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第3話~もう1人のツインテール~

 汗だくで息を切らした蔦浜(つたはま)は校舎の壁に寄り掛かって座っていた。その隣りでは同じく座りながら心配そうにキナが水の入ったペットボトルを渡していた。


「まったく、カンナちゃんも人が悪いよな。突然柚木(ゆずき)師範とペア代わってって言うんだもんな。おかげでヘトヘトだよ。ま、カンナちゃんの頼みなら全然ウェルカムだけどな」


「なんだよ蔦浜! お前、澄川(すみかわ)さんの言う事なら何でも聞くみたいな言い方だな。私の言う事も聞けよな?」


 蔦浜がカンナに言った文句をキナが聞き捨てならぬと言わんばかりに拾って言った。


「ごめんてば、蔦浜君。代わりになんか1つお願い聞くから」


 カンナが申し訳なさそうな表情で両手を合わせると蔦浜の目が輝いた。


「何でもいいのがはっ!?」


 蔦浜が喋ろうとした瞬間にキナの拳が蔦浜の頬に炸裂して蔦浜はペットボトルを持ったまま吹き飛んだ。


「ちょっと(かかえ)さん!? いきなりどうしたの!?」


 カンナが心配して蔦浜に駆け寄るとキナは立ち上がった。


「蔦浜、お前今エロい事考えただろ?」


「はあ!? おまっ……何言ってんだよ!?」


 キナが腕を組んで蔦浜を睨み付けた。


「澄川さんも! 蔦浜に変な妄想させるような言い方やめてくださいよね!」


「変な妄想……って、蔦浜君、私に何お願いしようとしたの?」


「え!? いや、別に?? 何も思い付かないな……と、とりあえず、保留でいいかな?」


 蔦浜はキナに殴られた頬をさすりながら苦笑いした。とても今言えないような事を思い付いたに違いない。


「いいけど……」


「澄川さんにセクハラすんなよ! お前には私がいるって事を忘れるな」


 キナは微笑みながら蔦浜の肩をポンポンと叩いた。蔦浜は苦笑を続けた。


「それよりさ、光希(みつき)が帰ってこないんだけど」


 カンナが言うと蔦浜とキナは思い出したかのように2人とも口を開けた。


「そういや、柚木師範に言われて総帥の所に行ったっきり戻って来ないな。でもその内戻って来るよ。そんなに心配するなよ、カンナちゃん」


 蔦浜はキナに貰ったペットボトルの蓋を開けて水を飲みながら言った。


「……そうだね」


 カンナは小さく返事をした。


「カンナちゃんこの後は寮に戻るの? 良かったら3人で飯食わないか?」


「ああ……私は今日は帰る。光希が戻ってるかもしれないし。ごめんね、また誘って」


 カンナはまた申し訳なさそうに言うと厩舎(きゅうしゃ)から響華(きょうか)を連れ出し背中に飛び乗ると、蔦浜達の視線を感じながらも1人体特寮へ向かった。





 体特寮へ歩いていると1つの氣を感じた。その氣の持ち主は何故か気配を決して横の林の中をゆっくりと移動していた。

 重黒木(じゅうくろき)の側近の海崎(かいざき)の氣である事は篝気功掌(かがりきこうしょう)使いのカンナにはすぐに分かった。しかし、その目的は分からない。

 海崎の氣に気を取られていると、今度は前方から20人位の知らない氣を感じた。見ると馴染みのない出で立ちの男達が槍を装備し、軽装の甲冑を身に纏い騎馬でこちらに駆けて来た。

 先頭の男がカンナに気付き、20人の騎馬を止め1人駆け寄って来た。


「1つお尋ねしたいのだが、篁光希(たかむらみつき)という少女を知らないか?」


 恐らくその騎馬隊の隊長であろう男は高圧的な態度でカンナに尋ねてきた。


「私もその子を探しているところです。あなた方は?」


 カンナが不審そうに尋ねると男は突然背を向け隊に戻ってしまった。


「ちょっと!?」


「知らないのならお前に用はない。もし見付けたら教えてくれ。行くぞ!」


 それだけ言うと騎馬隊は体特寮とは反対の方へ駆け去っていった。

 並の氣ではなかった。特に隊長のような男はかなり出来る。恐らく、学園の下位序列の生徒達より強い。

 その時、海崎の氣が騎馬隊が駆け去った方へ動いたのが分かった。

 間違いなく、何かがある。それもかなり不穏な事だ。

 このまま海崎に就いて行きたいが、まずは光希を探す事が先だ。あの騎馬隊よりも先に見つけた方がいい。カンナは響華を体特寮へ向けて駆けさせた。





 派手な格好をした男は共の男2人と学園の敷地内の小高い丘で騎乗したまま辺りを見回していた。


「それにしても、無駄に広い学園だな。ユノティアの王宮と同じくらいの広さじゃないか、小賢しい」


 カステルは腕を組みながら悪態を吐いた。


「こうも広いと我々と親衛隊だけではかなり時間が掛かりますぞ、カステル王子」


 カステルの右隣の長身で綺麗な口髭を生やしたザジが言った。


「良い事を思い付きました」


 今度はカステルの左隣の顎鬚の長いエドルドが言った。


「なんだ? エドルド」


「この学園の生徒達に懸賞金をくれてやるのです。篁光希を見付けて我々に差し出した者には褒美をやると。まあ所詮は孤児の集まりだそうですから、ほんの少し渡してやれば良いでしょう。そこで歯向かえばその者は斬り捨ててしまえば宜しい」


 エドルドの提案にザジも頷いた。


「なるほど、確かに、餓鬼共に小遣いを渡してやると思えば何のことはないか。よし! エドルド。確か校舎の前に大きな掲示板があったな。そこに篁光希を捕まえた者にはこの国の通貨で100万くれてやると紙に書いて貼り出せ。そして、そのままお前は各寮を周りその事を生徒達に伝えろ。懸賞金の期限は明日のこの時間までだ。マルコム達には引き続き捜索を続けさせる」


「畏まりました。カステル王子」


 カステルの命令に不気味な笑みを浮かべてエドルドは1人馬で駆けて行った。





 光希は走った。オレンジ色のツインテールが靡いていた。

 思い出したくなかった過去が今まさに襲い掛かって来た。

 とにかく、カステル達から逃げなくてはならない。しかし、どこへ逃げると言うのか?学園から離れたくはない。カンナと離れたくないのだ。そうだ、カンナ。カンナに助けを求めよう。

 そう考えた時、光希はある事を思い出して立ち止まった。

 ザジとエドルドもいた。

 カステルがあの2人の側近を連れて来たという事は、邪魔者を力ずくで排除する為だろう。カステル含め”騎士殺人術(ロイヤルキリング)”の使い手はこの学園の下位生徒達より遥かに強い。カンナなら負ける事はないと思うが巻き込みたくは無い。となると、やはり自分でなんとかするしかない。


「ねえ、(たかむら)さん。さっきから1人で何をやっているの?」


 突然真横から声がした。


桜崎(さくらざき)……さん」


 ピンクの髪を光希と同じくツインテールにしている弓特の序列11位の少女、桜崎アリアだった。光希よりも2つ若い。

 アリアは外に出ている長椅子に腰掛け、ピンク色のソフトクリームをぺろぺろと舐めながら光希を見ていた。隣りには短い弓と矢筒が置いてある。授業の帰りのようだ。近くにアリアの馬だろうか、芦毛(あしげ)の馬が1頭草を食んでいた。

 光希はいつの間にか食堂の前にやって来ていたのだ。食堂にはアリア以外生徒はいない。


「ねえ? 大丈夫? 顔色悪いわよ?」


 アリアは光希の顔を凝視して言った。


「あ、うん。大丈夫」


 光希はカンナ以外と喋る事がほとんどないのでアリアの質問に短く答えただけで何を話せばいいのか分からず会話を終えてしまった。


「あ〜あ、あんたってホントオドオドしてて社交性ゼロね〜。澄川さんとしか喋らない人生ならいいかもしれないけど、そういうわけにもいかないと思うよー」


 アリアは若干馬鹿にしたように言った。


「私もさぁ、お姉ちゃんだけいればいいと思ってたけどさ、死んじゃったからねー。気付いたら友達なんていなかったのよね。やんなっちゃうわよ。あんたもそうでしょ? 周防(すおう)さん……だっけ? あの人いなくなってから1人になったんじゃないの? 澄川さんは別にしてね」


 アリアはソフトクリームを美味しそうに舐めながら光希を横目に言った。どこか寂しそうである。

 アリアの姉のマリアは2年前の学園戦争でどこからともなく湧いた謎の部隊によって殺されていた。アリアはマリアに依存していた。故にマリアが死んだ時はそれを受け入れられずかなり荒れていた。

 光希も同じだった。姉のように慕っていた水音が死んで頼る人がいなくなった。友達もいなかったので1人になるはずだった。しかし、カンナだけはずっと一緒にいてくれた。だから今まで水音の死に心を押し潰されずに生きてこれた。


「ま、いいや、あんた暇ならちょっと付き合いなさいよ。ほら、アイス奢ってあげるわよ。今の時期、桜味が期間限定で出てるんだって」


「……桜味? 何それ?」


「食べれば分かるわよ! ほら、こっち来なさいよ! 私が奢ってあげるって言ってるんだからさっさとしなさい!」


 アリアは光希のオドオドした様子に苛立ったのか頬を膨らませ、長椅子の空いてる席を叩いた。


「あの、ごめん……私、暇なわけじゃ」


「はあ!? 私の誘いを断るの!? 信じられない!! じゃあ何の用事があるのよ!? 本当に用事があるのか一緒に行って確かめさせてもらうわ! 嘘だったら承知しないんだからね!」


「えぇ……」


 面倒くさい人に捕まった。きっとアリアは暇なんだろう。光希は頭を掻きながらどうしたものかと思考を巡らせた。

 アリアは桜味のソフトクリームを口の中に放り込むとすっと立ち上がって光希に近付いて来た。


「さ! 早く行きましょ? で、どこに行くの?」


 アリアは光希の顔を覗き込みニヤリと笑った。光希は思わず顔を背けてしまった。

 その時、数騎の馬蹄が2人の耳に入った。

 光希とアリアがその馬蹄のする方を見ると4騎の槍騎兵がこちらを見て止まった。

 光希はその姿にはっとした。


────カステルの親衛隊!!?────


「ツインテールの女と聞いていたが……なんだ、どちらもツインテールじゃないか。これでは分からんな」


「オレンジかピンクか……」


「構わん、2人とも捕らえて、まずはマルコム隊長にご確認頂こう」


 親衛隊の男達はそう言うとこちらに馬を向け近付いて来た。

 光希は身構えた。4人。1人なら倒せるだろうが4人となると流石の光希でも危うい。割天風(かつてんぷう)鵜籠(うごもり)の暗殺部隊とは質が違うのだ。


「なんだ、用事ってこれかー。面白そうじゃない」


 隣りのアリアは何故だか嬉しそうに笑い、弓と矢筒を手に取り、光希の前に背を向けて立った。

 ピンクのツインテールが風に靡いた。

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