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第81話~祁堂の刀鍛冶~

 色付きの名刀『戒紅灼(かいこうしゃく)』を鍛え直す為、火箸燈(ひばしあかり)(あかね)リリアに連れられて祇堂(ぎどう)伊那頭十吾郎いながしらじゅうごろうという男のもとを訪ねた。別に呼んでいないのに何故か一緒に祝詩歩(ほうりしほ)もついてきた。

 刀コレクターのリリアは刀の事に関しての知識はずば抜けており、勿論腕利きの刀鍛冶の知り合いもいるようだ。

 元々リリアは祇堂の出身らしく小さい頃から伊那頭とは顔見知りだという。

 燈は刀鍛冶というのに会うのは生まれて初めてだった。

 愛刀の『火走(ひばしり)』は今は生き別れになっている両親から貰ったものだ。長年使っていれば刃もボロボロになるが、その度にリリアに頼むといつも綺麗に研ぎ直してくれた。リリアは刀の手入れも見事だった。

 青いポニーテールを靡かせるリリアの後について馬に揺られているとリリアが1件の古い建物の前で止まり馬を降りた。


「着いたよ」


 燈と詩歩も馬を降りた。

 建物の中からは鉄を打つ音が聞こえてくる。


「燈、くれぐれも失礼のないようにね」


 リリアはそう忠告すると、手招きして開け放たれた建物の中へ入って行ったので燈と詩歩もそれに続いた。中はさほど広くもない作業場で老人が1人一心不乱に熱で真っ赤になった刀を槌で叩いていた。


「ご無沙汰しております。伊那頭さん」


 リリアの声に老人は作業を止め振り向くと右腕で汗を拭った。


「おお、リリアか。2年ぶり……ってところか? どうした、刀が駄目んなっちまったのか?」


 伊那頭という老人は見たところ80過ぎの高齢で、真っ白な髪と、その髪にほとんど繋がっている真っ白な髭を口の周りに蓄えており、腕は太く胸板も分厚く老齢にしては屈強な体付きである。着衣は薄い紺色の作務衣(さむい)を適当に着こなしている。

 見た感じ少し気難しそうではある。


「いえ、私の刀は大丈夫です」


 リリアが首を振ると伊那頭は何度か頷いた。


「だろうな。刀を恋人のように大切にするお前さんが刀をぶっ壊しちまう事なんてねーだろうからな。じゃあそこの2人の刀か?」


 伊那頭が燈と詩歩を見て言ったので燈は鞄にしまっていた折れた戒紅灼を取り出した。


「あの、コイツが折れちまって、直して貰いたいんだが」


 燈が差し出した戒紅灼の残骸を見て伊那頭は目の色を変え近付いて良く見始めた。


「戒紅灼じゃねぇか?? こいつをお前さんが持っているってのもビックリだが、折れたってのもビックリだな」


「戒紅灼のこと知ってんのか? おっさん」


「燈! 口の利き方!!」


 リリアが今までに見た事のないような顔で怒った。燈は驚いて身体をビクッと震わせた。


「すみません、伊那頭さん。この子は学園の友達で火箸燈と言います。少し口の利き方や態度は悪いですがお許しください。その隣の子も友達の祝詩歩。今回は付き添いで来てもらいました」


 リリアが顔に焦りを浮かべながら丁寧に燈と詩歩を紹介した。


「ん……? そっちのお嬢ちゃんのは……ちょっと抜いて見せてみろ」


 伊那頭は詩歩の刀に興味を持ったのか懐から老眼鏡を取り出し詩歩が抜いた刀をまじまじと見た。


「ああ、やっぱり色付きだ。この薄らと紫がかった刀身に乱れ刃紋。長刀(ちょうとう)紫水(しすい)。何でこんなにも色付きがあるんだ? リリア?」


 伊那頭はまたもや一目見ただけで詩歩の刀まで色付きと見抜いた。


「さ、さあ、何でと言われましても……たまたま? としか、私には……」


 リリアが困ったように答えると詩歩が刀を鞘に戻した。


「あ、あの! 伊那頭さんは色付きについてお詳しいのですか? もしや、色付き……この刀を作った方なのですか?」


 詩歩は唐突にたどたどしい敬語で自らの疑問を尋ねた。

 すると伊那頭は鼻で笑った。


「俺はただの刀鍛冶だ。ありふれた刀を作ったり直したりするだけ。このくらいの歳の刀鍛冶だったら色付きや神牙六刀(しんがろくとう)の特徴くらいは全部知ってる。俺はリリアの『睡臥蒼剣(すいがそうけん)』以外は見るのは初めてだ」


「あ……そうなんですか」


 詩歩は少しガッカリしたようだった。


「伊那頭さんはね、刀鍛冶だった私の祖父のお友達で私が幼い頃から面倒とか見てもらってた人なの」


「リリアの爺さんとその息子、つまりリリアの父親は優秀な刀鍛冶だった。俺は爺さんが生きていた頃からリリアの面倒を良く見させられたもんだ」


 伊那頭はリリアの肩をポンと叩いた。表情は相変わらず強面の無表情だ。


「そうなの。おじいちゃんもお父さんも仕事仕事で私の面倒はお母さんと伊那頭さんが見てくれてた」


「茜の作る刀は名刀と呼ばれ人気だったからな。龍武(りょうぶ)帝都軍御用達だったから忙しかったんだよな」


 伊那頭はリリアと昔話で盛り上がっていた。

 リリアの祖父も刀鍛冶だった事は知らなかったが、リリアが10歳そこらの時、父親は帝都軍専属の刀鍛冶に引き抜かれて以来連絡もつかず生死も不明という話は聞いた事がある。母親も父親を探しに行ったっきり帰って来ず未だ行方不明だという。そして、両親共にいなくなってしまったリリアは、伊那頭のもとを自ら離れ、剣術の修行の為に学園に来たのだ。

 リリアにとっては父親の話は複雑な筈だが、伊那頭とは楽しそうに喋っていた。


「あ、あの、それでこの戒紅灼は直りますかね? 伊那頭さん」


 燈は申し訳なさそうにリリアと伊那頭の話に割り込み壊れた戒紅灼を差し出した。一応言葉遣いは改めた。

 すると伊那頭は戒紅灼の破片を1つ摘み、外から差し込む陽の光に当て目を細めて観察を始めた。


「結論から言うと、今すぐには不可能」


 伊那頭はキッパリと言い切った。


「今すぐには……? じゃあ、どのくらい時間掛ければ?」


 燈が言うと伊那頭は持っていた破片を元に戻した。


「そもそも、折れた刀を繋ぎ合わせてまた同じような強度と斬れ味を取り戻す事は不可能だ。一度破片を溶かし、一から鍛え直すしかない。が、色付きの刀というのは全て特殊な素材で出来ている。普通の鋼じゃねえ。俺が鍛え直せたとして、戒紅灼本来の絶対的な斬れ味を取り戻せるかは分からん」


「マジ……ですか」


 燈は溜息をついた。

 伊那頭の回答にはリリアや詩歩も残念そうに肩を落とした。


「戒紅灼に詳しい方をご存知ないでしょうか? 伊那頭さん」


 リリアは燈が肩を落としているのを見て代わりに尋ねてくれた。


「分からん。だが、やるだけやってみよう。まずは素材を調べるところからだがな」


「それでいいです。でも、どうやって調べるんですか?」


 燈は僅かな望みに賭ける事にした。どちらにせよ、リリアが頼る程の人物である伊那頭十吾郎に頼まなければ戒紅灼は二度と使えないのだ。


樂庸府(らくようふ)の専門の研究所でこの剣の成分を分析する」


「樂庸府かぁー、遠いなー。でもそれしかないかー」


 燈は頭を抱えた。


「それと、もう1つ問題があるぞ。修繕費は支払えるのか? 普通の刀剣じゃねえ。色付きの修繕だ。高くつくぞ? 俺はその代金がお前さん達学園の生徒に払えるとは思えんのだが」


 燈は思わず目を見開いた。金。そうだ。金が掛かることをすっかり忘れていた。リリアが紹介してくれた刀鍛冶でリリアの知り合いだと言っていたからてっきり無料だと思い込んでいた。だが、普通に考えたらこんな謎の剣を無料で直してくれるわけがない。大金を払うのは当たり前だ。


「い、いくらですか?」


 燈は恐る恐る聞いた。


「諸々の費用含めて1万(いん)くらいは覚悟しときな」


「い、1万……!!?」


 燈は目の前が真っ暗になった。

 龍武の一般人の平均月収は約2千銀。その5ヶ月分の価格だ。

 さすが色付きの名刀。一から鍛え直すと言っていたが、その金額が高いのか安いのか妥当なのかまったく分からない。燈はゆっくりとリリアの方を見た。


「リ、リリアさん、金……貸してくんない?」


 燈の懇願にリリアは笑顔で答えた。


「元々ローン組んで一緒に頑張って返していこうって思ってたから心配しないで。それにしても1万銀って、色付きの修繕としては破格の安さだと思うよ」


「リリアの友達だからな。大分負けてやった」


 伊那頭はそう言うと老眼鏡を外し、傍にあった椅子に腰掛け、煙草を吹かし始めた。

 学園の生徒は基本生活する為に金を必要としない。学園内の物は全て無料。浪臥村(ろうがそん)で買い物をする時に金がいるくらいなのだ。

 その金の入手方法も、村当番、任務、学園でのアルバイトの3択だけで、村当番も任務もない時はアルバイトをしない限り金は手に入らない。

 勿論、燈はアルバイトなど一度もした事はない。村当番と任務で得た金のみだが、例えば一度の村当番で学園から貰える報酬は3千銀。一般人よりも高額な報酬だが、それが毎月あるわけではない為、それを考慮した資産運用をしないとならない。学園を出て行った時に必要になるものなので、通常は無駄遣いせずに貯金する。

 しかし、燈は貯金などせずほとんど浪臥村で遊びに使ってしまっている。燈はこの時程自分の散財を呪った事はない。

 それにしても、リリアが初めから2人で金を支払う計画だったとは驚いた。恐らく本来物凄い金額になるのを知っていたのだろう。これでも安い方とはもはや燈の次元の金銭感覚では通用しない世界だ。

 これから毎日バイトしないといけないのか。

 そんな事を考えながら燈が頭を抱えていると、不意に背後に気配を感じた。

 その気配にリリアが真っ先に振り向き、燈、詩歩も振り向いた。


「話は聞かせてもらったぞ」


 作業場に堂々とした態度で入って来たのはこれまた老齢のガタイのいい男。

 見るからに只者ではない。燈はその場から動く事が出来なかった。


「と、その前に、伊那頭さん。刀を取りに来ました」


「おう、勅使河原(てしがわら)師範。『蹂駆煌凛(じゅうかこうりん)』、完璧に仕上げといたぞ」


「おお、いつもすみません」


 伊那頭は煙草の火を消し立ち上がった。

 そして、勅使河原という男は伊那頭から壁に掛けてあった1本の刀を受け取ると一度鞘から抜き刀身を眺め、軽く頷くとまたすぐに鞘に戻した。


「あ、あの、失礼ですが、勅使河原師範てあの磊冥館(らいめいかん)の勅使河原師範ですよね?」


 突然そわそわとしだしたリリアが勅使河原に話し掛けた。視線は勅使河原と蹂駆煌凛を交互に彷徨っている。


「うむ、如何にも。伊那頭さんに刀を研いでもらっていた故、取りに来たのだ。其方達は学園の生徒だな。色付きの刀が折れて困っているとか」


「そうなんです。この子の戒紅灼なんですけど……」


 リリアは背後から燈の両肩に手を置いてまるで保護者が子供の代わりに説明する様に勅使河原に折れた戒紅灼を見せた。

 磊冥館とは、帝都軍の兵士志願者が入隊前に通う事になっている道場である。そこで様々な2年間の厳しい修行により武術を身に付け、晴れて帝都軍に入隊となる。いわば帝都軍の訓練所のようなものだ。

 その磊冥館で最も力を持つ者が武芸十八般(ぶげいじゅうはっぱん)を極めた男、勅使河原である。

 燈は磊冥館の勅使河原という名は勿論知っていたが、いざ目の当たりにすると、今まで出会った人物とは比べ物にならないくらいの威圧感を感じて一言も喋れなかった。

 勅使河原は戒紅灼の残骸を見ると燈の肩をポンと叩いた。


「色付きの修理に掛かる代金、儂が支払ってやろう」


 突然の勅使河原の発言に燈は勿論、リリア、詩歩、そして伊那頭までもが言葉を失った。


「勅使河原師範、どういうつもりですか? あなたが学園の生徒達の為にそこまでしてやる必要は」


「火箸燈と言ったな。其方、断刀斎(だんとうさい)狼厳(ろうげん)を討ち取ったらしいじゃないか。その褒美とでも思ってくれ」


「何!? あの断刀斎を!?」


 伊那頭の驚き用は普通ではなかった。こんな小娘が賞金首だった男、断刀斎・狼厳を討ち取ったなどとは夢にも思わなかったのだろう。


「結局帝都軍が探し回っても見つからなかった剣士の敵。まさかお前が倒したのか……。なるほど、それで戒紅灼を折られたと……ふむ」


 伊那頭は顎髭を撫でながら燈の顔と腰の火走を眺めて何か考えていた。


「まあ、そういうわけで、本来なら帝都軍が討伐しなければならない男を倒してくれた礼だ。樂庸府の研究所へも儂の部下を遣いにやる」


「ありがとうございます!!」


 勅使河原の好意に燈は頭を下げ、大きな声で礼を言った。

 視界の端に詩歩がビクッと驚いたのが写った。


「本当にいいんでしょうか……そんなご迷惑じゃ」


 リリアが酷く恐縮して勅使河原の顔を見た。伊那頭も勅使河原の顔を見ていた。

 しかし、勅使河原はニコリと笑った。


「いいのだ。それくらい。儂も剣士として刀を大切にしている其方達には好感が持てる。これから若い世代の剣士が成長してくれればこれ程嬉しい事はない」


 勅使河原は自分の蹂駆煌凛を燈の顔の前で力強く握り締めて見せた。その刀はとても煌びやかな装飾が施されており燈の目を奪った。リリアに至っては指をくわえて羨ましそうに見ている。


「珍しいな、勅使河原師範。お前さんが女に優しくするとは。以前のお前さんなら女には頗る厳しかったと思ったが」


 伊那頭が言うと勅使河原は燈の手から戒紅灼の残骸を受け取りながら答えた。


「もう2年前です。学園の体術使いの女と体術勝負をして完敗しました。当時女を舐め切っていた私に女の強さというものを教えられました。あの女と手合わせしてから私の価値観は変わった。……そんなところです」


「ああ、その話しなら聞いたことがある。祇堂では一時噂になっていた。確かその女、大層な自信家だったとか」


 伊那頭が言った。


「そうです。体術では絶対に負けないとか言っていましたな」


 勅使河原のその話を聞き、燈はリリアと詩歩と目が合った。


「カンナだ」


 3人が声を揃えて言うと、勅使河原は頷いた。


「おお、そうだ。やはり知り合いだったか。澄川カンナ。その女のお陰で儂は死ぬ前に考えを改められた。今度会ったら宜しく言っておいてくれ」


 勅使河原は戒紅灼の残骸を風呂敷に包むと踵を返して作業場の外へ歩き出した。


「あ、あの、勅使河原師範。本当にありがとうございます」


 燈が真っ先に勅使河原を追い掛けその背中に頭を下げ再度礼を言った。


「とりあえず素材の調査に1週間は掛かる。それから修復可能か否かの返答をする。修復の可否にかかわらず戒紅灼は伊那頭さんに渡す。悪いが気長に待ってくれ」


 勅使河原は手を振りながら去って行った。


「良かったね、燈。勅使河原師範が良い人で」


 リリアが燈の隣に来て言った。


「ああ、めちゃくちゃ良い人だな。学園の剣特師範になってくれないかな」


「ってかさ、カンナのお陰じゃない? カンナがあの人倒したから戒紅灼無料で直してもらえる事になったんだよね。それにしても、磊冥館師範を倒すなんて……」


 詩歩も隣に来て言った。

 確かに磊冥館師範を体術勝負で倒したというのは素晴らしい快挙である。そのお陰で戒紅灼の修復を無償で引き受けてもらえたのだ。詩歩の言っている事は間違っていない。


「つまりカンナをあたしが序列仕合で倒せばあたしが実質勅使河原師範よりも強い事に」


「燈じゃ無理でしょ」


「おーし、詩歩。表出ろ! 八つ裂きにしてやる!」


 燈は火走を抜くとリリアが慌てて羽交い締めにして止めに入った。詩歩は舌を出して挑発している。


「やめなさい! 2人とも! もう、帰るよ! それじゃあ伊那頭さん、よろしくお願いします」


「リリアも大変だな」


 伊那頭が笑っていた。

 ようやくこの男の笑顔を見た気がする。

 詩歩といつも通り喧嘩をしながら燈はリリアに作業場から連れ出され、そのまま学園への帰路へと着いた。


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