第三話 豚肉の包み焼き
星空の下、村人たちは天へとジョッキを掲げる。
「魔導士様に乾杯!!」
「ウリュウ様に乾杯!!」
「勝利に乾杯!!」
村の中央広場には篝火が焚かれている。
村人たちは口々に生還を言祝ぐと、手に持った木のジョッキに注がれたアルコールを嚥下していった。
そんな姿を俺はぐったりとしながら眺める。
村人たちは俺を胴上げしながら村を一周練り歩き、終わった頃にはすっかり目が回って立てなくなっていた。
彼らは人を神輿か何かと勘違いしているのではないだろうか。
「ウリュウ様、こちらにおられましたか」
「ウルガさん」
ウルガさんもその例に漏れず、片手にジョッキを持ってやってくる。
反対の手には皿を持っているが杖を脇に挟んでいるせいで少し持ちづらそうだ。
「みんな楽しそうですね」
「いやはやお恥ずかしい。皆、生還できたことに歓喜しております」
隣をよろしいですか?
と聞いてくるウルガさんに俺は少し腰をずらす。
「このような椅子しかなくて申し訳ないのですが……」
「お構いなく。むしろ趣があっていいと思いますよ」
丸太を横に並べただけの椅子なんて初めてだけど悪くない。
しかしウルガさんには社交辞令と取られたようだった。
「そういってもらえると助かります。こちらも粗野な料理ですがよろしければ」
「お、美味しそうですね」
苦笑いを浮かべるウルガさんが差し出した木の皿の上には、串に刺さった焼き肉が並んでいた。
ハイオークの肉を串に刺して焼いただけの簡単な料理。
だが、肉の旨味を存分に味わうことが出来るだろうそれ。
滴り落ちる脂とふわっと漂ってくる焼けた肉の香りに思わず生唾を飲み込む。
「ウリュウ様のおかげで皆無事ですみました。本当にありがとうございます」
「ああいえ、大したことではありませんから」
そう言いつつ、俺の目線は串肉に釘付けだ。
ウルガさんの言葉を適当に流しつつ串に手を付ける。
「はは、さすがは魔導士様ですね。我々庶民とは住む世界が違う」
「うっま! とろけるように柔らかい肉質、噛めば口の中に上質な脂が広がる! 鼻腔に広がる脂の香りは嫌味なく爽やかに抜けていく……」
くそ、この肉、旨すぎるぞ。
今まで食っていた肉がなんだったのかと思ってしまう。
っと、今は話している最中だった。
「あ、すみません。何でしたっけ?」
「……、いえ、喜んでいただけて幸いです」
ウルガさんは丸太を輪切りにしたテーブルの上に皿を置き、ジョッキを傾ける。
なにか言いたげというのはわかるのだが、俺は肉に夢中だった。
「ハイオークは初めて食べましたが、本当に美味しいですね!」
「え、ええ、そうですね。……それにしても、本当に良かったのですか?」
「え? 何がです?」
「ポルクの肉ですよ、それに魔石も」
「ああ」
三匹いたハイオーク。
その中でも一際大きなハイオークのリーダーであったポルクの肉はウルガさんたちにあげることにしたのだ。
きっとものすごく、ものすごく美味しいのだろうが、俺はそれを辞退したのだ。
あと用途のよくわからない魔石も半分ほど。
全部渡そうとしたが、それは固辞されてしまった。
「仇だったのでしょう?」
「ええ、ですが……」
ウルガさんの妻も、そして村人たちもやつの犠牲になった者は多数いる。
それを俺が横からかっさらう訳にはいかないだろう。
「まぁ、俺はこれで満足してますから」
串を軽く振ると脂がぽたりと落ちてしまった。
ああ、もったいない。
「そういっていただけると……」
「あ、ウリュウ様! こちらにいらしたんですね!」
ウルガさんと話しているとヒナちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくるのが見えた。
彼女の手には二つの木製のジョッキが。
「ヒナ?」
「あれ、お父さんも居たんだ」
無視したわけではないだろうが、気が付かれなかったことに若干同様を浮かべるウルガさん。
しかしゴホンと咳をすると威厳のある父親らしく胸を張る。
「ヒナ。今はウリュウ様と大人の話をしているんだ。子供は下がっていなさい」
「お父さん、ウリュウ様飲み物持ってないんだけど?」
少し厳しいトーンで言うも、ヒナちゃんの少し冷たい声に撃沈されるのだった。
「あっ、これは失礼!」
「いえいえ、それでヒナちゃんは俺に飲み物を持ってきてくれたのかな?」
「はい! すみません、遅くなっちゃって」
遅くなったとはいいつつ、そのタイミングは完璧だった。
肉を二口食べ、口の中を一度流したい。
その時を見計らったかのような瞬間にヒナちゃんは来たのだ。
「私も座ってもいいですか?」
「ん? どうぞ」
と、軽く丸太の端っこに避けたのだが……。
「失礼します」
「え? そっち?」
「ヒ、ヒナ!?」
てっきりウルガさんの隣に座ると思っていたら反対の俺の隣に座るヒナちゃん。
ちらりとヒナちゃんが来た方を見ると一人のおばさんがこちらに向かって親指を立てて笑っていた。
あの人の差金か。
「えっと、ヒナちゃん?」
隣に顔を向けるとヒナちゃんと視線が絡まった。
「あの! 二度も命を助けてくれて、本当にありがとうございました!」
「あはは、どういたしまして」
上目遣いで言われると子供とはいえちょっとドキッとしてしまう。
ウルガさんは親の欲目だといっていたが、間違いなく将来は美人になるとわかる。
そんな少女が、目を潤ませて上目遣いで、だ。
「私、私、ウリュウ様が居なかったら、とっくに死んでたかゴブリンの慰み者になってました……」
「そんなことは……」
あるかもしれない。
たかがゴブリン、たかがオーク。
俺からしたら羽虫程度の存在だが、しかし彼らからすれば強大な敵なのだ。
「あの、その、えっと、はしたないと思われるかもしれませんけど……、その……」
「あれ、ヒナちゃん、お酒飲んでいいの?」
顔を真赤にして俯くヒナちゃんだが、それ以上は言わせないよ?
だって反対隣に座っているウルガさんからの負のオーラが凄いからね!
「え? あ、これはジュースですよ。来年成人するまでお酒は我慢です」
「へぇ? もうそんな年なの?」
身長は一四〇センチあるかないかくらいじゃないか?
それに体つきも子供としか思えないんだけど。
「ふふ、これでも来年のお正月には一五歳ですからね」
楽しみにしててください。
そういってヒナちゃんは席を立つのだった。
十四歳か。
いや、数え年みたいだし実年齢だと十三歳?
見た目的にもっと小さいと思っていたけど。
「……、ヒナを、ヒナをよろしく、お願い、しまっ、しまっ、します……」
「いや、ウルガさんそれはないですから」
ウルガさんが震える声で血迷ったことを言ってくる。
一体どんだけ呑んでるだこの人は。
というか一三歳じゃ、流石にね。
せめてあと五年くらい経ってからもう一度言ってくださいって感じだよな。
この世の終わりが訪れたとでも言うように頭を抱えているウルガさんに酒を進める。
男手一人で育ててきたみたいだし、それがってなるとやっぱりいろいろ複雑だよなぁ。
「……、家の娘に、なにか不満でも?」
「えぇ……」
それからしばらく彼の愚痴や自慢話に延々付き合う羽目になってしまうのだった。