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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
蒼幻の章《護衛任務編》
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第34話~散りゆく将星~

 薄全曹(はくぜんそう)は刀を鞘に納め馬を降りた。そして、素手で構える久壽居(くすい)に向かって走って来た。

 体術使いである久壽居に対して、わざわざ素手で戦おうと言うのだ。

 薄全曹の手刀が久壽居の身体を狙う。すかさず手で捌き正拳を見舞う。その正拳は払われ、また薄全曹の手刀が振り下ろされる。

 捌いては打ち込み、捌かれ打ち込まれる。お互いの拳と手刀の空を割く音と腕がぶつかる音が久壽居の耳に絶えず響いていた。

 お互いまだ一撃も浴びせられていない。

 久壽居が蹴りを放てば薄全曹は同じく蹴りを放つ。久壽居の拳や蹴りの威力は並の人間なら肉が裂け、骨が砕けて即死する程の威力だ。その1発1発が薄全曹には直撃していないにせよ全く効いていない。捌くにも相当の力が必要な筈なのだが、薄全曹は無表情で呼吸も乱さず汗すら流さない。ただその鋭い眼光が久壽居の攻撃を確実に見切っている。

 久壽居は薄全曹の手刀を払わず掴み、そのまま薄全曹の背後に周り込み肩を締めようとした。しかし、薄全曹は自由な方の肘を上手く身体を回転させながら久壽居の腹に入れた。ダメージこそなかったが、僅かに薄全曹の腕を放してしまい逃れられた。


「甘いわ」


 薄全曹は全て読んでいたかのように久壽居の拳を躱し逆に両腕で掴み、その腕を軸に前転。その勢いで久壽居の顔面に踵を入れた。

 猛烈な痛みが鼻に突き刺さり、ついに久壽居は後ろに倒れた。

 鼻が折れたのか大量の血がドロドロと垂れてきた。

 薄全曹は何故か攻撃をやめ、久壽居の様子を窺っていた。


「追い討ちを掛けないとは甘いですね。薄全曹殿」


 久壽居は両手で鼻の骨を無理矢理元に戻しながら言った。


「お主こそ、『神技(しんぎ)』を使わずに儂に勝てると思っているとは、甘いな」


「神技ね……私の神技は割天風(かつてんぷう)先生以外誰にも見せた事はありません。出来れば敵には見せたくない」


「なるほど。出し惜しみか。今使わぬのなら永遠に使う機会はなかろうな。……確かお主、かつて学園の最高序列は3位だったな」


「そうですが」


 薄全曹の質問に久壽居は首を傾げた。鼻からの血は先程よりは収まってきていたがまだぽたぽたと地面に落ちている。


蒼国(そうこく)の幹部にも『序列』というものがあってな、下位、中位、上位全ての幹部に序列がある。これはお主らの学園を意識したものかもしれん」


「ほう、興味深いですね。確か蒼国の幹部は13人。そのうち何人か減ってるはずだから大体10人くらいですか? そうなると、蒼国序列1位となる人物が気になるところですな」


 久壽居が言うと薄全曹は口元だけで笑った。


「儂が序列1位なのだよ。久壽居朱雀(くすいすざく)


 その刹那、薄全曹は今までとは比べ物にならない速さで久壽居に接近し頭に蹴りを放った。久壽居は避けられずもろに食らったが踏ん張り次々と攻撃を続ける薄全曹の身体に1発だけ拳を入れた。しかし、薄全曹は僅かに怯んだだけで攻撃はやまず激しい猛攻が続いた。流石の久壽居も躱したり防いだりする事で精一杯で薄全曹に有効打を入れられない。


『神技を使わなければ負ける』


 久壽居は薄全曹の猛攻を防ぎながら密かに機会を窺った。





 最前線で戦っていた木曽(きそ)が死んだ。

 水主村(かこむら)の目の前で孟秦(もうしん)に斬り殺され地面に倒れた。孟秦の大きな刀で具足ごと切り裂かれ、噴水のように血飛沫を上げて馬から落ちた。

 水主村は無我夢中で孟秦に単騎で突っ込んだ。

 既に木曽戦死の動揺は部隊全体に広がり戦場は混乱を極めた。孟秦の軍も大分兵力は減り士気も下がっていた。それでもまだ孟秦の兵力の方が上だ。

 水主村にとって、いや、今この戦線に参加している将校達にとって、木曽は久壽居よりも古くから帝都軍に所属し、育ててくれた恩師だ。その木曽が国家を騙った逆賊の手先に殺されたのだ。

 水主村の中に仇討ちしかなくなった。とにかく目の前の男を殺す。

 水主村は孟秦に槍を伸ばした。心臓を狙ったが孟秦は馬上で仰け反るように躱された。お互い擦れ違ってまた向き直った。このまま孟秦に手傷の1つでも追わせられれば……。そう思ったが次第に水主村の周りには敵兵が集まって来て一騎討ちを阻むように槍が何本も襲って来た。


「おのれ! 賊軍如きが我ら官軍の邪魔をするな!! 戦うのだ!! 勇敢なる帝都軍の兵士達よ!! 木曽将軍の仇を討て!!」


 水主村は馬上で槍を振り回し近くにまばらに見受けられる帝都軍の兵士達に叫んだ。

 その声に呼応して味方の兵士達も声を上げた。しかし、その間にも敵兵の槍は幾度となく水主村を襲う。数回は躱したが次第に躱し切れず身体を掠り、そして、数本が身体を貫いた。

 激痛。急所は外れているが血が傷口から溢れている。


「おのれ! 孟秦! 私と戦え!!」


 水主村は血を吐きながら叫び、群がる敵兵を突き殺す。

 だが孟秦は水主村が傷を負ったのを確認すると水主村から離れて行き、やがて兵士達の間に紛れ見えなくなってしまった。


「私と……戦わぬというのか!!」


 せめて1突き入れてやりたかった。しかし、突かれるのは己の身体。次から次へと敵兵の槍が水主村の身体を貫いていく。

 水主村は叫んだ。そして槍を振り回した。1人でも多くの敵を殺さねばならない。

 その時、敵兵の動きが変わった。目の前の兵士達は水主村を放ったらかして別の方向へ走って行った。

 水主村の身体は血塗れだ。乗っている馬も真っ赤になっていた。


「嗚呼、ようやくか……」


 水主村が敵兵の向かった方向に目をやると、そこには士気の高い勇敢なる帝都軍の騎馬隊が物凄い勢いで敵を蹴散らしこちらに向かって来た。その数およそ3万。

 味方の馬蹄と喊声が心強く水主村の耳に届いた。


「水主村将校!!」


「孟秦を逃がすな!! 一気に叩き潰せ!!」


 (そよぎ)十亀(とがめ)が先頭で敵を薙ぎ倒しながら近付いてくる。水主村の周りから迎撃に向かった敵兵は皆あっという間に蹴散らされた。

 敗走していく敵。

 水主村は最後の力を振り絞り横を通り過ぎる敵兵を突き殺した。

 敵は散り散りになっている。

 周りには兵達の死体だけになった。

 梵と十亀が駆けて来た。


「水主村将校!」


「酷い怪我だ。すぐに手当を」


 梵と十亀は馬を降りた。

 水主村は2人に手を翳して微笑んだ。


「ようやく……勝ったな」


 それだけ言うと、水主村は馬から落ちた。

 死とはあまりにもあっけないものだ。

 もう何も見えない。何も聴こえない。





《数分前》


 久壽居の顔は血塗れだった。

 薄全曹と対峙する事すでに30分。こちらだけダメージを負うが薄全曹には大したダメージを与えられずにいた。

 薄全曹は久壽居の眼を見ていた。その瞳には温かさが感じられない。冷酷な殺戮者のそれだ。


「学園の力も大した事がないようだな」


 薄全曹はポツリと呟くように言うと腰の刀を抜いた。かなり年季の入った刀だ。


「まだ体術での決着は付いていませんよ? 薄全曹殿」


「付いたさ。これ以上やっても無駄だ。お主は儂には勝てん」


 薄全曹は刀を抜いたが構えない。脱力して見えるが隙がない。これで構えているのだ。

 神技を使うか。

 久壽居は周りを見回した。劣勢。兵力差が次第に顕著に戦の勝敗に響いてきていた。

 久壽居はまた構えた。薄全曹は構えない。

 砂塵が久壽居と薄全曹の前を遮った。

 久壽居は目を凝らした。

 砂塵が晴れた、そう認識した時には薄全曹は目の前にいた。刀が水平に振られた。久壽居はギリギリ後ろに跳んで躱した。が、僅かに胸を斬られ血が出た。久壽居は薄全曹から距離を取った。薄全曹はまた斬り掛かってきた。


「終わりだ! 小僧!」


 薄全曹が久壽居の手前で刀を振り上げた瞬間、久壽居は足元に拳を突き立てた。

 地面は拳が突っ込んだ衝撃で抉れ、土塊(つちくれ)が宙を舞った。そして地面は薄全曹のいる方へ陥没の連鎖が続き、久壽居の拳が刺さっている地面から一直線に衝撃が伝わった。


「なに!?」


 薄全曹は足元が突然崩れたので僅かにバランスを崩し、足元に気を取られた。


「やっと隙を作れました」


 微かに前傾姿勢で転び掛けている薄全曹の腹に久壽居の渾身の拳がめり込んだ。


大山鳴動拳(たいざんめいどうけん)崩山業破(ほうざんごうは)


 しかし────久壽居の拳がめり込んだ薄全曹の腹の辺りからは何故か稲妻の様なものが見えた。そして、久壽居の巨体も薄全曹と反発する様にお互い後方に吹き飛んだ。

 薄全曹の身体は数メートル吹き飛んで地面を弾みながら転がっていった。久壽居の「崩山業破」の威力で薄全曹の吹き飛んでいった方向の地面は見事に10メール程抉れていた。

 久壽居は違和感を感じ拳を見た。

 今薄全曹を殴った拳は火傷したように焼け爛れていた。


「電気……まさか、奴も神技を……」


 久壽居が1つの疑念に眉間に皺を寄せていると、突然辺りの様子が変わったので久壽居は辺りを見回した。薄全曹の兵達が逃げ始めているようだ。それに帝都軍の騎兵隊が波のように押し寄せて来ているのも目に入った。どうやら援軍が到着したようだ。

 久壽居は薄全曹が吹き飛んでいった方を見た。土煙ではっきりと薄全曹の姿は見えなかったが、次第に土煙が晴れ、人影が見えた。

 だが、久壽居は自分の目を疑った。薄全曹がいつの間に馬に跨っているのだ。


「どうやら潮時の様だな。まあ良い。お主の神技の力も見る事が出来たしな」


「何だと?」


 久壽居が1歩前へ踏み出すと、薄全曹は刀を空高く振り上げ退却と叫んだ。そしてそのまま久壽居に背を向けると辺りの兵士達と合流して潔く退いて行った。

 久壽居はしばらくの間、薄全曹の後ろ姿を見ていた。そして、呼吸を整えながら辺りを見回すと薄全曹の兵達と帝都軍の兵達の死体が夥しい数転がっている光景が目に入った。

 久壽居は頭を抱えて首を振った。

 まともに戦えば兵力差でこちらが勝っていた筈だ。何故こんなに味方が死んでいるのか。

 久壽居が言葉を失っていると、背後から久壽居の名前を呼ぶ兵達の声が聴こえた。


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