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第51話~2年越しの想い~

 いつも笑顔のまりかは、響音(ことね)の前に現れると笑顔を消し、目を伏せた。

 響音はさと婆と共にまりかを見ていた。


「積もる話もあるだろう。いいよ。行っといで」


 さと婆に言われると、響音は頷きまりかに近づいて行った。


「そう言えば、あたしに用があるんだっけ?」


 まりかが柄にもなくうじうじとして話を切り出さないので響音が話の切っ掛けを作ってやった。

 するとまりかは意を決したように口を開いた。


「私、響音さんに……謝ろうと思って……それでずっと捜してました」


「謝る?」


「ごめんなさい。響音さん。私、月希(るい)ちゃんが殺された時、誰に怒りをぶつければいいのか分からなくて……いいえ、分かっていたのに、あの時月希ちゃんと一緒にいた響音さんを悪者にして怒りの矛先を全部あなたに向けてしまったの……。響音さんには青幻(せいげん)を追わず逃げようとした腑抜けとか偉そうな事言ったけど、本当は私の方が月希ちゃんの死から逃げようとした腑抜けだった。それに序列仕合(じょれつじあい)の事も……」


 まりかは響音の目を見ずに俯いたまま言った。言葉はどこか震えている。


「許して貰えないとは思うけど、ちゃんと謝りたかった。ごめんなさい」


 まりかはようやく響音の目を見た。

 2年間も謝る為だけに響音を捜していたと言うのか。

 響音は何も言わずまりかを無表情で見ていた。そして口を開いた。


「2年間も捜してまで謝る程の事じゃないよ。あんたの言った事は事実。あたしは青幻が怖くて逃げようとした。序列仕合の事だって、あんたは悪くないわ。ルール上何の問題もなかったし、あたしも仕合をする事を承諾したんだもん。何もあんたは悪くないわよ」


「……でも」


「あの時はあたしもおかしかったのよ。自分で自分が抑えられなかった。要するに、あたしもあんたも性格が悪い女だったって事よ。この話は終わり」


 まりかが響音の返答にさらに何か言おうとしたので響音は話を強制的に終わらせた。


「私……」


 まりかは小さく呟いた。


「何よ? まだ何かあるの? もういいわよ」


「響音さんよりは性格悪くないと思うんですけど」


「あ?」


 まりかの言葉に響音はつい怒気を込めた声が漏れてしまった。


「冗談ですよーあー怖い怖い」


 まりかはいつもの笑顔で両手を胸の前で振った。

 先程は気にならなかったが、まりかは右手だけ茶色の皮の手袋をしていた。


「それより、あんたがどうして謝ろうと思ったのか、そっちの方が興味あるわね」


 響音は横を向き空の星に目をやって言った。


「それは……たぶん、響音さんと同じだと思いますよ」


 まりかの答えに響音は目を細めて横目でまりかを見た。


「カンナか……」


 まりかは頷いた。


「私、響音さんが学園からいなくなってから、あの子に酷い事したんです。それこそ許してもらえないような、殺されてもおかしくないくらいな事。でもあの子は憎しみを抑えて私に更生する機会を与えてくれました。カンナちゃんて、何だか不思議な力を持っていますよね」


 まりかの話に響音は共感していた。澄川(すみかわ)カンナという女は人の心を変える不思議な力を持っている。響音自身もかつて狂気に支配された心を澄川カンナによって救われた。響音に分かるのはただ、カンナが月希と同じ様な魅力を持っているという事だけだ。


「……それと、これかな」


 まりかは左の腰に佩いている刀を抜いた。先程響音が気になった刀だ。

 護拳が付いたその刀を使うのは学園では1人しかいなかった。


伽灼(かや)の……刀だね」


 響音が言うとまりかは頷いた。


「響音さん、伽灼ね、死んじゃったんだよ」


 まりかは見たことのないような悲しげな顔をした。いや、響音が知らないだけで、月希が死んだ時もそんな顔をしていたのかもしれない……


「知ってる。久壽居(くすい)さんから聞いた」


 学園の情報は割天風(かつてんぷう)が総帥だった頃と比べると明らかに帝都軍に良く届くようになった。帝都軍と繋がりのある響音はその中で伽灼の死を知った。


影清(かげきよ)さんと闘ってね、相討ちになったんだって。その時にこの刀も折れたそうです。それで、伽灼の遺体と一緒に運ばれて来た折れてしまったこの刀を重黒木(じゅうくろき)総帥に断って貰ったんです。鍛え直して使いますって」


「分からないわね。あんたがどうしてわざわざ折れた伽灼の刀を貰うのよ」


「私は伽灼と闘って負けたんです。伽灼なんて私にとって眼中にない存在だったけど、あの子に負けて、ボコボコにされて……右手まで火傷させられて刀も壊された」


 まりかは右手の手袋を外すと響音に一瞬だけ見せてまたすぐに隠すように手袋をはめた。確かに掌の皮膚が手術した痕のような少し違和感のある感じになっていた。


「私の事がそんなに憎かったんだって思ったけど、あの子は最後に言ったわ」


 まりかは1度言葉を止めた。そして、響音の目を見てまた口を開いた。


「響音さんに謝れって」


 響音は絶句した。

 まさかあの伽灼が響音の事をそんな風に思っていたとは想像もしていなかった。学園で見せていたあの目は完全に敵に向けているものだと思っていた。伽灼はいつも孤独で周りの人間は全て敵だったはず。なのに……


「伽灼はあなたの事多分ライバルだと思ってたんじゃないですかね? 響音さんと伽灼の実力は拮抗していたし、響音さんが孤独になった時も伽灼は自分と同じ立場になったあなたを放っておけなかった。響音さんが学園から去ってしまって伽灼は寂しかったんだと思います……私の想像ですけど」


「あの伽灼が……だったら何で初めから……」


 響音は俯き唇を噛み締め拳を握った。初めからちゃんと口で言ってくれればもう少し違う結果になっていたかもしれないのに。そう思ったが、伽灼は元々そんな性格ではなかった。だから本当は響音の方が伽灼をもう少し見てやるべきだったのだ。


「気が付いたら私は伽灼の遺体の隣のこの刀を手にしていたわ。……そうしなきゃいけない気がしたから……」


「なるほどね。つまり、カンナと伽灼があんたの背中を押してくれたってわけね」


 響音は涙を堪えて話を続けた。


「はい」


「それで、あんたこれからどうするの?」


 響音はシュンとしているまりかをチラリと見た。


「私は……もし、響音さんが良ければ……一緒に黄龍心機(こうりゅうしんき)を取り戻す為に戦いたいです……今更か……って思うかも知れませんが」


 まりかは恐る恐る本心を口にした。チラチラと響音の表情を窺っている。


「それじゃああんたはあたしの右腕ね。あ、それと両眼にも頑張ってもらうから、眼精疲労とかには気を付けなさいよ」


 自信なさそうにモジモジしていたまりかの話を途中で遮り響音はまりかに笑顔を見せた。

 まりかは響音の顔を見て目を皿のようにしたかと思うと突然抱きついて来た。


「響音さんが……響音さんが……私にそんな顔見せてくれるなんて……! ありがとうございます! 私、頑張ります!」


 まりかは余程嬉しかったのか抱きついたまましばらく離れなかった。背の高い響音のちょうど胸の辺りにまりかが顔を押し付けて微妙に動くので少しくすぐったかった。悪い気持ちではなかった。何だか懐かしい気持ちだ。


「もういい加減離れてくれる? さと婆も待たせてるんだから」


 その言葉でようやくまりかは響音から離れた。

 響音がさと婆を呼ぶとさと婆は笑顔で響音とまりかの元へ歩いて来た。


「まりかちゃん、助けてくれてありがとね。それと、響音ちゃんに会えて良かったね」


 さと婆はまりかにも優しい言葉を掛けた。まりかは作り笑顔ではない本物の笑顔で頷いた。


「ところでまりか、馬香蘭(ばこうらん)はどうしたの? あの消える女よ」


 響音はまりかに頼んだ筈の馬香蘭の姿が見えない事に首を傾げた。


「あー、あの子馬香蘭て言うんですね! 大丈夫です! ちゃんと捕まえてありますよ!」


 そう言ってまりかは拷問部屋の方へ走って行ったかと思うと、すぐに鎖を引っ張りながら馬香蘭を連れて来た。馬香蘭の首には鉄製の首輪が付けられており、そこから鎖と繋がっているようだ。


「うわーん! 奴隷みたいに扱わないでよー! 私拘束されるのは嫌なのー! お願いこの首輪取ってー! まりかちゃん」


「だめー! お前絶対逃げるじゃん! 殺さないであげるんだから言う事聞きなさいよ! らーんちゃん!」


 馬香蘭は涙を流しながら自分で首輪を外そうともがいている。

 響音も流石に不憫に思ったがこの女がさと婆にした事を思い返すとこの程度の事はなんの事はないと思えた。

 まりかは悪戯に馬香蘭の首輪から伸びる鎖を引っ張ってケラケラと笑っている。まりかの方が響音よりも明らかに現在進行形で性格が悪い。

 すると、さと婆が口を開いた。


「まりかちゃん、もうやめてあげな。その子泣く程嫌がってる」


 さと婆の突然の発言に響音もまりかも一瞬言葉を失った。


「いや、でもさぁお婆ちゃん、この女はあなたに酷い事したんでしょ? 響音さんもこんな血塗れにしちゃってるし。私が捕まえたんだから私の好きにしていいでしょ?」


 まりかが抗議したがさと婆は首を横に振った。


「馬香蘭と言ったかな? あんた、小さい頃に怖い思いをしたんだろ? 人攫いとか。この世界では多いからね」


 さと婆が優しく問い掛けると馬香蘭は涙を拭いながらコクリと頷いた。


「……私は」


 小さな声で話し始めた馬香蘭。

 その話に響音とまりかとさと婆は黙って耳を傾けた。


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