第十一話 食事の価値は
「はー、靴履くなんて、まるで人間様みたいやなぁ」
「なんだか変な感じがしますね……」
「裸足のほうが楽」
俺は小太郎たちに服を着させると街へと繰り出した。
三人は途中で購入したサンダルを履いているが、今まで靴などは履いたことがなかったらしく歩きづらそうにしている。
靴は履かないほうが普通のようだが、そこは俺のわがままだ。
既に日が暮れ始めていたが、それでも多少の時間はあるはずだ。
片付け始められた店舗を、道を歩きながらのんびり眺める。
「リンゴが一個三円か」
宿屋の料金からして物価は俺の感覚の一%程度かと思っていたがどうやら違うらしい。
というより、嗜好品に近いものほど急激に高くなっていっているイメージかな。
もっとも、つい昨日までこの街は魔物に包囲されていたわけで、それで食料品の物価が上がっている可能性もあるが。
「どしたん、ご主人。買ってこよか?」
小太郎たち曰く、奴隷持ちの人間が自分で直接何かを購入するのはあまりよろしくないらしい。
基本的に奴隷を使っていろいろするのがルールなんだとか。
なんてめんどくさい。
だが郷に入っては郷に従えっていうし、仕方がないのだろう。
「そうだな。んじゃ四つ頼む。十二円な」
そんなことを思いながら革袋から銀貨一枚と銅貨二枚を取り出しナナオへと渡す。
「え、ご主人様、計算できるんですか?」
「しかも暗算やったよな? すごいやん」
ナナオとタマモが目を見張る。
ああ、そっか。
彼女たちは教育を受けていないんだったな。
というか義務教育というものはもう存在していないみたいだし、読み書き計算はできる人間のほうが少ないと見たほうがいいだろう。
「まぁ、大したことじゃないさ」
「そんな事ありません! 本当にすごいです!」
目を輝かせながらすごいすごいといわれると少し照れ臭い。
そんなナナオを見ながら小太郎は自慢気に頷いていた。
「なぁなぁ、ご主人、もしかしてカンジとかも書けたりするん?」
「そ、そのうち私たちも教えてもらえたりできるんでしょうか……?」
「あー、まぁ、そのうちな。ほら、早く買ってきて」
家族や友人の痕跡探しの途中で、手慰みに教えるのもありかな。
もっとも、今の漢字と千年前の漢字では違っていることも多そうだが。
「ご主人おまっとさん!」
「ほい、サンキュ」
タマモから少し小ぶりのリンゴの入った袋を受け取る。
しかしリンゴ一個がこの値段か。
随分と寂しい世の中になっていそうで怖いな。
「さて、あとなんか美味しそうなものとかあるかな」
袋から目を離すと同時に自然な感じで小太郎がリンゴの袋を俺の手からさらう。
ああ、そうでしたね。
俺が持ってるとよろしくないんでした。
「せやなぁ。あっちの肉串とかもうまそうやったで。それからそっちのはさみ揚げやな」
「んじゃそれも買ってきてくれ」
寂しい世の中でも食べ物の文化だけはそれなりに発展していると期待して、ナナオたちに屋台で色々買ってきてもらうのだった。
一応夕食は頼んであるけど、俺一人分だしね。
みんなで分けるには少なすぎる。
そんなわけでいろいろ買ってきてもらったのだ。
宿に戻り、ランプを灯してから料理をテーブルに並べる。
宿提供の白パンにスープ、そして焼き魚も一緒だ。
「さ、それじゃ食べようか」
と声をかけたところで三人に揃って首を傾げられてしまった。
「え?」
「え?」
「え?」
「……え?」
なんで不思議そうな顔をしているんだ?
嫌いなものがある、ってわけじゃないよな。
彼女たちが美味しそうっていったものを買ってきているわけだし。
リンゴはデザートだからまだ出してないけど、今の文化だと先に果物を食べるものとか?
「あ、あの、ご主人様。私たちもこの御馳走を食べてよろしいのですか?」
「そりゃそのために買ってきたんだし」
あー、そういう。
名前すらつけられない奴隷に普通の食事を与えるって発想がなかったのか。
「ほんまかいな、信じられへんなぁ」
「タマモ、ご主人様を疑うのはだめ」
「先輩、わかっとりますよ。言葉の綾ですわ」
嬉しそうにテーブルの上を眺めるタマモと驚きのまま表情が固定されているナナオ。
小太郎は……、特に表情の変化はないようだが少し嬉しそうな雰囲気だ。
ともかく喜んでもらえたみたいでよかった。
「ほわぁ、これが、これが肉かぁ……」
「ほんとうに、ほんとうに美味しい、です」
「んぐっ、んぐっ……」
可愛い女の子たちが美味しそうに食事をする姿っていいよね。
こちらまで幸せになってくる。
ただ、美味しそうっていうか、必死過ぎる感じだけど。
涙目で、必死になって食べている姿は俺まで少し泣きたくなってしまった。
やはり彼女たちを買ったのは間違いではなかった。うん。
「え? ご主人様、リンゴも分けてくださるのですか……?」
「そりゃ一人だけ食べるのはナシだろ?」
「リンゴやけどな」
だまらっしゃい。
タマモのツッコミをスルーして三人に食後のデザートとしてリンゴを手渡す。
「っと、切った方がよかったら言ってくれな」
三人とも刃物なんて持ってないだろうし。
そう思って声をかけたが三人の視線は目の前の赤い果実に釘付けだった。
「リンゴ……、食べることができる日が来るなんて思っても見ませんでした……」
「これ、ほんとに食ってええんか? ほんまに?」
「……」
「そのために買ったんだから食ってくれ」
普通の食事すらまともに取れないのに嗜好品の果物を口にする機会なんてあるはずがない。
でもこれからはこれが普通になるんだ。
慣れてもらわないとね。
「甘いです!」
「粥とは違った甘さやね! こう、頭にズンっと響くような強烈な甘さや!」
「ん、おいしっ……」
「それはよかった」
そこまで喜んでもらえると買ったかいがあったというものだ。
……、原資が小太郎の鱗というのは情けないが。
「んじゃ俺もいただきますっと」
まるかじりするのは久しぶりだな。
たまにはこういうのも悪くない。
そう思いながら口をつけ……。
「酸っぱ!?」
強烈な酸味に口が細くなる。
レモンほどでは無いにいても、リンゴがここまで酸っぱくなれるものなのかと驚いてしまう。
「え?」
「なんや、ご主人だけはずれかいな?」
「交換、する?」
ちくしょう、俺だけ外れかよ。
いや、彼女たちに外れが回らなくてよかったと思うべきか。
ただ、ちょっと甘いのが欲しかった気分だったから少し残念だな。
この酸っぱいのも嫌いじゃないんだけど。
「あの、私のと交換しましょう」
「いいって。大丈夫」
「そういうわけには行きません!」
「お、おぅ……?」
力強く言い切るナナオに押し切られる形でりんごを交換することになった。
そして一口。
「酸っぱ!?」
「え?」
え、ちょっとまって、これ酸っぱくない?
みんなこれで甘いって言ってたの!?
「えっと、甘い、ですよ……?」
「ご主人、うちにも一口かじらせてな」
「私も」
その後、全員のリンゴを交換しながらかじってみたが、どのリンゴも俺にとっては酸っぱく。
そして彼女たちにとってはとても甘いという結果になったのだった。
「ご主人様、狭くありませんか……?」
「んー、大丈夫」
隣のベッドからナナオの気遣う声が聞こえてくる。
女将さんに部屋を増やせないか聞いてみたものの、生憎と空きはなかった。
なんとか頼み込んでベッドを一つ増やしてもらえたのだが。
ナナオは一つは俺が、残り一つで三人が寝ると言い張ったが流石にそれは無理だ。
ということで、俺と小太郎で一つ。
ナナオとタマモで一つのベッドを使うことになった。
子供の体温は高い。
そんな知識を思い出しながら俺はゆっくりと意識を落としていった。




