第十二話 城へ
「ウリュウ様、カシワ男爵からの馬車が来ております」
「あ、はい、すぐ行きます」
朝、身支度を整え朝食を終えたところで女将さんに扉をノックされる。
結構ギリギリだったと思いながら立ち上がる。
しかし、小太郎たちは外に出ようとはしない。
「ん? みんな行くよ?」
「ご主人、奴隷がそんなハレの舞台に行けるわけ無いやん」
「一緒に行きたいのは山々ですが……」
「仕方ないの」
声をかけてみたもののつれない返事。
内容は仕方ないものだったが……。
ってか男爵様に会うのに俺一人だけとか不安なんですけど。
「ご主人様なら大丈夫」
「いや、小太郎は奴隷じゃないから良くない?」
「呼ばれたの、ご主人様だけ」
たしかに俺一人しか呼ばれてないけど、同行者も禁じられているわけではないのだが……。
「ウリュウ様?」
「早く行く。待たせるの良くない」
「うう……」
俺は重い足を引きずりながら階段を降り、馬車へと乗り込んだ。
立派な箱馬車だったが、装飾なんかを鑑賞する余裕なんてない。
みんな一緒だから大丈夫と思っていたのに。
「ウリュウ様、大丈夫ですか?」
頭を抱えていたら御者台の方から知っている声が聞こえた。
「あれ? ミトさん?」
「はい、ミトです。おはようございます」
「お、おはようございます」
え、なんで騎士隊長のミトさんが御者台に?
「驚かしてすみません。私はウリュウ様と面識があるということでその護衛兼御者に命じられたんですよ」
「私も居ますよ!」
ミトさんの言葉が終わると同時に元気いっぱいな声が割り込んでくる。
ああ、ハヅキさんだっけ。
変わらず元気そうでよかった。
「えっと、誰でしたっけ?」
「ひどっ!? 私ですよ! ハヅキです! ハ・ヅ・キ!」
「あはは、冗談ですよ、ハヅキさん」
冗談にも気軽に乗ってくれるし、面白い人だよな。
話しているとこっちも元気になってくれる、向日葵のような人だ。
おかげで少し憂鬱な気持ちが紛れてくれる。
「もー、ウリュウ様は人が悪いなぁ」
「ハヅキ、言葉遣い」
「えー、今くらいいいじゃないですかー」
「公務中です」
真面目なミトさんに突っ込まれるが、へこたれる様子もない。
だが、ミトさんの鉄壁はハヅキさんを上回っていたようだった。
ぶーと口でいうとハヅキさんはその口を閉じる。
ふぅ、おかげで肩の力が抜けた。
二人に感謝しないとな。
窓から街を見れば一昨日と比べて活気があるように見える。
青空の下、浮ついた空気すらあるようだ。
ミトさん曰く、今朝になってようやく都市長が勝利宣言を出したらしい。
随分遅くなったとも思ったが、おそらく周囲に魔物が本当に居なくなったか慎重に確認していただろう。
勝利宣言を出した直後に再び包囲されてしまったら今度は簡単に落城するだろうし。
俺を乗せた箱馬車は、コトコトと石畳の道を抜け城へと進んでいった。
城に到着するすると燕尾服を着た白髪の老人が俺たちを出迎えてくれた。
「ウリュウ様、ようこそいらっしゃいました。私はカシワ男爵家にて家令を務めさせていただいております。マツナガ・ヒデヒサと申します」
いかにも執事といった雰囲気で優雅な礼とともに自己紹介をしてくれたが、俺は思わず裏切りそうな名前ですねと言ってしまいそうになるのだった。
ともかく、彼の案内で俺はカシワ男爵のところまで行くことになるらしい。
メイドたちが開けてくれた扉をくぐり、中にはいると赤い絨毯と豪華なシャンデリアが俺たちを迎えてくれる。
ふかふかの絨毯はある着心地がよく、高級品であることがすぐにわかった。
足音はしないものの、背後からはカチャリカチャリと金属が触れ合う音が聞こえる。
てっきり俺一人だけで面談だと思ってたんだけど違うのかな。
「ミトさんたちも一緒なんですか?」
「ええ。私たちも同席するようにとの通達がありまして」
理由はわからないがミトさんとハヅキさんが一緒なら心強い。
別に何かやましい事があるわけではないが、偉い人との面会は苦手なんだよな。
「こちらになります」
「ありがとうございました」
短い石の廊下を抜けた先。
扉を開ければ正面には立派な執務机と、こちらを見つめる壮年の男性の姿があった。
「はじめまして。そしてお招きいただき、ありがとうございます。私は瓜生透と申します」
「うむ、私はマツ・ド・シモサ伯爵より城塞都市カリワの管理を任されているカシワ・テ・ガヌマ男爵だ」
彼は立ち上がり、俺の正面へと歩いてくる。
その動きは力強く、彼がただのお飾りでないことがわかる。
それにしても名前……。
突っ込んだら負けなのだろうか。
「そこのミトたちより聞いた。この度の魔物の侵攻、貴殿の協力がなければ我々は皆殺しにあっていただろう」
「いえ、勇敢な騎士たちの貢献が大きいかと」
実際、時間を稼いでくれていなかったら俺が来る前に城は陥落していただろうし。
その後の処理も、彼らなしでは難しかっただろう。
俺は本音でいったつもりだったのだが、謙遜として受け取られてしまったようだ。
「はは、貴殿は若いのに道理を弁えているように見受けられる」
「いえ、そのようなことは」
「だが謙遜も度が過ぎると嫌味に見えてしまうからな、気をつけ給え」
「ご忠告、痛み入ります」
俺の返答に満足したのか、カシワ男爵は笑顔で頷く。
「まぁ掛けてくれ」
「失礼します」
執務室の一角にあるソファーへ案内され、腰を下ろす。
しかしミトさんとハヅキさんはソファーの両脇で立ったままだ。
なんだか囲まれている気がして落ち着かないな。
「さて、こうして足を運んでもらったのは他でもない。貴殿は流れの魔導士であろう?」
「あはは……」
カンダツ村の人たちと違い、カシワ男爵は支配者層だ。
俺が正規の魔導士ではないことなんてすぐに分かるだろう。
「カンダツ村を救助してくれたのも貴殿であろう?」
「よくご存知ですね?」
「解囲されてすぐに回りの村に馬を走らせたのでな」
となると、俺が魔導デバイスというか『アーティファクト持ち』って偽情報も伝わっていると見るべきか。
そして詠唱短縮で魔法を発動できる最上位魔導士という情報も。
「ウリュウという名は聞いたことがないが、貴殿は貴族か?」
虚偽は許さない。
そういった力のこもった眼光が俺を貫く。
まぁここで嘘を言う必要もないだろう。
俺は正直に答える。
「残念ながら、ただの平民ですよ」
「うむ。そうか、ならば貴族になるつもりはないか?」
「貴族、ですか?」
カシワ男爵曰く、俺の功績は非常に大きく。
また、多くの兵士に見られていたため何もなしという訳にはいかないらしい。
信賞必罰は組織の根幹という訳だ。
男爵が新たに貴族を生み出してもいいのかとは思ったが、士爵までなら男爵の権限で付与できるらしい。
ついでに准男爵は伯爵であれば任命できるそうだ。
それ以上は国王からでないとだめだそうだが。
とはいえ、そういうめんどくさいことは遠慮させてもらいたい。
それに目が覚めてまだ一週間も経っていない。
この世界のことを俺は何も知らないのだ。
そんな状況で自分を縛る枷は極力作りたくない。
「貴殿の功績であれば士爵どころか准男爵にもなれよう」
さてどう断るかなぁ。
貴族のルールどころか一般常識にすら事欠く俺ではとても務まらないと思うし。
「過分なお言葉、恐縮してしまいます」
「貴族には興味が無いか?」
ここで『はい』と答えるのは喧嘩を売るようなものだ。
現状がよくわからないのに体制へ喧嘩を売る愚は犯したくない。
冷や汗を流しながら、どうやってかわすか知恵を絞る。
「いえ、そのようなことは……。しかし貴族には責務がございましょう」
「ふむ?」
「私ごとき若輩者では、存分に責務を全うできるとは思えず。そうなれば推薦いただいた方にもご迷惑をおかけすることになってしまいます」
「……、準男爵は永代貴族だ。そうなれば子供にも爵位を継がせることができるのだぞ?」
そして永代貴族になれば臣下を持てる。
なんなら彼らに差配を任せればいい。
カシワ男爵はそういうが、それって家を乗っ取られてますよね?
それに臣下のあてなんてない。
ああ、なるほど。
そこにカシワ男爵の親類を押し込むって腹づもりかな。
「ああ、配偶者の手当なら私に任せてくれ」
「配偶者、ですか?」
やはりきた。
俺が独り身なことも調べはついているのだろう。
奴隷は持っていても彼女らはハイブリッター、獣人だ。
この世界の常識でいえば配偶者にはなりえない。
小太郎は……、どういう扱いなんだろ?
「うむ。貴殿は独り身なのであろう? そこのミトとハヅキは私の親類でな。両名であれば釣り合いも取れよう」
え、ミトさんとハヅキさんも同行するようにって、これが理由だったの?
動揺する俺を尻目にカシワ男爵は話を勝手に進める。
「ミト、ハヅキ。双方構わないな?」
「はっ。ウリュウ様は高位の神官でもあります。ともに戦場を駆ける事ができれば安心です」
「もちろんです! ウリュウ様は命の恩人でもありますし、否やはありません!」
いやいや。
俺、まだ結婚とかするつもりないし。
二人とも美人だけどさ。
「ならば決まりだな。とりあえずは婚約ということで」
カシワ男爵がそこまでいったところで、ノックもなしに扉が開き一人の兵士が室内へと転がり込んできた。




