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第二十七話 病床にて

「妾には腹違いの兄が居る」

「ええ、伯爵から聞きました」


 マツ・ド・シモサ伯爵には正妻の他に側室がいる。

 彼女の兄はその側室の子供、そしてアヤセは正室の子供だそうだ。


 正妻との間になかなか子供が出来ず、側室を入れ、無事跡継ぎとなる男の子が生まれた。

 特別優秀なわけではなかったが、優しくおおらかな人物だったらしい。


「じゃが……」


 その後、正妻との間に生まれたアヤセが成長し才能の片鱗が現れるにつれて、彼はアヤセへ冷たく当たるようになっていったと。


「父様が下剋上で当主になっておるからの。同じように自分が追い落とされるかもしれないと思ったのじゃろう」


 そもそも女の身で当主になどなれるものではない。

 アヤセは悔しげにつぶやく。


 アヤセが兄を抑えて当主になるなど、完全な杞憂なのだが彼はそうは思わなかったらしい。


「そんな妾に、使用人たちは近づこうとはしなかったじゃ」


 将来の主に目をつけられる訳にはいかないと皆遠巻きに見るだけだったそうだ。


「当然、友人などできようはずもない」


 通常貴族は家臣の子供や使用人の子供などと友人となることが多い。

 現に彼女の兄も、幼いころはそういった友人とよく遊んでいたらしい。

 そして友人たちはそのまま成長し、信用のおける配下となるわけだ。


「じゃが、そんな妾にもはじめての友人ができたのじゃ」


 ミノリ。

 それは獣人の少女。

 伯爵が外で遊んでいた際に作った子供。

 認知こそされていなかったが支援はしており、母子で時々館を訪れていたらしい。


「ミノリは、妾なんぞよりずっと才能があった」


 頭もよく、魔力も優れていた。

 もし、獣人でなければ独力で爵位を得られたほどに。


「そして妾は約束したのじゃ。ともに宮廷魔導士となり、いずれは十三杖になろうと」

「なるほど……」


 たしか王を守護する十三人の強力な魔導士のことだったよな。

 高い目標だが、彼女たちには手の届きうる希望だったのだろう。


「兄様はそれが気に食わなかったのじゃろうな」


 自分は警戒しているのに、当の本人は自分を相手にせず下賤な獣人と希望を語る。

 やがて追い詰められた彼は、一つの命令を『お友だち』に下す。


「兄様が妾たちを疎んじていることはわかっておった。それでも愚かな妾は少数の護衛とともに、丘へと訓練に出かけたのじゃ」


 二人ならどんな手練(てだれ)に襲われても撃退できると過信し。

 大した警戒もせず、いつもの道を、いつもの時間に、いつもの馬車で。

 その日、護衛の様子がいつもと違い、少したどたどしい感じだったのにも気が付かず。


「訓練の帰りじゃ。体力も魔力も使い果たした妾たちを、ならず者共が襲ってきたのは」


 奇しくも俺と出会った時のように、移動中の馬車が山賊に襲われたらしい。

 しかも連中は山賊程度が持てるはずのない強力な魔道具で武装していた。

 護衛の兵士は大した抵抗もできず切り捨てられたそうだ。


「後で調べてみれば護衛は皆、新兵じゃった。伯爵家の令嬢の護衛に、新兵があてられていたのじゃ」


 それも身分の低い家出身の者のみだったと。


「妾は最後まで気が付かなんだが、ミノリは気づいておったんじゃろうな……」


 護衛が切り捨てられたのを見たミノリは、即座に逃げるようにいったそうだ。


「もちろん、一緒に逃げようとはいったのじゃ……。じゃが、ミノリは時間を稼いでから逃げると……」


 それは彼女の自分への言い訳だろう。

 自分自身わかっていたはずだ。


「妾は、妾は、ミノリを置いて、ミノリを囮にして、逃げ出したのじゃ……。二人でなら勝てたかもしれないのに……」


 はじめて死を目の前にして、恐怖に負けて逃げ出したと。

 気がつけば、彼女の見開いた大きな双眸(そうぼう)からは涙が溢れ出ていた。


 アヤセが街へと戻り、騎士たちを連れて戻ったときには山賊は皆、地面に伏せていたそうだ。

 そして、ミノリも四肢を失い瀕死の重傷だったらしい。


「今考えれば騎士団に救援を求めたのも危険だったかもしれぬの」


 そうはいうが、他に手はないのではと思う。

 使用人たちは皆兄の味方。

 兵士たちも、それを取りまとめる者には兄の手のものがいるだろう。

 ならば貴族である騎士の方がまだマシだったのではないだろうか。


「ともかく妾は、ミノリと約束したのじゃ。必ず宮廷十三杖になると、ミノリの夢を代りに叶えてみせると」


 死者との約束か、重いな……。

 少女の小さな肩で耐えられるようなものではない。

 それでも耐えられたのは、ひとえに彼女の才能によるものだろう。

 しかしこれが彼女の溜め込んでいた毒か。


「だから、だから妾は強くならねばならぬ! どのような妨害も切り捨てられる剣と、どのような敵も焼き尽くせる魔法を得なければ!」

「姫様」

「下手な慰めなどいらぬぞ? それとも弱った妾を掻き抱いて(かきいだいて)みるかの?」


 そういいながら彼女はこちらに両手を広げてみせる。

 慰めれば今この一時だけは誤魔化すことが出来るかもしれないが、いずれ彼女は再びその幻影に苦しむことになる。

 だから今辛くとも、ここでその幻影を断ち切ろう。


「慰めはしません」


 その代わり一つだけ訂正させてもらう。


「宮廷十三杖になるのは、ミノリさんの夢だったのですか?」

「話を聞いておらなんだか? その通りじゃ」

「宮廷十三杖になる、それはお二人の夢だったのではないですか」

「っ!」


 アヤセは衝撃を受けた表情を浮かべ、歯を食いしばる。


「お主に……、お主に妾とミノリの何がわかるというのじゃ!! もうよい! お主など、もう師匠とは思わぬ! 即刻部屋から出て行け!!」

「姫様!?」

「ミサトさん、あとは頼みます」


 飛んできた枕をキャッチし、ミサトさんに渡すと俺は軽く一礼して部屋から退出することにした。



「ご主人様……」

「あはは、教育係クビになっちゃったね」


 明るく言ってみるが少し凹む。

 必要なことではあったが、教え子にああもいわれてしまうと……。


「せやけどよかったん?」

「まぁ、あのまま若い才能が腐っていくのは放ってられないと思ってさ」


 そりゃ適当に慰めておけば波風は立たなかっただろうけど。

 教育者の端くれとして、そういう訳にはいかないと思ったのだ。


「ご主人様、お人好し」

「うちらはなんともいえんなぁ」

「それで助けていただけたわけですし……」


 職を失ったものの、彼女たちは特に不満はなさそうだった。

 この館の食事や部屋、それに新しく出来た友達(アヤセ)のことを結構気に入ってたように見えていたから少し意外だ。


「どうせもうすぐ出立する予定やったんやろ?」

「ん? そうだけどよくわかったな?」


 もう少し魔法の基礎を教えてからとは思っていたけど、誰にも言ってなかったんだけどな。


「蔵書もほとんど読み終わっているようでしたし……」

「次の街への道とかも調べてた」


 よく見てるなぁ。

 さてと、それじゃ伯爵に声をかけて御暇させてもらいますかね。


 アヤセの話を聞くのに結構時間が立ってしまっている。

 もう朝食を終えて執務室に移動しているだろう。


 俺は見納めになるかもしれないと、一ヶ月過ごした館の廊下をのんびり歩くのだった。

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