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第7話~光希とユノティア~

 和流(せせらぎ)がマルコムと交戦する数分前。

 光希(みつき)はアリアの操る馬の背に揺られていた。


「さあ、助けてあげたんだから、なんであんたが追われる事になったのか教えなさいよね」


「あ、うん……そうだね。実はね」


 アリアに急かされて光希は自分とカステルの話を始めた。



 光希は龍武帝国(りょうぶていこく)に生まれた。その頃は我羅道邪(がらどうじゃ)の勢力が小さな街々を次々と襲い手中に収めていた。帝都軍が応戦するも条約を破り銃火器で武装した我羅道邪の勢力には到底適わず戦火は拡大していった。そんな中、自分達が生きるのに精一杯だった両親は、少しでも金を手に入れようとまだ5歳の光希を外国へ売り飛ばしてしまった。まだ若過ぎた光希は労働力としてもすぐに使えないものだから中々買い手が見つからなかった。いつしか奴隷船で海を渡り1年程経っていた。光希は乗っていた船が何処かの港に停泊中にこっそりと脱走した。思いの外簡単に逃げられた。追手もすぐには来ず、光希はそのまま何処かも分からない国の森の中に逃げて行った。幸い奴隷船に乗っていた1年間は男達の慰み物にならずに済んだが、体力も精神も限界に近かった。久しぶりに降りた(おか)の感じに慣れず、積りに積もった疲労も相まって、光希はそのまま森の中で気を失ってしまった。

 次に目が覚めた時には綺麗な部屋にいた。龍武帝国では見た事のないお洒落な造りの広い部屋だった。光希はベッドから身体を起こすと傍にいた下女が誰かを呼びに行った。すぐに先程の下女と共に背の高い屈強な体つきの男が1人入って来た。


「気が付いたか? どこか具合の悪い所はないか?」


 その男は親切に話し掛けてきたが、光希は不審そうに睨み付け何も答えなかった。


「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったな。私はエドルド・ブランカフォルト。ここユノティア公国の兵隊を統括している者だ」


「ユノティア……?」


「おお、良かった。喋れるんだな。とりあえず、何か食べるか? 腹が減っているだろう?」


 エドルドという男は親切に色々と気遣ってくれた。腹を空かせていたことには違いなかったので、部屋に運ばれた料理を全て食べた。食事が終わるとエドルドは言った。


「お前は両親に捨てられたそうだな。行く宛がないのなら、この王宮で暮らすが良い。ユノティアの国籍も手に入るぞ」


 エドルドの親切心は何故だか不気味に感じた。どうしてここまでしてくれるのだろうか。


「いいんですか? 私のような身寄りのない外国人を王宮に住ませたりして」


「子供がそんな事を気にするな。お前は運が良かったのだ。たまたま森で狩りをしていたカステル王子がお前を見付けて連れて来たのだぞ? カステル王子が見付けていなければ、動物に食われていたかもしれんし、或いは盗賊に捕まっていたかもしれん」


「そう……なんですか。その……カステル王子にお礼を言いたいのですが……」


「カステル王子は今出掛けておりいらっしゃらぬ。戻られるまでここで待つんだ」


「ああ、そうなんですね。分かりました」


 光希は窓の外に目をやった。隊列を乱さぬようにキビキビと行進している兵隊が見えた。


「興味があるのか? あの兵隊達に」


 光希の視線の先をエドルドが見て言った。


「いえ、興味があるというか、ああいう鎧を着た兵隊は初めて見たので」


「ユノティアでは入隊に年齢制限はない。騎士になるには早いうちから鍛えた方がいい。もし、お前がカステル王子に恩義を感じているのなら、入隊して騎士となり、カステル王子に恩を返せば良い」


 光希はエドルドの言う通り何気なく入隊する事を了承した。どうせやる事など他に何もない。だったら騎士として自分で自分の身を守れるようになれば良い。もし自分が強ければ、もう少し早く奴隷船から逃げ出せただろう。今はどこの世界の子供達も武術を習っていると聞く。

 光希の返事にエドルドは満足そうに微笑み部屋を出て行った。

 その日の夜、光希の借りている部屋にカステルがやって来た。

 カステルはまだ10代くらいの若い少年で光希が助けてもらった礼を述べると突然光希の両手を握ってきた。


「礼なんていらないよ! そうか、君は篁光希(たかむらみつき)というのか。可愛い名前だね。エドルドから聞いたよ! 騎士になるんだって! それはとてもいい事だ! この国で暮らすという事だろ? あ、そうだ、君に贈り物を持ってきたんだ。おい!」


 カステルは部屋の外へ声を掛けると何人もの侍女が部屋を埋め尽くさんばかりの大きな赤い薔薇の花束をいくつも部屋へ運び入れていた。光希はその光景に唖然として声も出なかった。


「君の為に集めて来たんだ。綺麗だろ?」


 そう言ったカステルはニコリと微笑んだ。正直まだ6歳だった光希はこんなに大量の薔薇を貰ってもちっとも嬉しくなかったが、恩人であるカステルにそんな事言えるはずもなく笑顔を作って受け取る事にした。

 それから数年間、光希は騎士となるべく武術の訓練をさせられた。

 ”騎士殺人術(ロイヤルキリング)”という武術を教え込まれた。周りには光希より小さい子供も訓練を受けており、怠ける子供や就いて来れない子供は容赦なく大人の騎士から鞭で打たれた。鞭で打たれたところは無残にも肉が避け血が滲んでいた。小さな子供にする仕打ちにしては度が過ぎていると思った。時にはそれで死ぬ子供もいた。光希はその光景に震えながらも訓練に就いて行こうと必死だった。その思いとは裏腹に、身体が思う様に動かず失敗してしまう事も度々あった。しかし、何故だか光希だけは大人の騎士達から鞭で打たれる事はなかった。それどころか叱責の一つもない。それが不思議で、ある時光希は訓練を担当していた騎士に訊ねた。


「どうして私だけ鞭で打たれないんですか? 皆と同じ様に失敗しているのに」


 すると騎士は答えた。


「君はカステル王子のお気に入りだからな。絶対に手を上げるなとキツく言われているんだ。君がカステル王子のお気に入りでなかったら今頃は他の子供と同じ様にズタズタにされてるだろうけどな」


 何となくそうじゃないかと思っていたが、やはりそういう事だった。いい気分ではない。痛め付けられないのはいいが、自分だけ特別扱いされ叱責や罰を逃れるなど、一度も望んでいない。


「貴様、余計な事を喋るな」


 突然、光希の前の騎士の背後にエドルドが現れた。


「エ、エドルド団長!?」


 騎士の男は襟を正し、エドルドへ敬礼をした。


「貴様のような口の軽い男は騎士の資格はない。そしてこの騎士団で騎士の資格を失った者は生きる価値はない。誰か!」


 エドルドが声を上げると2人の騎士がすぐに駆け付けた。


「この者の首を跳ねよ。そして城門に吊るしておけ」


 エドルドの指示に突然”死”を宣告された男は真っ青になり、腰を抜かしてしまった。


「そ、そんな、お助けを!! 私には妻も子もいるんです!!」


「そうか、ならばその妻も子供も騎士に入隊させれば良い。そうすれば食っていけない事もない。安心しろ。おい、早く連れて行け」


 無情にもエドルドはその騎士の男を2人の騎士に連行させた。


「光希様。今聞いた事はお忘れ下さい」


 エドルドはそれだけ言うと、何事も無かったかのように去って行った。

 翌日、その男の首が城門に吊るされた。

 光希はそれを見て涙を流した。自分があの騎士に余計な事を聞かなければ彼は殺されずに済んだのに。

しばらくして王宮に女が子供を連れて乗り込んで来たと騒ぎになった。城門で騎士に取り押さえられているが女は子供をおぶったまま何やら叫んでいる。光希も城壁の上からその様子を見た。


「私の夫をよくも殺したわね!? 夫が何をしたって言うの!? 何十年もこの国に忠誠を誓い、真面目に奉公してきたのに!! 何故あんな所に見せしめのようにして吊るされなければならないのよ!!」


 女は首を跳ねられた騎士の妻だった。その背にいるのがまだ幼い子供だ。


「篁光希とかいう女が来たせいで私達の生活は滅茶苦茶よ! 篁光希に貢ぐんだか何だか知らないけど、私達国民が必死に育てていた薔薇農園も1年前に国に差し押さえられ収入がなくなった! その補償もない!そして、とうとう夫にまで手を出すなんて! 絶対許さない!! 早く、早く篁光希と王子を呼べ!! 復讐してやる!!


 女はトチ狂っていた。人が出せるのかと思う程の大声を出して喚き散らしている。背中の子供はただ泣いている。

 あの大量の薔薇はカステルが買った物ではなかったのか。自分の為に国民から取り上げた物だったのか。光希にはまったく受け入れられない事だった。

 しばらく見ているとその女と子供は騎士達に王宮の中へ連れて行かれ二度と出てくる事はなかった。国民へは「反逆罪により処刑した」と説明された。その事件以来、王族へ逆らう者は勿論、光希に関わろうとする者さえいなくなった。話し掛けてくるのはカステルやその側近達だけだ。光希も勿論、王族への信頼はなくなっていた。自分もカステルの加護がなくなれば殺されるかもしれない。そんな中で生活する事は例え衣食住に困らなくても幸せでもなんでもない。

 光希はユノティアから逃げる事を決断した。しかし、すぐに逃げ出す事は難しい。ある程度騎士殺人術(ロイヤルキリング)の闘い方を身に付け、機を見て逃げ出そうと決めた。カステルの鬱陶しいスキンシップにもそれとなく相手してやり過ごした。エドルドの前では常に真面目に取り組んで見せ、逃亡の意思を悟らせなかった。

 そして、ついにユノティアの王宮から抜け出し、港町まで走り、たまたま出航準備をしていた龍武帝国行きの大きな貨物船に飛び乗った。光希はその貨物船の船底の荷物に隠れているうちに疲れから眠ってしまっていた。

 それから、酷く揺れて、意識が朦朧とする程の船酔いに耐え、数日間の航海の後、故郷である龍武帝国に到着した。そこからさらに数日間飲まず食わずで放浪し、いつの間にか青龍山脈に迷い込んでしまい、ついに力尽きたのだ。





「気が付いたら私は水音(みお)と一緒に慈縛殿(じばくてん)で暮らしていた。その頃の方がユノティアにいた頃よりは断然幸せだった」


 光希は俯いて呟いた。

 光希の前に座っているアリアの顔は後ろからは見えなかったが、「そう……」と短く言っただけでそれ以上何も言わなかった。


 その時だ。目の前にあの忌まわしい男、エドルド・ブランカフォルトが現れたのは。

 アリアは馬を急停止させた。突然脇道から出てきた馬上の屈強な身体の大男。ユノティア騎士団の元団長。

 アリアはすぐに弓を取りエドルドに(やじり)を向けた。


「動きを封じるわよ!」


 アリアはそう叫んだかと思うとすでに矢を何本も射ていた。しかし、その矢は瞬時に抜いたエドルドの剣に斬り落とされ地面に散らばった。

 アリアが騎射では勝てないと判断したのか、馬から飛び降りてエドルドの方へ走って行った。


「駄目! その男とは闘っちゃ駄目! 逃げて!」


 光希の声が届いたのかどうか分からない。

 アリアがエドルドの馬の周りを跳び回って矢を射ていたが、一瞬の隙を突かれ、エドルドの大きな左手がかアリアの細い首を捕んだ。そしてエドルドは剣を納めると、右のアリアの頭より遥かに大きな拳でアリアの顔を2、3度殴り付けた。

 あっという間に、アリアはぐったりとして動かなくなった。


桜崎(さくらざき)さん!!?」


 光希の声にも反応がない。

 エドルドは動かなくなったアリアをまるでゴミのようにその辺に投げ捨てた。アリアの身体は力なく地べたを転がった。


「光希様。無駄な抵抗はおやめ下さい。また、貴方の為に人が死ぬだけです」


 エドルドは冷酷に言うと、馬に提げていた角笛を吹いた。

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