幕間四 貴族・英雄・牛の耳
「ありえない!」
私、カシワ・テ・ガヌマは執務室の机をたたき声を荒げる。
「この報告は確かなのか?」
「はっ、カンダツ村の調査だけでなく、その後の動きも確認しましたがまず間違いないかと」
家令のマツナガに念押しするが、その答えは変わらない。
ウリュウ・トオル。
彗星のように突如現れた謎の魔導士。
魔物に包囲され、救援も来ない、絶体絶命の城塞都市カリワを救った英雄。
「しかしこの内容では、彼は宮廷魔術師にも匹敵する力を持っていることになる」
「はい。本人は詠唱短縮といっていたようですが、調べた限り詠唱破棄で間違いないかと」
「上級魔法を詠唱破棄でか……」
彼の使った魔法で確認できたものはそこまで多くない。
飛翔、多重風刃それに治癒の三種類。
包囲した魔物を殲滅した魔法は判明していないが、それを含めても四種類だけだ。
複数の魔法を使用できる魔導士は少なくない。
だが、そのどれもが上級魔法、それも詠唱破棄での発動となると話が違う。
しかも、彼はそれだけの大魔法をいとも簡単に連発していたというのだ。
彼の持つ古代魔導文明の遺産、アーティファクトが優れているということもあるのだろうが。
「もしかすると彼は原点回帰者なのかもしれません」
「原点回帰者?」
「はい」
マツナガが述べるに、彼は千年前に滅んだ古代魔導文明の血が濃いのかもしれないらしい。
つまり、我々貴族と同じか、それ以上の魔力と魔力回路を持っている可能性が高いと。
「ご存知の通り、魔力の多い者同士の子は魔力が多くなる傾向があります」
「ふむ……」
魔力は血に宿る。
そして、魔力の多いものは総じて貴族である。
当然だ、権力の源になるもの、それは武力なのだから。
稀に市井の庶民の中から魔力が多いものが生まれることがある。
当然、庶民にそのような力を与える訳にはいかない。
ならばどうするか。
簡単だ。
体制側に引き込めばいいのだ。
貴族にしてやるといって断るような者はまず居ない。
仮に貴族を嫌っていたとしても、その誘いを断るというのは敵に回ると宣言するようなものなのだから。
それでも断るような者はよほどの馬鹿か、それとも力に自身のある者のどちらかだろう。
「確かミトとハヅキが顔見知りだったか?」
「はい、それなりに親しい仲のようです」
「ふむ」
ならば決まりだな。
身内びいきではないが、二人共見目麗しい適齢期の女だ。
にくからず思っているのであれば、問題はあるまい。
ミトを正室とし、ハヅキを側室にすればバランスもいい。
幼い奴隷を三人買ったようだが、ヒイラギ亭の女将からの情報では着飾らせているものの手を付けている様子もない。
購入時の騒ぎも報告を考慮すると単に義理人情に厚い人物ということなのだろう。
少々金銭的な感覚がずれている気がしないでもないが、魔導士であるならば多少はそういう部分もある。
飛竜を使役しているという話も耳に入っている。
眉唾ものではあるが、彼が二度に渡り高品質の飛竜の鱗を騎士団に卸してくれたことは事実。
逃げ出した騎士団、いや、救援依頼に飛び出したのだったか?
まぁいい。
ともかく城塞都市カリワの戦力は激減している。
そういった諸々を考慮すると是が非でも手駒に加えたいものだ。
だが、彼は思った以上に堅物だった。
漢字で書かれた文を読み解けるだけの知識を有し。
また、圧倒的な魔法の力を持ちながら驕らず、謙虚で。
体制に弓引くと思われても仕方がないというのに、その謙虚さでスルリと誘いを断ってしまったのだ。
一体何者なのか。
貴族にあるまじきだが、少々恐怖を覚えてしまう。
さて、どうしたものかと悩んでいるところに伝令が飛び込んできた。
城下に巨大な魔物が出現したというのだ。
駐留している歩兵師団と第二騎士隊が抑えているらしいが、劣勢のようだ。
報告を聞くなり、私が止める暇もなくミトとハヅキは飛び出していってしまった。
まったく、未来の夫を置き去りにしていくとは。
だが、彼も私に彼女たちの後を追うというと窓から飛び出し、飛んでいってしまったのだ。
……。
う、うむ。
似た者夫婦となっていいかもしれないな。
「防御障壁に濃霧、氷短剣か……」
「はい、いずれも先の魔法と同じく詠唱破棄のようです」
王級魔法である防御障壁を自らと離れた場所に、とは……。
そこまで強度はなかったようだが、そういう問題ではない。
「宮廷十三杖クラスですな」
「うむ……」
王を守護する十三人の英雄。
彼らに匹敵する魔力を、彼は持っている。
使用が確認されているのは王級魔法までだがおそらく帝級、もしかしたら聖級魔法も行使できるかもしれない。
所詮男爵である私ではとても御しきれない。
「爵位だけは、なんとか受け取らせねばなりませんね」
「わかっておる」
しかし彼を怒らせてしまえば、カリワは一両日中に廃墟になってしまうかもしれない。
無いとは思うが……。
ようやく魔物の包囲から開放されたというのに、なぜこのような神経を使う話になってしまうのか。
私は神を呪わずにはいられなかった。
マツナガが口八丁手八丁で口説き落とすことに成功したものの、それ以外の報酬はほとんど受け取らせることが出来なかった。
それどころか、『復興の元手に』と城下に現れた魔物から取れたという巨大な魔石まで渡されてしまう有様だ。
おかげで領民を飢えさせずには済みそうだが、もしこのことが他の貴族に知られたらどんな噂を立てられるか……。
これが彼の意趣返しというのであれば見事というしか他ない。
一応、当家の書庫の閲覧権限、それにマツ・ド・シモサ伯爵への紹介状を要求されたが対価というにはあまりにもささやかなものだ。
ミトとハヅキに手を出してくれれば立つ瀬が残るかもしれないが、望みは薄いだろう。
わずか数日にして、私は、そしてカリワ家は彼に牛耳られてしまったのだ。
「はぁ……」
「御館様、そう悲観ばかりというわけでもありますまい」
「しかしだなぁ……」
五百年の歴史を持つ当家が、わずか数日の間に流れの魔導士に牛耳られる。
悪夢としかいいようがないだろう。
「ウリュウ様はダンジョンにしばらく潜った後、一度領都ヘ向い、その後はグンマーへと向かうそうです」
「ふむ?」
「この地を離れてしまえば、その影響力はなくなりましょう」
「まぁそうだが……」
嫌な予感しかしない。
その言葉を、私はなんとか飲み込むのだった。
第一章 完




