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第2話~ユノティア公国からの来訪者~

 授業が終わっても光希(みつき)は戻って来なかった。

 カンナは次の授業の準備をしながら光希の帰りを今か今かと待っていた。友達を作る手伝いをすると言った矢先、1時間の授業丸々欠席となってしまった。一体光希にどんな話があるというのだろうか。カンナには想像もつかなかったが、何故か嫌な予感はした。


澄川(すみかわ)さん」


 柚木(ゆずき)の呼ぶ声にカンナはようやく我に返った。


(たかむら)さんの事が気になるのですか? 大丈夫。重黒木(じゅうくろき)総帥の事です。取って喰ったりはしないですよ」


「そんな事分かってます」


「やれやれ、澄川さん。君はいつも僕に冷たいですね」


「これが普通です」


 自分では普通と言ったが傍から見たらきっと冷たいのだろうと思いながら柚木の作られたような笑顔を一瞥した。


「まあ、いいですけど。それより、次の実技の授業は組手ですから、ペアを決めないとなりません。斑鳩(いかるが)君も次の授業には参加すると言っていましたから篁さんを除くと1人ペアが作れなくなってしまうんです。気付いていないようですが、もうほかの生徒達は訓練場に行ってしまいましたよ。つまり、君は必然的に1人。でも、今回は特別に僕がペアに」


「え!? あ、大丈夫ですよ。私(かかえ)さんとペア組みます。柚木師範は蔦浜(つたはま)君と組んでください!」


 カンナは身の危険を感じ咄嗟にその場にいない蔦浜を生贄に捧げた。


「んー? 彼は抱さんと仲良く出て行ってしまったから、それは無理だと思いますよ?」


 柚木は首を傾げ、顎に人差し指を添えて言った。


「大丈夫ですから!! 失礼します!!」


 カンナは柚木とのペアだけは嫌だった。顔はまあまあかっこいいと思うが、馴れ馴れしすぎて嫌悪感を感じる。カンナが嫌がっている態度を取ってもその行動をやめることはない。

 カンナは教室を飛び出し、他の生徒達がいる訓練場に走った。





 重黒木が学園の総帥になってからこの執務室に入るのは初めてだった。

 以前この部屋に入った時は青幻(せいげん)達に連れ去られた自分をカンナ達に救出して貰ったあとの事だった。その時は総帥は割天風(かつてんぷう)でカンナを含む何人かで部屋にいた。

 今回光希は1人で部屋に入った。


「失礼します」


 重厚な造りの扉を開けて部屋に入った。

 部屋の奥には重黒木が立っていた。そして、その傍らの来客用の2脚の長椅子には3人の人間が座っていた。その格好に光希は覚えがあった。それは忌まわしい記憶。光希は咄嗟に開けた扉を閉めようとした。


「おお! 光希! 探したぞ! 久しぶりだな!」


 この学園に似つかわしくない派手な出で立ち。陽気な話し方。逃げようと思った光希に近付いてきた背の高い男。


「カステル王子……」


「覚えていてくれたか! 嬉しいぞ、光希」


 カステルは遥か西方のユノティア公国の王子である。ユノティア公国は中立の武術国家で”騎士殺人術(ロイヤルキリング)”と呼ばれる独自の総合武術を操る小さな国である。


「カステル王子はお前に会うためにわざわざここにいらっしゃったそうだ」


 重黒木がカステルが来た経緯(いきさつ)を話した。


「どうして……ここが……?」


 光希が尋ねるとカステルは笑顔で答えた。


「君がユノティアからいなくなった時からずっと探していたんだ。何年も何年も各国を回って君を探したんだ。すると、龍武帝国(りょうぶていこく)にある孤島の学園に君がいるという事を突き止めた。光希。どうしていなくなったんだ?」


「あなたが嫌いだったから」


 光希の言葉に長椅子に座っていた2人の男が立ち上がった。それをカステルは手で制した。


「君が私の事を嫌いだったとしてもそれは関係ない。君が6つの時15だった私は君に一目惚れした。それから私はずっと君に好意を抱き続けた。でも、ユノティアの法律では君が16にならないと結婚出来ないし身分の低い君との結婚を父が許してはくれなかった。だけど父は言った。光希が16歳になってもまだ光希の事が好きならば私と君の結婚を許すと。そう、君は今16を過ぎただろ? 私の君のことをずっと好きな気持は変わらなかったよ。だから結婚出来る! 結婚しよう! 迎えに来た」


 カステルは微笑みながら言った。

 重黒木は部屋の奥で顎鬚を弄りながらカステルを見ていた。


「総帥! どうしてこの人をここに入れたんですか? 私はこの人とお話したくありません! 失礼します」


 光希が部屋を出ようとするとカステルが光希の腕を掴んだ。


「一国の王子の願いをみすみす断る事も出来ないであろう」


「そういう事だ。光希。すぐにユノティアに帰るぞ。父が盛大な結婚式を開いてくれる」


 重黒木が冷静に言うとカステルは強引に光希の腕を引いた。


「痛いよ! 私はユノティアには行かない! あんな国もあなたも大嫌い!!」


「なっ!」


 光希は強引にカステルの腕を振り払うと部屋から飛び出して行った。


「逃げるなら、力づくでも君を連れ帰る! 私はユノティア公国の王子カステル・フェルナンデス。欲しいものは必ず手に入れる!!」


 カステルの声が廊下に響いたが光希はそのまま走り去った。

 あんな男と一緒にいたくない。だからユノティアから逃げて来た。また、あの悪夢のような日々を送るのは嫌だ。





「重黒木総帥。一体どのような教育をされてるんですか? ユノティア公国の王子であるこの私にあんな態度を取るなんて」


「大変失礼致しました。私の教育の及ばぬばかりに」


「あなたに誠意があるなら篁光希を捕まえて私の前に献上してください。私はここで待たせてもらいます」


 カステルはまた長椅子に腰掛けた。

 重黒木はカステルの言葉に反応せず黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「篁光希はあなたとは結婚出来ない。ユノティアには帰りたくないと言っていました。それを無理矢理捕まえて連れてくる等私には出来ません」


 重黒木の発言にカステルと連れの2人の男は眉間に皺を寄せた。

 カステルは両膝をぱちんと叩きまた立ち上がった。


「何だと? たかが一学園の総帥如きが、ユノティア公国第一王子である、このカステル・フェルナンデスに口答えするのか? 身の程を弁えろ。ユノティアに掛かれば、こんな学園、島もろとも海の藻屑に出来るのだぞ?」


 カステルは重黒木に顔を近付け睨み付けながら威嚇した。

 しかし、重黒木は瞬き一つせずカステルを睨み返した。


「あの子を嫁に貰うならまず、親に断るのが筋でありましょう。しかし、あの子には親や親戚はいない。故に、今あの子の保護者は学園総帥である私になります。その私が許さないと言っているのです。お引き取りを」


「カステル王子、この学園は龍武帝国の一部。揉め事は避けられた方が賢明かと」


 付き人の1人が助言した。


「龍武帝国を巻き込んでまでこの話を大きくするつもりはありません。そんな事をしたらいたずらに国力を消費するだけですぞ。カステル王子」


 重黒木はまったく動揺しなかった。弱さは見せない。カステルの苛立ちは募った。


「重黒木。私を怒らせたな。国力を消費するだと? ユノティアがこんな学園と島1つ潰すだけでか? 笑わせるな! いいか? 今私は隊長マルコム率いる親衛隊20人を連れて来ている。そして、ここにいる私の側近、ザジとエドルド。全員が騎士殺人術(ロイヤルキリング)の使い手だ。私は今からこの学園の中にマルコム率いる親衛隊とザジ、そしてエドルドを放つ。力づくでこの学園から光希を見つけ出し連れ帰る。止めたければ止めるがいい。お前の大切な生徒達が騎士殺人術(ロイヤルキリング)の餌食になる前にな」


 カステルは笑いながらザジとエドルドを連れて部屋を出て行った。


海崎(かいざき)


「ここに」


 重黒木が呼ぶとカステル達が出て行った扉から男が入って来た。

 重黒木が側近として新たに雇った男だ。以前の鵜籠(うごもり)のような殺し屋ではなく、重黒木の元教え子だ。


「海崎よ、大丈夫だとは思うが念の為あの馬鹿王子を見張っておけ。”騎士殺人術(ロイヤルキリング)”という武術はまさに人を殺す為の武術だ。対峙して、負ければそれは死だ」


「心得ました」


 海崎は軽く頭を下げるとすぐに部屋から出て行った。

 重黒木は椅子に座り机の引き出しから生徒の名簿を取り出し篁光希の生い立ちを眺めた。割天風がかつて管理していた名簿にもその出身国は記されておらず、全くの正体不明であった。

 重黒木はしばらく名簿に添付されている光希の写真を眺めていた。

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