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見習い執事だった頃のある日の話①

お嬢様の専属執事となってから、早くも二週間が経った。


執事長のロアギスさんから色々と教わりながら、今日も俺は言い付けられた仕事をこなしている。まだ見習いのためか、大きな仕事を任されることはないが、今は廊下の掃き掃除と窓拭きを担当している。


しかし見習いと言っても、俺はお嬢様の専属執事だ。子供だし、見習いだからといって甘く接したりする人はここにはいない。間違いをすれば怒られるし、執事としての作法や言葉遣いがなっていなければ呼び出され、それから約半日は作法や言葉遣いの勉強を叩き込まれる。


最初はそんな日々が続いたが、二週間もすれば嫌でもやってきたことは覚えるものだ。それに俺は物覚えが良い方なのか、人がやっていることを一度見れば見よう見まねでできてしまう。その点に関しては、俺も自慢できるところだった。


あの日、アース様によってお嬢様の専属執事となった俺は、自分の仕事をこなした後は、主にお嬢様の身の回りの世話をしている。


そう、身の回りの――


「この野郎……!」


俺は怒りで体を震わせ、左手に持っていた雑巾を力強く握りしめながら、右手に持っていたバケツを勢いよく床に置いた。


午前の仕事はこなし、さあ後はお嬢様の相手をするだけ。文章にすれば、そう難しいことではないと思うだろう。


そう、何事においても簡単に行くことはまずない。これが簡単に行っていたら、俺は雑巾なんか握りしめていないし、怒りで体を震わせてなんかいない。


俺にとって今やストレスの原因である午後の仕事、それが『お嬢様と遊ぶ』仕事だ。


「まったく!」


俺がどうして雑巾とバケツを持っているかって? そんなの決まっているじゃないか。


「お嬢様! 一体何度言えば良いんですか! クレヨンを使って床に絵を描かないで下さいと、何度も申し上げているじゃないですか!」


俺は今からお嬢様が落書きした絵を、雑巾を使って綺麗に落とす作業に取り掛かろうとしていたのだ。


今さっき午前の仕事を終えて、お嬢様の部屋に入った俺は顔を青くした。床一面に描かれた訳の分からない色とりどりの絵や、壁に描かれた謎の一本線たち。


当然、その問題児は何とも思わず、二十色もあるクレヨンを使い分けながら、今もなお落書きを続けている。


「お嬢様! 人の話を聞いてください!」


俺は持っていた雑巾をバケツの中に叩き入れ、壁に落書きをしているお嬢様の側へと歩み寄る。


「お嬢様……それでは失礼します」


「っ!」


急に抱き上げられたお嬢様は、びっくりして持っていたクレヨンを手放した。お嬢様は恐る恐るこちらへと振り返ると、両目に大粒の涙を浮かべる。


「なっ! まずい――」


慌ててお嬢様をなだめようとした瞬間。


「いやぁぁぁだぁぁぁ! うぇえええんん!」


大口を開けたお嬢様が、泣き叫ぶように俺を拒絶し始めた。


「う、うるっさ……!!」


しかしそれでもお嬢様を手放さない俺は、そのままベッドの側へと移動し、優しくお嬢様を下ろした。


だがお嬢様が泣き止むことはない。


「もう……いい加減にしてくれ!」


お嬢様の泣き声はさらにヒートアップし、廊下どころか屋敷全体に響き渡った。その泣き声を聞いた使用人たちはみなこう思ったことだろう。


「あぁ、まただ」


と――


「っひぐっ、ひく」


お嬢様が泣き止むまでの三十分間、俺は耳栓をしながら床の拭き掃除をしていた。


「はぁ……やっと泣き止んだ。うっ……胃が痛くなってきたな……」


いつもだったらすぐにヴィーナ様かアース様が来てくれるのだが、生憎今日はお二人とも外出している。


お嬢様のご兄弟方も、今日は学校があるため屋敷にはいない。ということは、誰もお嬢様の相手をする人がいないということだ。


俺は涙を拭っているお嬢様を横目で見ながら、クレヨンの付いた雑巾を絞る。そして同時に溜め息をついた。


「この仕事……思ったよりも楽じゃねぇな……」


楽どころかものすごく体力を使わされる。


こうなるって知っていたら、ユリウス様のところに居残っていた。


まさかこんな大変な仕事だったとはな。あの時の判断を誤ったな……。


「ねぇ」


「はいはい、なんですか? お嬢――」


すると、さっきまで泣いていたはずのお嬢様が、俺のすぐ横に立っていた。


「ねぇ、それはなに?」


「えっ、それって?」


お嬢様が見下ろしている視線に合わせて、俺も顔を下ろすと、そこには懐中時計が腰から吊るされている。


「これにご興味でもあるんですか?」


「うん、それ光ってる」


「光ってる?」


それは懐中時計の色のことを言っているのだろうか? 確かに見た目は少し古いが、色は一目見ただけでも分かるゴールドだ。しかし俺にはそれが光っているようには見えない。


ということは、ただ興味を持ったお嬢様にとっては、とても輝いて見えるということだろう。


「…………触ってみますか?」


「うん!」


お嬢様はキラキラと瞳を輝かせると、俺に両手を差し出した。こういうところは可愛いのにな……なんて思いながら、俺は懐中時計をお嬢様に手渡した。


「絶対壊さないでくださいよ。それ、とても大事なものですから」


と言っても、この懐中時計はあの日から壊れたままだけど。


お金があれば修理にでも出そうと思っているが、今の俺にそんな大金は存在しない。


だから一応形だけとして、腰から吊る下げているけど。


お嬢様は手渡された懐中時計をじっと見下ろしたまま、一言も話さず自分のベッドの上へと戻っていった。


「……一体なんなんだ?」


お嬢様の行動に疑問を抱きながらも、俺はその後も部屋の掃除に時間を取られることとなった。

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