第17話~親友の帰還と気になる男~
斑鳩が学園から出立して1週間が経った。
恋人と1週間も離れ離れになってしまい、カンナの寂しさも一入だった。
そんな時、何故だか1人の男の事を思い出してしまった。
和流馮景だ。
以前、和流に絵のモデルを頼まれてからこれまで和流に会っていない。まだ絵は完成していないはずだから、何度か声が掛かると思ったのだが、その様子はまるでない。
柚木に邪魔をされて和流も諦めてしまったのだろうか。
和流の事が気になり、カンナは放課後、槍特寮へ響華を駆けさせた。
槍特寮の前まで来てカンナは響華を止めた。自分から和流を訪ねるのに少し抵抗があった。別に好意がある訳では無い。だから斑鳩を裏切る事にはならない。そんな事を考えていると背後から声を掛けられた。
「お! カンナ! 元気だった? 私に会いに来てくれたのかな?」
振り向くとそこにはカンナの愛しい親友の斉宮つかさが馬に乗って微笑んでいた。
つかさの顔を見て、つかさの村当番の任務は昨日までで、今日が帰還する日だった事をカンナは思い出した。
「あ、つかさ! 今日村当番から戻る日だったね! おかえりなさい!お疲れ様!」
カンナはつかさの馬の背に積まれた大荷物を見て労いの言葉を掛けた。
しかし、つかさはカンナの様子を見て「ただいま」と返事をしたがあまり嬉しそうではなかった。
「私に会いに来たんじゃなさそうだね。一体槍特寮に何しに来たの?」
カンナとつかさは親友だが、つかさはカンナに対して他者よりも特別良くしてくれる。しかし、今回カンナがつかさの帰りを待っていたわけではないという事を瞬時に見抜かれてしまったようで、つかさは不服そうな顔をしていた。もちろんつかさの事を忘れていたわけではないが、和流の事が気になり過ぎて失念していたのだ。カンナは自分の失態に苦い顔をした。
「カンナがここに来る理由……。綾星じゃないだろうし、あとは男達しかいない……。じゃあなんだ?」
つかさは唇に指を当てて考え始めた。
正直に言うべきか。カンナは逡巡したが、つかさに隠し事はしないと約束したので正直に話す事にした。
「実はね……和流君に絵のモデルを頼まれたんだけど、絵はまだ完成してないはずなのに、1週間も連絡ないからどうしたのかな……と思って来てみたんだ」
「馮景? あいつ……裸になれとか言われなかった?」
「え!? あ、い、言われてないよ?? ははは」
本当の事を言うべき時とそう出ない時があるという事をカンナは咄嗟に悟った。今本当の事を言えばつかさは間違いなく和流を殴りに行くだろう。カンナはそこまでして欲しいとは思っていない。和流が嫌いなわけではないのだ。
「ならいいけど……私に初めて会った時なんてヌード描かせろとか言ってきたからカンナも言われたんじゃないかと思ってさ……まぁ、私は言われた瞬間にぶちのめしたけどね」
なるほどと、カンナは苦笑し軽く頷いた。
「でも……良く許したね。絵のモデルなんて。カンナって結構男の子からのお願い断ってたよね?」
「ああ、今回はね、色々助けてもらっちゃったからお礼に何かするって私から言ったんだよ」
カンナは簡単にユノティアの一件をつかさに説明した。
「へぇ……確かにユノティアの王子一行が浪臥村の港に来てたけど、まさか学園でそんな事件を起こしてたなんて……。でも、皆無事なら良かった」
つかさはカンナに馬を寄せ肩にポンと手を置いた。
「つかささん!!」
槍特寮の中から声が聴こえたので、カンナとつかさは同時に声のする方を見た。
見るとそこには嬉しそうな顔をした腰までの長い赤髪を風に靡かせた天津風綾星がこちらに走って来ていた。
しかし、綾星はカンナの顔を見るやいなや頗る不快そうな顔をしてつかさの元に駆け寄った。
「つかささん! おかえりなさい! 待ってましたよ〜! ……なんでその人と一緒なんですか?」
綾星はつかさへの愛が異常で、カンナがつかさと仲良くしているのを見ると毎回不快そうな顔をする。 それ故カンナは綾星の不快そうな顔に慣れてしまい、今では何も感じなくなっていた。
「綾星、そういう顔するな。カンナは私じゃなくて、和流君に用があるんだって」
綾星はカンナの目的がつかさじゃない事を聞いてあからさまに嬉しそうな顔をした。
「な〜んだ! そうですよね〜。澄川さんは男の子好きですもんね〜。じゃあ、さっさと和流さんの所行ってください。多分部屋にいるんじゃないですか? 知りませんけど」
綾星は相変わらずカンナを邪険に扱い、つかさ以外には全く興味を示さない。
つかさは馬から降りると手網を曳いて槍特寮の隣の厩舎へ歩き始めた。
「カンナさー、馮景の用事済んだら一緒にご飯食べない? 私はシャワー浴びてるからさ」
「もちろん!」
カンナが嬉嬉として答えると、綾星の射抜くような視線を感じた。
「え〜、私つかささんの為にお料理用意して待ってたんですよ〜。2人で食べましょうよ〜」
綾星は厩舎へ移動するつかさの服の裾を引っ張りながら言った。
「ありがとう、綾星。でもね、私は1ケ月も大好きな2人と離れ離れになってたんだよ? 今日くらい3人で仲良くしようよ。綾星はカンナの用事が済むまで一緒にお風呂入ろうか!」
つかさは不平を並べる綾星の肩に腕を回し耳元で囁いた。すると綾星は顔を真っ赤にして唇を噛み締めた。
「本当ですか!? やったー!! つかささんとお風呂……わ、私が身体の隅々まで洗ってあげますよぉ〜!!」
つかさは綾星の暴走に慣れた様子で頭にチョップを入れて黙らせ、またカンナを見てウインクした。
「じゃ、またね、カンナ」
つかさは綾星と共に厩舎の中に消えていった。
カンナは響華を入り口のところで降りて繋ぎ、槍特寮の中に入って行った。槍特寮の敷地はこの学園の4つの寮の中で最も広く、寮の建物の他に立派な建物が1件ある。それは、学園序列1位の神髪瞬花専用の建物で、彼女が不在の現在は使われていない無人の建物である。
そんな豪奢な建物を横目に、カンナは槍特寮の中の階段を上り2階にやって来た。和流の部屋は序列27位の十朱太史と同じ部屋らしい。和流の部屋の表札の字は達筆で流麗だが、十朱の字は乱雑に書き殴られた文字が辛うじて読み取れるといった具合だ。
カンナは和流の部屋の扉をノックした。
「澄川です。和流君いますか?」
するとすぐに扉が開いた。中からは満面の笑みで和流が出迎えてくれた。
「澄川さん! まさか君から訪ねてきてくれるとは! 感動だな! うん! どうしたの?」
「いや、どうしたの……って、まだ絵が完成してないと思うけど、なんの連絡もないから様子見に来たの。絵はやめたの?」
「なんて優しいんだ! 澄川さんは! いや、実はね、あれから柚木師範に澄川さんには近付くなって釘を刺されたんだ……冗談で言った『ヌードになって』ってのをいつまでも脅しの材料に使われるんだよな」
和流は苦笑しながら頭を掻いた。
「まあ、冗談でも女の子に言っていい事と悪い事があるからね。でも、私は気にしてないのにそこまでするなんて柚木師範はやり過ぎな気がするなぁ」
カンナの目にふと和流の部屋の様子が写った。どうやら荷造りをしているようだ。せっせと部屋の奥で十朱が荷物を纏めていた。
「あれ? 和流君どっか出掛けるの?」
「ああ、なんかさ、急遽村当番になっちゃってさ。今村当番にいる東堂さんと入れ替えなんだって。ついさっき言われて明日朝には東堂さんを学園に連れて来ないといけないらしい」
和流はやれやれと両手を広げて首を振り溜息をついた。
確かに今日つかさが村当番から戻って来たので、今朝から村当番が交代になっていた筈だ。それを1日足らずで交代させるとはよっぽどの事があったのだろう。
「斑鳩さんもこの前急遽任務で島外に行っちゃったし、今回の村当番変更も突然なんだね。何かあるのかな? 東堂さんともう1人の生徒も交代?」
「いや、今回は東堂さんと弓特の櫛橋叶羽っていうちっこい女の子なんだけど、交代は東堂さんと俺だけみたいなんだよ。まあ、学園は東堂さんに用があるんじゃないかな? 別にいいけどさ、俺は。いつも俺の村当番の相方は男だから今回は楽しいと思うんだ。絶対!」
和流は面倒くさそうではあるが、村当番の相方が女の子なのであまり落ち込んではいないようだ。
「櫛橋さんに手出しちゃ駄目だからね!」
「ああ、大丈夫だよ! お話するだけだから」
和流はカンナに注意されても笑顔だった。
「あのさ、柚木師範に止められてても、私は別に絵のモデル嫌じゃないからね。いつでも声掛けてね。約束した事だからさ。最後までやらないと気になっちゃって」
カンナが恥ずかしそうに言うと、和流はすっと手を差し出した。
「ありがとう! 澄川さん! 村当番から帰ったらこっそりまたお願いしに行くよ」
カンナは和流に差し出された手を握った。
「村当番、頑張ってね!」
自分は何故この男にここまでしているのだろう。そんな疑問が頭を過ぎったがすぐに部屋の奥からの声でその疑問も掻き消された。
「和流さーん! いつまで女の子とイチャイチャしてるんですかー!? 村当番行くのは和流さんなんですから、ちゃんと荷造りやってくださいよー! 代わりに俺が澄川さんと話しますよ」
「ああ、悪い悪い! じゃ、澄川さん、また一月後に」
和流はニコリと微笑み扉を閉めた。
扉が閉まった瞬間、カンナは1人の気配を感じた。
「海崎さん?」
槍特寮の廊下には重黒木の側近である海崎が黒づくめのコートを来て立っていた。
「こんな所にいたのか。探したぞ。悪いが急用だ。一緒に総帥の所に来てくれ。もうほかのメンバーも揃っている」
「ほかの……メンバー?」
カンナは首を傾げたが、海崎は詳細を話さず踵を返し歩き始めたのでとりあえず海崎の後について行く事にした。