第4話~協力者~
この2年間で各クラスには、多少の相違はあるが、2年前の学園戦争にて戦死した生徒、それ以前に死んだ生徒、そして、脱退した生徒と同じクラスの人間が上手い具合に入って来た。
剣特に4名、体特に3名、槍特に1名、弓特に3名。相変わらず1名だけ枠が空いており全生徒39名である。入学してきた生徒達は例の如く一癖も二癖もある変人が多く10代半ばから20代前半が多かった。
現在の村当番は新人の研修も兼ねて槍特の斉宮つかさが剣特と槍特の新人の下位序列の生徒を連れて数週間前から学園を不在にしていた。
カンナは体特寮に響華を駆けさせながらつかさの事を考えていた。光希が何やら不穏な事に巻き込まれている気がする。それを誰かに相談したい。そう考えた時、真っ先に思い浮かぶ顔はやはり親友のつかさだった。しかし、今、つかさはいない。帰ってくるのはまだ先だ。
カンナはつかさの事を考えるだけ考えたがすぐに考えるのをやめた。
しばらくすると体特寮に到着した。響華をとりあえず入口の所に待たせ、カンナは2階にあるカンナと光希の部屋へ階段を駆け上がった。
ドアノブを捻った。鍵が掛かっていた。帰っていないようだ。光希が帰っていれば鍵は開けておいてくれるはずだ。念の為、カンナは自分の持っている鍵で扉を開け中に入った。
「光希ー?」
返事はない。寝てるかもしれないと思い、そう広くない部屋を一度覗いてみた。
やはりいない。
カンナは扉に鍵を掛け直し、また外へ出た。光希どころか体特寮には人っ子1人いる気配がない。まあ、1日の授業が終わって直帰する生徒は珍しい。殆どが食事をしたり武術の自主練をしたり、時には生徒同士で話をしたり等して、各々が好きなようにのんびりと寮に帰宅する。
光希が体特寮に帰って来ていない以上、カンナには何処にいるか検討もつかなかった。光希は割と部屋にいる。授業以外ではカンナが連れ出さない限り外には出ない。
「仕方ないか」
カンナは部屋の前で目を瞑った。
篝気功掌の氣の感知能力さえ使えば一定の範囲にいる人物を探し出す事が出来る。カンナの氣の感知能力の有効範囲は学園全域。以前はもっと狭い範囲しか感知出来なかったが、2年間の修行の成果で学園内であれば知り合いくらいは大体の場所が分かる。特に強い氣を持っている人間ならより捜しやすい。ただ、あまりその方法で捜したくはなかった。個人的にプライバシーを侵害している気持ちになるからだ。
すぐに光希の氣を見付けた。場所は食堂付近。ただ、その近くには光希の氣だけではない光希以外に5つの強い氣があった。1つは弓特の桜崎アリアのもの。何故一緒にいるかは分からない。あと4つは先程擦れ違った騎士達のものだと思われる。
先を越されたか。カンナは舌打ちをしてすぐに寮の階段を駆け下り、入口の所に待たせていた響華に飛び乗り、馬腹を蹴ると光希のいる食堂方面へ駆け出した。
響華を駆けさせている道中、道端で腰掛けて何かしている人影を見付けた。その人影の隣りには1頭の栗毛の馬が草を食んでおり、その馬の傍の地面には槍が突き刺さっていた。だが、今そんなものに構っている暇はないので素通りしようと思っていた。
「おーい、澄川さんじゃないか! ちょっと待ってくれよ」
その人影はカンナを視認すると立ち上がり右手を上げて声を掛けてきた。
「和流君?」
その人影は槍特で序列8位の和流馮景だった。カンナは声を掛けられたので流石に響華を止めた。
見ると和流は大きなキャンバスに何やら絵を描いていたようだ。手には筆と様々な色が散らばっている パレットを持っていた。カンナの角度からは何の絵を描いていたのかは見えなかった。
「ごめんね、私今急いでるの」
「それは光希ちゃんの事と何か関係ある?」
和流の口から出た光希という名前にカンナは目を見開いた。
その反応に和流はなるほどと頷いた。
「さっき俺の所に見掛けない4人の騎士みたいな奴らが来たんだ。それで光希ちゃんの居場所を訊かれてさ、その子がどうしたのかと聞いたら理由は言わずに向こうに走って行ったんだ」
和流はカンナが目指していた食堂のある方角を指した。
「それ! 向こうに行ったのね?」
「ああ、そうだよ。一体何があった……って、おい!」
和流の質問に答えずにカンナはまた響華を駆けさせた。
「手を貸そうか?」
和流の声にカンナはまた響華を止めて振り向いた。
確かに、並の強さじゃない騎士達と戦闘になるような事があれば序列8位の和流の協力はありがたい。
「手伝ってくれるの?」
「ああ、俺も暇してた所だしな」
和流は言いながら絵の道具を手際良く片付け始めた。そして、近くにいた馬に括り付けると地面に刺さっている槍を抜いて鞍に飛び乗った。
「よし、行こうか」
カンナがまだ承諾の返事をしていないにも関わらず和流は準備万端に待機していた。
「それじゃあ、お願いします」
カンナが軽く頭を下げると和流はニコリと微笑み親指を立てた。
カンナと和流は光希のいる食堂へ急行した。
4人の騎士はピンク髪のツインテールの少女が目の前に立ち塞がったのでお互い顔を見合わせた。
光希も何故アリアが前に出たのか分からない。
「あなた達は何者かしら? 見慣れない格好だけど?」
アリアの発言に騎士の1人が顎鬚を撫でながらニヤついた。
「我々の格好に見覚えがないという事は、お嬢さんは篁光希ではないな。後ろにいるオレンジ色のツインテールが篁光希というわけだ」
騎士の1人が顎で光希を示した。
光希は身構えてその騎士の男を睨み付けた。
「篁さん、あんたまた悪い事したの? こんな立派な騎士さん達に追われるなんて」
アリアは横目で光希を見て意地悪く微笑んだ。
「別に。私は何もしてない。桜崎さん、言っておくけど、間違ってもこの人達を殺しちゃ駄目だよ。この人達はユノティア公国の騎士。しかもカステル王子の親衛隊。殺したら国家間の大問題になる」
「へー。そんな人達に追われてるなんて、あんたかなりヤバい事したのねー。ホントに何しでかしたのよ?」
「話せば……長くなるから」
「あっそ、私を仲間外れにするつもりね?」
アリアは苛立ち口を尖らせた。
「そういうつもりじゃない。とりあえず私はこの人達に捕まるわけにはいかないから逃げる。手伝ってくれたらちゃんと話す」
「約束よ! えーっと、殺さなければいいのね!」
アリアが笑顔で言ったので光希はコクリと頷いた。
「生意気なお嬢さんだな。もしかして、我々を倒すつもりなのか?」
アリアは不敵に微笑み弓に矢を番えた。
「篁さんが逃げたいと言っているのよ。だからあなた達が大人しくどっかに行ってくれるなら私は手を出さないわ!」
騎士達は無言で槍を構えた。
「うん、だと思った」
アリアが楽しそうに微笑むと騎士達は容赦なく襲い掛かって来た。
4人は”騎士殺人術”の”逮捕隊形”で槍を振った。
しかし、それでもアリアは笑っていた。
光希とアリアの氣を感知しながらカンナは和流と共に馬で駆けた。
光希達の氣は荒れていた。穏やかではないのは間違いない。何故光希は騎士達に追われているのか。
カンナは光希と水音が2年前に起こした事件を思い出していた。
2年前、カンナの事を憎んでいた水音は光希と共に、カンナを嵌める為に当時地下牢に捕虜として捕らえていた蜂須賀という男を殺した。捕虜殺しは学園の規則でも重罰に処されるのだが、当時総帥であった割天風に恩赦を受け全寮の厩舎の馬糞の始末を1週間命じられただけで済んだ。その記憶があるカンナには、考えたくなくてもその記憶が脳裏を過ぎってしまうのだ。
────また何かやってしまったのか────
「心配だよな。あんな訳の分からねー奴らに追われてるんだから。でも大丈夫だ。序列が下の俺が言っても澄川さんは何とも思わないかもしれないけど、俺がいれば何とかなる!」
カンナの不安そうな表情を見て、和流は優しく言った。
カンナは和流の顔を見た。端正な顔立ちで、斑鳩程ではないが、カンナの好きな顔ではある。和流は笑顔だった。
「それじゃあ……頼りにしちゃおうかな」
和流は満足そうに頷くとまた前を向いた。
カンナも前を向いた。
実は和流には何度かデートに誘われた。だが、つかさの話によると和流は女好きで下心しかないという。だから一度も誘いに乗った事はない。それでも和流は何度も誘って来た。今回も、もしかしたら何か良からぬ事を企んでいるのかもしれない。ただ、実際に口説かれる以外は何もされていない。だから本当は女好きなだけで悪い人ではないという事は分かっている。今回が初めての2人での行動になる。カンナは和流に不安もあったが、それと同時に期待も抱いていた。
不意に感知していた光希達の氣とは別の氣が複数人こちらに接近するのをカンナは感じた。この氣には覚えがあった。
丁度十字路に差し掛かかろうとした時、右の道から騎士が十数騎現れた。そして、カンナ達に気付くと隊長の男が全員を静止させた。
「ん? お前は確か、先程会った女だな? 篁光希は見付かったか?」
隊長の男はまたも高圧的に言った。
「あなた達は何者で、何故光希を捜しているのですか?」
カンナの問に少し考える仕草をすると隊長の男は息を吐いた。
「我々はユノティア公国第一王子カステル・フェルナンデス様の親衛隊。俺は隊長のマルコムだ。篁光希はカステル王子が妃として迎える方。故に遠路遥々迎えに来た。だからお前達も捜索に協力して欲しい。見付けた者には懸賞金が出るぞ」
カンナと和流は絶句した。一国の王子が光希を妃にする為にこの学園に捜しに来たと言うのか。では重黒木に呼び出された事もこの事が関係していたに違いない。
「光希は何故見付からないのですか? 本人がその話に納得しているのなら、懸賞金なんて掛けてまで捜索しなくても自分から出てきますよ。もしかして、無理矢理連れて行こうとしてるんですか?」
カンナはマルコムを睨んだ。
するとマルコムは不敵に笑った。
「お前達は我々に協力する以外の選択肢はない。カステル王子から歯向かう者は殺していいと言われている」
マルコムはカンナに槍を向けた。
「何だかよく分からないけど、澄川さんにそんなもの向けないで貰えませんか?」
ゆらりと隣りにいた和流がカンナとマルコムの槍先の間に入った。
「なんだ貴様は」
「そうですね、澄川さんの親衛隊長の和流と言います。マルコム隊長」
和流が突然冗談を言い始めたのでカンナはどうしたのかと和流を見詰めた。
「澄川さん、光希ちゃんを見付けて、彼女の気持ちを確認してきてくれ。この人は俺が止めておく」
「え!? 1人じゃ無理だよ! かなり凄い氣を感じるよこの人」
「大丈夫。さ、行って」
和流は槍をカンナに見せ付けて片目をパチリと閉じた。
和流の実力は知らない。故に和流1人を残して先に行く事を了承する事を躊躇った。
「生意気な男だ。お前達は篁光希を捜しておけ。俺はこいつを突き殺したらすぐに向かう。こいつはそこそこ出来そうだ」
マルコムの指示で騎士達は十字路を食堂方面へ向かう者達と左の道へ向かう者達の2手に分かれて駆け去っていった。先行したかったが先にカンナが動いた方に光希がいる事が悟られる心配があったので一先ず騎士達を動かしてから食堂へ向かう事を選択した。食堂に騎士達の一部が到着する前に追い付いて倒してしまうつもりだ。響華なら追い付けるはずだ。
「無茶しないでね! ありがとう!」
カンナは和流に例を言うと食堂方面へ響華を疾駆させた。