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第一話 千年の眠り

「んん……、よく寝た……。草……?」


 さんさんと降り注ぐ陽光で目が覚めると、俺は草の中に居た。


「え? なんで?」


 混乱する頭を振りながら記憶を遡る。


「病院でコールドスリープカプセルに入って……」


 たしか同僚たちと一緒に健康診断で病院にきて、カプセルに入った。

 それが直近の記憶だった。

 服はスーツのまま。

 靴もある。

 しかし周囲は一切合切変わっていた。


「佐藤先生? 渡辺先生? ……、なんで誰も居ないんだよ。なんの冗談だ?」


 体を起こして周囲を見渡すも、周囲には草原が広がっているだけ。

 俺が入っていたカプセルの蓋が草原の上に頭をのぞかせているだけだった。


「時間は……。なんだよ、壊れたか?」


 胸元から、朝魔力を補充したばかりの懐中時計を取り出してみるも針は止まっている。

 祖父の形見で大切にしていたのだが仕方ない。


「えっと、モニターはここか。システム起動」


 少し緊張しながらカプセルのシステムを呼び出してみる。

 今はモニターがブラック・アウトしており休止中のようだが、起動してくれれば何かしらわかるはず。

 しかしこれで動かなかったらお手上げだ。


 だが、俺は運が良かったらしい。

 システムの起動音が流れ、カプセルについていたモニターが復旧する。

 おそらくエネルギー供給元を消失しているであろうこんな状況下でも起動してくれるとは。

 人類の英知は偉大だ。


「オハヨウゴザイマス。ウリュウサマ」

「ああ、おはよう。ここがどこか教えてくれ」

「ウケタマワリマシタ。ザヒョウソクテイ。ゲンザイチハ……」

「は……?」


 おいおい冗談だろ。

 信じられない。


 システムが教えてくれた現在の居場所は、病院から遠く離れた名前だけは知っている街だった。



 呆然と天を仰ぐと柔らかい日差しが降り注ぐ。

 爽やかな風が肌を撫でるが、それを心地よく感じる余裕すらない。


「千年ってなんだよ……」


 西暦三〇一九年四月十三日十二時三〇分。

 それは現在地と合わせてシステムが教えてくれた今日の日付。

 何が人類の英知は偉大だ。

 日付も場所もバグってるじゃないか。


「あれは村か?」


 完全にカプセルから出て立ち上がると少し離れたところに木の柵で囲われた村、だろうか。

 粗末な小屋が複数建っている場所と、そしてそれに続く街道らしきものが見えた。


 とりあえずそこに行ってみるしか無いだろう。

 流石に千年も経っているだなんて信じられるわけがない。

 何かの事故で観光地にカプセルが埋められたという方がまだ納得できる。


「まぁ、誰かに聞けばわかるだろ」


 俺は最悪の想像を放り出し、街道へと向かって歩き出す。

 そんなことありえるわけがないと信じて。



 そして五分後、俺はGの群れに囲まれていた。

 みんなの嫌われ者、カサカサ動き回る憎きあれ。

 緑の皮膚に醜悪な面構えをした、ゴブリンである。

 普通なら人を見れば逃げ出す彼らは、なぜか粗末な武器を片手に俺たちを取り囲む。

 いくら武器を持っているといっても、子供程度の大きさしか無い。

 別に驚異でもなんでもない、はずなのだが。


「私、ゴブリンの苗床にされちゃうのかしら……」

「よくそんな言葉知ってるね……」


 座り込み震える少女に向かって俺は大丈夫だよと声を掛ける。


 街に向かおうとしたところ、悲鳴が聞こえたので様子を見に来たらこの状況だ。

 少女がゴブリンに囲まれていたので、何匹か蹴飛ばしてうずくまる少女に近づき声をかけたが震えながら独り言をつぶやくだけ。

 たかがゴブリンとはいえ、この数に囲まれたら子供からしたら怖いのかもしれない。

 見た目も醜く、生理的な嫌悪感をどうしても抱いてしまうしな。


「とは言え無意味に殺すのも問題だよな……」


 害獣とはいえ、生き物だ。

 子供の目の前でスプラッターな光景は控えたほうがいいだろう。

 それに今は新聞もないし、汚れても困る。

 うん、軽く痛い目を見させて逃げてもらうか。


魔法威力低減(ミニマイズ・マジック)下位範囲麻痺レッサー・マス・スタン


 周辺に威力を抑えた麻痺魔法を放つ。

 麻痺にまでは至らない衝撃だけが彼らを襲う、はずだった。


「ぐぎゃっ!?」

「あ」


 ……、どうやら調整をミスったらしい。

 半数のゴブリンは口から泡を吹いて卒倒。

 もう半分も這いずって逃げる有様だ。


「えーっと、とりあえず死んでないし、オッケーってことで」

「お、お兄さん……」


 少女の視線が痛い。

 大人が魔法の調整ミスとか、かっこ悪すぎる。


 でも仕方ないじゃん。

 教師になってからは、ほとんど魔法なんて使わなくなってたんだし。

 魔法を主に使う職業なんて極一部なのだから。

 詠唱破棄せずちゃんと詠唱するか、せめて詠唱短縮にしておけばよかったと今更ながら少し後悔してしまう。


「もしかして魔導士様なんですか!?」

「え? 魔導士?」


 魔導士ってなんだ?

 目を白黒させる俺にキラキラ下目で少女はまくしたてる。


「すごいです! あんなにたくさんのゴブリンを簡単に! 本当に、本当に私、もうダメだって……、ひっく、ひっく……」

「え? あ、うん。よかったね?」


 しかし、この子はなんでこんな格好をしているのだろう。

 座り込んだまま泣きじゃくる少女を見下ろしながら思案する。


 控えめに言ってもボロボロの藍色のワンピース。

 手入れをすれば綺麗であろう茶色い髪の毛は煤けている。

 足元を見れば裸足だった。


「あ、すみません。助けてもらったのにお礼も言っていなかったですよね。ありがとうございました!」

「ああ、いや、気にしないで」


 むしろこの子は虐待とかにあっているのではないかと心配になってしまう。

 この年齢なら普通は生活魔法一式は覚えていて当たり前だ。

 なのに薄汚れた格好。


「えっと、靴とかは?」

「え? 靴、ですか?」


 さっきの騒動でなくしたのなら探さないとと思い声を掛ける。

 これで親から買い与えられていないとかなら保護しないと。


「靴なんて履けるのは領主様のような偉い人や商人様だけじゃないですか」


 しかし俺の質問に対し、明るい声で想像の斜め上の回答が返ってきたのだった。



 斜め上の発言に呆然としていた俺は、彼女に連れられて何故か村へと来ていた。


「少し待っててくださいね」

「あ、うん」

「お父さん! 魔導士様が来てくれたよ!」


 一軒の比較的大きな家の中へと駆け込んでいく少女を見送る。

 そして俺は振り返り周囲を見渡した。


「どこのテーマパークなんだろ……」


 少女に腕を引かれる俺を村人たちが遠目で眺めていたが、彼らは皆かなりボロボロの服を着ていた。

 村の家々は石と木で作られており、とても現代の建築とは思えない作りだ。


「キャストの皆さんは大変だなぁ……」


 仕事とはいえ、あんな服を着るのは俺にはゴメンだ。

 それに裸足で歩き回るのも。


「というか、児童労働させてるのか? 通報、した方がいいよな、うん。通信接続コミュニケート・ネットワーク……。あれ?」


 ようやく我に返って、魔法で児童相談所へアクセスを試みるも繋がらない。

 相手が受け取れないというより、そもそも相手が見つからないようだ。


 え?

 どういうこと?

 警察、も繋がらない。

 消防も……。


「魔導士様! よくぞ村へおいでくださりました!」

「え、あ、はい……」


 混乱しているところにハゲオヤジが家から飛び出してきた。

 喜色満面の笑みを浮かべ、俺の手を両手で握り上下へと激しく揺さぶる。

 そして俺はあまりの勢いに魔導士じゃないというタイミングが掴めず困惑したままだ。


「私はこの村、カンダツ村の村長のウルガです! よかった、これでこの村は救われます!!」

瓜生 透(うりゅう とおる)です。って、え、あの、その。何がでしょうか?」


 村長の自己紹介に思わず俺も自己紹介を返すが、その後ろにつながっていた言葉が気になる。

 あれか、テーマパークのイベントってやつなのか?


「よかった、間に合ってくれて本当に良かった……」


 むせび泣きながら俺の手をにぎるハゲオヤジことウルガさんが落ち着くまでそれなりの時間がかかった。

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