あぁ、彼女を見た瞬間運命だと感じたがそんなものへし折る事にする
「──っ!」
アザレア様の姿が視界に飛び込んできた瞬間、まるで全身に雷が落ちたかのような強烈な衝撃が、俺の身体中を駆け巡った。
ドクンドクンと心臓の鼓動は激しくなり、まるで暴走する機関車のように加速していく。
彼女に今すぐ駆け寄りたいという抑えきれない欲望が胸中に渦巻き、俺はそれを頑丈な鎖で雁字搦めに縛りつけ、必死に押さえ込んだ。
しかし、それでもなお、彼女から目を逸らしたくないと抗う自分がいることが分かり、俺は思わず口の中を軽く噛み締めた。
口いっぱいに鉄の味が広がる中、ようやく俺は彼女から視線を剥がすことに成功し、お嬢様へとその焦点を移した。
「……危なかった」
小さくそう呟くと同時に、安堵の息を軽く吐き出す。手のひらには嫌な汗がじっとりと滲み出ているが、手袋の下のことだ。
俺はそれに気づかないふりをした。
「……やっぱり」
こうなるだろうと、俺は内心で静かに呟いた。
お嬢様からは、ここがゲームの世界であるという話をすでに聞いている。
そして、俺が「アムフィオ」というゲームの攻略対象キャラクターだということも。
だからこそ、俺はお嬢様に悟られないように、アザレア様のことを警戒し続けていたのだ。
おそらく、俺は彼女を見た瞬間に、まるで恋に落ちたかのような衝撃を受けるだろうと予測していたからだ。
そして、案の定、俺はほんの一瞬とはいえ、アザレア様のことが頭から離れなくなった。
以前は遠巻きに彼女の姿を観察したり、ただすれ違ったりしただけだったから、特に彼女のことを意識する機会はなかった。
それは、彼女と真正面から向き合っていなかったことが一番の要因だろう。
なぜなら、どんな場面でも、初対面で人と会う時は必ず両者の顔を見るものだからだ。
つまり、顔さえ見なければ大丈夫、というわけだ。
本当にこの世界が、アザレア様が幸せになるためのものだとするならば、攻略対象キャラクターである俺は、初対面の時に必ず彼女に惹かれる。
その結論に辿り着いていたからこそ、初めて間近で見たアザレア様を意識しつつも、どうにかして「この世界のルール」から抜け出すことができたのだ。
「これを他の人たちにも施すとなると、今後の作戦は念入りに作らないとな」
とはいえ、俺は事前にお嬢様から『アザレアを幸せにする大作戦』という恐ろしい計画書を見せてもらっていたおかげで、自力でこの「運命」から抜け出すことができたのだ。
もしお嬢様からあの話を聞いていなかったら、今頃俺は間違いなくアザレア様に恋い焦がれていたことだろう。
「本当に……この世界は厄介だな」
アザレア様が幸せになれる世界? そんなものは、俺にとってはどうでもいいことだ。
だから、そんな運命はへし折ることにした。以前お嬢様が俺の「恋愛フラグ」とかいうものをへし折ってくれたように、俺も俺でその恋愛フラグとやらをへし折らせてもらう。
誰かに決められた相手と恋愛するだなんて、まっぴらごめんだ。俺は俺で、俺が心から好きになった人を選ぶ。
だから、彼女にも、俺を好きにならないようにしてもらわないと困るのだ。彼女だって、勝手に決められた相手ではなく、自分で好きになった人と一緒になる方が、きっと本当の幸せを掴めるだろう。
「はぅ……」
アザレア様の少しぎこちない、初々しい挨拶の姿を見たお嬢様は、彼女のあまりの神々しさに目眩でも起こしたのだろうか、体が左右に大きく揺れ、そのまま後ろへと倒れかけた。
「はぁ……まったく」
俺は苦笑しながら、咄嗟にお嬢様の側へと駆け寄った。
そして、そっと彼女の両肩を支える。
「大丈夫ですか? お嬢様」
俺の声は、この騒がしい状況の中、優しくお嬢様に問いかけた。