カンナ・ロベリアの日記②
それは、わたくしが生まれて初めて目にした、どの宝石よりも美しいものだった。
「お〜い、カンナ! どこに隠れたんだ?」
シヴァ兄様はわたくしの名を呼びながら、茂みの中、ベンチの下、木の上、そして屋根の上まで、家中あちこちを探し回っている。
その姿を、わたくしは誰にも見つからない最高の隠れ場所から見下ろしくすくすと笑った。
「ふふ、シヴァ兄様ったら。あんなところを探したって、絶対に見つけられないわ」
そう言ってわたくし、カンナ・ロベリア――四歳は、大好きな黒兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、兄様たちも知らない屋敷の秘密の屋根裏部屋に隠れていた。
この頃のわたくしは、女の子とは思えないほど活発で元気な子供だった。兄様たちとのかくれんぼでは、わたくしを見つけられる者は誰一人としていなかった。
そう、ただ一人を除いて。
「……やはり、ここにいたか」
「っ!」
すぐ隣で声がしたと思ったわたくしは、恐る恐る顔を見上げた。
屋根裏部屋の窓から差し込む陽光に照らされ、そこにはサファイアのような真っ青な髪と、わたくしと同じヴァイオレットモルガナイト色の瞳を持つわたくしの兄様――レイン・ロベリアがいた。
まるで氷のように冷徹な印象を与えるその美しい容姿に、わたくしは思わず見惚れてしまう。
レイン兄様は、まるで最初からそこに居たかのように、壁に背中を預けて静かに本を読んでいる。
「れ、レイン兄様……ど、どうしてここに?」
わたくしがそう尋ねると、レイン兄様はちらっとこちらに視線を送っただけで、何も答えずに本のページを一枚めくる。無言のこの空間に、ただ紙が擦れる音だけが小さく流れていく。
目を丸くしていたわたくしは、何も答えてくれないレイン兄様に対して、不貞腐れたように頬を思い切り膨らませた。
「むぅ~~~! レイン兄様! どうしてここに居るんですの!?」
今度は屋敷が震えるのではないかと思うほどの大声で、レイン兄様に尋ねる。
レイン兄様は表情を一つも変えずに、両耳を両手で抑えながら変わらず本に視線を落としている。
レイン兄様は、生まれた時からずっと無表情だったと父様から聞いたことがあった。
本来、母のお腹から生まれた赤ちゃんが最初に行うのは泣くこと。泣くことで自分の存在を伝え、その小さな体で『生きている』ことを精一杯示しているのだと、父様はそう言っていた。
しかし、レイン兄様だけは違ったと、父様は困ったような表情を浮かべていた。
「ヘリオスが生まれた時は、元気いっぱいに泣いていた。それに比べて、レインときたら一切泣かなかった。泣かないどころか、無表情でヴィーナの腹から出て来たんだぞ」
父様は膝の上にわたくしを座らせながら、机の上の家族写真――緋色の髪を持つヘリオス兄様とレイン兄様が赤ちゃんの頃の写真――を、優しい眼差しで見つめていた。
その瞳はまるで、遠い昔を懐かしんでいるようだった。
「レインが生まれた時は、さすがの俺でも焦った。もしかして死んでいるのではないかと。医者もレインの尻を何度も叩いて泣かせようとしたんだが、あいつは頑として泣かなかった」
「では、どうして生きているって分かったんですか?」
わたくしが尋ねると、父様は優しい手つきでわたくしの髪を撫でる。
「ヴィーナがレインを抱き上げ、あいつの胸に耳を当てたんだ。『この子の心臓はちゃんと動いている。温もりもしっかりと感じる』と、ヴィーナはレインを抱きしめながらそう言った」
「母様が?」
「ああ、そうだ。まあ……それがきっかけなのかは分からないが、レインはヴィーナとヘリオス以外の人には心を許さなかった。もちろん、父親である俺にもな」
父様の言葉に、わたくしは少し納得する部分があった。
レイン兄様は確かに、他の兄様たちとは距離を取り、一線を引いているように見えた。ヘリオス兄様はそんなレイン兄様を深く理解しているようだったから、レイン兄様もヘリオス兄様にだけは母様と同じように心を許しているように見えた。
「そんな時にお前が生まれたんだよ、カンナ」
「えっ?」
父様は優しくわたくしの髪を撫でながら、窓の外を見つめた。その先、木の下で本を読んでいるレイン兄様を瞳に映して。
「ヴィーナとヘリオス以外の人間に心を許さなかったあいつが、たった一人の妹であるお前には、二人以上に心を許している」
「そう、なのですか?」
父様の言葉に、わたくしは小さく首を傾げた。
わたくしから見たレイン兄様は、とても近寄りがたい存在だ。常に無表情で、ずっと本を読んでいて、剣術は家族の中で右に出る者はいない(もちろん父様を除いてはいるが)。何を考えているのか分からなくて、レイン兄様だけはどう接していいのか分からなかった。
「カンナ、お前が生まれた時はもちろん、兄弟の中で一番の元気さで泣いていた。それはもう、ぜんっぜん泣き止まないくらいに……。ヴィーナや俺が抱いても全然だめ。ヘリオスが抱いても泣き止まなかった時に、レインが試しに抱いたんだ。すると、お前はピタッと泣き止んだ」
父様はその時のことを思い出すように、わたくしの頬を優しく擦る。
「俺たちはもちろん驚いたが、一番驚いていたのはレイン本人だろう。理由は今でも分からない。たまたまタイミングが良かっただけなのかもしれない。しかしそれでもだ、カンナ。お前は初めてレインを笑顔にさせたんだよ」
「わたくしが、レイン兄様を?」
「そうだ。きっと本人も気づいていない。しかし俺とヴィーナは見た。あいつが優しく微笑む姿を。『感情をなくして生まれた子』なんて周りから言われていたが、その時のレインの笑顔を見て、俺とヴィーナは安心したんだ。レインにもちゃんと『感情』があるんだって」
そう言って、父様がとても嬉しそうに笑っていたことを思い出したわたくしは、ぎゅっと黒兎のぬいぐるみを抱きしめながら、勇気を出してレイン兄様の横に座った。
レイン兄様は横目でわたくしのことを見下ろすと、そっとわたくしの髪を撫でた。
そして。
「……ふっ」
優しく微笑してくれたのだった。




