第6話~和流vsマルコム~
一気に4人の氣が弱まった。死んではいない。ただ圧倒的に戦意を喪失したようだ。
カンナは4人の氣から離れて行く光希とアリアの氣を追った。どうやら光希達は馬で移動し始めたようだ。
カンナは響華を疾駆させた。4人の騎士達のかなり手間で脇道に入った。小径を突っ切る方が光希達に早く追い付く。
残して来た和流が気になるが今は光希達と合流してこの騒ぎの一部始終を教えて貰わなければならない。もしかしたら光希が連れ去られてしまうかもしれないのだ。
響華は木々を巧みに躱し、小径をカンナを乗せて駆けて行った。
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異国の槍を実際に見るのは初めてだった。龍武帝国の槍とは大きく異なる様相を呈している。刃が付いておらず、先端が円錐になっている。その円錐の先が鋭く尖っており、突き刺す事に特化した構造になっている。マルコムの乗る馬には大きな丸い盾が括り付けられているが使うつもりはないらしい。
「さあ、掛かって来い。餓鬼相手とはいえ、手加減はせんぞ!」
マルコムは良く通る大きな声で言った。
「俺から行っていいんですか? 餓鬼だからと言って油断していると痛い目に遭いますよ?」
和流は微風に髪を靡かせ涼しい顔で言った。
「ぬかせ!!」
すると、マルコムはあっという間に和流の挑発に乗り猪突猛進突っ込んで来た。
和流は咄嗟に手網を操り馬を横に動かした。
マルコムの槍は馬の速さに乗り、凄まじい速度で和流を狙ってきた。
なんとか初撃は躱したが、その攻撃速度は今まで見た事のない程早く和流は目を見開いてマルコムの姿を視認している事しか出来なかった。
「まさか、俺の初撃を躱すとは」
マルコムも驚いた顔をしてまた和流の方へ向き直った。
今度はマルコムもすぐには突っ込んで来なかった。流石に和流の事を只者ではないと思ったのだろう。 だが和流とてたまたま躱せただけで次の攻撃もまた躱せるかは分からないのだ。
不味い奴を引き受けてしまった。
「雑魚だと思っていたが、なんだ、やるじゃないか。名前を聞いておこうか」
「学園序列8位・和流馮景」
和流は得意げに身体の周りで槍を回しながら答えた。
「学園序列? なんだそれは?」
マルコムが首をひねった。
「なんだ、知らないでこの学園に来たんですか? じゃあ教えてあげますよ。この学園には現在39人の生徒が在籍していて、強さ順に上から若い数字が割り振られます。今この学園で最も強い生徒は序列1位。そして俺は上から8番目の男って事です」
「そうか、8位では強いかどうか分からんな。俺の初撃を躱す事が出来るだけで俺を倒す事は出来ないかもしれんしな」
全くその通りだと和流自身も納得してしまった。何はともあれ、今はこの男を倒すしかない。
今度は和流から仕掛けた。マルコムの動きを真似て槍を低く構え馬で突っ込んだ。しかし、マルコムは躱さず槍で受けてきた。
しめた!和流はニヤリと笑った。
一度間合いに入ってしまえばこちらのもの。槍の打ち合いになれば絶対の自信がある。それに、マルコムの槍の形状ではこの至近距離で扱うのは分が悪いはずだ。突き刺す事に特化した槍とでは、薙ぎ払うこともできる和流の持つ何の変哲もないただの槍の方が大いに勝機がある。
案の定、マルコムの槍は前への突き以外の攻撃速度が著しく遅い。和流は常にマルコムの側面を取り、槍の突きの乱打を見舞った。マルコムはなんとか躱してまた鈍い槍を横に振ってくるが和流には止まって見える程遅いので簡単に躱し、ついにマルコムの首元に槍の刃先を突き付けた。
「何故止めた? 何故殺さぬ?」
マルコムは首に槍を突き付けられているにも関わらずまるで動じない。
「別に俺は殺すつもりはないので」
「ふむ、それは有難いな。だが、俺は邪魔する者は殺していいと言われている。悪いな、和流」
マルコムはニヤリと白い歯を見せたかと思うと持っていた槍を地面に突き刺し、首に突き付けられた和流の槍を右腕で締めて2つにへし折ってしまった。
和流は流石に驚き一度マルコムから馬を引いた。
間髪入れずにマルコムは馬を和流に突っ込ませた。和流もマルコムも武器はなくお互い素手である。ちらりとマルコムの腰にレイピアの様な剣が見えたが使う様子はない。マルコムが馬から跳び上がり馬上の和流へ飛び掛った。和流は躱せないと判断し両腕を前に出し身体を守った。マルコムの跳び蹴りが和流の両腕に打ち込まれた。そのまま馬上から蹴り落とされて地面に叩き付けられた。流石に受身は取ったが、まだ倒れている和流に容赦なくマルコムの脚が襲い掛かる。上手く身体を転がし和流を踏み潰さんとするマルコムの靴底を何度も避けた。どんな力で踏み付けているのか分からないが和流が避けて踏まれた地面は10cm程凹んでいる。こんな力で踏み潰されたら間違いなく即死だ。何度かマルコムの踏付けを避ける内に先程折られた槍先が手の届く所に落ちているのに気が付いた。和流は上手くマルコムの踏付けを躱したながらその槍先を握りマルコムの膨ら脛を突き刺した。
「ぐっ!!」
マルコムが一瞬呻き声を上げ怯んだのでその隙に和流は立ち上がった。
手応えはあまりなかった。
膨ら脛を貫いたと思ったが、脚に纏っている鉄の装甲が邪魔で先端が僅かに肉を刺しただけだ。だが、それでこちらは体制を立て直すことが出来た。
マルコムは膨ら脛に槍先を突き刺さしたまま和流にまた襲い掛かって来た。慣れない素手での応酬。一応体術の授業は受けてはいるが、得意な訳ではない。ましてや相手がどこぞの国の王子の親衛隊長ともなればまるで勝てる気がしない。1発1発が重い。槍が脚に刺さったままとは思えない動きだ。まさかここまで苦戦するとは思わなかった。ここで死ぬのかもしれない。
もう一度槍が手に出来れば勝てるだろうに。
和流の頭にそのような考えが巡った時、マルコムの鉄甲を着けた右手が和流の腹にめり込んだ。そしてそのまま後方に吹き飛ばされ木々の間に転がり倒れた。鉄の味がする。口から血が流れていた。
意識が朦朧とする。目が霞む。ゆっくりとマルコムは和流に近付き腰のレイピアを抜いた。
和流はそれを見て何故か微笑んだ。殺されてたまるか。俺がこんな訳の分からない所で死ぬわけがない。地面に這いつくばって迫り来るマルコムの厳つい顔を凝視した。
その時だった。どこからともなく聴き慣れない角笛の様な音が聴こえた。学園の角笛ではない。恐らく、ユノティアの角笛の音だろう。その音を聴いたマルコムはレイピアを腰の鞘に収めて踵を返した。
「貴様、命拾いしたな。さっきの借りは返しておく」
マルコムはそう言うと馬に飛び乗り、地面に突き刺していた槍を引き抜き、角笛の音のした方へ駆け去ってしまった。
和流はうつ伏せのまま右手で腰の辺りを探った。何とか動けはする。おもむろに腰に付けていた小袋から小さな木の実を1つ取り出した。
”生長刻の実”という傷を治療する薬の元となる黄色い実である。生成前でも潰して傷に直接塗ったり服用したりする事で治癒効果を得られる応急薬である。
和流は生長刻の実を1つ口に運び噛み砕き飲み込んだ。死ぬ程苦い不快な味が口の中に広がった。すぐに吐き出しそうになったがなんとか堪えた。
早く追わねば。マルコムがカンナの元へ行ったのならカンナを背後から襲う形になる。自分でカッコつけて引き受けた以上、マルコムがカンナに接触する事だけは食い止めねばならぬ。
指笛を吹き、馬を近くに呼んだ。
和流はゆっくり立ち上がり馬の背に飛び乗るとマルコムが駆け去った方へ馬を駆けさせた。
いつの間にか日も傾きかけていた。
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