第24話~どうして私の為に?~
響音はカンナから事の一部始終を聞き終わると抱き着いたままのカンナの顔を覗き込んだ。
「話は分かったよ。あたしはカンナを信じるよ。ほんと、酷い事するわね。帝都軍のクズ野郎共。ま、この件はあたしに任せなさい」
響音は微笑みながら言った。響音の優しい顔をこんな間近で見られるとはカンナは夢にも思わなかった。以前はカンナを殺したい程妬み、憎しんでいたのに。
「ありがとうございます。響音さん。でも、どうするつもりですか?」
カンナが聞くと響音は立ち上がってカンナの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「盛満に喋らせる。カンナは何もしなくていいよ。何も心配しないで、今日はもう寝なさい。明日の夜には解決してあげるから」
響音はカンナに背を向けて歩き出した。
「……響音さん、どうして私の為に」
「細かい事は気にしないの! あれ? もしかして、1人じゃ眠れない? だったらあたしが添い寝してあげようか?」
「そ、それは……大丈夫です。……あ、でも、響音さんがいいなら……」
「馬鹿。冗談よ。ちゃんと寝なさいよ? また明日来るわ」
響音はそれだけ言うと次の瞬間にはもうカンナの目の前から消えてしまっていた。響音が消える瞬間、ふわっと優しい風が吹きカンナの髪を揺らした。響音のいい匂いがした。
「……響音さん」
カンナは伸ばしかけた手を胸の前で握った。
響音とはまだ話し足りない。もっと話したい事が山程あるのだ。でも響音は行ってしまった。響音がカンナの為にこれ程までにしてくれる理由とは、かつての贖罪なのだろうか。それとも、別の理由があるのだろうか。そもそも何故ここに来たのだろうか?
カンナは響音の事を考えながら1人静かな部屋へ戻りようやく眠りに就いた。
翌朝。
帝都軍は押領司の戦線離脱の話で持ち切りだった。
それは燈の護衛する梵の幕舎でも大騒ぎになっていた。
「カンナの護衛対象だった将校が青幻の幹部に斬られて重症ってほんとかよ!? 梵将校!?」
「うん。そうみたいだよ。それで押領司上級将校の率いていた部隊を代わりに本営の木曽将軍が指揮するらしいよ」
幕舎の中で燈と梵は2人切りで話をしていた。梵は燈より歳下らしく、女の子のような可愛らしい顔をした童顔で、軍人とは思えない細身の体型で。背は燈より少し高いくらいだ。しかも性格も女々しくて、燈と初めて会った時は燈のガサツな対応や喋り方にかなり引いていた。そのせいで梵は燈とあまり喋ろうとしないものだから、護衛対象とはずっと一緒にいろと命令されていた燈は一晩中梵にちょっかいを出して遊んでいた。実際燈は、女々しい男はイラついてしまう質だったが、梵に対してはむしろ面白いとさえ思っていた。
「で? カンナはどうなるんだよ?」
「護衛任務は解かれて宝生将軍の元で謹慎中。ただ、押領司上級将校の護衛失敗は押領司上級将校と盛満殿に嵌められたせいだって澄川カンナは言い張っているらしい」
「嵌められた?」
「押領司上級将校が澄川カンナを襲ったんだって。その状況を仕組んだのが盛満殿だって言ってるらしいよ。でも証拠がないからその調査が終わって真実が明らかになるまで澄川カンナは謹慎という名の軟禁状態というわけだね」
梵の話を聞き終わった燈は部屋の入り口の扉へ走った。
「ちょっと! 火箸さん! どこ行くの!?」
「決まってんだろ? 押領司と盛満をぶっ飛ばして吐かせる!! で、カンナを助ける!! なんか文句あんのか?」
燈は止めようとした梵を睨み付けた。
「落ち着いてよ火箸さん。そんな事したら事態がより悪化するだけだよ」
梵は冷静に言うと自分のベッドに腰を下ろした。
「いい? まず君が押領司上級将校と盛満殿に手を上げた時点で澄川カンナも君の立場もより悪くなる。いや、今回護衛に来てくれたほかの生徒達の立場も危うくなる」
燈は梵の話を聞いてドアノブに掛けた手を離した。
「だけどさ、カンナが襲われたって言うならそりゃ本当だぜ? あいつ、嘘だけは言わない奴だからさ。あたしはあいつと2年も一緒にいるから分かるけど、あいつは真っ直ぐで馬鹿正直な女なんだよ! 誰よりも優しくて強い女なんだ。だから、カンナが自分の失敗を隠すために他人のせいにするなんて考えられない!」
燈は堂々と証言した。
梵はそれを聞いて何度か頷いた。
「そうなんだ。君がそう言うならそうなのかもしれない」
「大体、若い女の護衛が来たその夜にいきなり襲うとか押領司って奴はどうなってんだよ? 軍人なんだろ?」
燈は梵の目の前に来て威圧的に訊いた。そもそも軍人が民間人に手を出すなど軍人の素質に欠けるのだ。
「そうだね。確かに僕達前線の男の軍人達の気持ちとしては、自分の部屋で女の子と2人切りになったら多少はそういう気持ちになるかもしれない。でも、それは自分で制御しなければならない欲望。軍人である前に、人間として当たり前の事だと思うよ。澄川カンナの言う事が事実なら、押領司上級将校と盛満殿は然るべき罰を受けなければならない」
「なんだよ、分かってんじゃん! ……ってか、あんたももしかして、そういう気持ちになったりするのか?」
燈は1歩下がって訊ねた。
「まあ僕だって、女の子には興味はあるよ。でも、火箸さんに劣情は抱いていないから安心して」
「へー、あたしには魅力を感じないって言いたいのか? まあ確かにあたしは胸もなくて色気ないからな」
「火箸さん。僕は君に魅力がないなんて一言も言ってないよ?」
梵が物凄く困った顔をしているので燈は「冗談!」と言いながら梵の肩を叩きながらケラケラと笑った。
「梵隊長! 木曽将軍と久壽居将軍がお呼びです!」
突然幕舎に兵士が1人入って来て声を掛けてきたので、梵はすぐに立ち上がった。燈も姿勢を正した。
「いいかい、火箸さん。澄川さんの話だけど、学園の為にも帝都軍の為にも今は下手に動かないでくれ」
燈は舌打ちをした。
「分かったよ」
梵はすぐに幕舎から出て行ったので、燈も愛刀の火走と戒紅灼を持ち梵の後に続いた。
カンナの無実を証明してやりたい。しかし、燈にはどうしたらいいのか分からなかった。今は頼りなさそうな風貌の梵に従うのが良いと、何故かそう思った。