第71話~激闘、学園の力《海崎vs耶律柯威、茉里・キナvs李超》~
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後方でもう1人の女と戦っていた筈のつかさ達の姿がいつの間にか見えなくなっていた。ただ、時折つかさの怒号が聴こえたので一先ずは安心出来た。序列5位のつかさがいてまず負ける筈はない。
海崎の目の前の男、耶律柯威は海崎の挑発に反応し鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。
「小細工だと? 俺は暗殺者だ。小細工を使う事が仕事と言ってもいい。随分上からものを言うのだな。海崎」
「俺も言うなれば同業者だ。だから暗殺に関してはお前に劣るとは思わない。しかし、こうやってお互い面と向かい合ってしまってから暗殺だのとは馬鹿げていないか? 」
本当は小細工同士のぶつかり合いでも構わなかった。ただそうなると耶律柯威が海崎の視界の外に出た時につかさ達が狙われるという恐れがある。暗殺者とは本来そういうものだ。対象を確実かつ速やかに殺しさえすれば手段は選ばない。今耶律柯威を視界から外すのは中々に危険なのだ。
「確かに、お前の言う事も一理ある。正々堂々正面から向かって来いというのだろ? 海崎。いいだろう。このキセルでお前の頭を砕いてやる」
「来い」
海崎が手招くと耶律柯威は真っ直ぐ走って来たかと思うと海崎の手前で跳ね上がり回転しながら棍棒のようにキセルを振り下ろして来た。
「しゃあぁ!!」
耶律柯威の掛け声と凄まじいキセルを用いた体術が海崎を襲った。
キセルの打撃は素手で受ければ骨折は免れない。打ち所が悪ければ即死。かと言って短刀で受け続けてもその内砕かれる。つまり海崎の選択肢は攻撃を払うか躱すしかない。
キセルの攻撃だけではない。足技も巧みで気を抜けばすぐに蹴りをもらってしまう程の速さだ。
海崎はその全ての攻撃を冷静に払い、そして躱し続けた。
「どうした? お前が来いと言ったのだぞ? 防御ばかりでは勝てんぞ?」
「お前こそどうした? この俺に1発も入れられていないぞ?」
海崎の挑発にまたも耶律柯威の顔が曇った。
「ならばこれでも食らえ」
耶律柯威が突然ニヤリと不気味に笑うとキセルの脇の出っ張りを指で軽く引くとキセルの閉じていた火皿の蓋が開き、中からまだ燃えている灰がパラパラと海崎の顔に降り注いだ。
「やはり小細工を使わねば俺には勝てぬのか」
海崎は灰を避ける事なくそのまま顔から浴び、油断していた耶律柯威の右腕と頭に手を置き、そこを支点に両脚を空高く上げて一回転。その間に右腕に見えない程細い糸の輪っかを通し端を引いて縛り付けた。そして耶律柯威の背後に着地し耶律柯威が振り返ると同時に短刀を振った。
「ぐっ!?」
振り返りざまの耶律柯威の顔を短刀が斬り裂いた。右腕に糸を縛り付けた事には気が付いていないようだ。
「やるな。僅かに頭を引いて傷を浅くしたか」
海崎が言うと耶律柯威は頬の傷を手で触り出血を確認した。
「俺に傷を付けたのはお前が初めてだぞ」
「そうか、面と向かって闘ったのは今日が初めてと言うことか。それか敵が余程雑魚ばかりだったか」
「黙れ。悪いがもうお前と遊んでる暇はない」
耶律柯威はそう言うと腰の辺りから何かを取り出し地面に叩き付けた。それは先程使われた煙幕で、モクモクと立ち込める白い煙が、また海崎の視界を遮った。
「俺の今回の任務はお前を殺す事ではないんでな」
煙の向こうから耶律柯威の声が聴こえた。その声は海崎から遠ざかって行った。
「やれやれ、決着をつけずにトンズラか」
海崎はポツリと呟くと自分の手首をチラリと見た。そこから伸びる細い糸は耶律柯威の逃げた方へ引っ張られた。その糸の方向へ海崎は煙の中を迷う事なく真っ直ぐ走り出した。
耶律柯威の背中をあっという間に目の前に捉えた。そして耶律柯威の顔の傍で海崎は言った。
「同じ手は二度も通用しないぞ」
「馬鹿な!?」
海崎の短刀が追い越しざまに耶律柯威の首を斬った。
耶律柯威は首を抑えながら勢い良く地面に転がり倒れた。
震えながら首と口から血を流している耶律柯威は海崎の方を見た。
「何故……だ、何故煙の中から俺のいる場所が……」
海崎は短刀で右の袖から伸びる糸を切った。
「お前の位置はお前自身が教えてくれた。まさか糸を付けられた事に気付かないとは、まだまだだな。耶律柯威殿」
海崎の種明かしに耶律柯威はハッと笑った。
「冗談じゃない。あの戦闘の中、そんな事を考えている余裕などない……海崎……俺は最期の相手がお前で……良かった……」
耶律柯威は地面に顔を付けて沈黙した。血溜まりが地面にゆっくりと広がっていった。
海崎は指笛で馬を呼ぶと身軽に飛び乗った。
「暗殺者はいつも死と隣り合わせだ。お前の仕事は今日で終わりだ。ゆっくり眠れ」
海崎は耶律柯威の死体にそう言葉を投げると手綱を操り、つかさ達を探しに向かった。
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日が傾いてきた。
光希は柚木と共にまりかが見付けてくれたカンナ達がいる岩山へ急いでいた。
途中柚木は何度か地図を広げコンパスで方角を確認して確実にカンナ達の下へ近付いていた。
平地なら1日もあれば辿り着ける距離だが険しい小龍山脈となるとそうもいかない。今から山に入っても到着は明日の昼頃になるだろうと柚木は予測を立てていた。
光希と柚木が小龍山脈に入ってから4時間が過ぎた。
空は夕焼けに染まり次第に山の中の景色も闇が包み始めていた。
数時間前に斑鳩からカンナ達と合流したと連絡があった。どうやらカンナもリリアも蔦浜も蒼衣も全員無事なようだ。そして程突の仲間を1人捕まえたとも言っていた。今は情報を聞き出せないか問いただしているところらしい。
一方、海崎からの連絡では程突の仲間の男女1名ずつを倒したと連絡が入った。その2人は死んだらしい。一緒にいたつかさは無事なようだが、綾星と詩歩が敵の痺れ毒で動けなくなったらしくしばらく休ませるとの事だ。
まだ状況が分からないのは茉里、キナの班と燈、奈南の班だ。
柚木は馬を駆けさせながら腰の無線機を取った。
『こちら柚木。後醍院さん、火箸さん、状況を報告してください』
その無線にすぐに反応があった。
『こちら後醍院。申し訳ありません。今敵と交戦中でして、この後もしばらくご連絡出来ないと思います。抱さんは無事ですわよ。敵をぶち壊したらまたご連絡入れます』
『了解しました。気を付けてください』
茉里からの連絡はあったが、燈達からの連絡はなかった。
『こちら斑鳩。柚木師範、澄川が氣で感知してくれたのですが、火箸達もどうやら戦闘中のようです。敵は1人、程突ではないようですが俺達が救援に向かいましょうか?』
『いえ、そこで待機していてください。僕と篁さんがそちらに向かっています。動くのはそれからにしてください。もう日が暮れますので』
『斑鳩、了解』
柚木は一通り指示を出すと無線機を腰に戻した。
その様子を光希は無言で見詰めていた。
「大丈夫でしょうか? 火箸さん達」
柚木は燈と奈南の力を信じたのだろうが、光希は心配でならなかった。
「大丈夫ですよ。火箸さんと四百苅さんですよ? 敵が程突本人なら不味いかもしれませんが、その部下なら2人で倒してくれますよ」
柚木はまるで心配していないようだった。程突の部下の事を知っているのだろうか。
「急ぎますよ、篁さん。出来れば今日中に澄川さん達と合流したいですから」
「はい」
光希は何の迷いもない柚木に今はただ就いて行った。
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飛ぶような斬撃は木々を切り倒し、地面を抉り、茉里とキナを追い回し徐々に体力を奪っていった。
当たれば即死。未だにその攻撃が何なのか分からない。攻撃しているのは恐らく先程の李超という男だ。しかし、その男も攻撃中は姿が見えない。木々の奥に姿を隠しつつ攻撃して来ているのだ。茉里は既に攻撃を躱し続けるだけで息を切らしていたが、キナは驚異的な身体能力と体力でその斬撃を容易く全て躱し続けていた。それには茉里も驚いた。キナを援護する必要がないのは非常に助かる。こちらが攻撃を躱しつつ敵に狙いを定める為にはキナに構っている暇はないのだ。
そんな中、茉里は柚木からの無線に応答した。答えなければ皆を心配させてしまうと思ったからだ。1人の敵にこんなに時間を掛けたのは畦地まりかと戦った時以来である。
「後醍院さん! 1つ考えが」
突然、キナが斬撃を躱しつつ茉里に叫んだ。
「何ですか? 抱さん」
「敵が見えなくても、この斬撃を生み出してるものを地面に射立てる事は出来ますか? まずこの攻撃の正体を見極めましょう。もしさっきの南蛮千鳥鉄が斬撃の正体なら私に考えがあります」
普段の大雑把で乱暴なキナからは考えられないとても合理的な提案だった。
「勿論、姿が見えればわたくしの御堂筋弓術で捉えられないものなどありませんわ」
茉里はすぐに矢の狙いを木々の方から外し地面に向け深呼吸をして直立した。
「はは! 馬鹿め! ついに諦めたか?」
木々の方から李超の声が聴こえた。
やはり斬撃は立ち止まった茉里の方へ向かって来た。斬撃は鞭のような軌道を描いて茉里の正面に迫った。
ここだ。
茉里は弦を引いた。
僅かに横に跳んで斬撃を躱した。同時に鏃を斬撃に向けた。
「御堂筋弓術・破砕嚇軍矢!」
茉里の放った矢は丁度地面が抉れた箇所へ突き立った。その矢は見事に金属の鞭のようなものを地面に射止めた。
ピタリと斬撃は止まり、その全容が見えた。鞭のような武器は木々の間に伸び、ギシギシと引っ張られていた。
「やっぱりか! 南蛮千鳥鉄の仕込みはコイツだったんだな! おっしゃ!」
茉里はキナがどうするのかと見ていると突然木々の間に続く鉄の鞭を辿るように走り出し、木々の中に消えてしまった。
「ちょっと!? 抱さん!?」
まさか1人で突っ込むとは思わなかった。いや、そんな馬鹿な事をする筈がないと思っていたのだ。茉里は援護の為また矢を番え、鉄の鞭を辿った。鞭の両側には刃が付いていてこれで木々を切り倒していたのだろう。それにしても、形状と威力が釣り合っていない、一体どんな力で振り回していたと言うのか。
「うおあっ!?」
その時、突然木々の間から李超が吹き飛ばされるように飛び出して来た。
それを追撃するキナとすれ違った。
キナはまだ空中に投げ出されている李超を殴る蹴るの攻撃を浴びせ、さらに地面に落ちた李超に馬乗りになりひたすら顔面を殴り始めた。
「この野郎! 何が暗器だ! コソコソと陰湿な戦い方しやがって! 正々堂々と拳でこいってんだよ!!」
茉里はそのキナの乱暴というか凶暴というか、とにかく野性味溢れる乱打にむしろ李超が不憫に思えてきた。
20発殴ってもやめる気配がなかったので流石に茉里は声を掛けた。自分が殴っているのなら敵の顔面がぐちゃぐちゃになってもやめないだろうが、他人が敵を壊していくのを見るのはあまり気分がいいものではなかった。
「抱さん、もうその位に……とっくに意識ないですわよ?」
「え? あ、ホントだ」
キナはテヘペロと言わんばかりな顔をして茉里を見ると完全に気を失っている顔面がボコボコに腫れ上がっている李超の上からようやく腰を上げた。体術だけなら茉里よりもキナの方が断然上だろう。きっとこれでも手加減したのだろう。手加減していなければ数発で顔の骨が砕けて死んでいただろう。
キナの手は李超を殴った返り血以上に血塗れのように感じた。ポタポタと血が地面に垂れている。
「あの、抱さん? その血は……?」
「ああ、これですか? コイツ引きずり出す為にその剣の鞭みたいなやつを引っ張り回してやったんですよ。そしたら鞭の両側の刃を思いっ切り握っちゃって血塗れになっちゃったんですけど……興奮してたからあんま気にしなかった……」
キナは笑いながらとんでもない事を話した。
「ほら、こちらにいらっしゃい。手当してあげますわ」
茉里は指笛で隠していた愛馬『紫燿花』を呼ぶと鞍に付けていた鞄から包帯や傷薬を取り出しキナに微笑んだ。
「え! ご、後醍院さんが、私の手当を!?」
「あら? 当然でしょ? 私達はパートナーなのですから」
茉里が言うとキナは顔を真っ赤にして嬉しそうに微笑んだ。
「後醍院さん、怖いと思ってたのに……ギャップ萌えですね」
「萌え? 何だかよく分かりませんが、褒め言葉として受け取っておきますわ」
茉里は微笑みながらキナの手当を始めた。




