第9話~双槍の和流~
一目見ただけでその3人の男達がユノティアの王子一行だと分かった。この学園には場違いな派手な出で立ちだ。
光希は無事だったがアリアは地面に倒れていて死んだように動かない。
光希は涙を流しながらカンナを見詰めていた。
「遅れてごめん。光希。話は聞いたよ。1つだけ聞かせて」
カンナは馬上から光希に言った。
「あの女、学園の生徒か? カステル王子の御前に馬で割り込んで来るとは万死に値する」
ザジは顔を真っ赤にして腰の剣を抜いた。
カステルは何も言わずにカンナを見ていた。
「光希、あなたはカステル王子と結婚したいの? ユノティアに戻りたいの?」
カンナの問に光希は拳を握り締めた。
「私は!! あいつと結婚したくないし、ユノティアにも戻りたくないよ!!」
光希の声は森中に響いた。
「そう。それじゃあ、私にちゃんと言って。光希」
カンナは優しく言った。
光希は腕で涙を拭った。そしてカンナの目をまた見詰めた。
「助けて……カンナ」
「もちろんだよ。光希」
カンナは光希の答えを聞いてようやく微笑んだ。
「一度だけ言います。光希との婚姻は諦めてください。そして、このまま大人しくあなた達だけでユノティアに帰ってください」
カンナはまた凛としてカステル達に言った。
「小娘が、生意気な! カステル王子、この女はズタズタに引き裂いてやりましょう」
ザジがさらに顔を真っ赤にしてカンナを睨み付けた。
「そうだな。見せしめに殺してしまおう。この私に逆らった者がどうなるか」
カステルが言いかけると十数騎の騎士達が駆けて来た。
「殿下ーーー!! お待たせ致しました!! その女は我々にお任せ下さい!!」
騎士達は槍を構えカンナ目掛けて一斉に突っ込んで来た。
「よーし! 串刺しにしろ!! はははは!!!」
カステルが楽しそうに手を打って喜んだ。
カンナはその十数騎の騎士達の方へ馬首を向けた。
まずはコイツらか──────
と、思った刹那。突っ込んで来る騎士達の前方左右から2騎が割り込み、先頭を駆けていた騎士達数騎を馬から打ち落とした。
「あれ? カンナいたんだ。いないかと思って先に手伝ってたよ」
「澄川カンナ。間違っても誰1人として殺してはならんぞ」
詩歩と海崎は騎士達を次々に打ち落としながら言った。
「祝さん、海崎さん、ありがとうございます!」
「こっちは片付けておくからカンナはそのロリコン王子達をぶっ飛ばしちゃってよ!」
そう言うと詩歩は海崎と共に残りの騎士達を刀の峰で打ちのめしに掛かった。
「あのオレンジ髪の女も殺しておくべきだったな、ザジ」
「そうですな……」
「それにしても、マルコムは何をやっているのだ」
エドルドが歯軋りしながら言った。
「ふん、ザジ! お前はあのオレンジ髪と男を殺せ!」
「御意!!」
ザジが馬を動かそうとした時────
「あなた達の相手は、私です!!!」
カンナは響華から跳び勢い良く回し蹴りをザジの顔面に入れその巨体を馬上から吹き飛ばした。
「何だ!? この女の動きは……!?」
カステルが目を丸くして驚愕した。
「並の武術家ではありません。体術を極めた者の動きです……」
エドルドも前へ乗り出すようにしてカンナの動きに見入っていた。
落馬したザジは鼻を抑えながらゆっくりと立ち上がった。
「おのれ……貴様何者だ」
ザジは白い歯を剥き出しにしてカンナに剣を向けた。
「学園序列4位、澄川カンナ」
カンナは堂々と名乗った。
「ふん、序列4位だと? たかが餓鬼だ。例え序列1位であっても恐るるに足らん!ザジ! エドルド! 容赦するな! ぶち殺せ!!」
カステルは今までの温厚な表情とは打って代わり、突如凶悪な笑みを浮かべた。
ザジとエドルドが剣を構え凄まじい殺気を放ってきた。
「殿下には指一本触れさせん!! 」
叫びながらカンナへ向かって駆けて来る騎士は先程和流に任せたはずのマルコムだった。
「そんな、和流君は??」
マルコムがここに来たという事は和流は負けたのか。だとすると、殺されたのか。
カンナが一瞬逡巡した時、マルコムの目の前の地面に何処からともなく槍が突き刺さり、マルコムの乗っていた馬は驚き暴れ出した。どうどうとマルコムが馬を鎮めているとすぐ後ろに男が1騎、槍を横に伸ばし駆けて来た。
「学園序列8位、和流馮景またまた推参!!」
「ぬう……また貴様か! 生意気な! 今度こそ突き殺してくれるわ!!」
マルコムは馬を鎮めると馬首を返し、向かい来る和流に槍を構え突っ込んで行った。
和流とマルコムは一直線に突っ込み、甲高い金属音を響かせ擦れ違った。
「ははは! 何度やっても俺には勝てんぞ! 和流馮景!」
和流は地面に刺さっている槍を駆けながら引き抜いた。そしてまた馬首を返した。和流は両手で槍を1本ずつ持ち器用に振り回して見せた。
「それでは、和流馮景の双槍術。お見せしましょう!」
和流の2本の槍は通常の槍よりも若干短いようで両手で扱いやすいようになっているようだ。そして、槍先から石突までが全て銀色に輝いている。
「和流君! 無事だったのね!」
カンナはほっとして思わず笑顔を見せた。
「双槍術? 2本の槍を使うという事か。くだらん!」
マルコムはいきり立ち馬腹を蹴りまた和流に突っ込んだ。
カンナも光希も和流とマルコムに目を奪われていたが突然別の殺気が2人を襲った。
「余所見するとは、いい度胸だな。澄川カンナ」
ザジは鼻から血を流しながら剣を振ってきた。カンナは太刀筋を的確に読み、一太刀一太刀確実に躱した。
「殺れ!! エドルド!!」
カステルの指示が飛び、静観していたエドルドも剣を抜きカンナに斬り掛かってきた。
カンナは静かに息を吐いた。
槍と槍がぶつかった。
和流の2本の槍はマルコムの槍を防ぎ、隙あらばマルコムの身体を打ち据えようとヒュンヒュンと風を切りながら動いた。
「貴様、そんな槍をどこで調達して来た? 俺が先程へし折ってやったというのに」
マルコムが言いながら槍を振り下ろし、和流が2本の槍で受け鍔迫り合いになった。
「ああ、俺は準備には抜かりがなくてですね。この学園でいつでもどこでも戦闘出来るように至る所に武器は仕込んであるんですよ」
和流は額に汗を浮かべながらマルコムの槍を弾いた。すぐにマルコムも次の和流の攻撃に対応してきた。
決着がつかない。
和流とマルコムは馬上で死闘を続けた。
どちらかが少し気を抜けば死が待っている。
ユノティアの騎士であるマルコムを殺してはいけない事くらい和流には分かっていたが、殺すつもりでやらなければこちらが殺されるくらいにマルコムは強敵だった。
お互いの汗の粒が宙を舞った。一瞬、時が流れるのが遅く感じた。
ここだ。
そう思った時には既にマルコムの槍を持つ右腕を和流の槍が貫いていた。
「甘いわ!!」
しかし、マルコムは右腕を貫かれてもなお、自由な左手で和流のもう1本の槍を掴み脇に挟んだ。そしてまた渾身の力で槍を折ろうとした。
「2度も同じ事は通用しませんよ!」
マルコムが脇でへし折ろうとした和流の槍は鋼鉄製。人間の力でへし折る事は到底不可能だった。
和流は目を見開いたマルコムの右腕に突き刺さった槍を引き抜き、今度はマルコムの身体目掛けて血のついた槍を突き出した。
だが、マルコムは貫かれた右腕の槍を捨て、馬に括り付けられていた丸い盾を掴み和流の鉄槍の前に出した。
しかし、その盾は和流の槍先に触れるや否やすぐに貫通し、マルコムの左肩を簡単に貫いてしまい、まるで意味をなさなかった。そのままマルコムは肩から血を吹き出し、落馬し地面に背中から落ちた。
「まだだ!」
それでもマルコムはすぐに立ち上がると、腰のレイピアを左手で抜き、馬上の和流に向かい走って来た。左肩も右腕も血を流しておりかなりの深手にも関わらず、マルコムは怒り狂い雄叫びを上げ突進して来た。
「俺はユノティア公国第一王子、カステル・フェルナンデス様の親衛隊隊長マルコム・グランデスだ!! 貴様のような匹夫に負ける事など許されない!!」
マルコムの目は血走り、歯茎まで見えるくらいに歯を食いしばった凄まじい形相で地面を蹴り飛び上がった。そして、細い剣先を和流目掛けて突き出した。
和流は2本の槍で器用に剣先を挟み込み勢いを殺した。しかし、マルコムの力は常軌を逸しており、2本の槍で止めきれずそのまま和流の頬を掠った。和流はマルコムの体重で馬から突き飛ばされ、背中から地面に叩き付けられた。頬からは血が滴っていた。マルコムはすかさず和流の身体の真上に着地し、またレイピアを突き出す為大きく構えた。
「今度こそ終わりだ!! 和流馮景!!」
マルコムのレイピアが空を切った瞬間、和流は両脚を頭の方へ上げ後転。その勢いで立ち上がった。マルコムのレイピアは和流がいなくなった地面を深く突き刺してしまい一瞬だけ動きが鈍った。
「双槍・鐘槍打ち」
和流の2本の鉄槍が左右からマルコムの首と脚を挟むように柄で打った。その衝撃で脚の装甲は砕け、口から血を吹き出し、白目を剥いてついにマルコムはその場に崩れ落ちた。
倒れたマルコムは僅かに身体を痙攣させており、立ち上がる様子はなかった。
和流は荒い呼吸を整える為にその場に座り込んだ。
ふと顔を上げると、少し離れたところで騎士達の間を詩歩と海崎が互いに交差するように駆け回りながら刀を振って騎士達を叩き落としているのが見えた。
一方カンナは光希を守る為ザジとエドルドと2対1で闘っていた。
和流も立ち上がろうとしたが、もう身体が動かなかった。
”生長刻の実”の効力が切れた。もう少しもってくれればカンナを助けに行けたのに……
そう思ったが、和流はそのまま前のめりに倒れてしまった。