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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
蒼幻の章《護衛任務編》
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第30話~早朝の強襲~

 辺りは暗闇と静寂に包まれていた。

 昨日まで降っていた雨で若干地面がぬかるんでいるようで響華(きょうか)が地面を蹴る度に泥が飛び跳ねカンナの脚に飛んできた。

 響華には鳥籠が固定されており、その中には茉里(まつり)に渡された伝書鷹の滝夜叉丸が入っている。

 カンナの後ろには、念の為に宝生(ほうしょう)から就けられた騎兵が1人、槍を持って就いて来ていた。その騎兵の馬には、兵糧庫を燃やす為の油の入った水筒の様な容器がいくつもぶら下げられていた。雨の影響で火が点かない事も予想された為、油の量も多めにしてあった。

 響音(ことね)はいつも通り自分の脚で響華を先導して走っている。響音はまだ余力を残しているようで、カンナを先導するという仕事がなければもっと早く進めそうだった。


「響音さん! 大丈夫ですか? もう30分はそのペースで走ってますけど」


 カンナは帝都軍の本営を出てから休むことなく走り続けている響音を気遣って声を掛けた。


「まだ30分しか走ってないんだよ。あたしはね、今のペースなら2、3時間は歩いてるのと変わらないくらいしか疲れを感じない。最速で走れば5分も持たないけどね」


「ほんと、『神技(しんぎ)』って凄いですね。私も何か持ってないのかなぁ」


「はっ、カンナは『篝氣功掌(かがりここうしょう)』があるでしょ? それに加えてさらに神技なんて持ってたらあたしは神を恨むわよ」


 響音は全く息を切らさずに笑いながら言った。後頭部で結いた茶髪の髪と丈の短い着物が風に靡いている。

 そんな話を挟みつつ、途中響華を休ませる為に何度か休憩を挟んだ。すると、騎兵の男が馬を降りカンナと響音に近付いて来た。


「驚きました。噂には聞いていましたが、多綺(たき)さんの走りはまさに神業(かみわざ)ですね。馬なんかより断然早い」


「まあね。あたしにはこれくらいしか取り柄はないけどね」


 響音は本営を出る前に驚く程食事をしていたのに、また持参した干し肉をかじりながら言った。


「羨ましいですよ。俺なんて何もないですからね。澄川(すみかわ)さんだって、篝氣功掌っていう伝説の体術使いなんですよね? 俺は軍人なのに、情けないです」


 兵士の男は溜息を吐いて座り込んだ。

 すると響音がその男の方に目をやった。


「あんたさ、まだ若いんだからくよくよしないでよ。見たところ、まだ新人みたいだけどさ、帝都軍に入隊出来たってだけであたしは凄いことだと思うけどね。帝都軍に入りたくても入れないって奴らは星の数程いるのよ?」


「まあ……そうですけど」


「ほら、干し肉あげるから、元気出しなさいよ! 今は任務中よ。落ち込んでる場合じゃないわ」


 響音は男に懐に忍ばせていた干し肉を渡した。


「あ、ありがとうございます」


「あんた、名前は?」


田噛(たがみ)と言います」


「田噛、あんた何で帝都軍に入ったのよ?」


 田噛は響音に渡された干し肉を握ったまま俯いた。


「俺は孤児です。青幻の野郎の勢力拡大に伴い全てを失いました。両親と弟がいましたが青幻(せいげん)の部下に殺され……運が良いのか悪いのか俺だけが生き残った。でも、俺は家族が殺された時、何も出来なかった。悔しくて、悔しくて……だから、強くなりたくて帝都軍に入ったんです」


 同じだ。カンナも孤児でたまたま行き着いたのが学園だった。田噛の境遇に共感しカンナも俯いた。


「ならカンナ達と同じね。今学園にいる生徒達はみんな強くなりたくて集まったの。大切なものを守りたくてそこにいる。それが、学園か帝都軍か。いる場所が違うだけで志は同じ。理不尽な青幻や我羅道邪(がらどうじゃ)の好きにさせてはおけない。だからみんな強くなりたいと思った。あんたはあたし達と同じく逃げなかった。そうでしょ?」


 響音の話に田噛は頷いた。


「なら、あんたも強くなれるよ。あたしもカンナも強くなりたくて努力した。神技はおまけみたいなものだったけど、それがなくても、あたしは誰にも負けないくらい武術を磨いてきたのよ。あんたも、くよくよしてる暇があったら精進しなさいよ」


 響音の言葉は力強く、そして優しかった。


「はい! 多綺さん! 俺、頑張ります!」


 田噛は立ち上がって干し肉をバリバリ食べ始めた。


「いい食べっぷりね。あたしが懐で温めといたから美味しいでしょ?」


 響音は冗談を言いながら白い八重歯を見せて微笑んだ。カンナもその光景を見てクスリと笑った。


 しばらく休憩した後、また響音の先導の下カンナと田噛は兵糧庫へ向かいひた走った。


 そして夜が明けた頃、カンナ達は青幻の軍の兵糧庫がある杔凌高(たくりょうこう)に到着した。カンナ、響音、田噛の3人は近くの林に身を潜め、兵糧庫の周辺の様子を窺った。警備の兵はやはり多く、パッと見たところ死角がない。カンナにはどうやって兵糧庫に侵入し、火を放つのか思い付かなかった。

 響音は近くの木の葉っぱを指で弾いたり、幹に触れたりして何かを確かめている。


「どうするんですか? 響音さん」


 カンナが聞くと、響音は兵糧庫の方を指さした。その指の先にカンナと田噛は視線をやった。


「なるべく見付からない方がいいからね。あたしが先行して入口の見張り2人と櫓の上の見張り2人を始末する。そしたら合図と共に中に入って近くの物陰に隠れて。その間に今度はあたしが兵糧庫の反対側の倉庫に火を点ける。そうすれば奴らは火の手の上がった方に兵を集める。その隙にカンナと田噛は隠れてた場所から1番近くの倉庫に油を撒き火を点けなさい。マッチと油は大丈夫よね? どうやら心配したほど湿気ってはいないわ」


 なるほど、先程の響音の行動は周辺の湿り具合を確認していたのか。カンナは感心して頷いた。


「はい、大丈夫です……けど、その作戦でいくと、響音さんの方で見張りの兵士達のほとんどを相手にすることになりますよね? パット見ただけでも200人はいそうですけど……響音さんは大丈夫なんですか?」


 カンナが心配して聞くと響音は鼻で笑った。


「大丈夫じゃなかったらこんな作戦立てないわ。敵は青幻の兵と言えど所詮は兵卒。あたしの神速(しんそく)が捉えられるものですか」


 響音は自身に満ちた顔でカンナを見た。そしてその隣の田噛にも目をやった。


「ま、田噛もカンナが一緒なら大丈夫か。あんまりカンナの足を引っ張らないでよ」


 響音はそう言いながらウインクすると早速その場から消えてしまった。


「え!? もう行っちゃったよ!? もう少し作戦を詳しく話し合ったりしないのかなぁ!? 心の準備もまだなのに」


 カンナは頭を抱えながら田噛の顔を見た。


「いや、流石にトイレとかじゃないですか? 何も言わずに作戦突入とか有り得ないでしょ?」


 田噛は苦笑いしながら兵糧庫の方を見た。カンナは不安を顔に表しながら同じく兵糧庫の方を見た。

すると、兵糧庫の入口の所で突然見張りの兵士が次々と倒れ始めた。


「マジかよ!? ほんとにもうおっぱじめやがった!? ど、どうします? 澄川さん?」


 田噛が青ざめた顔でカンナを見た。


「どうするって、行くしかないでしょ! ……もう!」


 カンナは田噛を置いて林から駆け出した。


「うわ! ちょっと! 澄川さん!!」


 田噛は槍を持って急いでカンナの後に続いた。

 籠に入った滝夜叉丸と響華、そして田噛の乗って来た馬は林の中で走って行くカンナと田噛の後ろ姿を大人しく見守っていた。



****


 伝書鷹の滝夜叉丸が本営に飛んで来たのは日が昇ってまだ2時間しか経たない頃だった。

 滝夜叉丸の脚に付けられた小さな紙には若い女の書くような丸みを帯びた文字で作戦成功が記されていた。

 久壽居(くすい)はすぐに宝生の幕舎へ報告に行った。宝生もあまりにも早い吉報に驚いた様子だったが、あくまでも焦らず、冷静に返事をした。


「いやはや、本当に多綺響音や澄川カンナが敵でなくて良かったな。よし、久壽居。木曽(きそ)も呼び3人で薄全曹(はくぜんそう)孟秦(もうしん)の動きを見物しようではないか」


 宝生が久壽居の肩をすれ違いざまにポンと叩いた。


「御意」


 久壽居は先に幕舎を出た宝生の後に続いた。宝生の隣にはピタリと八門衆の男が張り付いていた。以前学園に長らく在籍していた久壽居でさえ何者なのか分からない存在。流石の久壽居もその仮面を着けた男に不気味な気配を感じていた。



 (あかり)(そよぎ)と幕舎にいた。カンナ達の兵糧庫襲撃が成功したという報せは聞いたが、まだ薄全曹と孟秦に動きがないので梵も待機を命じられておりやる事がなく、頭の後ろで腕を組み、ベッドに寝転がって天井を眺めていた。

 梵は何かの本を読んでいて燈の相手をしてくれない。そんな梵の横顔を燈は時々天井から目を逸らして盗み見ていた。


「さっきからチラチラと僕の方を見てるけど、何か用? 火箸さん」


 流石軍人と言うべきか、本を読んでいても燈の視線には気付いていたようだ。


「別に……ただ、退屈だなーって」


「まあ、君の任務は僕の護衛。だから僕に危険が及ばない限り君はやる事がないもんね。でも、君が暇なことは僕にとっては良いことだよ」


「……そうだな」


 梵の大人な返答に燈は身体ごと梵から視線を逸らした。

 どうして自分はあんな弱そうな男が気になっているのだろうか。1対1で闘ったら負けるとは思えない。背の低い燈より少し大きいだけのチビ将校だ。カンナなんかよりも背は低い。おまけに髪は長めでパッと見は中性的。具足を着けてなければ女の子にしか見えない。そんな男らしさがこれっぽっちもない会ったばかりの男に何故今心を奪われているのだろう。

 そんなどう説明すればいいのか分からない謎の感情にモヤモヤしながら、燈の口からは無意識に言葉が漏れていた。


「なぁ、あんたさ、奥さんとか……いるのか?」


 言った瞬間、自分がとんでもない事を口走っている事に気付いたが、同時にもう手遅れな事にも気付いた。顔が燃えるように熱い。


「いや、奥さんどころか、彼女もいないよ。こんな仕事やってるとそんなもの作る暇もないよ。僕が守るべき者は蔭定村(いんていそん)にいる母親だけだ」


「蔭定村!?」


 その村の名前を聞き、燈は思わず飛び起き梵の方を見た。


「う、うん。僕の実家が蔭定村にあるんだ」


 梵は燈の過剰な反応に少し驚いた様子で少し首を傾げた。


「あたしも……蔭定村の生まれだ」


「え!? そうだったの!? それは奇遇だね!」


 梵は嬉しそうに笑顔で燈に言った。燈も嬉しくて何度も大きく頷いた。

 良く分からないが、『運命』というものがあるならもしかしたらこの事を言うのかもしれない。たまたま出会った気になる男がまさかの同郷。燈は胸が熱くなるのを感じた。


「蔭定村の桜は綺麗だよね。僕も母も春になるとあの桜並木を歩くのが好きだったんだ」


 梵は満面の笑みで燈に蔭定村の思い出を話した。


 ──笑顔がとても可愛い──


「そうだな、確かにあの桜並木は息を呑む美しさがある」


 正直燈には花が綺麗だとかそういう事は興味がない。けれど、そんな花なんかよりも確実に梵という男の笑顔が愛おしいと感じていた。


「そうだ、もしこの戦が終わって一段落したら……その、桜を見に行かないか? あ、あたしも久しぶりに見てみたいなぁ……なんて」


 柄にもない事を言っている事は百も承知だ。顔から火が出る程恥ずかしい。しかし、燈の口からは何故か思っている事がポロポロと零れ出てしまう。


「いいよ。僕も久しぶりに母の様子も見に行きたいと思っていたところだし」


 意外にも、梵の返事は明るいものだった。燈もこの時ばかりは自分の口の緩さを称賛した。


「や、約束だからな! 梵将校!」


「軍人に二言はないよ。火箸さん」


 燈はいつの間にか自分が笑顔になっている事に気付いた。なるほど、確かに響音が言っていたように自分は梵の事が好きになってしまったようだ。恋なんて初めてする。どうしたらいいか分からない。しかし、今は自分の気持ちに正直になっていればいい気がした。そして、この戦が終わるまで梵を守り抜けばいい。あまり難しくはないではないか。

 燈はあまりの嬉しさに、無邪気な笑顔をさらけ出していた。


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