第64話~心強い救援~
後ろから耶律柯威と邪紅が馬で追い掛けて来る。そのさらに後方には遅れて怒りに顔を歪めた賀樂神樂が馬で迫っていた。
カンナは蔦浜の背中に掴まったまま振り向きその脅威を認識した。
『こちら蔦浜。カンナちゃんを奪還しました。現在程突の部下の追っ手3人に追われてます。応援をお願いします』
蔦浜は腰に付けていた無線機で誰かに連絡した。
『こちら柚木。良くやってくれました。そのまま進めば間もなく近くの2班と合流出来ます。それまでそのまま走って逃げ続けてください』
『了解!』
「柚木師範も来てくれてるんだね、心強いな」
カンナが言うと蔦浜は頷いた。
蔦浜は馬を疾駆させているのでカンナの身体にはかなりの振動が伝わってくる。蔦浜が気を利かせて自分の上着を渡してくれたが如何せん下半身は何も着けていないのでかなり辛い。馬は鞍こそないが、その代わりに厚手の毛布が敷かれていて直乗りは免れた。ただ、カンナの乗っている部分には脚を掛ける鐙がないので太ももをしっかりしめて身体が振り落とされないように固定するしかなかった。
また後ろを振り返ると段々と追っ手の3人は距離を詰めて来ていた。
「蔦浜君、このままじゃ追い付かれる。私を降ろして。こんな格好だけど闘うよ」
「い、いやちょっと待ってよ!? 相手は3人、しかも程突の仲間だろ? 見るからに只者じゃない連中だし。いくらカンナちゃんでも雑魚相手じゃないんだから無茶だよ。それにこんな山の中で裸足で闘うなんて」
蔦浜は前方を注意しながら時折カンナの顔とその後ろから迫り来る耶律柯威と邪紅、そして賀樂神樂を見ながら言った。
「でもこのままじゃ2人共捕まっちゃうよ」
「いくらカンナちゃんの言う事とは言え聞けないな。俺はリリアさんにカンナちゃんを連れて逃げろと言われてるんだ。いざとなったら俺が囮になるから逃げてほかの班の皆と合流してくれ」
「そんな……誰かが私を助ける為に犠牲になったんじゃ意味無いでしょ?」
カンナは口を尖らせてまた後ろを見た。これまでの数日間の生活で耶律柯威と邪紅がこれと言った武器を持っていない事から体術使いか暗器使いであると予想していた。神樂に関しては手のひらサイズの小さなナイフを持っていたので暗器使いである事はほぼ確定している。そうなると、最悪接近されなくても攻撃される可能性がある。
「蔦浜君! それじゃあ降ろしてくれなくていいよ、馬に乗りながらだと出来るか分からないけど氣を飛ばして追っ手を吹っ飛ばしてみる」
「お、おう。そんな事出来んのかよ。すげー」
カンナは左手でしっかりと蔦浜の背中に捕まり、右手に自分の氣を凝縮して指先を伸ばし後方の3人を見た。
「篝氣功掌・天心斬戈掌!!」
スっとカンナが手で空気を切るような仕草をすると目に見える程に凝縮された白い氣の刃の如き塊がカンナの手で描いた軌道と同じく耶律柯威達に向かって飛んで行った。
しかし、その氣の刃は空中で失速、フラフラと漂ったかと思うとすぐに消失してしまった。耶律柯威達はほんの僅か失速してカンナが放った氣の刃を躱し、またすぐに追って来た。
「うわー、やっぱ駄目かー。ごめん、何の役にも立たなかった」
「いや、時間稼ぎにはなったみたいだ」
蔦浜が前方を指差したのでカンナもその指先が示す方向を見た。
「……つかさ!? 天津風さん!?」
カンナの目には愛しい親友のつかさが馬に駆り、真っ赤な豪天棒を構えて綾星と共にこちらに向かって来るのが見えた。
「カンナ!! 良かった!| 蔦浜君グッジョブ!!」
「良かったですねー! つかささん。でも金魚のフンが3人就いて来てますよー?」
つかさと綾星は蔦浜とカンナとすれ違い、道を塞ぐように馬を横に並べて止めた。
「え!? つかさ!?」
カンナが振り向くと蔦浜は馬を止めてくれた。
「何やってるの? カンナ、蔦浜君。私達がこいつら止めとくから早く行きなさいよ。大丈夫よ。負けないから」
「そんな、でも……」
「すみません、つかささん、綾星ちゃん。任せました」
蔦浜はつかさと綾星の覚悟を感じ取り、すぐにカンナを乗せたまま馬を出した。
「駄目! 蔦浜君! つかさ達だけ置いて逃げるつもり!? あの2人と私達ならあの追っ手の3人を倒せるでしょ!? 戻って!」
カンナはつかさと綾星から離れて行く蔦浜の背中をぽこぽこ叩いた。
「駄目だよ。今回の任務はカンナちゃんの救出。奴らを倒す事が目的じゃない。柚木師範も言ってたけど、もうすぐ味方が来るから……あ、ほら、言ってるそばからまた援軍だ」
蔦浜は冷静に言った。
カンナが蔦浜の背中越しに前方を覗くと、また2騎が駆けて来るのが見えた。
「カンナー! 良かった無事だったんだね! 無線で救出に成功したとは聴いてたけど、元気そうで良かった! 後は任せて!」
「祝さん!」
オレンジの三つ編みにカンカン帽を被った祝詩歩がすれ違いざまに言った。
「澄川、無事で良かった。蔦浜、とにかく小龍山脈を抜けて龍武までひた走れ。向こうに行けば後は帝都軍が何とかしてくれる」
「海崎さん!」
続いて黒づくめの格好をした海崎が声を掛けて通り過ぎた。
「了解!」
つかさ、綾星、詩歩そして八門衆の隊長海崎。この4人がいればひとまず追っ手の3人は抑えられるだろう。
「ちょっと待って! 蔦浜君! リリアさんは!? リリアさんは大丈夫かな? 1人だよね!?」
カンナの焦りにも蔦浜は冷静さを失わなかった。
「あの人は序列3位だ。そう簡単に負けない。それに、リリアさんも程突を倒すんじゃなく、足止めして逃げる事が任務だからね。上手く逃げてくるさ」
「う、うん……そうだといいんだけど」
カンナが小さく頷くと、またある事を思い出した。
「あ! やっぱり不味いかも! まだあと2人、敵が別の場所に距離を置いて就いて来てた筈!」
カンナが慌てて言ったが、やはり蔦浜は冷静だった。
「それも大丈夫。捕捉済みだよ。ほかの班が監視に向かってる」
「捕捉済み……って、一体どうやって見付けたの!? こんな広い山の中から! 私の事だって……」
「神眼。畦地さんが協力してくれてる。響音さんもね」
「……畦地さん!? 響音さんもいるの!?」
「ここにはいない。追っ手も巻けたみたいだし、簡単に説明するよ」
蔦浜は馬を駆けさせながら今回響音とまりかが協力に至った経緯を話した。
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リリアの睡臥蒼剣が閃いた。
馬上から程突の刀を何度も素早く打ち、程突に攻撃の隙を与えず圧しまくった。
すると程突は一旦後ろに下がりリリアの様子を窺うようにゆっくりと間合いを測り始めた。
リリアも愛馬の霜雪を脚と手網で器用に少しずつ動かし程突との間合いを取り始めた。 だが、この間合いは戦う為の間合いではない。逃げる為に少しずつ後退していた。
「流石に序列3位ともなると一筋縄ではいかんな。剣ではとても敵わん」
「カンナを苦しめた罪はちゃんと償ってもらいたいけど……」
リリアは瞬時に馬を反転させ崖の方に駆けた。
「くっ! 逃げられるとでも思ってるのか!?」
程突が何かを投げた素振りが一瞬目に入った。咄嗟に刀を振りそれを弾いた。やろうと思ってやったというよりは、勝手に身体が動き身を守ったという感じだ。
弾いた物が何だか分からなかったが、それは川の中に沈んだ。
「駆け上がって!! 霜雪!!」
リリアの掛け声に答えるかのように霜雪が嘶くと、物凄い脚力で崖の段差を駆け上がって行き、崖上の森の中へと入った。
程突の馬は川辺の所にいたのでそれに乗りに行くのに少し時間が掛かる。その隙に出来るだけ離れ、蔦浜、カンナと合流する。
リリアは森の中を霜雪で疾駆した。
振り返ったがまだ程突の姿は見えなかった。
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追っ手は来ない。どうやら上手く巻いたようだ。つかさ達と別れてから1時間程駆け続けていた。疲労困憊のカンナは蔦浜の背中に抱きつきながら馬上の揺れと戦っていたがついに限界を迎えた。
カンナは蔦浜の肩を叩いた。
「ごめん、蔦浜君……。1回休ませてもらえる?」
「大丈夫? まあ追っ手は巻いたみたいだから……あそこの岩山に隠れようか」
蔦浜は馬のスピードを緩めゆっくりと小さな岩山に向かった。
馬の2人乗りというのは後部に乗る者により負担が掛かる。ましてや鞍もなく厚手の毛布に直に座っているのだからその衝撃は相当だ。馬に乗り慣れているカンナと言えど長時間の疾駆による衝撃と揺れには耐え難いものがあった。
蔦浜は岩山の横に馬を止めると先に降り、そしてカンナに手を差し出した。
「ありがとう」
カンナは蔦浜の手を取るとゆっくりと地面に足を着いた。
「毛布敷いてみたけどやっぱりキツイよね? ごめん」
「ん? あ、いいの、大丈夫。気を遣ってくれてありがとう。それより蔦浜君の毛布汚しちゃってないかな」
カンナは恥ずかしそうに自分が座っていた毛布を手で払った。
「気にしないで。それより、そこの岩の窪みの中で休んでていいよ。俺は馬を茂みに隠すから」
蔦浜は下半身がほとんど隠れていない際どい格好のカンナの方を見ずに言うと馬を曳いて岩山の裏手の茂みに歩いて行った。
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カンナを救出したとの連絡を受けて茉里もキナもほっと胸をなで下ろした。しかし、まだ程突の脅威から完全に逃れられたわけではない。つかさの班と海崎の班が蔦浜とカンナを追っていた敵の足止めに向かったらしい。まりかの協力のお陰でカンナ捜索から救出まで一気に進展した。
茉里とキナは青龍山脈の麓から小龍山脈に向かったので他の班からだいぶ遅れての小龍山脈入りとなった。そして2人は山間部をまりかに指示された方角へ馬を駆けさていた。
「本当はわたくしが真っ先に澄川さんをお迎えに上がりたかったのですが、抱さん、あなたの彼氏さんはなかなかやりますわね」
「ま、まあ、アイツは元々澄川さんの事好きだったし、張り切ってましたからね」
キナは苦い顔をしながら答えた。
「抱さんは、澄川さんの事はお友達だけどあまり好きではないのですか?」
キナの表情を茉里は見て不思議そうに尋ねた。
「私は蔦浜が澄川さんの事を完全に割り切ってくれるならそれでいいんですけど……アイツエロいからなぁ……澄川さんがちょっと思わせぶりな事言うとコロッといきそうで……ちょっと複雑です」
「そうなんですか。男というものは皆卑しい生き物ですわ。そして彼を選んだのはあなたのなのですから、その位我慢した方がいいと思いますわよ? それで澄川さんの事を良く思わないのは違うと思いますの。澄川さんはそんな性悪な事しませんし」
「いっ!? 後醍院さんて結構直球で物を言いますね……あの、過去に男の人に何かされたんですか?」
キナは茉里の物言いに怯えた様子で尋ねてきた。
「わたくしは……」
茉里が言いかけた時、茉里の腰の無線機がザザっと音を立てた。
『茉里ちゃん、キナちゃん。その辺りに敵が潜んでるわ』
まりかの声に茉里もキナも馬を止めた。
それと同時に近くで角笛の音が響いた。
「向こうもわたくし達に気付いて応援を呼んだみたいですわね」
茉里は弓に矢を番えた。
キナは辺りを見回している。
その時、少し先の木々が次々と切断され、その謎の斬撃はどんどん茉里とキナの方へ近付いて来た。
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「畦地さんの情報によると、この辺だな。敵がいるのは」
燈は奈南と共に小龍山脈の山の中を捜索していた。
「ええ」
奈南は腰の双鞭に手を掛けて馬を止めた。
ちょうどその時、どこかで角笛の低い音が聴こえた。
「角笛? 近いな。……ん? どうしたんですか? 奈南さん」
燈が言った瞬間、燈の方に何かが飛んで来た。避けられない。と思ったが、咄嗟に奈南が燈の前に出て来て鉄鞭で飛んできたものを叩き落とした。
燈は地面に突き刺さったものを見て呟いた。
「手裏剣……? 何だ何だ? 忍者でもいるってのか?」
「燈さん、油断しないでね」
「ああ、悪い。飛び道具を隠れて使う卑怯者はあたしが真っ二つにしてやるよ」
燈はニヤリと笑い腰の戒紅灼を抜き放つと辺りに鋭い音が響いた。
「戒紅灼……。そうか、お前が火箸燈か。そしてもう1人は双鞭使い。青幻様への反逆者の女と程突さんの顔に傷を負わせた女。2人纏めて討ち取れるわけか。これはツイてるぜ」
どこからともなく男の声が聴こえた。
しかし、燈は鼻で笑った。
「馬鹿言え!! あたし達2人に会っちまうなんて、お前はツイてねーよ!!」
奈南も既に両手に武器を構えていた。
辺りには殺気だけが漂っていた。
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