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第二十六話 瘴気

「あたた……」

「うっぷ……」


 翌朝、同じタイミングで朝食の席についた俺と伯爵は目を合わせて苦笑いをかわす。

 昨夜飲みすぎた俺たちは二人して二日酔いになっていたのだ。

 というか最後の方は記憶がない。

 途中から伯爵の愚痴大会になっていたし、聞いてはいけないことまで聞いていた気がするから記憶がなくなっててよかったのかもしれないが。


「水をどうぞ」

「うむ……」

「ありがとうございます……」


 侍女さんから差し出された水を飲み干し、ようやく目の覚めた俺はテーブルの上の膳に目をやる。

 重いものだときついと思っていたが、俺と伯爵のメニューは軽く抑えてくれてあるようだった。


 蜆の味噌汁、大根おろし、豆腐、漬物、そして白米。

 二日酔いの朝には理想といえる献立だ。


「昨夜は無理に突き合わせて悪かったな」

「いえ、楽しい時間を過ごせましたので」

「そうか」

「ええ」


 いただきますと一言そえ、味噌汁の碗を傾けた。

 空っぽの胃に味噌汁が染み渡る。


「「あ゛ぁ゛……」」


 思わず口からこぼれた声が重なる。

 ちらりと伯爵の様子を伺ってみたが、俺と同じく幸せそうな顔をしていた。


「ん、そういえば……」


 今更小太郎たちがいないことに気がついた。

 伯爵家の中で万が一など無いとは思うが、少し焦る。


「小太郎たちは?」

「はい、お嬢様方は既に訓練を始めております」


 保護者失格だと思いながら侍女さんに聞くと、少し呆れた様子で答えが帰ってきた。


 そういえば少し日が高いようなきがする。

 少しばかり寝坊してしまったようだ。


「昨日と同様、午前中は書庫で自習をされておりました。先程昼食を取られ、今は魔法の訓練を始められております」

「……」


 少しどころか盛大に寝坊してしまったらしい。

 ま、まぁ考えてみればここ最近ずっとバタバタしてたし、たまにはいいよね?


「食後、旦那様には予定していた書類の整理がありますのでご了承願います」

「わかっておる……」


 つまらなそうに豆腐を突きながら伯爵は侍女へお茶を要求していた。

 俺と違って責任のある立場だと大変だな。

 ご飯は美味しいし、風呂も素晴らしかったが、そうなりたいとはあまり思えない。


 口には出せないが、伯爵の立場はある意味奴隷とあまり変わらない気がする。

 奴隷の首輪の代わりに責任に首を絞められているというか。


 『当主になどなるものではなかった』か。

 初めて会った時の言葉を思い出す。


 あれは存外冗談ではなく本音だったのだろう。

 昨夜の愚痴を思い出せば理解できる。


 当主を目指している時ははっきりとした目標もあったし、充実感に満たされていた。

 しかし、当主になった途端、押しつぶされるほどの仕事量に目を回したらしい。


 それにお家騒動の結果、親戚からは白い目で見られることになったと。

 まぁ、白い目で見られることになったのは他の原因な気がするけど。


「ああ、そうだ。貴殿がよろしければしばらくの間、当家の食客になってはいただけないか?」

「よろしいのですか?」

「うむ、指導をするにもその方が都合が良かろう」


 たしかにそのとおりだ。

 御飯も美味しいし、風呂にも毎日入れる。

 断る理由はなかった。


「それでは、今日も娘を頼む」

「承りました」


 とはいえ、もう昼下がりだからあんまし時間無いけど。

 俺は今日は何をするか考えながら漬物を飲み込んだ。



「おはよう」

「あ、ご主人様。おはようございます……」

「ご主人、おそようやでー」


 俺が声を掛けるとタマモとナナオが手を止めてこちらにペコリとお辞儀をしてきた。

 二日酔いの頭にその可愛らしい狐耳が幸せをもたらしてくれる。


「お姉ちゃん!」


 茶化すタマモにナナオが柳眉を逆立てる。

 が俺は気にするなと手を降った。


「おそよう」


 小太郎は魔力を放出しながら軽くこちらを一瞥するだけだ。

 愛想が悪いというよりその余裕が無いといった感じだが。


「小太郎さんまで! ご主人様に失礼ですよ!?」

「ああ、いいのいいの。今日のは俺が悪いし。それより邪魔して悪かったね、そのまま続けて」

「は、はい……」


 それにしても、アヤセは凄い集中力だな。

 俺が来たことに気づくことなく魔力操作の練習を続けている。

 昨日よりほんの少しだけ収束率が上がっている気がする。


 微々たるものだけど積み重ねが大事。

 彼女はその事をよく理解しているようだった。


「ふぅ、そろそろ魔力が尽きてきたの……。ん? お師匠様、いつの間に。おはようなのじゃ」

「遅れて申し訳ありません」

「大丈夫なのじゃ。幸いたった今ちょうど魔力が尽きそうになったところじゃしの」


 訓練を続けるから魔力をよこせという彼女に俺は苦笑いを浮かべて魔力を渡してやる。

 休みなくずっと訓練し続けていたのだろう。

 タマモたちのほうが総魔力量は少ないのに、同じタイミングで尽きるとはな。


「あまり無理しないように。疲れたと思ったら手を止めて休むのも大切ですよ」

「うむ、善処するのじゃ」


 わかってるのかね?

 まぁ毎日となると問題あるけど、明日は一般教養の日だから大丈夫だろう。


 そう思ってこの時あまり注意をしなかったのだが、あとになって俺は後悔することになるのだった。



「姫様が倒れました!」

「え?」


 一ヶ月後のある日の朝、俺に充てがわれた部屋にミサトさんがノックもなしに飛び込んでくる。

 この人がこんなに慌てるなんて珍しい。

 って今なんて言った?


「急に高熱を出して苦しみだしまして、当家の主治医では原因がわからず……。それでウリュウ様に見ていただきたく……」

「わかりました、すぐ行きます」


 医療知識は一般常識に毛が生えた程度だが、それでも役に立つかもしれない。

 なんせ今は文明がかなり後退しているからな。

 学生時代に研修で習った知識を思い出しながら俺たちは廊下を走る。

 後ろを追いかけてくる小太郎たちも心配そうな様子だ。


「姫様、おまたせしました」

「お師匠様……、見苦しいところを見せて申し訳ないのじゃ……」


 薄暗い部屋の中。

 彼女は額に汗を浮かべ、苦しそうにベッドに横たわっている。

 俺にはひと目見てその原因がわかった。

 アヤセの急な不調は、完全に俺が悪い。


「ウリュウ様、どうでしょうか……」


 不安そうに俺を伺ってくるミサトさんを無視して俺は彼女へと近づく。


「お師匠様……」


 アヤセの濡れた瞳が俺を見上げる。

 伯爵にも申し訳ないことをしてしまった。

 俺を信じて任せてくれたというのに。


 俺は目をつぶりながら彼女の(ひたい)へと手をやり、念の為解析魔法をかけた。


「やっぱりですか。姫様、訓練の日以外もずっと魔力操作の練習をされていましたね?」

「……」


 沈黙が答えだ。

 やはり彼女は毎日魔力操作の訓練をしていたのだろう。


瘴気吸収マイアズマ・アブソープション

「んぅ……、凄いの。少し楽になったのじゃ」


 ふぅ……。

 少し気持ちが悪いが、これは俺のミスへのペナルティーと思って甘受するしかないな。


「しばらく魔法の訓練はお休みです」

「な、なぜじゃ? 妾が不甲斐ないからか!?」

「落ち着いてください、体に障りますよ」


 取り乱しベッドから起き上がろうとする彼女の肩を抑え、再び寝かす。


「しかしっ!」

「ちゃんと説明します。ただ、その前に謝らせてください」


 師匠として謝るべき時に逃げるような姿を見せたくなかった。

 俺の自己満足かもしれないが、それでも俺は師匠なのだから。



「なるほどの……、そんなことがあるのじゃな……」

「ええ。魔法を使うと瘴気と呼ばれるものが体に蓄積します」


 自分の魔力回復量程度の魔力使用量であれば、それは大した問題を起こさない。

 だが、彼女は自らの回復量に加えて俺から供給した魔力を使用していた。

 週に3日程度訓練のない日があったが、その日も一人でこっそり練習していたのだろう。

 結果彼女は倒れた。


「しかしお師匠様が謝ることなど、なにもないのではないか?」

「俺は魔力の使いすぎの弊害を知っていました。そして姫様が努力家であることも」


 にもかかわらず、軽く注意するだけに留めてしまった。

 ちゃんと説明しておけばよかったのにしなかった。


「なので、姫様が倒れた責任は俺にあります」

「……、どうしてじゃ?」


 アヤセは俯き、小さく震える。

 悔しさと、情けなさ、そういったものがごちゃまぜになっているのかもしれない。


「俺は大人です」

「妾を子供扱いするか……」


 気持は理解できるが、事実彼女はまだ子供だ。

 大人は、大人としての責任を取らなければならない。


「そして姫様のお師匠様ですから」

「っ!!」


 ましてや俺は、彼女のお師匠様なのだから。

 俺が苦笑いを浮かべると彼女は顔を上げ、俺の目を見つめてくる。


「一度瘴気が限界まで貯まると、散るまでそれなりに時間を要しますから」

「残念じゃ……」


 彼女は悔しそうに布団を握りしめる。

 まだ小さいんだし、あまり焦る必要はないと思うんだけどな。


「妾は、強くならねばならぬというのに……」

「……、理由をお聞きしても?」


 強くならねばならない。

 その言葉に自然と問いがこぼれた。


「……、お師匠様たちになら教えてもよいかの……」


 そういうと彼女はぽつりぽつりと語り始めるのだった。

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