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物語を始める前にわたくしからの意気込みをどうぞ

さあ、早速ではございますが、『プロローグ』という堅苦しい名目ではなく、わたくしの溢れんばかりの意気込みとやらを、皆様に存分に語らせていただきましょう。


わたくしことカンナ・ロベリアは、ある日、大学の帰り道で予約していた最新ゲームを取りに店へ向かっていた最中、突如として現れた信号無視のトラックに勢いよく跳ねられ、即死いたしました。


ええ、即死ですとも。


そりゃもう、猛烈な勢いでコンクリートの上をゴロゴロと転がり、「ああ、これから自分は死ぬんだな」と悟ったその刹那、自分をここまで育ててくれた両親に最後に伝えておかなければならない大切な言葉を思い出したのです。


血まみれになった手を虚空に伸ばし、懸命に絞り出したわたくしの最期の言葉は――



「ごめん……私の……代わりに、……ゲーム、買っておいて」


そう言い残したところで、わたくしの意識はぷつりと途切れ、迎えに来ていた可愛らしく、それはもう愛らしい天使ちゃんたちと共に、天国へと旅立っていったのです。


……なんて、物語の冒頭から一体何を言っているのかと、皆様は眉をひそめていらっしゃるかもしれませんね。しかし、わたくしは決して嘘を言っているわけではありません。


どうせ今頃、『信号を無視した引っ越しセンターのトラックが、子供を庇って道路に飛び出した女性を跳ね、死亡させる事故が起きました。跳ねられた女性は即死、助けられた子供は無傷で無事だということです』などというニュースが、世間を騒がせているに違いありませんから。


まあ、これはわたくしの自業自得、不注意によるものなので仕方がないことですが、まさか自分の魂が別の世界へ「引っ越し」させられるなんて、夢にも思いませんでした。


だって、あの時は間違いなく天使ちゃんたちと天国へ旅立ったはずなのですから……。


それはさておき、そんな衝撃的な前世の記憶を思い出すきっかけとなったのが、つい数日前の乗馬レッスンの最中に起きた、ある「事件」でした。


わたくしが乗っていた愛馬――その名も「麗しきライトニング」が、目の前に雌馬を見つけた途端、雄の本能を剥き出しにして物凄く大興奮し、暴れ出したのです。


そのせいで、うまく手綱を握れなかったわたくしは、バランスを崩して騎座から落ちてしまいました。


不幸中の幸いか、不運の極みか、近くにあった石に頭を強打してしまい……。


もう周囲は大騒ぎ。頭を強打したわたくしは、数日間深い眠りについていました。そしてつい先ほど、目を覚ましたわたくしは、真っ先にこう思ったのです。


「麗しきライトニングって……名前ダサくない?」


……ではなく、「ここ……乙女ゲームの世界では?」と。


しかし、直後には「何のこっちゃ?」と疑問が湧き、頭を打ったことによる記憶障害か何かだろう、と深くは考えませんでした。


しかし、ベッドと向かい合うように置かれているドレッサーの鏡に映る自分の姿を見て、わたくしは確信に至ったのです。


肩先で内巻きにされた緋色の髪に、ヴァイオレットモルガナイトのような淡い紫色の瞳。そして、顔全体を幾重にも囲うように巻かれた白い包帯。


――いや、ここまで包帯をグルグル巻きにする必要なくない? ただ頭を打っただけなのに、これじゃあ頭以外の部分までおかしいと思われてしまうじゃないですか。


わたくしはベッドから降り、ドレッサーに近づいて鏡に映る自分の顔をそっと、いや、ぺちぺちと叩いてみました。


うん、モチモチしてスベスベしたお肌だ――ではなくて!


巻かれている包帯を一枚、また一枚と取っていく中で、鏡に映った自分の顔が一体誰のものなのか、徐々に思い出していきました。


そして、全ての包帯を取り去った時、その顔が鮮明になった瞬間、わたくしの顔は真っ青になり、手の中にあった包帯は力なく床へと落ちたのです。


「この顔……この姿……! 間違いなくこれは……主人公に数々の嫌がらせをしてくる悪役令嬢――カンナ・ロベリアの姿じゃないの!? てか、わたくし本当に転生してるの!? なにあの天使ちゃんたち、わたくしをここへ「引っ越し」させたの!?」


なんて奴らだ! あの可愛い見た目に騙されてしまった!


自分の見た目が、心底嫌悪していた「カンナ・ロベリア」の姿だと知ったわたくしの心は、一瞬にして光の差すことのない絶望の奈落へと突き落とされました。


「トラックに跳ねられて天使たちにここへ引っ越しさせられた」という現実を叩きつけられたことよりも、「よりにもよってカンナ・ロベリアとして転生してしまった」ことの方が、わたくしにとってはるかに大きな絶望だったのです。


なぜ、カンナ・ロベリアとして転生してしまったの!? じゃなくて、何であの天使は、他にもたくさんキャラクターがいる中で、よりによってカンナ・ロベリアを選んだのよ!?


使用人とか村人とか、どこぞのお嬢様とかお姫様とか、執事とかメイドとか、こんな物よりもっと良い物件があるでしょうが! まだそっちに転生させてくれた方が何十倍もマシなんだけど!


え、今からじゃもう遅いかな? 土下座でも何でもするから、お願いだからカンナ・ロベリア以外でお願いします!


と、一人心中で頭を抱え悶絶しつつ、わたくしは怒りで体を震わせながら、鏡の中に映るカンナ・ロベリアの姿を睨みつけました。


わたくしが生前熱中していたこの乙女ゲームは、『アムール・フィオーレ 愛の花束をあなたへ』という、一般の方からしたら「うわぁ……」と引かれてしまうほどダサいタイトル名ではありますが、意外と人気のある乙女ゲームだったのですよ。


そう……わたくしはただの興味本位でこのゲームに手を出した結果、見つけてしまったのです。

この作品の主人公であり、絶対に幸せな未来が待っているはずの彼女――アザレア・ラナンキュラスを。


わたくしはこれまで数多くの乙女ゲームをプレイしてきました。新作が出る度に全ての作品に手を出し、主人公たちを必ずハッピーエンドへと導いてきた。


そのおかげもあってか、乙女ゲームをプレイしている方々の間でわたくしは、『乙女神』などと呼ばれていたそうです。まあ、あまり気にしたことはありませんけれど。


しかし、全ての作品に手を出してきたと言っても、わたくし自身が心底惹かれる主人公や攻略キャラクターとの出会いはありませんでした。


決して、その辺によくいるナルシストの男が、遊び半分で色んな女の子に手を出し、つまらないから一回遊んだら後はポイッ、みたいな遊び人では決してありませんのよ!


わたくしは今までプレイしてきた全ての乙女ゲームを、心から愛しています!(遊び人がよく言う言葉①)


ただその中で、自分が思わず「好きだ!!!」と叫びたくなるような子が居なかっただけなんです!(遊び人がよく言う言葉②)


決してこれは浮気ではなく、ただ自分の理想の子を見つけるために冒険しまくってるだけなんです!(遊び人がよく言う言葉③)


ですが、わたくしはアザレア・ラナンキュラスと出会い、一瞬にして彼女に恋をしてしまったんです。


簡潔に申しますと、物凄くどストライクの子だったんです、以上。


彼女の性格は、主人公として王道である『おしとやか』、『困っている人は放っておけない』、『笑うと誰もが釣られて笑顔になってしまう程の愛らしさと元気を持ち合わせている』、『優しい心の持ち主』……と、完璧です。


他にもたくさん彼女の良いところはありますが、わたくしが特に気に入っているところだけを、こうしてピックアップさせていただきました。


髪色はこの世界ではとても珍しい白髪に、髪の所々に桃色のメッシュが入っています。瞳の色も桃色で、わたくしはゲームのプロローグでこの瞳に見つめられた時、瞬時にハートキャッチされました。


もちろん、彼女を世界一幸せにするため、攻略対象となっているキャラクターたちと恋人関係へ持っていこうとしました。ですが、それを邪魔してくる存在がいるのです。


はい、それが只今この鏡に映っているわたくしの存在です。


ほんと……可愛くない顔……(あくまで内心の評価です)。


黙っていればクールでミステリアスな女性として見られるのに、ロベリア家に生まれた六兄弟姉の中で初めての女の子だったからと、周囲に甘やかされて育ってしまい、わがままで気分屋で悪戯好きで、そして非常に嫉妬深い令嬢に育ってしまったのが、このカンナ・ロベリアです。


そんな彼女を、わたくしはゲームの攻略中、どうやったら排除できるのかと考え、奮闘しました。攻略対象たちそれぞれのルートでは、この「わたくし」は悲惨な道を辿ったり、命を落とすことになります。


しかしこれは、わたくしの推しであるアザレアをいじめたり、陥れようとした罰なので、当然受けるべき仕打ちなんですけど……今はそういうわけにはいきません。


「さて……どうするのですか? カンナ・ロベリア」


ここは乙女ゲームとしてのルールや世界観に則り、カンナ・ロベリアとしてアザレア・ラナンキュラスに嫌がらせをするのか?


それとも最悪な結末を回避するために、アザレア・ラナンキュラスに近づかないか……。


いや、待て。


もしそんな選択をしてしまったら、彼女が幸せになるフラグが立ちにくくなるのではないかしら?


カンナ・ロベリアが関わってこその恋愛イベントが、全ての攻略対象のルートに存在しています。


そのルートを通らないと、真のエンディングを迎えることは不可能です。


となると、アザレアを心から幸せにできる者がいなくなってしまうのではないかしら?


「はっ!!」


そこでわたくしは、ピキーンと閃きました。まるで電球が頭の上で光ったような感覚です。


「アザレア・ラナンキュラスを幸せにするのは、何も攻略対象キャラたちじゃなくても良くない!?」


ドレッサーから離れたわたくしは、ベッドの隣にある机へと素早く近づき、引き出しの中から紙とペンを取り出して、頭の中の考えをまとめ始めました。


「わたくしの年齢はまだ十二歳。アムフィオの本編が始まるのは確か……彼女が十六歳の時だから――」


ペンを走らせ終えたわたくしは、軽く息を吐き、紙に書かれた完璧な作戦を見下ろしてニヤリと笑みを浮かべました。


「ふふふっ。これからわたくしが目指す悪役令嬢は、主人公をいじめたり陥れるような存在じゃなくて、彼女を攻略対象キャラたちから引き離すための悪役令嬢よ!」


そう、アザレア・ラナンキュラスを幸せにするのは、攻略キャラクターたちではない。


このわたくし、カンナ・ロベリアよ!

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