推しに出会えましたが可愛すぎて死にそうです
「はぅ……」
アザレアの神々しい姿を目の当たりにしたわたくしは、思わず体がよろめき、後ろへと大きく下がった。
ああ、このままでは後ろに倒れてしまうわ! 内心でそう思ったその瞬間、いつの間に私のそばに来ていたのか、リヒトに体を支えられ、どうにか倒れずに済んだ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
リヒトの心配そうな声が耳に届く。
「え、えぇ。ありがとう、リヒト。わたくしは平気ですわ」
アザレアを直視したことによる動悸は激しく、息遣いが乱れる。それに、なんだか体も火照ってきた気がする。やはり、推しを直視することは心臓に悪いようね。
「カンナ、本当に大丈夫なの?」
リヒトに体を支えられているわたくしの姿を見た母様が、慌てて私の側へと駆け寄ってきた。その手のひらがわたくしの額にそっと当てられ、熱があるかどうかを確認する。
「熱は……ないようですね。カンナ、体調が悪いのでしたら、今日はお部屋に戻って安静にしていた方が良いのではありませんか?」
「えっ!」
それは困りますわ! 今日の『アザレアとお友達になろう大作戦』は、何が何でも成功させなければならない、非常に重要な任務なのだ。
リヒトと一緒に考え抜いたこの作戦は、この先の未来を左右すると言っても過言ではない、「一つ目の選択ルート」の可能性を秘めている。
まるで「あみだくじ」のように、ゲームの主人公は選択したルートへと降りていき、さらに先に進んでまた別のルートを選び、少しずつエンディングへと歩んでいく。
その法則を応用して、わたくしとリヒトは、アザレアがどんな場面でどんなことを言いそうなのか、どんな行動を取りそうなのかという可能性を幾通りも思い浮かべながら、今日この日のためだけの特別な作戦を練り上げた。
それが、この『アザレアとお友達になろう大作戦』なのだ。
だから、アザレアがこの場でどのような行動を取るのか、そのすべてがわたくしの頭の中に入っている。
母様がわたくしのことを心から心配してくれていることは、もちろん理解している。
だが、今は自室になんぞ戻っている暇など一切ないのだ! なんとかしてこの場を脱しなければ!
わたくしはリヒトから素早く離れ、平然を装いながら口を開いた。
「だ、大丈夫ですわ、母様。その……体調の方は全く問題ありません。そうですわよねぇ、リヒト!」
「えっ」
いきなり自分に話を振られたリヒトは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに状況を理解したのだろう、一度咳払いをして見せた。
「コホン。ヴィーナ様、お嬢様の体調でしたら全く問題ございません。お嬢様がお目覚めになってから今日まで、特にこれといった体調不良は見つかっておりません。それに――」
リヒトは一瞬アザレアに視線を送ると、にっこりと微笑んで言葉を続けた。
「お嬢様はただ、愛らしく美しいアザレア様のお姿をご覧になり、思わず倒れそうになられただけですから」
「なっ!!」
「えっ?」
彼の発言に、この場に居た全員が頭の上に大きなハテナマークを浮かべた。
わたくしはリヒトの発言を聞いて、顔を真っ赤にしながら口をパクパクと開閉させ、アザレアは少し恥ずかしそうに頬を染め、リヒトは変わらず涼しい笑顔を浮かべたまま。
わたくしは慌ててリヒトを振り返り、両手で彼の胸倉を掴んでから、声を潜めて問い詰めた。
「ちょ、ちょっとリヒト! 今の発言は何なのよ! わたくしそんなこと一言も――」
「あれ? 違うんですか? 俺にはそう見えていましたけど?」
「そ、それは!」
もちろん、否定などできるはずもなかった。だって、それが事実なのだから。
だが、それはそれ、これはこれだ! 許可も得ずに主の気持ちを勝手に代弁するなど、さすがに許すわけには――
「お嬢様、まずは落ち着いてください。これはある意味、チャンスでもあるのですよ?」
「ち、チャンス!?」
「はい。アザレア様は恐らく、街でお嬢様に関する数多の悪い噂を耳にしているはずです。そして、こう思っているでしょう。カンナ・ロベリアは我儘かつ傲慢で、自分にとって気に入らないことがあればすぐに機嫌を損ねかねない、面倒で超プライドの高いご令嬢だと」
「た、確かに……そうかもしれませんけど……後半の方は少し話が誇張されている気がするわ!」
「え、自覚なし──コホンッ。ですからアザレア様はきっと、お嬢様を『怖い人』だと思っているに違いありません。ですから先ほどの俺の発言で、アザレア様から見たお嬢様の雰囲気が少し緩和されたと思いますよ」
「そんなこと作戦にはなかったでしょう?」
「お嬢様、練り上げた作戦が全て完璧に上手くいくはずがないじゃないですか。何事も、その場の状況に応じて臨機応変に動くことは、非常に大切なことなのです」
「臨機応変って言ったって……」
そんなに都合よくいくものかしら? そう思い、横目でアザレアの様子を伺うと、バッチリと目が合った。
「あっ」
アザレアはわたくしと目が合うと、少しびっくりしたように体を強ばらせたが、すぐにニッコリと天使のような笑顔を返してくれた。
「キューン!!!!」
その天使の笑顔によって、わたくしの心臓はハートの矢によって打ち抜かれ、再び体がリヒトの方へと倒れこんだ。
リヒトは、目がハートになっているわたくしの姿を見て、呆れた表情を浮かべながらも、しっかりと支えてくれた。
「ふむ、どうやらカンナ嬢は、我らの娘と仲良くやっていけそうだな」
「えぇ、そうですね、ユーリ」
アザレアの後ろでは、こちらの様子を優しく見守っていたユリウス様とカトレア様が、お互いに顔を見合わせながら、微笑ましい表情を浮かべているのが見えた。
父様と母様も、わたくしたちのやり取りを見て「大丈夫」だと思ったのか、ご夫妻の方へと向き直る。
「ここで立ち話もなんだし、早速食事にでもするか」
父様の一言で場所を移ることになり、わたくしはリヒトに体を支えてもらいながら、一緒に父様たちの後を着いて行った。
わたくしたちはそれぞれ向かい合うように席につき、両親たちは他愛もない話で盛り上がっていた中、お父様がお兄様たちについてユリウス様に尋ねていた。
「それでだ、ユリウス。俺の息子たちはそっちではどうなんだ?」
そんな中、わたくしは両親たちの会話よりも、この後どう言ってアザレアを誘い出すのか、頭の中で必死に策を練っていた。
リヒトと一緒に考えた作戦内容を踏まえ、どうすればアザレアが警戒心を持たずに、素直に一緒に来てくれるのか。
さあ、まずはどう出ようか?
「じっー…………」
わたくしは無意識のうちに、アザレアを凝視していた。
「あ、あの……」
するとわたくしの視線に気がついたアザレアが、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
その姿がとっっっっても可愛らしくて、思わず私は両手で顔を覆ってしまった。
「はうっ!! か、可愛い……ですわ!!」
そんなわたくしの姿を、リヒトが呆れた表情を浮かべながら見ている。
こ、このままでは会話が弾むどころか、私の心臓がもちそうにありませんわね。
「いや、それどころか……」
わたくしは指の隙間から、アザレアのテーブルマナーの様子を伺った。
ラナンキュラス家に養子として迎え入れられてから、まだ一ヶ月も経っていないというのに、アザレアのテーブルマナーはほとんど文句のつけようがなく、完璧に近い。
というか、周りに花が浮かんで見えるほど神々しい! あと、とにかく可愛い!!
さすが、アザレアと言わざるを得ないわね。
わたくしは一度深呼吸してから落ち着きを取り戻し、アザレアにニッコリと笑顔を見せた。
「先ほどは大変失礼いたしました、アザレア様。よろしければこの後、屋敷の中をご案内しようと思うのですが、アザレア様のご都合はいかがでしょうか?」
「えっ?!」
突然の申し出に、アザレアはびっくりして肩を震わせた。
色々と頭の中で作戦や言葉を練ってきたけれど、ここはもう直球で行くことにするわ! それに、アザレアがみんながいる前で誘いを断れるような性格ではないことは、このわたくしが誰よりもよく知っているのだから。
アザレアはオロオロとしながら視線を彷徨わせ、最終的にカトレア様とユリウス様たちの方へと顔を向けた。
「あ、あの……お父様、お母様」
「ん? なんだアザレア?」
「そ、その、あの……、私この後、カンナ様と一緒に行っても、大丈夫でしょうか?」
と、彼女が尋ねると、二人は顔を見合わせてニッコリと笑顔を見せた。
「あぁ、もちろんだ! これを機にカンナ嬢と仲良くなるといい」
「そうですね! カンナちゃんはとてもお優しい子ですから、きっと仲良くなれますよ」
二人の許可をもらえて嬉しかったのだろう、アザレアはぱぁっと花が咲くように可愛らしく笑った。
「うっ……! き、きゃわうぃぃぃ……」
わたくしは頭の中でそんなことを呟きながら、内心でガッツポーズもしてみせる。
そして、後ろに控えているリヒトにピースサインを送った。
わたくしのピースサインを受け取った彼は、腰にある懐中時計で時間を確認し、小さく頷いてみせると部屋から出て行った。
さて、お次は『仲良しになろう大作戦プランB』に移行するわよ!