずなのに、彼女の武器は、体は淡く輝き始めたのだ。
「なぜ魔法が使える!?」
「兄様は知らぬかもしれぬが、魔法は技術じゃ!」
細剣の鋭い一撃が若様の肩を貫く。
「ぐっ!! いったい何を言っている!?」
「紫の靄がかかっている空間が魔法を阻害するのなら!」
脚を、腕を、手首を。
「くっ!」
「体内で魔法を行使すればいいのじゃ!」
急所を外しながらアヤセは的確に貫いていく。
「兄様、さよならなのじゃ……」
「……」
跪いた若様の後頭部に、アヤセは剣の柄を叩き込んだのだった。
「そこまで! 主将、アヤセ様の勝利!」
審判が少し遅れてアヤセの勝利を宣言した。
判定を最後まで聞かず、アヤセはこちらに振り向き、歩み寄ってくる。
その表情は、憑き物の落ちたような晴れやかなものだった。
「お師匠様、勝ったのじゃ」
「うん、お疲れ様。よく勝てたね」
「やるやん!」
「すごかったです……」
「アヤセ、偉い」
正直負けたと思っていた。
体内で魔法を構築、発動するなんて俺にはない発想だった。
完全に、彼女の勝利だ。
「ふふ、ありがとなのじゃ。皆もありがとなのじゃ」
俺が頭を撫でると花が咲いたように微笑む。
その顔が血で塗られてなかったら少しときめいてしまっていたかもしれない。
危ない危ない。
「さて、父様。勝者としてお願いがあるのじゃ」
これまで黙って観戦していた伯爵にアヤセは向き合う。
こちらからは背中しか見えないが、しっかりと前を見据えたその立ち姿に不安はない。
「……、聞こう」
彼女は家を出る。
そう決めたらしい。
「それではお師匠様、これからもご指導ご鞭撻、よろしくお願いしますのじゃ!」
「娘を頼んだ」
アヤセはこちらに振り向き、ペコリと頭を下げる。
その後ろでは伯爵が椅子に座ったまま軽く頭を下げていた。
どうやら俺に拒否権はないらしい。
それと世話役としてミサトさんを着けてくれるそうだ。
完全に巻き込まれた形となった彼女には申し訳ないが正直助かる。
貴族のお嬢様の面倒なんて見れる自信ないし。
まぁ、アヤセがこのまま家にいてもいいことはあるまい。
それに乗りかかった船だ。
一教育者として、彼女が一人前になるまで面倒を見るのは吝かではない。
「して、グンマーじゃったか? ドワーフには会ったことがないから楽しみ……じゃ……?」
「姫様!?」
いつぞやのごとく彼女は地面へと倒れ込む。
無理して魔法を使った反動かな。
仕方がなかったとはいえ、まだ瘴気が残ってるわけだし。
「きゅ、急に全身に力が入らなくなったのじゃ……。それに気持ち悪い……」
「瘴気吸収」
「うぅ……、まだ辛いのじゃ、お師匠様、ベッドまで運んで欲しいのじゃ……」
そう言ってアヤセは俺にしなだれかかってくる。
なんか今までと甘え方が違うような……?
今までは険はないものの、あくまで師匠と弟子といった感じだったのに。
と、そこまで考えたところで久しぶりに鉄壁のガードが発動した。
「任せとき!」
「友人として看病する……」
「ちゃんと着いているから安心して」
「ちょっ!? 皆、やめるのじゃ!!」
小太郎たちに担ぎ上げられたアヤセは悲鳴を上げながら館へと連行されていくのだった。
「さてっと、それじゃ教えてもらえますか?」
皆居なくなった中庭で、俺は若様と二人、向き合っていた。
勝者の権利として、それを要求したのだ。
「……、この石は、流れの商人から買ったものだったんだ」
妹への嫉妬。
それがこの石を握っていると抑えられていたらしい。
だが、徐々に歯車は狂い出す。
可愛いはずの妹が、なぜか憎く感じてきたのだ。
「距離を取ろうとしたんだ。だが……」
同じ家に住んでいるのだ、どうしても顔を合わせることになる。
少しずつ、少しずつ澱は溜まっていった。
「そして気がついたら、私は……」
「なるほど……」
それで全身が瘴気に汚染されていたのか。
微量な瘴気による長期の汚染は体調などに現れにくく、気がついたら手遅れになっていることが多い。
幸い、彼の場合は外的要因だから闇瘴石さえ手放せば時間はかかるものの改善するだろう。
「妹さんはしばらく俺が預かります」
「そう、か……。それがいいだろう。幸い妹も貴殿に懐いているようだし」
「おそらくですが、一年程度で瘴気は抜けきります」
「その間は魔法は禁止、わかっているよ」
貴族の権力の根源を使えなくなるのは痛いかもしれないが、彼はまだ当主ではない。
伯爵がメインだからどうにかなるだろう。
「いろいろと面倒をかけてすまなかった。本当に助かったよ」
「いえ、大したことではありませんから」
「まったく、話は聞いていたが貴殿は本当に欲がないな」
いや、俺にも欲はあるけどね?
そこまで多くのことを求めてないっていうだけで。
「それで、貴殿への報酬は本当にそれだけでいいのか?」
若様は俺が手に持つ闇瘴石を眺めながら首を傾げる。
まぁ、普通に考えればそんな呪いのアイテムはなんの価値も持たないんだろうけどね。
「ええ、ちょっと訳ありでしてね。破棄する必要があるんですよ」
闇瘴石。
解析魔法をかけてわかったのだが、こいつは魔物製造技術の一角だった。
「こうしてね」
「ん? オリハルコンか? また珍しいものを持っているのだな」
若様の視線を感じながら積層型多重魔法陣の刻まれたカードを闇瘴石に近づけ、魔力を注ぐ。
するとカードの中心から輝く手のような触手が現れ、闇瘴石を掴みカードの中へ飲み込んでいった。
「それは……」
「これでよしっと」
「ウリュウ殿、貴殿はいったい……」
「冒険者兼魔導士、時々貴族の風来坊。そんなところです」
アヤセにいったものと同じ自己紹介をしてみる。
「はは……、いいだろう。貴殿を信じるとしよう」
「すみません、どうしても言うわけには行かないんです」
下手に知ってしまうと彼に危険が及ぶかもしれない。
知る人間は少ないほうがいいのだ。
「いいさ。貴殿は義理の弟なのだからな」
「はい?」
「さて、ここは冷える。館に入ろう」
そう言って若殿は立ち上がり、振り返りもせず去っていった。
固まった俺を放置して。
――そして五年後。
「長かったな……」
「そうでもない」
横に立つ小太郎が眠そうな声で俺のつぶやきに返事を返す。
「そら先輩は千年近く生きとるからそうかもしれんけどなー」
「私たちからすれば結構な時間だったんですよ?」
タマモとナナオが苦笑いを浮かべながらそれに続く。
目が覚めてから五年。
小太郎は変わらないがタマモとナナオはすっかり大きくなった。
そして過去、厄災をもたらした技術はそのほとんどを回収、処分することに成功した。
厄災をもたらしただけあって、その技術の数々はどれも俺たちを困らしてくれたが、今となってはいい思い出だ。
「それで、これからどうするん?」
「そうだな……」
世界の危機はとりあえず去ったと思っていいだろう。
これからは、そうだな……。
「しばらくは領地の面倒を見るとしようか」
「アヤセちゃんに任せっきりでしたしね」
「ん、放置しすぎ」
ウリュウ辺境伯領。
お取り潰しとなったチバラギ辺境伯領をそのまま受け継いだ領地だ。
広大だが、その分魔物も多い。
アヤセも苦労していると時折手紙をよこしていたのを思い出す。
「それじゃ、帰るとしますか」
俺は、最後のダンジョンを一瞥するとこれからの生活に思いを馳せるのだった。




