表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
蒼幻の章《護衛任務編》
25/132

第25話~久壽居、軍議を開く~

 雨は夜には上がっていた。

 久壽居(くすい)木曽(きそ)の2人の将軍に召集を受けた下級将校の(そよぎ)と共に(あかり)は久壽居のいる幕舎にやって来た。

 久壽居の幕舎は梵達将校の幕舎から1キロ程先に進んだところにある。そこには既にそれぞれの護衛対象の将校と共に集まっていた後醍院茉里(ごだいいんまつり)四百苅奈南(しおかりななみ)、そして木曽の護衛をしている八門集の仮面の男の(しん)がいた。カンナの姿はない。

 梵と燈は久壽居と木曽に挨拶をした。


「お久しぶりです。久壽居さん!」


「おお、火箸(ひばし)。相変わらず元気そうだな。ああ、こちらは木曽将軍だ」


 久壽居が燈に木曽を紹介すると木曽は握手を求めてきたので燈はそれに応じた。

 帝都軍で指揮官の階級は、1番上が『将軍』、次が『上級将校』、そして『下級将校』となる。帝都軍総司令官の宝生(ほうしょう)は将軍であるが、久壽居や木曽の1つ上という位置になる。『将軍』は帝都軍内に10数名、以下将校クラスは100名以上いる。久壽居は2年前は下級将校だったが、その軍人としての実力からすでに将軍まで上り詰めたのだ。


「なるほど、護衛に来てくれた生徒達というのは皆女の子なのだな。これは、陣に華があって良い。兵達の士気も上がるというものだ」


 木曽は笑いながら燈達学園の生徒を見回した。木曽という男は、久壽居程ではないが、それに劣らぬ屈強な身体をしており、燈から見れば眼前に立ちはだかる岩壁のようなものだ。握手をした燈の手も赤子のように小さく見えとてもやり合ったら勝てる気がしない。


「ふん! 女が来たからってすぐに手を出す奴がいなけりゃ最高なのにな!」


 そんな木曽相手に燈は頭の後ろで腕を組んで皮肉を言った。


「火箸、木曽将軍に無礼だぞ!」


「構わんよ、彼女は軍人ではない。俺にどんな口を効こうが彼女の勝手だ。それに、彼女の言う事も間違いではない。軍人が女を襲うなど断じて許されぬ事だ。押領司(おうりょうじ)の件が事実なら、盛満(もりみつ)共々厳しく処罰を与える」


 先程まで笑っていた木曽は真剣な顔付で言い、幕舎の中の奥の椅子に腰掛けた。

 ふと、久壽居が燈の耳元に顔を寄せてきた。


「火箸。澄川(すみかわ)の件は俺も聞いた。その件に関してはある人物に任せてある。澄川のことが心配だろうが、今は自分達の任務を全うする事を優先してくれ」


「久壽居さんがそう言うなら従います」


 流石の燈も久壽居という武人の鑑の人格者の言う事は素直に聞き入れた。『ある人物』というのが気になったがそれを聞こうとする前に木曽が机の周りに将校達を呼び集めたので燈も梵の後ろに就いた。

 燈が隣を見ると茉里が護衛対象の将校からかなり離れた壁際で腕を組んで立っていた。その隣の奈南はしっかりと護衛対象の将校のすぐ後ろに就いているのに茉里の距離感は不自然である。


「おい、後醍院。お前まさか男嫌い発動中か?」


「昨日の澄川さんの事件があったんですもの、より一層男を警戒するのは当然の事。可哀想に澄川さん。護ろうとした相手に裏切られるなんて。わたくしは絶対に押領司という男と盛満を許しませんわよ」


 茉里の紅い瞳が憎悪に燃えていた。こうなると何を言っても聞かない。それこそ、カンナか茉里の師匠の美濃口鏡子(みのぐちきょうこ)くらいしか止める事は出来ない。


「おい、なにこそこそ喋ってる? 軍議を始める。紫の髪の子も机に寄りなさい」


 茉里は木曽の指示に不服そうな顔をしながらも机に近付いて来た。実際、ここで茉里が暴れたところで木曽や久壽居が簡単に止めるだろう。

 久壽居が立ったまま机の上の地図に指を指しながら説明を始めた。この場で座っているのは木曽だけだ。


「本日から木曽将軍がこの戦線に加わるので改めて状況の説明をする。今我々が戦っている部隊は、(そう)の上級幹部、薄全曹(はくぜんそう)が1万5千、同じく上級幹部、孟秦(もうしん)が1万5千。計3万の兵をここから5キロ先の丘陵地帯に置いている。最近まで指揮官だった董韓世(とうかんせい)という男が青龍山脈の蔡王(さいおう)瀋王(しんおう)の反乱鎮圧に回されて代わりに孟秦が入って来た。董韓世と薄全曹が指揮していた頃は盛んに攻撃してきていたが、董韓世から孟秦に指揮官が変わった途端に奴らは防御の構えに入り膠着状態が続いている」


 久壽居の説明を木曽も梵達将校も皆相槌を打ちながら真剣に聞いていた。


「奴らが防御に入ってからというもの、布陣を堅牢な構えにしてきた。俺が直接攻撃に行っても陣を破れん」


「こちらの兵力は木曽将軍が6千、久壽居将軍が1万、水主村(かこむら)下級将校が3千、十亀(とがめ)下級将校が3千、そして私(そよぎ)が3千。宝生将軍が統括なさる元木曽将軍の兵も合わせて3万」


 梵が兵力の報告をした。


「総兵力は5万5千で帝都軍が上だな。久壽居が1万で薄全曹と孟秦の陣を抜けないのなら昨日まで俺の部隊だった後方の兵1万を前線に回し数で押し切れば良かろう」


 木曽が地図を指で示しながら言った。


「いえ、木曽将軍。私の感覚ではいくら兵を増やしたところであの陣は抜けません。どうやらあの鉄壁の陣は薄全曹が孟秦に教えたものらしく守るだけならまさに刺客なしの無敵の陣です。薄全曹は冷静かつ相当な軍略家です。もし奴らの兵がもう少し練度が高ければ攻勢に転じた途端に我らは敗走するでしょう」


 戦の事は燈にはよく分からないが、久壽居が勝てない相手とは相当な者なのだろう。燈は血が騒ぐのを感じ腰の火走の柄を握った。


「ならばどうするのだ? 久壽居」


「敵の兵糧を断ちましょう。補給がなければ奴らは撤退するしかなくなります。そこを叩くのです」


「それしかないか……よし! それで行こう! 敵の兵糧輸送経路とその守備を早速確認しろ!」


 木曽が梵達下級将校に命じるとまた久壽居が口を開いた。


「それはすでに多綺響音(たきことね)により確認済みです。後は夜間にでもこっそりとこちらから少数の部隊を出動させるだけです」


「多綺??」


 響音の名を聞いて燈は真っ先に反応した。茉里も奈南も目の色を変えた。


「多綺響音には少し協力してもらっている。隠密行動において、あいつ程適した者はいないからな」


 久壽居が言うと皆納得して頷いた。


「では、その兵糧襲撃の任、わたくし、梵にお任せ下さい! 必ずや敵の兵糧を断って見せましょう!」


 燈の目の前で梵が意気揚々と言った。何故かこの男はやる気に満ち溢れている。


「うむ。こちらの指揮官が減るのは避けたいが致し方ない。梵下級将校。お前は兵を100だけ連れ、今夜西から出動せよ」


「はっ!」


 木曽の命令に梵は威勢の良い声で返事をした。


「火箸さん、君は来なくていいよ。君の任務は僕が幕舎にいる時の護衛だ。戦場では護衛は必要ない」


 梵の言葉に燈は何故か寂寞を感じた。こんな気持ちになったのは初めてである。梵に何か言ってやりたかったが言葉が思い浮かばなかった。


「敵の輸送隊を倒したらすぐに知らせろ。全軍で薄全曹と孟秦を叩く。火箸は澄川と一緒にいてやるといい」


 木曽の言葉に将校達は皆声を揃えて応えると各々解散していった。軍人らしい大きく迫力のある返事だ。

 燈は気の抜けたような返事をして梵の後ろをとぼとぼと歩いた。

 また雨が降ってきた。その雨の音がとても虚しく聴こえた。



****



《数時間前》


 単興(ぜんこう)は200名ばかりの自分の兵を連れて朝方青龍山脈から帰還して来た。単興も兵達も皆泥塗れだった。

 昨日、単興は董韓世に献策すると雨の降りしきる中兵200を連れて青龍山脈に入っていったのだ。

 董韓世は泥塗れの具足を脱ぎ、身体を綺麗にした単興を幕舎に呼んだ。現在も雨は降り続いている。


「首尾は?」


 董韓世が机に肘をつきながら訊いた。


「予定通り、蔡王、瀋王の本陣を囲むように、四方1キロの地点に塹壕(ざんごう)を掘り、枯れ木や木の葉で蓋をして参りました」


 単興の作戦とは、敵をその塹壕を落とし穴として使い、敵兵が落ちて混乱したところを叩くというものだった。敵地で落とし穴など掘っていたら敵にすぐ見付かるし、第一、こちらが塹壕より先に近付けないと反論したが、単興は冷静に作戦の詳細を語った。


 どうやら、昨日から降りしきる雨を利用したらしい。真夜中の雨に乗じて、青龍山脈の地理に詳しい単興とその部下達は道に迷うことなく目的の場所に到着し、手際良く塹壕を掘り、そして雨の止まぬうちに帰還した。敵もまさか雨の中、険しい山道を進軍してくるとは思っていないようで、見張りも手薄だった為塹壕の掘削には簡単に成功したのだ。しかも、こちらが進軍する時にその塹壕に嵌らぬように塹壕がない場所を敢えて作り、その地図も単興は作成して提出してきた。その場所には目印があり、こちらが見れば容易く避けられるということだ。


「ご苦労。後は雨が上がったら我々が通常通り進軍すれば良いのだな?」


「ええ。先鋒は私にお任せ下さい。誘導致します。もっとも、この地図を使うことはないかもしれませんな」


 単興は董韓世の机の上に広げた塹壕の位置の地図を指して言った。


「どういうことだ?」


「蔡王も瀋王も血気盛んな戦好き。我々が進軍して来たら喜んで向こうから飛び出して来るでしょう。しかも奴らは地の利があると高を括り油断します。そして『獄獣部隊(ごくじゅうぶたい)』を使うでしょうがそれこそ塹壕の餌食。今回作った塹壕は人1人の重さでは落ちないようになっております。例えば、敵が斥候を派遣した時に塹壕の上を通ってもその程度では塹壕の蓋は崩れません。しかし、獄獣や大人数の攻撃隊などが通れば蓋は耐え切れず塹壕に落ち効率的に敵を片付けられます。勿論、敵全員を落とすことは不可能ですが、幅の広い塹壕に落ちたらそこからは中々抜け出せません。敵は大混乱です。そこに我々が弓で射掛けます」


「なるほど、では俺はお前の後ろから蔡王と瀋王の泣きっ面を拝めば良いだけだな」


「その通りでございます。成功すれば3日と待たずに陛下の元へ凱旋出来ましょう」


 董韓世は声を上げて笑った。上手く行く気がする。

 実際、蔡王と瀋王は進軍の準備が整ってからというもの山から下りて来ない。平地での戦闘が苦手なのだ。平地で白兵戦となれば、例えこちらが兵の数で劣っていようと蔡王や瀋王は蒼の軍に勝てるわけがない。だから山に篭もり続け様子を窺っている。一方で董韓世は、獄獣と呼ばれる巨大な犬や犀と青龍山脈という険路が気掛かりだった。しかし、それも単興がいれば全く問題はないと思った。餅は餅屋とはよく言ったものである。

 雨も弱まってきているので近いうちに蔡王と瀋王の首も取れるだろう。


「よし! 酒でも呑もう! この雨の中身体が冷えただろう。熱い酒で温まるといい」


「はは、有り難きお言葉。感謝致します」


 董韓世は兵に酒を用意させ、単興の盃に酒を並々注いだ。

 単興は一息に盃の酒を飲み干すと楽しそうに笑った。


****

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ