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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
カンナ奪還の章《捜索編》
62/132

第62話~不穏な科学者~

****


 青幻(せいげん)のもとには神髪瞬花(かみがみしゅんか)捕縛任務で動いている薄全曹(はくぜんそう)董韓世(とうかんせい)孟秦(もうしん)の上位幹部3人からの伝令が届いた。斥候が持って来た伝令は特に進展があったわけではなく、未だ対象を捜索中というものだけだった。

 定期的に連絡を入れてくるならまだありがたい。青龍山脈の張謙(ちょうけん)からもしっかりと連絡は入っている。ただ1人、連絡を寄越さないのが馬香蘭(ばこうらん)だ。

 馬香蘭には多綺響音(たきことね)の暗殺を任せてあるが、つい数日前から連絡が途絶えた。馬香蘭に就けていた斥候は驚く事に馬香蘭を見失ったと報告して来た。捜索させてはいるが未だに馬香蘭を見付けられないでいる。(そう)に極めて従順だった筈の馬香蘭が裏切るとは考えにくい。多綺響音の暗殺に失敗したのであればそれなりの報告がある筈だし、死んだのであれば死体が見つかる筈だ。そのどちらもないという事は裏切ったと考えるのが妥当である。しかし、青幻にはそれは信じられない事だった。

 焔安(えんあん)の城の玉座で青幻が難しい顔をして座っていると、また部屋に斥候が入って来た。青幻は皇帝だが、煩わしい形式だけの挨拶は免除させてある。斥候が青幻の目の前に突然報告に現れても罰は与えない。


「報告します! 小龍山脈の山中にて程突(ていとつ)様を発見! 程突様は陛下に手土産を持参し焔安に帰還するとの事です!」


「何? 本当ですか? ようやく有益な情報ですね。それで、手土産とは?」


 青幻の曇っていた表情は当然晴れやかになった。


澄川(すみかわ)カンナを捕まえたので生きたまま連れて帰ると。私もその女をこの目で確認しました」


 青幻は玉座の肘掛を叩き勢い良く立ち上がった。周りに控えていた召使いも目の前の斥候も急に立ち上がった青幻に驚き身体を震わせた。


「それが本当なら素晴らし報せです! そうですか、ついに澄川カンナを」


 青幻は先刻学園の間者から入った情報を思い出していた。程突が澄川カンナを攫ったというものだ。今の報告でその裏が取れた事になる。


「それともう1つ、程突様より、その澄川カンナを捜しに学園から捜索隊が出動し、現在程突様を追って小龍山脈付近に集まっているとの事です。一気に殲滅するチャンスだと仰っておりました」


 その報告も間者から既に受けていたものだった。


「なるほど、まあそうなりますよね。分かりました。部隊はこちらで手配します。下がっていいです」


 青幻が手で斥候を追い払うと立ったまま考え始めた。そして何も言わずに部屋の出口へ歩き始めた。

召使いがどこに行くのかと尋ねてきたがすぐに戻るとだけ伝え1人で部屋を出た。


 青幻は焔安の城の地下にやって来た。

 この場所は限られた人物しか知らない大規模な研究施設がある。主に武術の研究なのだが、そこにいるのは1人の科学者とその助手の研究員が30人程いるだけだ。

 周承(しゅうじょう)という60過ぎの生物学者は、人体実験を繰り返し、脳に様々な武術のノウハウを直接刷り込み、全くの素人を短期間で達人に作り替えるという研究を成功させた。しかし、その実験に使う被検体は、今のところある程度身体が出来上がっている人間に限る。未熟な身体に刷り込みを行うと被検体が持たず死亡するというリスクがあるのだ。

 もともと周承は、生物が持つという『()』という見えない力の研究をしており、その道の第一人者だ。今は篝氣功掌(かがりきこうしょう)という氣を操る体術を被検体に刷り込ませて使わせられないかという実験をしており、実際に篝氣功掌を使う人間の身体を熱望している。


「周承博士、良い報せをお持ちしました」


 青幻が背後から話し掛けても周承は振り向きもせず返事もしない。この男は昔から研究に没頭すると周りが見えなくなる所があった。青幻は科学者は皆そうであるべきと考えているので、周承の態度に特別腹を立てたりはしない。

 青幻は周承の視界に入るようにすぐ隣に並んだ。

 すると周承はようやく青幻に気付いたようで驚いたように青幻の顔を見上げた。


「ああ、これは陛下。私とした事がまた気付かずに面目ない。何か仰ってましたかな?」


 周承は頭頂部に毛はないが、側頭部から後頭部にかけて真っ白な長いボサボサの髪を生やしており、よくズレる眼鏡を掛けている。皺が顔全体に深く刻まれており、大きな目玉がぎょろぎょろと動く気味の悪い風貌をしている。


「周承博士がご所望の篝氣功掌の使い手の澄川の娘を幹部の程突が捕まえたとの事です。以前私が学園に入れている間者からも程突が澄川の娘を攫って学園から捜索隊が出たという情報も入っていましたのでほぼ間違いないかと」


「本当ですか!? それは素晴らしい! その程突とかいうのには褒美でも遣わしてやってください。……で、澄川孝謙(すみかわこうけん)の娘はいつここへ?」


 周承はズレた眼鏡を右手で直しながら気味の悪い笑みを浮かべ青幻に詰め寄った。


「現在は小龍山脈にいるとの事でしたので7日もあれば焔安に着くでしょう。そこで、周承博士に1つお願いがあるのですが」


「何ですかな? 私に出来ることならなんなりと」


「そのカプセルの中の女を程突を追って来ている学園の者達の始末に使いたいのですが」


 青幻は黄緑色の液体が満ちている大きなカプセルの中に入ったチューブに繋がれ直立したまま眠っている裸の女を指差して言った。


「うーむ、こいつはまだ未完成です。澄川の氣の力を刷り込んでようやく完成なのです。学園の者達の始末程度なら陛下の兵隊達で十分ではないですかな?」


 周承は腕を組み不満そうに言った。


「学園の者達を甘く見てはいけません。あの割天風(かつてんぷう)の教え子達で解寧(かいねい)を倒した者達です。私は万全を期したいのです。生憎、幹部達は皆別の任務に出払っております。それに、この女、未完成と言えど使えないわけではないのでしょう?」


 青幻が言うと周承は首を振った。


「やれやれ、陛下はお見通しですか。そうですね、この女は拾い物とは言え、かなり武術に慣れ親しんできたようで私の実験に完全に適合し様々な武術を刷り込めました。実際に動かした時も自我も消え完璧に制御可能で肝心の武術も申し分ない。すぐにでも実戦投入可能ですが……その任務が終わったら必ず返して頂きたい。究極の武人を造りたいのでね」


「もちろんお返しします。心配しないでください」


 周承は軽く頷くと部下の研究員に指示を出しカプセルの中の黄緑色の水の放出を始めた。やがて水の放出が完了するとゆっくりとカプセルの蓋が開き、身体や口に繋がっていたチューブが外された。そして青幻は裸の女に近付き目元に鼻まで覆い隠す黒い仮面を付け、女が目を覚ますのを待った。


「陛下、その仮面は?」


 周承が青幻の行動に首を傾げていた。


「色々と刺激が強いかもしれないのでね」


 青幻の言葉の意味を周承は理解していないようで眉間に皺を寄せていた。


「ところで、この子の名前は?」


「名前? さあ、私は『(さん)』と呼んでいます。私の作品の3作目ですのでね」


「参……ね」


 周承という男は研究以外には全くもって無関心だ。この女が何者かも気にせず、ただ自分の作品を作り上げる事にしか興味が無い。

 青幻は若干呆れ気味に周承から女に目をやった。

 すると、女はゆっくりと目を開いた。



****


 5日目。

 未だに学園の捜索隊の気配は感じられない。

 特に何も喋る事はなく、毎日賀樂神樂(ががくかぐら)の馬に乗せられて険しい山道を進んで行くだけだ。

 食事は与えられるが常に監視された生活で、勿論用を足す時さえそれは続いた。賀樂神樂と邪紅(じゃこう)が来てからはその同性の2人が監視するようになったがカンナのストレスはもう限界だった。

 蒼衣(あおい)は本当に無事だろうか。つかさや光希(みつき)斑鳩(いかるが)はどうしているだろうか。蒼衣と共に残してきた愛馬の響華(きょうか)の事も気になる。カンナはここ数日ずっとそんな事ばかり考えていた。

 ふと、カンナの耳に川のせせらぎが聴こえてきた。

 少し進むとまた綺麗な川が見えた。一昨日の川よりもだいぶ川幅は広いがそこまで深くはなさそうで遠目からでも川底の石が透き通って見える。


「あの、水浴びさせてもらってもいいですか?」


 カンナは馬で前を行く程突に声を掛けた。


「またかよクソ女! いいわけねーだろ! ばーか!」


 程突が振り向くより前にカンナの背後で馬を操っていた神樂はカンナの横の髪を引っ張りながら耳元で罵声を浴びせた。


「やめてください。あなたには言ってません」


「何だと!? この餓鬼!! 水浴びだとか小便だとか、お前は捕虜なんだぞ!? このっ!!」


 カンナの反抗的な態度に神樂は鬼の形相でカンナの後頭部を何度も殴打した。手枷を付けられているので防御も出来ない。カンナは唇を噛み締め堪えた。


「やめろ神樂。澄川カンナに手を出すなと言った筈だ」


 程突に咎められ、ようやく神樂は殴るのをやめた。しかし、神樂は気に入らないようで大きな舌打ちをした。


「もういい、神樂。次からは澄川カンナの面倒は俺が見る。水浴びをさせるから川辺まで連れて来い。お前達も休憩だ」


「はっ! 清々するぜ」


 カンナは程突の言葉にホッとしていた。

 神樂の執拗な嫌がらせを受け続けたカンナにとって、敵ながら程突が心の拠り所になってしまっていたのだ。


 川辺に馬を停め、賀樂神樂、邪紅、耶律柯威(やりつかい)は各々休憩を始めた。

 カンナは程突に連れられ波打ち際に来た。

 程突はカンナの頭にそっと手を置いた。


「え!? な、何ですか!?」


 程突の突然の行動にカンナは1歩後ずさった。


「いや、頭、神樂に殴られてたろ? 大丈夫かと思ってな」


「あ……あぁ、大丈夫です。ありがとうございます」


 程突の行動は日に日に変わっていっていた。カンナを攫った時からしたらだいぶ穏やかになり神樂に虐められるカンナをよく庇ってくれた。


「ほら、手を出せ。手枷を外す」


 カンナは手枷の付いた手を伸ばし、程突に差し出し鍵を外してもらった。2日ぶりの自由だ。


「時間はあまりない。早めに済ませろ」


 程突はそれだけ言うとカンナから離れ自分の馬の所へ戻って言った。

 カンナは服を脱ぎながら辺りの氣を探った。すると半径2キロメートル圏内に2つの人の氣を感じた。

 その氣は紛れもない学園の生徒、(あかね)リリアと蔦浜祥悟(つたはましょうご)の氣だ。

 カンナは決意した。今回が逃走のチャンス。リリアと蔦浜がもう少し近付くまで時間を稼ぐ。幸い2人の氣はこちらに近付いている。

 カンナは服を脱ぎ終わると丁寧に畳み岩の上に置いた。しかし、リボンだけは外さなかった。いざとなったら裸でも脱出する。だがリボンだけは置いていくわけにはいかない。

 カンナはリボンを後頭部に付けたまま川の中に入って行った。


「おい、待て! 澄川カンナ! リボンも外していけよ」


 カンナの背中に神樂の声が刺さった。


「リボンも洗濯したいんです。リボンならすぐ乾きますし」


 カンナは冷静に答えたが神樂は立ち上がり近づいて来た。


「駄目だ! お前そうやって大切なリボンだけ持って逃げようってんじゃないだろうな?」


「違いますよ!」


 カンナは睨み付けてくる神樂を睨み返した。

 不味い。リボンを置くように言われたらすぐに逃げられないかもしれない。カンナは額に汗を浮かべた。


「神樂、リボンは好きにさせろ」


 カンナの不安は程突の一言で解消された。


「はぁ!? 程突さんよぉ、あんた最近この女に甘過ぎねぇか!? こいつは捕虜だろ!? 何だよ、まさかあんた、この女に惚れちまったか!?」


 神樂は日頃の程突への不満を爆発させるように怒声を発した。


「馬鹿め。そんな筈あるか。捕虜にそのような感情抱かん。裸でこの山から俺達の追跡を振り切って逃げ切れるわけがないだろう」


 程突は冷静に自分の馬の頭を撫でながら答えた。


「だったらこんな女、多少雑に扱っても文句ねーだろ!? 何だよ俺が悪者みたいに言いやがって!! 程突さん、あんた言ったよな? 文句があるなら俺を倒せって。今この場であんたを倒してやろうか!? あぁ!?」


 かなり興奮した神樂に対して程突は溜息をついただけだった。


「やめろ、神樂。殺すぞ」


 奥でキセルを吹かせている耶律柯威が低い声で言った。

 すると神樂は反論することをやめ、「クソッ!!」と叫び川の水を蹴り飛ばし元いた岩場に戻り腰を下ろした。

 どうやら耶律柯威という男は程突の仲間の中でも序列が高いようだ。

 カンナはもう誰も文句を言ってこなかったのでリボンを付けたまま川の中に入って行った。

 川の水は深くとも股の辺りだ。水温も丁度よく心地良い。

 カンナはリリアと蔦浜の氣を探りながら身体を水で濡らし始めた。






「見付けた!」


 1日待機してると、小龍山脈を神眼で見ていたまりかが呟いた。

 その言葉に皆が反応し立ち上がった。


畦地(あぜち)さん、見付けたって、澄川さんをですか!?」


 柚木が真っ先に尋ねた。


「もちろんです! カンナちゃんを見付けましたよ! 無事みたいです! 場所は小龍山脈の南側、ここから約20キロの川のところ。1番近くにいる班は……リリアと蔦浜君」


「ありがとうございます!」


 柚木はすぐに無線でカンナの情報を各班に伝えた。


「畦地さん、ありがとうございます」


「まだよ、光希ちゃん。カンナちゃんを助け出すまでが私の役目だからね」


 まりかの笑顔に光希は黙って頷いた。

 ようやくカンナを見付けた。次は程突を倒し、カンナを救い出す。以前カンナに助けてもらったように今度は自分が助ける。

 光希の中の闘志は烈火の如く燃え上がった。


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