第27話~証明された潔白~
一瞬部屋の外が騒がしくなった。
「多綺響音が裏切った」という声も聴こえてきた。
カンナは何事かと思いすぐに部屋から飛び出した。すっかり夜も更けて、松明の火が暗闇の本営内を照らしていた。辺りには何人もの兵士達があたふたと走り回っていた。
「あの! 何があったのですか?」
カンナは横を走っていた1人の兵士を捕まえて聞いた。
「我々もよく分からないのです。盛満殿の叫び声が聴こえたので慌てて捜索しているのですが……」
盛満。カンナはその名前を聞いて不快に思い目を伏せた。
すると、別の兵士達の集団が槍を持って怪我人用の幕舎の方へ走って行った。
只事ではない。敵襲か。そう思っているとすぐに押領司が兵士達に槍を突き付けられて暴れながら宝生の部屋の方へ連れて行かれた。
カンナが捕まえた兵士もその押領司を連れて行く兵士達の元へ走って行ったのでカンナも後を追おうとした。
「澄川さん、お待ちください」
振り返るとまた別の2人の兵士がいた。
「何でしょうか?」
「あなたはしばらく部屋で待機していてください。宝生将軍のご命令です」
カンナがこの騒ぎのことを聞いたが教えてはくれず、兵士に促されるまま部屋に戻った。
20分程してまた兵士がカンナの部屋にやって来た。今度は宝生の部屋に連れて行かれた。
宝生の部屋に入るとそこには宝生と震ではない八門衆の男、そして、響音がいた。
「あ! 響音さん! さっきの騒ぎは何だったんですか?」
カンナが聞くと響音は八重歯を見せて微笑んだだ。
「澄川カンナ。お前の無実が証明されたぞ。辛い思いをさせてしまって済まなかったな」
椅子に座っていた宝生が立ち上がり謝罪した。
「え? 証拠が見つかったんですか?」
「ああ、多綺響音が盛満を吐かせてくれた。盛満も押領司も戦線から外し先程祇堂の牢獄に送った。もう奴らの顔も見たくなかろう」
「そうなんですか……でも、響音さん、どうやってあの男から証言を?」
カンナが首を傾げて聞くと響音はカンナから目を背けた。
「あなたは、知らない方がいいよ」
カンナはその答えが気になったが響音はそれ以上話すつもりはないらしく、部屋の出口に歩き始めた。
「あ、あの、響音さん。ありがとうございました!」
「いいのよ。このくらい。あたしはお腹減ったから食事してくるわ。これからのことは、宝生将軍から聞きなさい」
そう言うと響音は部屋を後にした。
「お前の今後の任務だが、大変な目に遭わせてしまい、任務が続行出来る心境ではないだろう。今回は学園に帰還することを認める。明日の朝に荷物をまとめて」
「そんな! 私は大丈夫です! 疑いが晴れたならそれでいいです! ちゃんと皆と任務を最後までやり遂げたいです!」
宝生が言い終わる前にカンナは言った。
宝生がカンナの目を見た。
「そうか。分かった。ならばお前に与える任務を検討する。今夜はとりあえず休め」
「分かりました。ありがとうございます……あの……」
「まだ何かあるのか?」
「押領司上級将校を襲った暗殺者の程突という男はまだ見つからないのでしょうか?」
カンナの問に宝生は腕を組んで溜息を漏らした。
「ああ。残念ながら取り逃した。また襲ってくるかもしれん。他の生徒達にも警戒するよう言ってある」
「そうですか……必要なら私もお使いください。では、失礼します」
カンナは頭を下げると宝生の部屋を出た。
すぐにカンナは響音を探した。
ふと、美味しそうな匂いがしてきた。響音が食事をすると言っていたのでカンナはその匂いのする方へ言ってみた。
「響音さん……」
カンナはいい匂いのする幕舎を覗いた。
「なんだカンナか。何か用?」
響音は左手で鳥のもも肉にかぶり付きむしゃむしゃと食べていたかと思うと食べ終わった肉の骨を皿の上に放り投げ、盃に並々注がれていた酒を豪快に飲み干した。そしてまた、肉に手を伸ばし口に運んだ。 カンナよりも食事に夢中なようだ。
カンナは響音が食事をする席の向かいに座った。
「美味しそうに食べますね。響音さんて大食いでしたっけ?」
「大食い? 別に普通でしょ? カンナも食べる? タダ飯だよ」
響音が料理の乗った皿を差し出してくれた。確かに実質無料だが、これは兵糧である。軍人以外がそんなに食べてしまっていいのかと思ったが、ちゃんと給仕の兵士が作っているので勝手に食べてるわけではなさそうだ。
「それじゃあ、頂きます。実は私昨日の夜から何も食べてないんです」
「そりゃ食欲なんてないわよね。給仕ー! 酒追加! カンナも飲むでしょ?」
「あ、いや、私、お酒は……ほら、いつ敵が襲ってくるか分からないし」
「なんだ、つまんないの。ごめん給仕! お茶持って来て」
響音は注文するとまた肉を貪り食い始めた。
「ごめんなさい。お料理は頂きます」
カンナは響音が先程から美味しそうに食べている鳥のもも肉を手で取り1口かじった。
「ん~! 美味しい~!」
カンナは1日ぶりの食事を満面の笑みで食べ始めた。
「やけに機嫌が良さそうだね。もしかして、疑いが晴れたのかい?」
料理とお茶を運んで来た給仕の兵士が言った。
「あ、はい。響音さんが疑いを晴らしてくれたんです。あ……あの、昼間は部屋まで食事運んでもらったのに食べなくてごめんなさい」
「いいんだよ、変な疑い掛けられてりゃ食事も喉を通らんでしょ。あれはあの後俺が食べたから無駄にもなってないしな。さ、今夜はたくさん食べてくれ」
給仕の兵士は愛想よく微笑み、食卓に美味しそうに湯げの立ったご飯に野菜炒め、そして、味噌汁を置いた。
「ありがとうございます!」
カンナは肉を食べ終わると丁寧に骨を皿の上に置き、野菜炒めに箸を伸ばした。
カンナが次から次へと箸を進めていると響音の視線を感じた。
「ん? どうしました? 響音さん。私の顔に何か付いてますか?」
「いや、やっぱりカンナは可愛なと思って」
「な!? いきなり何言い出すんですか!? もしかして響音さん、酔ってます?」
響音の顔がほのかに赤みがかっているのでカンナは酔っ払いの対応の面倒くささを思い出し苦笑いした。
「あたしがこれっぽっちの酒で酔うわけないだろ。にしても、カンナとこうやって食事するの初めてだね」
「そうですね! こんな機会があるなんて私嬉しいですよ」
「カンナ……やっぱり今夜添い寝してあげるよ」
「やっぱり酔ってますよね?? 響音さん!?」
響音が意地悪く微笑むと声を上げて笑い出した。カンナもそれに連られて笑った。
その時、幕舎の入口から誰かが顔を出した。
「あ! カンナ! こんなところにいた! ん……あれ!? 多綺!?」
真っ赤なエナメル革のコートを着た燈が響音の顔を見て驚きながら幕舎の中に入って来た。
「燈か。相変わらずチビで騒々しいな」
「うるせーよ! ま、それは置いといて、カンナ、聞いたぜ? お前の無実が証明されたんだってな! 良かったな!」
燈はカンナと響音の食卓に両手を付き嬉しそうに言った。
「うん、誤解が解けて本当に良かった。これで私だけ学園に帰るなんてことがなくなって一安心だよ……全ては響音さんのお陰」
カンナが微笑み響音を見ると響音は照れ臭そうに肉を咥えたまま顔を背けた。
「ん? 多綺が変態将校達を吐かせたのか?」
燈が首を傾げて言った。
「そんな事はもうどうだっていいだろ。せっかくだから、あんたも飲みなさいよ。燈」
響音は左手で空いてる盃を燈の前に置いた。カンナは慌ててそれを引っ込めた。
「駄目ですよ! 響音さん! 燈はまだ護衛任務中なんですから!」
「ああ、それなんだけど……」
燈は急にシュンとして一時的に護衛任務が解かれた旨を話した。
「そうなんだ。それで私の様子を見に来てくれたのね」
カンナは燈を隣に座らせ真剣に話を聞いた。響音はその間もずっと食べ続けていた。
「燈、あんたがそんなしょんぼりするなんてらしくないわね。もしかして、任務がなくなったってことよりも、梵将校に任務を外されたことがショックなんじゃないの?」
響音は食べ続けていながらしっかりと燈の話を理解していた。
「ちげーよ! あたしは」
「気になるのね。梵将校が」
燈が言い掛けたのを響音が遮った。
「え? そうなの? 燈」
カンナが燈の顔を見るとコートと同じく顔が真っ赤になっていた。
「そんなわけねーだろ!? あんな女の子見てーな弱そうな男!!」
「ま、あたしはどうでもいいけどね。燈が梵将校を好きだろうが嫌いだろうが関係ないもん。でも、あんたがそんな情けない顔してんのは気になるからやめてくれない?」
響音は冷たく言い放った。
「う、うるせー。ほっとけよ」
確かに燈がこんなに弱々しいのは珍しい。カンナは顎に手を当てて考えた。
「燈。梵将校の敵輸送隊の奇襲ってさ、私がやっちゃダメかな?」
カンナのとんでもない発言に響音は飲んでいた酒を吹き出した。燈も鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「どうしたのカンナ? 頭おかしくなったの?」
響音が心配そうな顔でカンナを見てきたが、カンナは至って真面目だった。
「梵将校は数少ない戦の指揮官でしょ? 詳しくは分からないけど、本営から指揮官が減るのは避けたい筈。その為に、私達学園の生徒を指揮官の暗殺対策に呼んだんだからね」
「そうだけど……軍人じゃないカンナが1人で行って勝てるわけないぜ? 輸送隊って言っても100人はいるだろうし、ただの雑魚ならともかく、青幻の部下なんだ。1人じゃ無理だ。第一、許可が下りるはずない」
燈の言うことはもっともだった。響音はようやく食べ終わったようで箸を置くとゆっくり口を開いた。
「輸送隊はおよそ100人。その中に幹部はいないが兵は手練ばかりだ。あたしが調査して来たから詳しく知ってる。襲撃するにはこちらも100人の兵がいる。それを宝生将軍がカンナのような民間人に指揮させることはない。でも」
響音は言葉を溜めた。
「でも?」
カンナと燈は響音の次の言葉を待った。
「輸送隊の襲撃ではなく、兵糧庫の襲撃なら数人で出来る。火を点ければ終わりだからね」
「本当ですか!? 響音さん!」
カンナは思わず身を乗り出した。
「あたしにいい考えがある。梵将校が出発する前に宝生将軍のところに行くわよ。来なさい! カンナ、燈」
響音は酒をさんざん飲んでいたのに少しもよろけたりせずにすくっと立ち上がり幕舎を出ようとした。
「あ! ま、待ってください! ご飯……」
カンナはまだ少し残っていた食事を燈に手伝わせ急いで平らげお茶で流し込んだ。
「ご馳走様でした! 美味しかったです!」
カンナは給仕の兵に挨拶をしながら律儀に食器を重ねた。燈はまだ肉を口いっぱいに入れてモグモグしている。
「もういい? 行くわよ?」
響音はカンナと燈が食べ終わったのを見ると先に部屋を出て行ってしまった。カンナと燈は響音の後を急いで追った。