第二話 包囲する豚肉
「はぁ。それで明日にでも魔物がこの村へと攻めてくると」
「はい……」
落ち着いた村長に家へと招き入れられ、椅子へと腰を下ろす。
それと同時にこの村の深刻な現状を説明された。
「ハイオークの奴ら、今日の夕方までに女子供を全て置いていけば命だけは助けてやると。そんなもの、受け入れられるはずがない!」
妻の忘れ形見のヒナを手放すなんてありえない。
そう言ってウルガさんはテーブルに拳を落とす。
「えっと、さっきの女の子、ですよね?」
「ええ、親の欲目と言われるかもしれませんが、美人でしょう? 妻そっくりなんですよ。大人になればきっと妻のように美人になるはずです」
ウルガさんは照れくさそうに頬を掻いた。
これだけ大切に思っているのにあの格好、か。
もしかして、本当に今は千年後の世界なのだろうか。
「……、抵抗はしないので?」
「はは……、無茶を仰る。この村には、魔導デバイスは一つもないのですよ。あるのは魔術デバイスが一つだけ」
大して魔力もない自分が使っても普通のオーク一体を数分足止めするのが精一杯なのです。
と力なく首を振るウルガさん。
……。
これ、ガチなのかな。
しかし、でも、ううん。
というか魔導デバイスってなんだ。
「ですが、魔導士様が来てくれて安心しました。失礼ながら、まさか間に合うとは思っておりませんでしたので……」
皆殺しも覚悟していた。
そういいながらウルガさんは俺へ頭を下げる。
「や、頭を上げてください」
「ですが」
「相手はハイオークが数匹にオークが二〇匹程度、それに共回りでゴブリンが多数。ですね?」
「はい……。やはり魔導士様でも難しいでしょうか……」
不安気に俺を見つめてくるが、そんな目で見られても俺は困惑するだけだ。
その程度なら正面からぶつかるのなら歯牙にもかからない。
ただ、村の全方位から攻められると少し難しいかもしれないな。
特にゴブリンは『気がつけばそこにいる』からなぁ……。
「大丈夫とは思いますが、取りこぼしがでては困るので村人は一箇所に集めてもらっていいですか?」
「わかりました、槍衾を作るということですね?」
「槍衾? まぁとりあえず一箇所に集まってくれてればいいです」
殺してくれといわれたけど、本当にいいんだろうか?
テーマパークのスタッフとして用意されているであろう魔物を殺すわけで、少し不安になってしまう。
あくまでそういう台本という可能性が捨てきれない。
「魔石が取れると嬉しいですが、そうもいっていられないので」
「あ、はい」
だが念押しして聞いてみたが殺すのは前提らしい。
かつ、魔石が取れたら嬉しいと。
しかし魔石なんて取ってどうするんだろうか。
「魔物の討伐は久しぶりですが、腕がなります」
「はは……」
魔術デバイスと呼ぶらしい宝石を先端につけた杖を片手にウルガさんはニヤリと笑う。
西日も相まってその表情は非常に様になるものだった。
ウルガさんの話では俺の懐中時計と同じく、少ない魔力で魔法を行使するための道具だそうだ。
彼は元気そうに見えるが、本当は体調がすぐれないのかもしれない。
軽く見た感じだと、ほとんど魔力を動かせなくなってしまった老人介護用の器具と同じような効果を発揮するもののようだ。
そんな介護用の道具を使用しないと魔法が使えないのだから。
きっと村人たちへ不安を撒かないように無理をしているのだろう。
なんせ槍衾の中央にいる俺たちの周辺には女性や子供が密集しているのだ。
「来た……」
「ああ……」
竹槍で槍衾を形成する村人たちが口々につぶやく。
槍の隙間から見える村の入り口。
バリケードの前には鎧兜を身に着けた二足歩行の豚。
オークが立っていた。
「あれですか?」
「はい。ポルクと名乗るハイオークです……」
村長が肯定する。
その間にもポルクの後ろにはやつの取り巻きらしきオークが姿を現していく。
ポルクは体高二メートル程度あるようだが、他のオークたちはそれよりはやや小さい。
しかしポルク、ねぇ。
オークなんて養殖場でしか見たことがなかったが、それと比べると随分と毛並みが悪い。
野生だからだろうか?
「ブオオオオオオオ!!!」
ポルクは雄叫びを上げながら入り口のバリケードをその手に持った大太刀で薙ぎ払う。
それなりの太さで組まれたバリケードは、その一撃で粉々になってしまった。
「ひぃっ!」
「やっぱりだめだ、逃げよう!!」
その一撃で砕けたのは村人たち士気もだった。
彼らは震え上がり、矛を下ろす。
見れば一様に絶望の色に染まった目をしていた。
……、とても演技には見えない。
「馬鹿者! 気を確かに持て!」
「で、でも!!」
怯える村人たちに村長が檄を飛ばす。
村長から発破をかけられても、村人たちは粗末な槍をなんとか正面に構えるのが精一杯のようだ。
「そ、村長! 強化魔法を!」
「だめだ! まだ早い!」
村人が強化魔法の付与を求めるが、村長は却下した。
魔力が少なく、今かけてしまうと戦闘開始前に魔力が尽きてしまうらしい。
しかしハイオークの突撃を生身の竹槍では止められないだろう。
そりゃ怯えるというものだろうよ。
彼らには防御障壁どころか防御膜すら張られていないみたいだし。
「こちらには魔導士様が居るのだぞ!!」
「あ、は、はい……」
しかし俺を見ながらのその一言で村人たちの震えは止まる。
……。
そんな期待を込めた目で見られても困るんだけどな。
なんというか、居心地が悪いというか。
この場から早く立ち去りたいと思ってしまう。
破壊したバリケードを悠々と抜け、ポルクたちが村へと侵入してくる。
そして俺たちの前面へと陣取り、最後通牒を告げる。
「オンナトクイモノ、オイテトットトキエロ」
つまらないものを見るような、そんな言い方だった。
村人たちが徹底抗戦する意思があるのはわかっているだろうに。
「っ! 誰が貴様なんぞに!!」
「……、ソレガコタエカ?」
更に周囲から轟音が聞こえ、新たなハイオークたちが姿を現す。
そして完全に俺たちを包囲する形で広がり、プレッシャーを掛けてきた。
「っ! ……、当たり前だ!! オルグが祈り奉る!」
啖呵を切るとウルガさんは詠唱を始める。
「ソウカ」
「母なる大地の種子よ! 生命の源よ!」
え、普通の身体強化魔法だよな?
初級魔法を完全詠唱で発動するのか?
「ナラバシネ」
ハイオークたちは土煙を残し大太刀を振り上げ突進してくる。
三方向からの一斉攻撃。
村人たちだけなら、魔法の発動は間に合わずその質量に一瞬で轢き殺されてしまうだろう。
「っ!!」
「グガァッ!?」
だが、ハイオークたちは槍衾の直ぐそばまで来て何かにぶつかったかのようにひっくり返る。
俺の張った防御障壁にぶつかり跳ね返されたのだ。
「ナ、ナニヲシタ!? クッ、オマエタチモイケ!!」
動揺するポルクの号令で、少し後ろで待っていたオークやゴブリンたちも続けて突っ込んでくる。
しかし皆不可視の壁に阻まれ、俺たちへたどり着くことは叶わない。
「ナゼダ!! マサカショウヘキ!? シカシ、ジュモンモナシニナゼ!?」
防御系魔法は小中高と何度も練習させられたからな、無詠唱でも余裕なんだよね。
体表を薄く覆う防御膜に至っては無意識で常時展開しているレベルだ。
それはさておき。
「今一時にその力を燃えつくせ! 下位範囲身体強化!」
そこでようやくウルガさんの身体強化魔法が発動し、手にした杖から紅い光が降り注ぐ。
身体の中から少し力が湧き出てくることを感じるが、焼け石に水に思えてしまう。
「はっ、はっ……、くっ、すまん、もう魔力が……」
どんな茶番だ。
そう思って村長を見るが青い顔で杖にしがみつきながら呼吸を荒くする村長は、どう見ても演技には見えない。
「……、これで全部ですか? 村長」
「え、は、はい、おそらくですが……」
激高して障壁に向かって突撃を続けるポルクたちをよそ目に、意識を朦朧とさせている村長に聞いてみるがこれで全てのようだ。
所詮豚肉の代用品、逃げ出した人間を捕まえるための伏兵等は配置してはいないと。
「それはよかった。えっと、たしか人型魔物の魔石の場所は脳だったよな……」
だから屠殺する時は頭に一撃入れて魔石を割るわけだが、今回はそういうわけにも行かない。
「雷撃だと肉が痛むか」
少々見た目は悪いが仕方ない。
血抜きの手間も減ると思えば悪くないだろうしね。
強いていうなら『村の真ん中で血抜きはどうなのよ?』ってくらいで。
「照準固定。多重風刃」
攻撃系魔法は慣れないから魔法名を読み上げないと精度が出せないんだよな。
村長に子どもたちへ目隠しをするよう支持を出してから魔法を発動させる。
発動と同時に空中に多数の空気の渦が生まれる。
それらは強烈な風の刃となりオークたちへと向かい、その首に吸い込まれた。
「な!?」
「やっぱグロいな」
吹き上がる血が空気を染める。
ゴブリンもオークも、血は人間と同じ赤色だ。
そして匂いも。
呆然とする村人を横目に俺は風を操作して匂いを散らす。
風が血の匂いを村の外へ運ぶと時を同じくして首なしオークたちは地面へと倒れ込んだ。
「やった、のか……?」
オークの倒れる音を聞いて一伯。
ピクリとも動かなくなった魔物たちを眺めていた村人の一人がつぶやく。
「本当に?」
「あんな簡単に……」
徐々にざわめきが大きくなり。
「やった……、やったぞおおおおおお!!!」
「うおおおおおおお!!!」
「俺たちは、俺たちは生き残ったんだ!!」
やがて爆発したかのように村人たちは勝鬨をあげるのだった。