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執事に馬鹿と言われたので作戦練り直します③

「ルーカス王子だけは、絶対にアザレアのお相手としては認めません。いいえ、それどころか近づけさせたくもありません!」


わたくしは力強く宣言した。


あの『アザレアを幸せにする大作戦』の紙束を読み進めるにつれて、彼らの「やばさ」が浮き彫りになってきたのだ。


特にルーカス王子は、王位継承問題に巻き込まれる可能性が高く、アザレアを危険な渦中に引き込むことになりかねない。


「は、はあ……。でしたら、アザレア様のお相手探しは後回しにしましょう。アザレア様はお嬢様と同じくまだ十二歳。そのお話が上がるのはもう少し先になります。まずは、アザレア様の事を優先して作戦を考えましょう」


リヒトの言葉に、わたくしは安堵した。


「ええ、そうしましょう! あんな奴らの事は後回しよ!」


絶対の絶っっ対にあの三人は認めません!


特にルーカス王子……あなただけは!! 私のアザレアに、妙な気を起こさせたりするものですか。


「では、お話を戻しますがお嬢様。俺が質問した事に対しては無視してもらって構いませんから、アザレア様をどうやってラナンキュラス家の養子に迎え入れさせるかを考えましょう。乙女ゲームが何なのかも、お嬢様のこのなんとか大作戦とやらを読んである程度理解出来ましたから」


リヒトのその言葉に、わたくしは目を丸くした。


「あら、そうなの? そんなに早く理解できるものかしら?」


『アザレアを幸せにする大作戦』には、この世界の成り立ちや、乙女ゲーム特有の概念、恋愛フラグの解説まで、事細かに記されている。それらを全て、しかも短時間で理解したというのか?


「ええ、まぁ……分かりますよ」


リヒトはそう言うとわたくしから目を逸した。そしてなぜか怒っているような表情を浮かべると、手に持っている大作戦の紙束に目を通し始めた。一体、何に対して怒っているというのかしら。


「アザレア様が十六歳になられる頃にはもう、彼女はラナンキュラス家の養子になっている。と言うことは、ご夫妻がアザレア様の事を気に入ったと言う事になります。お嬢様ならそれがどうしてなのか、もちろんご存知ですよね?」


リヒトが、確認するように問いかけてくる。


「ふっ……当然じゃない。わたくしを誰だと思っているの? わたくしは誰よりもアザレアの事を知り尽くしている人間よ! このわたくしに分からない事なんて――」


「お嬢様、自慢話は結構ですので話を続けてください」


「うっ!」


こ、こいつ……! 発言する事を許してからと言うもの、この態度は何なのかしら! 一応リヒトにとってわたくしは主と言う立ち位置なのに! その口調は、まるで上官のようだ。


でも……これはこれで良いのかもしれません。ゲームの中でカンナ・ロベリアの隣に立っていた彼よりも、わたくしは今のリヒトの方が人間味があって良いと思います。


どこか機械的だったゲーム内の彼と違い、今のリヒトは感情豊かで、私をからかったり、呆れたりする。それが妙に心地よかった。


「あれ……」


しかし、ふと疑問が頭をよぎった。でもこの世界はゲームの世界……ですよね? でしたら……わたくしが知っているはずのリヒトはどこへ? もしかして、私の転生が、彼に何か影響を与えているのだろうか。


「お嬢様、どうされましたか? 壁をじっと見つめて」


リヒトの声に我に返る。


「え……あ、何でもありません。そうですね……アザレアとご夫妻の出会いは確か、アザレアが街で籠に入った花を売っていた時に、偶然馬車に乗って移動していたカトレア様が見つけて、彼女が売っていた花をカトレア様が買ったのが二人の出会いよ。その日を境にカトレア様はアザレア様の事が気になって、毎日必ず花を買いに街に出かけるようになるのです」


「わざわざ花を買うためにですか?」


リヒトが、どこか信じられないといった顔で尋ねる。


「ええ、そうよ。それもちゃんとしたお店で売っている花ではなく、アザレアが売っている花をカトレア様は買いに来るのよ。花を買う度にアザレアはカトレア様に嬉しそうに愛らしい笑顔を向ける。それがきっかけで、カトレア様はアザレアを養子にしたいと言う思いが強くなって、ユリウス様に相談するのです。そしてユリウス様がアザレアの事について調べて行くと、彼女が奴隷としてある屋敷で働かされている事を知ります」


「それは……」


そう、これはリヒトの報告書にも書いてあった事です。


本来このブーゲンビリア王国では奴隷売買が禁止されています。


奴隷売買もしくは、奴隷を使用人として働かせる事がバレた場合、相応の罰が与えられる。爵位剥奪、国からの永久追放、最悪の場合は打首――。


ユリウス様は直ぐに行動を起こして、その屋敷で働かされていたアザレアを含めた数十人の奴隷たちを開放した。助け出されたアザレアはその後、ユリウス様とカトレア様に迎え入れられラナンキュラス家の養子となります。


「それから四年間貴族としてのマナーや作法やらを全て叩き込まれ、アムフィオの舞台である学園で物語がスタートします」


「なるほど……ではお嬢様。俺たちが出来る事はたった一つですね!」


リヒトが、なぜか自信満々な顔で言った。


「えっ! もう作戦がまとまったのですか!」


さすがリヒトですわ! この短時間で早くも作戦を考えてまとめ上げるだなんて、こんなこと他の人には――


「もちろん、話が早くて助かりました。なので俺たちがこれからすべき事は『何もしないこと』です」


「…………んんん?」


何もしないこと、ですか。リヒトにしては物凄く無難な作戦を思いつきましたね。そうですね、リヒトが言うのですからここはあえて何もしない事に徹した方が――


「って! 何もしないですって!」


何もしないぃぃ?!? いやいや待って待って! 何もしない事ってそれはつまり。わたくしが何もできないってことじゃない!


「だって、お嬢様。アザレア様は俺たちが何もしなくても、ラナンキュラス家の養子になる事が決まっています。それだったらここは無駄に行動を起こして台無しにするよりも、大人しく待っていた方が良いのではないですか?」


「それじゃあまるで、わたくしが何もかも台無しにするって言っているように聞こえますが?」


「ははは(棒)、そんなこと思うわけないじゃないですか」


おい、何だその乾いた笑いは! わたくしを馬鹿にしているのか?


「よく考えて下さい、お嬢様。この世界がお嬢様の言うゲームの世界であると言うのなら、主人公であるアザレア様を中心に物語は展開されて行きます。でしたら俺たちは、これから起こるであろう物語のイベントを見越して、対策を練って本編に臨むべきです。その方がより効率的に、そして狡猾的に、アザレア様を幸せにする道へと近づいていけると思うのです」


「あ、あぁ……そう」


なぜかしら、わたくしの方が数多くの乙女ゲームをプレイしてきて経験豊富だと言うのに、乙女ゲーム未経験でありしかも攻略対象であるキャラクターから助言を受けるだなんて、ちょっとおかしくないですか? しかも彼の発言に少なからず賛同しつつある自分の心が恨めしい……!


「し、しかしそれでは! アザレアを助け出す事が遅くなってしまいます! わたくしは……アザレアが悲しむところは見たくありません。だからじっとしているなんてわたくしには――!」


私の切実な訴えに、リヒトは微笑んだ。


「それでしたらご安心下さい、お嬢様」


「えっ?」


リヒトはニヤリと悪戯を思いついたような笑みを浮かべると、右手を左胸に添えて深々と頭を下げた。その表情は、まるで悪魔の誘いかのように、不敵で、しかしどこか頼もしかった。


「この俺に考えがあります」


ああ、またその言葉だ。この言葉を聞くたびに、わたくしの計画は大きく捻じ曲げられ、そして、なぜか良い方向へと進んでいく。


今回は一体、どんな奇策を繰り出すつもりなのだろう。期待と、そして少しの恐怖が入り混じった感情で、わたくしはリヒトを見つめた。

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