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第38話~蒼国幹部会合~


****


 (そう)の都『焔安(えんあん)』では薄全曹(はくぜんそう)孟秦(もうしん)が戻ってからというもの兵達の軍事演習が頻繁に行われていた。

 祇堂(ぎどう)攻略は失敗に終わったが、青龍山脈を手に入れた事と久壽居朱雀(くすいすざく)神技(しんぎ)の一角を晒させた事は青幻(せいげん)にとってかなりの収穫だった。

 しかしながら、兵の練度が帝都軍と比べると著しく劣る。それが1番の敗因となった事は火を見るより明らかだった。故に青幻は勢力拡大よりも軍事力の強化を優先する事にしたのだ。

 青幻は董韓世(とうかんせい)を除く幹部達9人を王宮の会議場へ集めた。


「お疲れ様です。親愛なる幹部達。座ってください」


 青幻は車椅子の男を横に就け、9人の幹部達に席に座るよう指示を出すと軽く労いの言葉を掛けた。席は大学の教室のように幹部達が黒板側の青幻と車椅子の男を見られるように並べられている。


「今回は魏邈(ぎばく)にも参加してもらう事にしました」


 魏邈は蒼建国以来青幻の参謀として使っている男で青幻の従兄弟にあたり、この国の宰相(さいしょう)という位置にいる位の高い男だ。政治は全てこの魏邈に任せてある。

 魏邈は事故で下半身不随となり自力での歩行が出来ないがれっきとした武人である。


「宰相殿が同席という事は、政治の話ですかな? 陛下。我々に政治の話をされた所で理解出来る者はおりませんぞ」


 丸太のような腕をがっちりと組んだ厳つい顔で口の周りには立派な髭を蓄えた中位幹部の黄蒙(こうもう)が言った。


「黄蒙。お主らが武術しか能のない脳筋共だという事は良く知っておる」


「何だと」


 魏邈は黄蒙の嫌味に嫌味で返した。

 幹部達は魏邈を好きではなかった。宰相であるが幹部達は皆青幻に忠誠を誓ったのであって魏邈に忠誠を誓ったわけではないのだ。執務室に籠りっきりで何をしているのか分からないような得体の知れない男を信用する事は不可能だ。


「やめなさい、黄蒙。みっともない。魏邈も幹部達を挑発するような発言はやめて下さい」


 青幻の冷静な言葉に黄蒙は黙り、魏邈も不服そうではあるが口を閉じた。


「今日は今後の蒼国の戦略について魏宰相を交えて話をしようと思ったのです。その前にまずは、馬香蘭(ばこうらん)


「はーい! 多綺響音(たきことね)の件ですかね?」


 青幻に指名された黒銀の髪の女が手を挙げて言った。


「ええ。どうですか?」


「まぁ、ここんところあの女の事ちょくちょく尾行してたけど、もう殺れると思います!」


 馬香蘭は嬉嬉として言った。


「ほう……あの神速(しんそく)を捉えられるのか? 俺も董韓世殿も奴には近付く事さえ出来なかったのだぞ?」


 孟秦(もうしん)が顎髭を撫でながら鼻で笑った。


「神速を捉えるのは無理ですよ。でも、あの女は私の『神技』があれば殺れます。澄川(すみかわ)カンナが一緒にいたらもしかしたらキツいかもですが、もうアイツは学園に帰ったんでしょ? 多綺響音1人なら数日中に殺れます!」


「よし。では馬香蘭。必ず多綺響音を始末しなさい。そしてその首を焔安に持参する事」


「御意でありますっ!」


 馬香蘭は可愛らしく敬礼してニッカりと笑った。


「陛下、私にも任務を与えてください。私も殺したい奴がいるんです」


 今度は緑色のロングヘアーで黒い軍帽のような帽子を被り、やたらと胸の開いた服を着ている厚化粧の女が言った。


「個人的な怨恨は後にしなさい。公孫麗(こうそんれい)。今は国としての戦略を話し合う場。弁えてください」


 青幻の正論に舌打ちをすると公孫麗は腕を組んでそっぽを向いた。


「いいですか? こちらは次々に有能な人材が死んでいるのです。幹部達もそうですが、先日の青龍山脈の戦では斥候(せっこう)部隊副隊長の単興(ぜんこう)も死にました」


「えぇ!? 単興死んだの!? どおりで最近見ないと思ったら……うわぁ……まじかよぉ。ぼちぼち幹部の仕事忙しくなってきたから斥候部隊の隊長はアイツに任せようと思ってたのにぃ」


 馬香蘭は元々斥候部隊の隊長だった。青幻にその才を見出され幹部入を果たしたのだ。


「私も残念に思いますが、単興のお陰で青龍山脈を取れたと董韓世も言っていました。彼の死は蒼国にとって大いに役に立つものでした。斥候部隊の方は馬香蘭の任務が終わるまでの間、公孫麗が代わりを務めなさい」


 青幻の突然の指名にそっぽを向いていた公孫麗は驚いて立ち上がった。


「え!? ちょっ!? 嫌なんですけど? コイツの代役ですか!? この私が!?」


「多綺響音の抹殺が今の蒼国での最優先事項です。それが出来るのは馬香蘭だけ。彼女の任務が終わるまででいいのです。もし馬香蘭の任務が終われば、今度はあなたに復讐の機会を与えましょう」


 青幻の話を聞いて公孫麗はそれならと渋々腰を下ろした。


「そろそろ、私が話して良いかな? 陛下」


 魏邈が落ち着いた声で話し始めたので青幻は頷いた。


「先日入った情報によると、(てい)我羅道邪(がらどうじゃ)が学園から行方不明になっている序列1位、神髪瞬花(かみがみしゅんか)の捕縛に動いたらしい」


 神髪瞬花という名を聞いて幹部達の目の色が変わった。


「我羅道邪は神髪瞬花の捕縛には失敗したらしいが、いずれまた捕縛に乗り出すだろう。あの女を手にした者が今の蒼、龍武(りょうぶ)、鼎の三つ巴の情勢を覆せるだろうからな。それ程の力を神髪瞬花という女は持っているらしい」


 幹部達は息を飲んだ。幹部達のトップ薄全曹でさえ目を閉じて真剣に考えているようだ。


「神髪瞬花を捕まえる。それが今後の蒼の方針ですか? 魏宰相」


 薄全曹が問うと魏邈はうむと頷いた。


「鼎と協力体制を取りつつ密かに神髪瞬花捕縛に動く。勿論、その為には龍武帝国との間の防衛戦は強固に維持しておく必要がある。こちらの動きが万が一悟られた時に、奴らは焔安を手薄と見て攻めてくるだろうからな。その為の人事の配置をこれから説明する。準備が出来次第、速やかに出立せよ」


 魏邈がそう告げると幹部達は拱手した。


「まず、焔安の防衛だが、黄蒙、劉盤(りゅうばん)劉雀(りゅうじゃく)。防衛に徹し、決して打って出るな。兵の管理と兵糧の管理を怠らず、小さな事でもすぐに私か陛下へ報告せよ」


「御意!!」


 名前を呼ばれた3人の男が拱手して返事をした。


「神髪瞬花捕縛は、薄全曹、孟秦、董韓世の上位幹部3名。張兼(ちょうけん)は青龍山脈の董韓世と交代。董韓世が神髪瞬花捕縛任務遂行中の留守を守れ。恐らく神髪瞬花は龍武と鼎の国境付近に潜伏しているものと思われる。万が一龍武や鼎の兵に遭遇した場合、1人残らず始末せよ」


「心得ました!」


「公孫麗!」


「はっ!」


「お前は焔安に残り斥候部隊の統率と各方面への連絡網を確保せよ」


「……御意」


 公孫麗は他の幹部達とは違い不快そうな顔をしていたが青幻がいる手前渋々拱手し返事をした。


「馬香蘭。お前は陛下からのご命令通り、多綺響音の元へ迎え。首を持って来るまで焔安に入る事は許さん」


「御意御意ー」


 1人だけまだ名前を呼ばれていない幹部がいた。部屋の後ろの席で顔に包帯を巻いている見るからに大怪我をしている男だ。目元と口元しか見えず遠目からでは誰なのかさえ分からない。


「魏宰相。私への命令は?」


程突(ていとつ)か。お前は北方の江陽(こうよう)を守っておれ」


 魏邈は程突に対して明らかに適当な指示を出した。すると程突は両手で机を叩き立ち上がった。


「何故私を戦線からお外しになるのか? 今は幹部も人手が足りないと言っていたばかりではないか!」


 青幻は黙って程突と魏邈を見ていた。他の幹部達は我関せずという態度で正面を向いたまま黙って座っている。馬香蘭だけが振り返り程突の様子を興味深そうにチラチラと見ていた。

 程突の激昂にも魏邈は鼻で笑って答えた。


「程突、お前はよくその面でそんな事が言えたな? 任務もまともにこなせない死に損ないが、たまたま生きて帰ったからと言って、今まで通りの待遇があると思ったら大間違いだぞ?」


「私は敵将校を1人戦線から外しました」


「たったの1人だ。帝都軍はすぐに木曽を入れて対処してきた。つまり、その1人の離脱に殆ど意味は無い。結果的にこちらは負けたのだからな。罰を与えられぬだけでも有難く思ってもらいたいものだ。陛下のご好意がなければ私はお前を幹部から外していたぞ、程突」


 程突は歯を食いしばり必死に怒りを抑えているようだったが、他の幹部達と同じように拱手した。だが、その拱手の相手は魏邈ではなく、青幻だった。

 魏邈がそれに気付いたのかどうか分からないが一通りの話はこれで纏まった。

 青幻が細かい話を付け加えると幹部達は各々退出して行った。


「魏邈、少し言い方がキツくはないですか? 幹部達がいずれあなたの言う事を聞かなくなりますよ?」


 青幻が(たしな)めると魏邈は笑った。


「馬鹿な。私の言う事を聞かない者など切り捨てればいいだけの事。奴らはたいして有能なわけでもないのです。それに、程突1人くらいなら替えの候補もいるではありませんか」


「……そうですか」


 青幻は魏邈の傲慢さが嫌いだった。しかし、従兄弟であり、有能な政治家でもあり、軍事にも精通していた為あまり多くは言わなかった。


「ところで」


 魏邈が辺りを気にしながら小声で切り出した。


「学園に潜り込ませているあの男(・・・)。もう少し学園内での力がないと使い物になりませんぞ。陛下」


「ああ。それは私も考えていました。それに彼は少し自分の感情を優先するところがあります。私の方から改善を促します」


 青幻はそう言うと部屋の扉へ向かった。


「不要なら始末して別の人間を使うべきでは?」


 魏邈の言葉に青幻は扉の所でピタリと止まった。振り返ると魏邈が車椅子ごとこちらを向いて厳しい表情をしていた。


「彼はあれでも武術は幹部達と同等、いやもしかしたらそれ以上です。それに、不要かどうかは私が決めます」


 青幻は魏邈を一瞥すると部屋を出た。

 魏邈の表情が一瞬強ばったのが目に焼き付いた。


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