第19話~出立前夜・親友達との一時の別れ~
すっかり辺りが暗くなった頃、カンナは槍特寮に戻って来た。
つかさと食事をするという約束をしたまま重黒木の呼び出しを食らってしまったのだ。きっともう綾星と食事を済ませしまっているだろう。事情を説明して謝らなければならないと思った。
カンナがつかさの部屋をノックするとすぐにつかさが扉を開けてくれた。
「ごめん! つかさ! 総帥の緊急の呼び出しで遅くなっちゃった。ほんとごめん!」
カンナはすぐに両手を合わせて謝った。つかさの顔が怖くて見れなかった。流石に怒ると思った。
「知ってるよ。海崎さんに聞いたから。そんな、謝らなくていいよ。まだご飯食べてないから、さ、入って」
つかさは全く怒る様子もなくカンナを部屋に入れてくれた。海崎が先に話を通してくれていたというのが少し引っ掛かったが、カンナはつかさに誘われるまま部屋に入った。
部屋には綾星が鬼の形相でカンナを睨み付けていた。
「天津風さん、ごめんなさい。お待たせしちゃって」
「仕方ないですねー。総帥の呼び出しですもんねー。別に怒ってませんよー。早くそこに座ってください。お料理温め直しますから」
「本当にごめんなさい。何か手伝うよ」
「結構ですー」
綾星は怒っていないと言うがまさに激怒していた。つかさがいなければ大変な事になっていたかもしれない。
とりあえずカンナは綾星が指さした席に座った。
「気を悪くしないで、って言う方が無理だよね。綾星いつもあんなだから気にしないでね、カンナ」
つかさが気を遣って言ってくれたのでカンナはとりあえず苦笑いした。
すぐに綾星は料理を温め直してテーブルに配膳してくれた。目の前に並べられた料理は驚く程豪華でカンナは思わず笑顔になっていた。
「綾星は槍特一料理上手なんだよ。カンナの分も作ってもらったから遠慮しないで食べて」
「槍特一じゃなくて学園一なんですよー! ま、澄川さんの分もつかささんに頼まれて作っただけなのでありがたく食べてくださいね。残したら許しませんから」
綾星は殺意の篭った言葉を吐いたがカンナは素直にお礼だけ述べてその料理に視線を向けた。
見るからに食欲をそそる色合いと盛り付け。そして、涎が止まらなくなる美味しそうな香り。カンナが作れないような異国の料理が食卓には並んでいた。
「天津風さん、本当に料理上手だね! 早速食べさせてもらうね! 頂きます!」
カンナが料理を褒めた事に驚いたのか、綾星はカンナが料理に貪りつく様子を立ったまま何も言わずただ眺めていた。
つかさも綾星の料理に箸を付けた。
「美味しい!! こんなに美味しい料理を毎日食べられるなんてつかさ幸せだね!」
「そうだね。それは本当に感謝してるよ。ほら、綾星も座って、一緒に食べよう」
カンナとつかさの食べっぷりを眺めていた綾星はいつの間にか笑顔になっており、つかさの隣りの席に腰を下ろし、自らも食事を始めた。
「私はつかささんと2人切りで食べたかったんですげどー、澄川さんがそんなに喜んでくれるなら、今日のところは特別に仲良くしてあげますー」
綾星はカンナの顔こそ見なかったが、どうやら少しカンナに心を開いてくれたようだった。
「ありがとう、天津風さん。ところで、このエビの料理、なんていうの? 今度作り方教えてくれない?」
カンナは大きなエビのソースが掛かったおしゃれな料理を食べながら言った。
「オマール海老のアメリケーヌソースですか? まあ、澄川さん如きに作れるかは分かりませんがー、いいですよー、教えてあげますー」
「ありがとう! 私、頑張る!」
カンナがグッと拳を握って見せるとつかさがクスリと笑った。それに釣られて綾星も笑ったのでカンナもよく分からないが一緒に笑っておいた。
料理も食べ終わり、綾星とつかさが片付けを始めたのでカンナも手伝った。つかさには明日の任務の準備があるから早く帰れと言われたが、まだ余裕があるからと無理やり手伝った。
「明日からの任務、つかさと一緒が良かったなぁー、って思ったんだけど、そうなるとつかさ、村当番から帰ってきたばかりだから凄く大変になっちゃうんだよね」
カンナはつかさの隣りで皿を洗いながら話し掛けた。
「そうだね。実際それが理由で今回は呼ばれなかったって、海崎さんが言ってたよ。別に私は構わないんだけどな」
「私は嫌ですよー、せっかくつかささんが戻って来たのに、またすぐ居なくなっちゃうのは……この部屋で、この学園で寂しい想いはしたくないですよー」
洗い終わった食器を棚に戻していた綾星が寂しそうな声で言った。
「ありがとう、綾星。ま、そういうわけで、今回は綾星と1ヶ月ぶりの学園生活をゆっくり楽しむわ。カンナ、メンバーは仲の良い人ばかりなんでしょ?」
「う、うん。後醍院さんと燈と四百苅さん」
「それじゃあ安心だ。危険な任務だから気を付けてね。応援が必要だったらすぐ呼んでね」
「うん! ありがとう! つかさ!」
カンナはつかさの優しい言葉に笑顔で応えた。
つかさと綾星の部屋を後にして、ようやくカンナは自分の部屋に戻って来た。
「……ただいま〜、ごめん、光希。遅くなっちゃった……」
玄関の扉を開けると美味しそうな匂いがした。
「おかえりなさい。遅かったですね」
光希は先に風呂に入ってしまったのか、濡れた髪を下ろし、ピンク色の可愛らしいパジャマに着替えて寝転がりながら漫画を読んでいた。
テーブルの上には2人分の食事が用意されていた。
やってしまった……とカンナは思った。
「先にお風呂入っちゃいました。あと、ご飯作っときました」
「ごめん光希! 今日私の夕食当番だったね」
カンナは両手を合わせて光希に頭を下げた。
光希は読んでいた漫画をパタンと閉じてカンナの方を見た。
「それはいいです。私達の当番制はあってないようなもの。それより、遅くなるなら連絡くらいしてくださいよ。お腹ペコペコです」
「ごめん、あとね……もう1つ、謝らないといけない事があって……もうつかさのところでご飯食べて来ちゃったんだよね……」
「えーー!!?」
光希は流石に身体を起こし、信じられないという表情でカンナを見た。
「本当にごめん。本当はもっと早く戻るつもりだったんだけど……色々あってね……」
カンナは唖然とする光希に一部始終を説明した。
「緊急任務……ですか。それは急ですね……。なら仕方ないです。そっか、明日から私1人かぁ。カンナは上位序列だから村当番はないと思ってたから油断してたなぁ。まさか別の任務とは」
光希はガッカリして肩を落としていた。
「元気出して! 私がいない間にさ、桜崎さんや祝さんともっとたくさん遊びなよ! 私がいない事はマイナスな事ばかりじゃないよ!」
カンナは光希の肩に手を置いた。
「うーん。そうですね、そうします」
光希は寂しそうだが首を縦に振ってくれた。少し前の光希ならもう少し駄々をこねただろう。それがすっかりカンナ以外の友達を作る事が出来たお陰で少し成長してくれた。
「じゃあ、私、ご飯食べ終わったらカンナの荷造り手伝います。カンナの分のご飯は明日のお弁当に詰めてあげますね」
「ごめんね、ありがとう。光希」
光希が食事を始めたので、カンナは荷造りに取り掛かった。
光希が食事の片付けまで終わらせて荷造りを手伝いに来てくれた。しかし、鞄に詰める物は一通り詰め終わったので後は忘れ物がないか確認するだけだった。
光希が持ち物を列挙してカンナがそれを今一度確認する事になった。
半年も外出するとなると割りと大荷物ではあるが、カンナは出来るだけ持ち物を少なくした。あまり大荷物が好きではないのだ。
「カンナ、ブラはさ、これだけでいいの?」
「いいのよ、どうせ女の子の生徒しかいないし、外出歩く時だけ着ければ。それに荷物減らしたいから」
光希があまりにも少ない下着の数に疑問を持ったらしいが、カンナは特に気にしていなかった。
「じゃあ、パンツも減らせば?」
「いや! パンツは穿くでしょ?」
光希はカンナのパンツを1枚両手で広げて言った。
「カンナってどーせスカート穿かないからいいんじゃない? それに、カンナって露出狂だし」
光希が小馬鹿にしたように笑った。
「誰が露出狂よ! スカート穿かないからとかそういう問題じゃないでしょ! 流石にパンツは外でも中でも穿きます!」
カンナは顔を赤くしながら怒った。
光希はケラケラと楽しそうに笑った。
「そういえばカンナ、斑鳩さんとはどこまで進んだんです?」
「えっ!? い、いきなり何なの!?」
光希が調子に乗ってとんでもない事を訊いてきたのでカンナは思わず大声を上げた。
「もうカンナ処女卒業したのかなーと……ちょっと興味があって」
光希が完全に女子トークのテンションになっているようでニヤニヤしながらカンナの答えを待っていた。
「……してない」
「え?」
「だから、キス以外はしてないの。してくれないの」
「何でですか!? 2年間も付き合ってて1度もですか!?」
光希の驚きは最もでカンナ自身も未だに身体に触れてさえ来ない斑鳩に不満を抱いていた。その理由も良く解らなかった。斑鳩には性欲がないのかとさえ思った。
「男の人って、みんなすぐに女の子に手を出すのかと思ってました。そっかぁ、だからカンナ、ずーっとムラムラしてたんですね」
「そうなのよ……って! ちょっと! 別にムラムラしてないけど!?」
「隠さなくてもいいですよ、私カンナがエッチなの知ってますから。そりゃあずっと一緒の部屋で暮らしてきたんですから、カンナがいつも1人で」
「それは乙女の嗜みなの! 毎日歯を磨くようなものなの! それに、知っててもお互い言わないのがマナーでしょ!! 私は気付かないフリしてあげてたのに!!」
光希が暴走し始めたのでカンナは光希の口を手で抑えた。すると光希はすぐにカンナの手を口から外し、カンナに飛び付いて押し倒してきた。
「ちょっ!? 光希!?」
「寂しいんですよ!! 不安なんですよ!! 私!! こうやってカンナに冗談とか言ってられる時間が大好きなんです。だから、今回の任務でカンナがもし死んじゃったら……って、思うと」
抱き着いてきた光希の目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「死なないよ」
カンナは優しくも力強く答えた。
「私がそう簡単に負けると思う? 私は体術では負けないから」
光希はカンナの言葉を聞いて、何も言わずに抱き締めてきた。
「ははは、カンナって相変わらず体術に関しては強気ですよね。そういうところ、大好き!」
光希はいつの間にか笑顔になっていた。光希が笑顔を見せる事も増えていた。カンナと同じく光希も昔は笑顔を見せなかった。だが、カンナと一緒に暮らすようになって光希にも自然な笑顔が増えてきていた。
「私も頑張るから、光希もしっかりね! 勉強もちゃんとしなよ!」
「分かりました。カンナが帰ってきた時にビックリするくらい変わってみせますよ!」
「楽しみにしてるよ!」
光希はそれからしばらくカンナに抱き着いたまま笑っていた。カンナも一緒に笑ったが、光希の笑顔に名残惜しさが込み上げてきた。
しばらくはこの部屋ともお別れ。光希の笑顔も見られない。しかし、今は任務をしっかりと熟す事。カンナはそれをしっかりと胸に刻んだ。