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第40話~蒼衣と一緒に~

 学園から浪臥村(ろうがそん)までの山道は一本道であるが勾配が厳しく、人の足で登り下りするのはかなり骨の折れる事だ。

 カンナや蒼衣(あおい)はそう頻繁ではないが、村当番等の任務の為学園と浪臥村を行き来しているので馬を使えばさほど苦もなく浪臥村までは下りられる。

 蒼衣はカンナの隣に馬を就けて山道を華麗に駆け下りていた。

 学園の生徒達は皆休日であろうと常に武器を携帯する。いつ何時敵に襲われるか分からないからだ。蒼衣も馬に弓や矢筒をしっかりと装備していた。その矢筒は山道を駆け降りる度にカタカタと揺れていた。


「澄川さん、今日は村で隔月に1度の衣料品展が開かれるんですよ!」


「衣料品展? 何それ?」


 カンナが小首を傾げると、蒼衣は楽しそうに衣料品展の説明をしてくれた。


龍武帝国(りょうぶていこく)の首都、楽庸府(らくようふ)から有名な衣料品メーカーの商品が大量に商船で運ばれて浪臥村で1日限定で販売されるんです! 私は今日それを楽しみにしていたわけなんですよ!」


 蒼衣からは、学園を出る時の怒りに満ちた眼差しは消え失せており、至って普通の買い物を楽しみにしている女の子になっていた。


「そうなんだ。知らなかった。私あんまり洋服とか興味なかったから同じようなのしか持ってないや」


「えーー!? そんなー! 澄川さんせっかく可愛いしスタイルいいんだからもっとオシャレしましょうよ! そうだ、私が可愛い服選んであげますよ!」


 蒼衣はニコリとカンナに微笑み掛けた。


「ありがとう、水無瀬(みなせ)さん」


 蒼衣の笑顔にカンナはほっとした。

 今日1日蒼衣が斑鳩(いかるが)との交際についてグチグチと言ってくるような事があったらと不安でいっぱいだった。しかし、どうやら蒼衣は本気でカンナと仲良くしたいだけのようだ。


澄川(すみかわ)さん? 今ほっとした顔しましたね」


 突然蒼衣はカンナの顔を見て話題を変えた。


「え? いや、別にそんな事」


「ふふふ、安心してくださいよ。私は誰かさん(・・・・)達と違って澄川さんを虐めたりしないですから。ただお友達になりたいだけですから」


 蒼衣はそう言うとまた前を向いた。笑顔がいくらか不気味に見えた。「誰かさん」が誰の事を思い浮かべて言ったのか分からないがカンナはその部分の話はそれ以上掘り下げないようにした。


「お友達……」


「そう、あ! 別に私にほかのお友達がいないわけじゃないですよ? 弓特の子達を低能とか言いましたが、中にはもちろんお友達もいますから! うん!」


 蒼衣はそう言い切ると満足したのかドヤ顔をしていた。

 カンナにはまだ蒼衣という女が読めなかった。

 蒼衣には、かつての畦地(あぜち)まりかや後醍院茉里(ごだいいんまつり)、そして周防水音(すおうみお)の面影が入り混じっていた。彼女達のカンナを苦しませた悪い部分が何故だかチラつくのだ。

 それでも、カンナは蒼衣に微笑んだ。


「そうだね。是非ともお友達に! 水無瀬さん」


 カンナの微笑みを見て蒼衣は満足そうにニコりと笑った。





****


 青幻(せいげん)の元に北方の都市、江陽(こうよう)から伝令が飛んで来た。

 青幻は焔安(えんあん)の王宮の執務室で大きな地図を机の上に広げ眺めているところだった。

 部屋に入って来た兵は片膝を付いて頭を下げたまま報告を始めた。


「報告致します! 程突(ていとつ)殿が江陽に到着していません。連絡では既に焔安を3日前に出立したと聞いたのですが、いくらなんでも遅過ぎるかと」


「確かに、3日前にここを立ちました。彼が(そう)国内で敵に襲撃されたとは考えにくいですね。多綺響音は馬香蘭が監視している筈ですから」


 青幻は数秒目を瞑って考えるとまた口を開いた。


「分かりました。あなたは一先ず江陽に帰還しなさい。守将の王郭天(おうかくてん)には程突はいないものとし引き続き守備に当たるよう伝えなさい」


 兵は返事をするとすぐに部屋から出て行った。

 青幻はすぐに公孫麗(こうそんれい)を呼んだ。


「お呼びでございますか? 陛下」


 公孫麗は拝礼して部屋に入って来た。

 公孫麗はかつて青幻の中位幹部の1人として活躍した公孫莉(こうそんり)の実の妹だ。元々青幻に仕えていたが姉の死を切っ掛けに下位幹部に昇格、そしてすぐに中位幹部へと昇格した。弓の腕は速射姫と呼ばれた姉の公孫莉に勝るとも劣らない比類なきものを持っており、中位幹部の中ではもっとも信頼している女だ。


「程突の行方が分からなくなりました。斥候部隊を使い捜索して欲しいのですが、何人捜索に回せますか?」


 公孫麗の顔が歪んだ。


「お言葉ですが陛下、程突を探す必要がありますでしょうか? あんな男、もう役には立ちません。大方戦線から外された事で完全に戦意をなくし逃亡したのでしょう。わざわざ貴重な斥候部隊を」


「何人、回せますか?」


 青幻は公孫麗の話を皆まで聞かずに一言で打ち破った。


「……10名なら……動かせます」


 公孫麗はそれ以上余計な事を言わずに素直に答えた。


「では、すぐに程突の行方を探らせてください。見つけ次第焔安に出頭させる事」


「御意」


 公孫麗が出て行くと青幻はまた地図に目を落とした。

 そして地図上の学園のある孤島をしばらく眺めていた。


****





 カンナと蒼衣は昼前には浪臥村に到着した。

 思えば浪臥村に任務ではなく遊びに来たのは初めての事だった。

 蒼衣の言う通り、やたら大きな船が港に停泊しており、そこから大勢の男達がせっせと木箱を何個も運び出している。


「あの箱の中にブランド品の洋服とか入ってるんですよきっと! 私はあれを買う為に任務で貰ったお金を貯めてたんですから」


 蒼衣はより一層テンションを上げてきゃっきゃとはしゃいでいた。

 良く考えたら学園の女子生徒達はあまりファッションに拘っていないように思う。茉里は後醍院財閥の莫大な遺産を相続したらしいので服も高そうなものを何着も持っているが、それ以外の生徒はまさにカンナと同じように質素倹約であまり高そうな服を着ていたり高そうなアクセサリーを付けているのは見た事がない。それに比べて蒼衣はかなりファッションには気を遣っているようだ。頭には何の役に立つのか分からないミニハットを被っており、胸元は谷間を強調するように大きく開いており、そこに銀の十字架のようなネックレスが輝いていた。スカートも派手な色合いでやたら短い。ニーソックスを履いているがそれもカンナから見たら派手である。まさに男を誘うような見た目だ。

 そんな姿を見ていると、ちゃんと自分に合うような服を選んでくれるのかとカンナは些か不安になった。


「まだ設営とかに時間掛かりそうだから先にお昼にしません? 何食べます??」


 蒼衣は笑顔で言った。


「そうだねー、浪臥村に来たんだから漁港のお魚が食べたいかな」


「OKです! じゃあ行きましょ行きましょ! 魚料理と言えばこっちですよ!」


 蒼衣は楽しそうにカンナを先導して漁港の方へ馬を駆けさせた。



 カンナは蒼衣に連れられて漁港の魚介料理店に入った。

 店内は昼前だが混みあっており、店自体が狭い事もありカンナと蒼衣が入店すると席もほとんど埋まってしまった。

 蒼衣はテーブルに置いてあったメニューをカンナの見えやすいように広げてくれた。


「どれにしますー? 私は〜これー!! 鯖の味噌煮定食っ!!」


 蒼衣は数あるメニューの中からほとんど迷う事もなくさっと決めた。


「それじゃあ私はねーこの金目鯛の煮付け定食! お味噌汁をイワシのつみれに変更して……あ、あとお刺身も食べたいなぁ、このマグロの3種盛りも頼んじゃお! 水無瀬さん一緒に食べよ?」


「おおー! いいですね〜メデタいメデタい! ははっ! すみませ〜ん!!」


 蒼衣はハイテンションで店員を呼び、メニューを指差しながら2人分の注文をしてくれた。

 蒼衣の楽しそうな様子を見るとカンナの蒼衣への悪印象が次第に薄れていった。


「なーに? 澄川さん? そんなに見詰めて」


 カンナは向かいの席の蒼衣をいつの間にかぼーっと眺めていた。


「あ、いや、水無瀬さんと一緒にいるの、楽しくなってきたよ」


「なーんですか? それー! まるで初めは楽しくなかったみたいじゃないですか!」


「だって、水無瀬さん初め怖かったんだもん」


 カンナが苦笑しながら言うと蒼衣は不敵に鼻で笑った。


「あ、ごめんなさい。私って何だかそうやって勘違いされちゃうのよね。何がいけないのかしら? うーん、不思議だわ」


 蒼衣は尖らせた唇に人差し指を当てると考える仕草をした。


「この前蓬莱(ほうらい)さんと一緒に斑鳩さんの所に来たじゃない? あの時すっごく怖かったよ?」


「あー、紫月(しづき)。あいつは駄目よ。一緒にいたら分かるわよ。超ムカつくから」


 蒼衣は不愉快な事を思い出した様に眉間に皺を寄せてカンナを見た。


「そう……なんだ」


 カンナが返答に困っていると蒼衣はそんな事よりと話題を変えて楽しそうにきゃっきゃと周りの目も気にせずにはしゃいでいた。

 10分程で注文した料理が2人の前に届いた。


「わあ! 美味しそう! いただきます!」


 蒼衣は割り箸を割り、器用に鯖の身をほぐし口に運んだ。


「ん〜!! 超美味しいです!! 澄川さんも食べてください!」


 蒼衣が幸せそうに口元を綻ばせながら言った。

 カンナも割り箸を割り、美味しそうに湯気の立ち上る金目鯛の身を箸でほぐし、そっと口に運んだ。


「……あ……おいし」


 カンナは吐息を漏らした。魚の旨味が口いっぱいに広がった。よく煮込まれているようで舌で転がした途端に身はあっという間にとろけてしまった。まさに極上の1品だ。


「何それー! 澄川さんエロい声出さないでくださいよ」


「え!? 出てないし!!」


 蒼衣が茶化してきたがそれも最早嫌ではなくなっていた。ここに来るまで、あんなに嫌だったのに割りとすんなり蒼衣と仲良くなれた事でカンナはこの1日が楽しいものになるような気がしてきていた。


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