第22話~帝都軍の癌~
カンナ達は1時間の休憩を終えると震が待つ集合場所に戻り、祇堂の街の外れの帝都軍本営がある営舎に来た。
本営というだけあって大きく立派な営舎で、守備の兵達の動きも機敏で隙がない。
震に案内され帝都軍総司令官の宝生のいる建物に入った。
震はカンナ達を案内する間一言も喋らなかった。忍びの者というのは声さえも極力発さないようにするのだろう。
「おお! 良く来てくれたな! ん? 澄川カンナに後醍院茉里、それに火箸燈か! またお前達が来てくれたのか! 頼もしい! ……そちらの女性の方は……もしや、四百苅奈南か?」
宝生はカンナ達の顔を見るとすぐに嬉しそうに立ち上がった。そして宝生は、奈南に対しては何故かカンナ達以上に興味を示した。
カンナ達は両手を身体の前で合わせ挨拶をした。2年前に比べると宝生の顔はすっかりやつれており、口の周りの髭には白いものが増えていた。
「お久しぶりです。宝生将軍」
奈南が挨拶をすると宝生は奈南の前に近付いてきた。
「やはりそうか! いやぁ、お前さんと会うのは10数年ぶりか? 久壽居と多綺の3人で帝都軍の視察に来た時以来だのお! あの時久壽居を見て俺は久壽居を引き抜く事を決めたのだ。本当ならお前さんや多綺響音も引き抜きたかったのだがな」
奈南が先程言っていたのは、任務ではなく、帝都軍の視察だったのか。と、カンナ達は揃って頷いた。
「私も響音さんも軍には興味がありません。私達は自由気ままな暮らしが出来ればそれでいいのです。その自由を脅かされる時だけ、私は武器を取ります」
奈南は微笑みながら答えた。その返事に宝生は満足したように笑い声を上げた。
「よし、では、震とやら。お前は木曽将軍の護衛に戻れ」
震は頷くと営舎からすっと消えるように出て行ってしまった。
残されたカンナ達はどうしたものかとお互い顔を見合わせた。
「慌てるな。お前達の配属先も案内する。盛満!」
「はい」
宝生が声を掛けると、すぐに男が1人営舎に入って来た。その男は軍人らしからぬ身体付きで辺りにいる守備の兵達よりも大分細身だった。
「お呼びでしょうか? 宝生将軍」
「うむ。護衛の為に呼び寄せた学園の生徒達が到着した。すぐに担当の指揮官達の所へ案内してここでの過ごし方等を教えてやってくれ。早速だが諸君、宜しく頼むぞ。あとの事は全て盛満み任せてある」
「御意。さあ、さあ、それでは皆さん、こちらへ」
盛満という男は腰を低くして営舎から出て行ったのでカンナ達は一礼すると盛満の後に就いて行った。
雨が降りしきる中、カンナ達は馬を曳きながら盛満の後に続いた。
歩きながら盛満は配属先の説明を始めた。
「わざわざ大陸側までお越しいただいて誠にありがとうございます。皆様をこれから配属先へとご案内致します。配属先の指揮官が今回の護衛任務の対象となる人物です。任務中の生活はその指揮官の指示に従い、極力傍から離れないようにお願いします。あ、馬は各指揮官の元に厩舎がありますのでそちらにそれぞれお繋ぎください」
そう言いながら本営からどんどん離れている事に気が付いた燈がいち早く手を挙げた。
「なあなあ、盛満さんよー! あたしらが護衛する指揮官達はここにいるんじゃねーの? 本営からどんどん離れてるんだけど?」
「本営にいる将軍達は皆重要な役割をお持ちになっておられる偉い将軍方なので、護衛は学園の八門衆が担当してくださっております」
「八門衆?」
カンナと燈と茉里の3人は同時に首を傾げた。
「おや? ご存知ない? あなた方をここまで連れて来てくださった仮面の方が八門衆です。彼らは全部で8人います。だから八門衆というのです。彼らは忍びの技を持っておりますので護衛任務には適任なのです。彼らに任せておけばまず間違いない。それ以外のより前線で動くいわゆる上級・下級の将校達の護衛をあなた方にお任せしたいのです」
「へー、マジで震の奴結構やるんだなー。つーか、あたしらは下のクラスの指揮官達の護衛なのかよ。てっきりそいつが死んだら負け確定みたいなド偉い指揮官を護衛するんだと思ってたぜ」
燈は不満そうに口を尖らせて言った。
「いやいや、下のクラスと言えど、彼らがいなくては結果的に軍は機能しなくなってしまいます。軍の前線に不要な指揮官は1人もいないのです」
盛満の真剣な表情に燈も納得したようで大人しくなった。
「あの、これからわたくし達が行く場所は、戦に巻き込まれる事もあるという事でしょうか?」
今度は茉里が盛満に質問をぶつけた。
「まあ、前線なので我々が青幻に敗れればそうなる事もあるでしょうが、青幻の軍は武人の集団と言えど、戦はまるで素人。集団戦の動きがまだ経験不足です。到底真っ向勝負で我々帝都軍に適う筈はありません。ただ、今青幻の軍を指揮している薄全曹という男は防御に関しては得意なようで、最前線の久壽居将軍が未だに突破出来ない程堅牢な陣を敷いています」
「なるほど。つまり今は膠着状態だけれど、こちらが崩れる事は考えにくいという事ですのね」
「こちらの指揮官の誰も欠けなければですがね」
盛満はまた真剣な表情でカンナ達を見た。
「だから私達に指揮官の暗殺を防がせるのですね。全て理解しました」
カンナも真剣な表情で答えた。
盛満は歩きながら頷いた。
「ええ。宜しくお願いしますぞ。1人欠ければ今の状態が崩れるかもしれない」
「お任せください!」
カンナが力強く答えると、他の3人もしっかりと返事をした。
その直後、4人の配属先の指揮官の名前が発表された。
カンナは押領司上級将校。茉里は水主村下級将校。燈は梵下級将校。そして奈南は十亀下級将校を護衛する事になった。
どうやらこの4人の将校達を統括しているのが久壽居将軍らしい。久壽居の護衛は震とは別の八門衆の1人が就いているという話だ。
カンナ達は降り続ける弱い雨の中、本営から2キロ程離れた各将校の幕舎に別れ、それぞれの任務に就く事になった。期間は半年だ。
盛満はカンナに就いて来て護衛対象の押領司上級将校に引き合わせてくれた。
「学園から護衛任務で参りました。澄川カンナと申します。本日から半年間、宜しくお願いします!」
カンナが幕舎に入るなり挨拶をすると、中にいたガタイのいい男はぬっと椅子から立ち上がりカンナに近付いて来た。
「おお。これは期待以上に可愛い子だ! 気に入ったぞ! 盛満」
押領司は胸元の大きく開いた羽織りの内側から小さな袋をカンナの後ろにいた盛満に放り投げた。
「へへへ。ありがとうございます、押領司上級将校。あ、澄川殿、馬は私が隣りの厩舎に繋いでおくので御安心を。それでは、ごゆっくり」
盛満はそう言うと、不気味に笑いながら押領司の放り投げた小袋を懐にしまって部屋から出て行った。
押領司はカンナの顔を覗き込んできた。カンナは取り敢えずそこに直立していたが、押領司はカンナの髪の辺りの匂いを嗅いだり、カンナの身体を上から下まで舐め回すように見ると一度離れた。
「うむ! 見れば見る程良い! 顔もスタイルも香りも声も全て申し分ない! おお、外は雨だったろう。一度シャワーでも浴びて温まるといい。おい誰か! すぐにシャワーの準備をしてカンナを案内してやれ!」
押領司が大きな声で兵を呼ぶとすぐに部屋の中に兵士が現れ、カンナの持って来た荷物などを持って仮設のシャワー室へ案内してくれた。
外はすっかり日が暮れていた。
服の上からとはいえ、あんなに堂々と身体を見られたのは初めてだったので変な気分だった。相手は重黒木より年上であろう年配の男だ。だが、そこまで老けているという印象はなく、身体付きも屈強で生気が溢れていた。相手は帝都軍の将校なので何も言わずにいたがカンナは正直嫌な予感がした。押領司の口振りはカンナを護衛ではなく、軍に来た女という見方で捉えている感じだったからだ。
カンナは勧められるまま、仮設のシャワー室で温かいシャワーを浴びながら旅の疲れを癒し、一時何もかも忘れる事にした。
カンナがシャワーを浴び終わって脱衣所に出ると白いバスローブだけが用意されていた。カンナが用意していた筈のタオルや下着等の着替え、そしてカンナの大切にしている青いリボンも何故か消えていた。
不審に思いつつも、取り敢えずバスローブを着て備え付けのドライヤーで髪を乾かした。この戦場にも学園のある島とは違い、祇堂から電気・ガス・水道は引いてあるようで電池式でないドライヤーも使えるらしい。
髪を乾かし終わるとカンナはバスローブのまま押領司のいる幕舎に戻り入口から顔だけ覗かせて押領司を呼んだ。
「あのー、私のタオルと着替え……あとリボンがなくなっているのですが、どこかに片付けてしまわれたのでしょうか?」
押領司はベッドに横になって何か本を読んでいたがカンナの顔を見ると、読んでいた本を投げ捨て上体を起こした。
「ああ、君の荷物は兵に言って仕舞っておいてもらった。それより、そんな所にいないで早くこっちに来なさい」
押領司が手招きするので仕方なくカンナは中に入り押領司の前に立った。
「どうした? ここに座りなさい」
押領司はベッドの左隣りをポンポンと叩きカンナに座るように促した。
「あの……先に着替えて来ても良いでしょうか? 私この格好だと落ち着かなくて」
「駄目だ。そのまま座りなさい。あまり俺を待たせるな」
押領司が威圧的に言うのでカンナは渋々ベッドに座った。
すると押領司はカンナの肩に腕を回し身体を密着させてきた。
カンナは驚いて腕を振り払おうとしたが、この男が敵ではなく護衛対象である事を思い出しそのまま身を任せ堪えた。
「カンナぁ。お前は可愛いなぁ。いい香りもするしとてもそそるぞ。何より若い。軍人はなあ、戦が始まると女遊びが出来なくなる。戦場に相手をしてくれる女を連れて来れないからな。だから丁度、たまたま、君が来てくれて俺はとても嬉しいぞ」
そう言いながら押領司は髭面の顔をカンナの頬に擦り寄せてきた。
「あの! ちょっとやめてください! 私はそんな事をする為に来たのではありません!」
カンナは不快な押領司にはっきりと言った。
「まあ、君くらい可愛くてスタイルも良ければ少しくらい高くても構わん。いくら欲しいんだ言ってみろ? 俺はこう見えて結構金はあるぞ」
押領司は全く動じることなく、カンナの肩に回した左腕をカンナの下着を着けていない胸へ伸ばしバスローブの上から厭らしく触ってきた。
「嫌っ!」
カンナは思わず押領司の左手を手刀で打ち払った。
「おいおい? 何の真似だ? カンナ。俺は今回の護衛対象者だぞ? 君は俺を護るんだろ? 俺に手を出す事は許さんぞ? もし歯向かうなら学園に報告してもいいんだぞ? 澄川カンナは護衛対象に暴行を加えた……とな」
押領司は悪びれるどころか逆にカンナを脅迫してきた。
「そんな事! 私があなたにセクハラされた事を訴えれば」
「俺達帝都軍が嘘をつくか? 俺達は軍という組織。君は単なる個人。どちらの言葉を学園や世間は信じるだろうかな?」
カンナは押領司を睨み付けた。
「反抗的な目だなぁ、だがそれもいい! 今俺がくだらん事で前線を外れたらどうなると思う? 今保たれている均衡は音を立てて崩れるだろうよ? 今は将校の誰が欠けても不味い状況! な? 分かっただろ? 君は大人しく、ここに座っていればいいんだよ」
カンナは歯を食いしばり拳を握り締めた。本当ならもうぶっ飛ばしているというのに、押領司は言葉巧みにカンナをやり込めてきた。カンナは一度怒りを抑えて冷静になった。
「お願いです。私は好きな人としかこのような行為をしたくありません。いくらお金を貰っても絶対に嫌です。でなければ私はこの任務辞退致します」
カンナが言うと押領司は大笑いした。
「もうどうにもならんよ。諦めて言う通りにするんだな。言っとくが、大声を出しても無駄だぞ? この幕舎の周りには誰も近付かないように盛満に指示してある。ほかの将校達の幕舎もここからは少し距離があるからな」
カンナはその話を聞いて全てを悟った。この任務は盛満と押領司が組んで仕組んだ罠。もしかしたら他の3人も同じように嫌がらせをされているのかもしれない。もしそうだとしたら、燈や茉里は護衛対象の将校を殺してしまうかもしれない。カンナはそんな最悪の事態を想像したが、その間にも押領司の左手はカンナのバスローブの隙間から胸を直に触り、右手は太ももを触りそして最も触らせてはいけない場所をなぞるように厭らしく触っていた。
「いやーー!! 本当にやめて!! お願い!!」
カンナの絶叫が響いたがそれは虚しく幕舎内に留まり、カンナは大きな身体の押領司に馬乗りに押さえ付けられもがき苦しんだ。
その時、カンナの目に押領司の後ろに突然現れた何者かが映りこんだ。
その者は突然刀を振り下ろした。