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第5話~ユノティア公国第一王子:カステル・フェルナンデス~


****


 校舎の前の掲示板には妙な貼り紙があった。

 内容は、『篁光希(たかむらみつき)を見付けて差し出した者には100万リオールを出す。見付けた者は巡回しているユノティア公国の騎士に差し出すように。期限は明日の放課後まで。ユノティア公国第一王子 カステル・フェルナンデス』

 祝詩歩(ほうりしほ)は授業の帰りにその貼紙を1人で見ていた。詩歩はトレードマークのカンカン帽を被り、自分の背丈程の長さの『色付き』と呼ばれる名刀『長刀(ちょうとう)紫水(しすい)』を大切そうに抱えている。

 いつも一緒に帰るはずの寮の同室の(あかね)リリアや火箸燈(ひばしあかり)はいない。リリアが剣特師範の大甕(おおみか)の手伝いを買って出て厩舎(きゅうしゃ)の片付けを始めたのだ。不憫にも燈はそれに巻き込まれてしまった。詩歩はというと、今夜部屋の食事当番だった為にその難を逃れたというわけだ。

 詩歩は貼り紙を見て首を傾げた。光希が何か悪さをして追われているという書き方だ。しかも、ユノティア公国と言えば、遥か西方の小国。そんな所の王子に一体光希は何をしたのだろうか。100万リオールが龍武の通貨でいくらになるのか知らないが貰っても仕方がない。故に詩歩はこのカステルとかいう王子に協力するつもりはない。そもそも、この学園に金で仲間を売る人間が未だに存在するのだろうか。詩歩にとっても光希は特別仲が良いわけではなく、むしろお互い無口なので目が合っても挨拶もしない事さえある。以前酒の席で光希に何かやらかしたのか、一時期光希の反応が冷たかった事があった。詩歩は酔うとよく面倒くさいと燈に言われる。まあそれも2年前に一度やらかしたきりでそれ以来光希と酒を呑んだ事はない。

 ただ、同じオレンジ色の髪の毛というのが詩歩にとってはかなり親近感があった。

 詩歩はどうしたものかと考えた。

 すると微かに馬蹄が聴こえた。馬蹄のする方角を見ると2騎の見慣れない派手な出で立ちの男が駆けて来た。

 2騎は詩歩を見付けると目の前に止まった。


「オレンジ色の髪だから光希かと思ったら違う子か。まぁいい。セニョリータ、君は篁光希の居場所を知らないかな?」


 より派手な方の男が言った。


「セニョリータ? もしかして、あなたがカステル王子ですか?」


「うむ、いかにも、私がユノティア公国第一王子、カステル・フェルナンデスだ。さあ私の質問に答えてくれないか? 君は光希を」


「知りません」


 カステルの質問を遮って詩歩はきっぱりと答えた。カステルの隣りの男は眉をピクリと動かして詩歩を睨み付けた。


「知らない……そうか、この学園の生徒達は私に非協力的だな。見せしめに1人くらい半殺しにしてしまおうか。どう思う? ザジ」


 カステルは物騒な事を言い、隣りの男に問うた。


重黒木(じゅうくろき)総帥は龍武帝国(りょうぶていこく)には頼らないと言っていましたから問題ないでしょう。この学園が1つの国のようなものですからね。ユノティアと学園の問題。龍武帝国は関係ない」


「あの、何故光希ちゃんを捜しているんですか? 懸賞金を掛けてまで」


 ザジという男が何を言っているのか分からなかったが、光希の事は気になったのでカステルに訊いた。


「ふむ、光希は私の妃になる女だ。光希は12年前ユノティアにいた。私はその時彼女に一目惚れした。光希と必ず結婚する。そう決意した。だがある日突然光希はユノティアからいなくなった。そして私は捜しに捜し、ようやくこの学園にいる事を突き止めた。もう逃がさない。私がユノティアに連れ帰り、盛大な結婚式を挙げるのだ!」


 カステルは何やら楽しそうに身振り手振りを交えて説明した。隣りのザジという男は無表情でずっと詩歩を見ていた。きっと刀を持った詩歩の動きを注意して見ているのだろう。

 詩歩は刀を腕と胸で抑え、両手の平を広げ指を順番に折った。


「え……!? 12年前って、光希ちゃんまだ6歳じゃないですか!? その段階で結婚するとか言ってたの!? ロリコンなんですね……」


 目の前のカステルはどう見ても20代後半。詩歩は驚きの余り思った事を口に出してしまった。

 すると、今まで楽しそうだったカステルの表情が固まった。


「愛に年齢は関係ない。貴様、私の光希への愛を侮辱するつもりか? ならばやはりこの場で痛い目に遭ってもらおうか。なあ、ザジ」


 カステルが言うとザジは馬をカステルの前に出し、詩歩を馬上から見下した。

 その威圧感に冷や汗が噴き出すのを感じた。


「よく見ればこの娘もなかなか可愛いじゃないか。光希と同じ髪の色だからかな。そそるな」


 カステルの戯言に詩歩は寒気がして顔を引き攣らせた。

 するとザジは腰の剣を抜き放った。

 その剣は夕焼けに反射してオレンジ色に輝いた。そして切っ先を詩歩の顔に向けた。


「ほれ、どうした? その無駄に長い刀で儂を斬ってみろ」


 ザジは挑発してきた。色々と不愉快だが、ユノティア公国の王子や側近のような男に刀を抜いていいのだろうか。しかし、この男達の殺気は本物だ。相手は馬だ。逃げる事も出来ないだろう。殺らなければ殺られる。

 詩歩は咄嗟にそう判断し、紫水の柄を握った。その瞬間、ザジの剣が閃いた。詩歩の首元に迫った剣を紫水の刃が受け止めた。詩歩は顔の横で剣を受け止めたままザジを睨み付けた。


「カステル王子、この娘、中々出来ますぞ。なるほど、この学園の生徒は皆ここに来る途中で斬り捨てて来た”蒼”とかいう国の盗賊なんかよりよっぽど強い」


 ザジが感心してカステルに言った。その間もザジの剣圧は詩歩の紫水を押してくる。


「1つ聞いていいですか? カステル王子」


 詩歩はザジの剣を抑えたまま言った。


「何だ?」


「光希ちゃんは、あなたとの結婚に同意しているのですか?」


 カステルは詩歩の質問を聞いて鼻で笑った。


「同意? そんなものは必要ない。私は王子だ。私が欲しいものは捕まえた時点で私のものになる。逃げようとすれば今度こそ逃げられないように城に閉じ込めておくさ」


 カステルの答えを聞いた詩歩は溜息をつき、ザジの剣を紫水で払い除けると同時に左脚でザジの手を蹴り付け剣を吹き飛ばし、カステルの首に紫水を突き付けた。


「ロリコン王子はさっさとこの学園から出て行って。光希ちゃんは絶対渡さないし、お金で協力する生徒もいないよ」


 その詩歩の言葉でついにカステルは剣を抜いた。


「無礼な!! もう手加減はしない!! 捕まえて裸にしてユノティアの王宮に飾ってやるわ!!」


 カステルは怒声を上げ、詩歩に馬を突っ込ませた。詩歩は地面を転がりそれを躱したが、いつの間にか背後に剣を拾い上げたザジが迫っていた。

 前方からカステルの剣。それは紫水で受けた。しかし背後のザジの上からの剣。

 躱せない。

 そう思った時、ザジの剣が何かで受けられた音が聴こえた。

 詩歩はカステルの剣を払い、振り向いた。


海崎(かいざき)さん!?」


「危なかったな。(ほうり)。流石のお前でもこの2人相手では勝てぬ」


 いつの間にかいた海崎が短刀だけでザジの剣を受けていた。

 海崎はザジの剣を払うと詩歩に背中合わせに近付いた。


「どうして総帥側近のあなたがここに?」


「話は後だ。とにかく、逃げるぞ」


「え? 逃げるの?」


 詩歩が動揺していると海崎は躊躇わず何かを地面に叩き付けた。

 すると地面からはモクモクと白い煙が一気に辺りに拡散してあっという間に視界がなくなった。カステル達の馬はその煙に驚き嘶いたりして混乱していた。

 詩歩も周りが見えず困惑していたが海崎に手を引かれそのまま身を任せた。



「くだらない真似を」


 ザジが吐き捨てるように言った。

 煙が消えていくと馬も落ち着きを取り戻した。


「エドルドがいればあの小娘、仕留められたな。惜しい事をした。それにしてもあの男。何者だ」


 カステルは悔しそうに歯軋りをし詩歩達が走り去ったであろう方角を見詰めた。





****


 ピンク色の髪が風に揺れた。

 刹那、弓に番えた矢を騎士の1人に向け放った。騎士の1人は身体を反らして矢を避けた。つもりだったのだろうが、矢は騎士の右肩に付き立っていた。


「おのれ!」


 アリアは1人華麗な身のこなしで4人の騎士達の間に入って行き、かなりの近距離で矢を数本射ていた。その数本は近距離で的確に騎士達の手脚に突き立っていた。アリアの動きはまさにアクロバティックで、弓を持っているにも関わらず、側転やバク転などを繰り返し、騎士達を翻弄していた。何度も騎士達の槍がアリアに当たりそうになったが決して当たらず掠りもしない。まさに見事と言うしかなかった。しかし、アリアの身に着けているミニスカートはそのアクロバティックな動きに呼応してヒラヒラと靡いて本来隠すべき下着を顕にしていた。

 光希は構えたまま時折見えてしまうアリアの下着に気を取られかけたが、どうやら4人の騎士はアリアの弓捌きと体捌きであっという間に無力化されてしまい光希の出る幕はなかった。


「おのれ! この餓鬼、尋常ではない……」


 騎士の1人が呟いた。4人の騎士は皆武器すら握れない程手脚だけに何本も矢を食らって流血していた。


「よし! (たかむら)さん、それじゃあ逃げるわよ! ちゃんとどういう事なのか、お話聞かせてね」


 アリアが不気味に微笑み光希の腕を引いてアリアの芦毛の馬に先に飛び乗った。光希に手を差し出したのでその手を取り、アリアの後ろに乗った。そして、そのまま騎士達を置いて駆けて行った。騎士達は血塗れの手では手綱すら握れないので追い掛けてくる事はなかった。ただ馬に跨ったまま駆け去る2人のツインテールの少女を歯軋りしながら睨み付けていた。


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