第55話~情報収集《斉宮班・後醍院班・茜班》~
ジメジメとした空気が肌にまとわりついてとても不快だった。学園を出た時から不愉快な事ばかりでつかさの豪天棒を握る手に力が入った。
パートナーの綾星と共に南橙徳近辺の竹林の中を馬で捜索した。いつもなら綾星が話題を振ってくるところだが、今回に限っては空気を読んだのか話し掛けてこない。
綾星が話し掛けてこない事はむしろ好都合だった。今はカンナを捜し出し助けなければならない。それに集中したいのだ。
つかさはひたすらにカンナの名を呼んだ。綾星も同じくカンナの名を呼んだ。広い竹林に2人の声が響くだけで何の反応もない。
腰に付けた無線機からもカンナの情報は入って来ない。この広い大陸で、たった14人で本当に捜し出す事が出来るのだろか。つかさの気持ちは焦るばかりだ。
「あぁ!! もう!!」
つかさは目の前の竹を豪天棒で思い切り薙ぎ払った。竹は5本程一気にへし折れ地面に音を立てて倒れた。
荒い呼吸を繰り返しつかさは黒髪を掻き上げた。
「……どいつもこいつも……」
つかさは無意識にそう呟くと1度背後で静かにしている綾星を顧みた。
綾星は悲しそうな表情でつかさを見ていた。
「……次、行くよ。綾星」
「はい」
いつもの綾星からは考えられない程大人しく、つかさの後ろにしっかりと就いて来た。
つかさはまたカンナの名を呼び続けた。
茉里とキナは南橙徳の北、青龍山脈の麓の街道を駆けていた。
南橙徳の街自体は久壽居が帝都軍を駆使して徹底的に調べてくれたそうだが有力な情報は掴めなかったという。
もし程突が青龍山脈に入ったとなると捜索はかなり困難になる。茉里とキナが青龍山脈に入ったとして確実に遭難するだけだからだ。
茉里は不意に馬を止めた。
「ねえ? どうしてそんなに離れた所で止まるのですか?」
茉里が止まった所から5メートルは離れた所でキナは馬を止めていた。
「え!? いや、別に、理由はないですよ?」
茉里は馬首を返しキナに近付いた。
キナは近付いてくる茉里から目を逸らしキョロキョロと挙動不審になっている。
「抱さん、あなた、何を怖がっているんですの? まさか……わたくしが怖いのかしら?」
キナの顔の傍で茉里は目を細めて言った。
「ち、違いますよ……、そんなわけないじゃないですか! はは!」
キナは愛想笑いをした。
「抱さん。確かに、わたくしとあなたは今までちゃんとお話した事がないですわ。わたくしの噂を聴いて恐怖するのも分からなくはない。でも、それは過去の事。今のわたくしは昔のわたくしではありません」
「……は、はあ……」
「あなたは新居さんのお友達なのでしょ?」
「そ、そうです。昔から千里とはウマが合ったので」
「ふーん」
キナはまだ茉里と目を合わせられないようだ。
「澄川さんとはお友達かしら?」
「お友達……まあ、お友達……なのかな? 同じクラスだし」
「それならば、わたくしとあなたはお友達ですわ! 新居さんも澄川さんもわたくしのお友達。友達の友達は友達だって、澄川さんが仰ってましたわ」
茉里はキナに笑顔を見せた。
「仲良くやりましょう? 抱さん。1人では出来ない事も2人なら出来る事もありますわよ。あなたの体術。期待していますわ」
茉里の言葉にキナの表情が緩みようやく目を見てくれた。
「そうですね、私達友達ですよね! すみません、私、こう見えて人見知りなもので……。あ、でも、頑張ります! 一緒に澄川さんを助け出しましょう!」
茉里は口元を手で押さえ上品に笑うとまた進行方向へ馬首を向けた。
「ところで、前から思っていたのですが、あなたのその金髪ショートのウェーブ、とても可愛らしいですわね」
「え!? あ、ありがとうございます、照れるなぁ……。そういう後醍院さんだってロングのストレート可愛いですよ」
キナは顔を赤くして笑顔になっていた。
いつの間にか冷めていた空気は温かいものになっていた。
それから茉里とキナは馬を並べ青龍山脈の麓を念入りに捜した。
托凌高の森を捜索する事約2時間。リリアと蔦浜は馬を降り休憩していた。
托凌高の先は小龍山脈だ。各班は捜索担当の方面を順調に捜索しているとの無線がしばしば飛んでくる。しかし、各班が散開してから10時間以上経った現在もカンナ捜索の有力な情報はない。
「ああ! クソっ! こんな事してる間にもカンナちゃんが危ないってのに……こんな事してる間にカンナちゃんがあんな事やこんな事されてしまっていたら……」
「蔦浜君、焦っても仕方ないよ。休む時は休まないと。いざという時に動けなかったら本末転倒でしょ? ほら、座ったら?」
リリアは冷静に蔦浜を諭すとリリアの座っている丸太の隣を手で指し示した。
蔦浜はリリアに言われるままリリアの隣に腰を下ろし持って来た鞄の中からペットボトルを取り出し水を飲んだ。
「蔦浜君とこうして2人で任務って初めてだね」
「確かに……そうですね、村当番で一緒になった事ないですもんね。そもそも、こうやってちゃんと話すのも学園戦争の時以来じゃないですか?」
「ホントだね。あれから蔦浜君、キナちゃんと付き合ってだいぶ男らしくなったよね。あ、別に昔が頼りなかったとかそういう意味じゃないよ?」
蔦浜はリリアの突然の話に照れ臭くなり目を泳がせた。
「な、なんスかいきなり。リリアさんは……その、好きな人とかいないんですか? リリアさん美人だからめちゃくちゃモテると思うんですけど」
蔦浜の質問にリリアは蔦浜から顔を背けた。その動きでリリアの青くて長いポニーテールが蔦浜の顔を撫でた。とてもいい香りがする。
「そんな……モテないよ、私は。……それに、好きな人も特にいないかなぁ」
「え? じゃあ何で顔背けたんですか!?」
「いや、つい……そういう話恥ずかしいから……まぁ、そうね……医務室の小牧先生はいい人かなって思うかな」
「小牧先生って……リリアさん歳上好きなんですね」
「べ、別にそういう訳じゃ……ただ、いい人だなって思うだけよ! 別に好きとは言ってないでしょ? ……それより、どう? 少しは落ち着いたんじゃない?」
「はい! リリアさんが可愛くて癒されました!」
蔦浜がニンマリして答えるとリリアは赤面して蔦浜を突き飛ばした。
「痛でっ!!」
思いのほか強い突き飛ばしに蔦浜は簡単に地面に倒れた。
その時だった。
「蔦浜君! 動かないで!」
突然リリアが起き上がろうとした蔦浜の上に覆い被さるように押し倒して来た。
「ちょっ!? え!? リリアさん!? 俺には抱が……抱に殺されちゃいますって!」
「静かに!! 誰か来たの!!」
リリアは真剣な顔で蔦浜を押さえ付けて座っていた丸太の陰に隠れた。リリアは丸太に隠れながら何者かがいるであろう方向を見ていた。蔦浜は仰向けに寝転がったままリリアの顔を下から見上げていた。今は胸こそ当たっていないが下半身は密着している。リリアのムチムチした太ももの感触や体温が伝わって来てとても刺激的だ。
「蔦浜君、とっても怪しげな2人組の男が馬に乗って20メートル位先で話してる。2人とも刀を腰に挿してる。恐らく青幻の偵察隊か何かだと思うのだけれど、どうしようか」
リリアは蔦浜に抱き着くような体勢で密着し耳元で小声で言った。リリアの割と大きな胸は蔦浜の胸に押し付けられひしゃげている。
「そ、それなら、とっ捕まえてカンナちゃんの事を問いただしましょう。俺達が隠れててもどっち道俺達の馬でバレますし」
蔦浜は平静を装い、自分達から5メートル程離れた所で草を食んでいる2頭の馬を指さして言った。
「そうね、それじゃあ、こっちにおびき寄せたところを生け捕りにしましょう」
リリアの顔が心做しか赤いのを見て蔦浜は興奮せずにはいられなかった。今はそんな状況ではないが、身体は反応してしまう。男の性だ。
リリアがまた丸太の陰から頭だけ出して怪しげな2人の様子を見た。
「それじゃあ、あの2人をこっちにおびき寄せるからね。私が2人を無刃音叉で叩いて転ばせるからその隙に蔦浜君は1人を抑えて。もう1人は私が」
「了解です」
リリアが腰の刀『無刃音叉』を抜き丸太をコンコンと2回叩いた。そしてすぐにリリアはまた蔦浜に覆い被さるように伏せた。
男達がリリアが出した音に反応したような会話が蔦浜の耳にも聴こえた。
ガサガサと草むらを踏み鳴らす蹄の音と気配が近付いてくるのを感じる。
リリアの身体が密着している。リリアも良く聞き耳を立てているようだ。リリアの顔が蔦浜の目の前にある。いい香りと柔らかな感触で理性がぶっ飛びそうな状況だが歯を食いしばって耐えた。馬蹄の音は着々と近付いている。音は途中から人のものに変わっていた。途中で馬を降りたようだ。
足音はさらに近付いてくる。そんな状況なのに蔦浜の股間は漲っていた。丁度リリアの股に当たる位置なのが辛い。その股の柔らかい感触が堪らない。リリアもそれに気付いているから顔が赤いのだろうか。
そんな事を考えている内に足音はすぐそこまで迫っていた。
そして、丸太の両脇から同時に男の脚が見えた瞬間、リリアは無刃音叉で1人の脚を打ち、そして飛び上がり回転を加えもう1人の太ももの後ろを打ち転倒させた。
蔦浜は最初にリリアが倒した方の男の背中に乗り右腕の関節を極め自由を奪った。
リリアも既にもう1人の男の背中に乗り左腕を背中側に伸ばし、いつの間にか持ち替えていた背中に背負っていた色付きの名刀『睡臥蒼剣』を首に突き付けていた。
「貴様ら……! 何者だ!?」
蔦浜が抑えている男が言った。
「この状況でそれを聞くのは俺達だろ? お前達、青幻の仲間か?」
「盗賊や帝都軍には見えねぇな、一体……あーいたたたたたた!!」
男が質問に答えないので蔦浜はさらにキツく腕を締め上げた。
「分かった分かった! 俺達は青幻様の部下だ。ただの斥候だよ。お前達に危害を加えるつもりはない? 放してくれないか?」
「一体こんな所で何をしていたの?」
今度はリリアが男の首に刀を少し押し付けて訊いた。
「俺達は程突って男を捜しているんだよ。職務を放棄して突然姿を消しちまったからな」
その話に蔦浜とリリアは顔を見合わせた。
「程突を捜してる? 程突は青幻の命令で動いているんじゃないのか」
「もう少し詳しく話して貰える? そしたら命までは取らないわ」
リリアが言うと男達は観念したように話し始めた。




