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第16話~蒼に仇す影~

 兵力は総勢20万に達していた。

 ”(そう)”という国を建国した時は1万とちょっとだったが、青幻(せいげん)の力が世に轟いてからは続々と己の腕に自信のある者が蒼に加わって来た。気付けばあっという間に兵力は20万を超えていた。

 澄川孝顕(すみかわこうけん)という男は実にいい世界を作ってくれたと、青幻は思った。

 澄川孝顕のお陰で己の武力で全てが決まる時代になった。”銃火器等完全撤廃条約じゅうかきとうかんぜんてっぱいじょうやく”を我羅道邪(がらどうじゃ)の作った”(てい)”という国以外は各国が忠実に守っていた。その為、蒼の武人達は他国よりも秀でた力を持つ事が出来た。まさに青幻が描いた武術国家が完成したのである。

 ただ、上手くいかなかったのは、割天風(かつてんぷう)が死んだ事により、彼が作り上げた武人の学園を利用出来なくなった事。解寧(かいねい)の復活を阻止され、死者の軍団を手に出来なかった事。そして、青龍山脈(せいりゅうさんみゃく)蔡王(さいおう)瀋王(しんおう)を未だに帰順させられていない事だ。

 2年前に反逆した蔡王と瀋王への制裁は龍武帝国帝都軍りょうぶていこくていとぐんとの戦闘が激化した為見送らざるを得なかった。

 また、つい一月前には、龍武帝国領土内を移動中の輸送部隊100騎が、ユノティア公国のたった20騎程度の部隊に軽く蹴散らされた。

 青幻は水色の髪を風に揺らし、焔安(えんあん)の城壁の上に立っていた。隣には顔に痛々しい大きな傷のある刀を背負った男、上位幹部の孟秦(もうしん)がいた。

 孟秦は2年前までは中位幹部だったが、その後の戦果により上位幹部へと昇進した。現在幹部の座に就く者は10人で、上位幹部が”孟秦”、”董韓世(とうかんせい)”、”簿全曹(はくぜんそう)”の3人、中位幹部が”程突(ていとつ)”、”馬香蘭(ばこうらん)”、”黄蒙(こうもう)”、”公孫麗(こうそんれい)”、”張謙(ちょうけん)”の5人。そして、下位幹部が”劉盤(りゅばん)”、”劉雀(りゅうじゃく)”の兄弟の2人である。本来幹部は13人と決めていた。上位が2人、中位が5人、下位が6人。2年前に学園との戦闘に送り込んだ中位幹部の4人は全員死んだ。そこで下位幹部から4人を補充、よく働いた孟秦は特別に上位に上げた。力も上位幹部として申し分ない。そして中位幹部に補充した分の下位幹部を4人兵の中から選抜して入れたが補充した下位幹部3人はあっという間に元学園の生徒である多綺響音(たきことね)に暗殺された。そして、もう1人は輸送部隊を率いさせていたがユノティア公国の部隊に敗北し殺された。

 青幻は蒼建国以来あまり上手く事が運んでいなかった。最優先でやるべき事は多綺響音を排除する事だ。しかし、多綺響音は神技(しんぎ)神速(しんそく)を持っている。上位幹部でも刺し違える事が出来るかどうかだろう。確実に殺すのであれば青幻自身が出向くしかないが、王という立場上もはやそう簡単には動けない。国を作った以上、政治というものもしなくてはならないのだ。

 青幻は城壁の上の石の手すりに肘を置き、青龍山脈を眺望した。


「多綺響音は私が始末致しましょう」


 青幻の心の中を読んだかのように孟秦が言った。


「あなたは2年前、彼女の戦いぶりを見たのでしょう? 董韓世と2人して何も出来なかったではありませんか」


 青幻は孟秦の方を見ずに青龍山脈を眺望したまま皮肉を込めて言ってやった。


「確かに、あの時は何も出来ませんでした。しかし、殺すだけなら何も正面からではなく、計略を巡らせるという方法もあります」


 孟秦は直立したまま言った。


「計略……ね。まあ、それしかないでしょうね。あなたを含めた上位幹部3人を使えば真正面からでも殺れるでしょうが、残念ながら今は帝都軍との交戦で董韓世も簿全曹も動かせませんからね」


 孟秦は黙って青幻の指示を待っていた。


「計略は馬香蘭に任せましょう。行きなさい」


「御意!」


 青幻が指示を出すと孟秦はすぐに城壁から降りて行った。代わりに下位幹部の劉雀が昇ってきた。


「陛下! 報告致します。蔡王の元に送り込んでいる間者の報告によりますと、青龍山脈の蔡王と瀋王に何やら不穏な動きがあるとの事。戦の準備をしているとか」


 劉雀は片膝を付き、両手を身体の前で合わせ報告してきた。

 狙いは間違いなく蒼であろう。帝都軍との戦に乗じて青幻の首を狙っているのだ。

 青幻は劉雀の方を見た。


「困りましたね。やる事が次から次へと増えていく。仕方ありません。青龍山脈には2万の兵を当てます。指揮官は董韓世と単興(ぜんこう)。対帝都軍の指揮官は引き続き簿全曹。董韓世の抜けた穴には孟秦を入れます」


「御意!」


 劉雀はすぐに城壁を駆け下りて行った。

 単興は斥候部隊の副隊長だが、青龍山脈の地形を熟知している。行軍にも単興がいなければ5日の工程も倍は掛かる。また、董韓世がいれば蔡王と瀋王が連携して襲ってきても負ける事はない。この機会に完全に青龍山脈を手中に治める。蔡王と瀋王は従わなければ処断してしまえば良い。

 青幻は1人になった城壁からまた青龍山脈を眺めた。





 学園では新しい序列が公開された。

 なんでも、下位の生徒同士で序列仕合が行われ序列の変動があったらしい。

 新序列は次の通りだ。


 序列1位、神髪瞬花(かみがみしゅんか)

 序列2位、斑鳩爽(いかるがそう)

 序列3位、(あかね)リリア

 序列4位、澄川(すみかわ)カンナ

 序列5位、斉宮(いつき)つかさ

 序列6位、後醍院茉里(ごだいいんまつり)

 序列7位、火箸燈(ひばしあかり)

 序列8位、和流馮景(せせらぎふうけい)

 序列9位、瀬木泪周(せきるいしゅう)

 序列10位、東堂宏臣(とうどうひろおみ)

 序列11位、桜崎(さくらざき)アリア

 序列12位、天津風綾星(あまつかぜあやせ)

 序列13位、四百苅奈南(しおかりななみ)

 序列14位、(かかえ)キナ

 序列15位、仲村渠龍(なかんだかりりゅう)

 序列16位、矢継玲我(やつぎれいが)

 序列17位、新居千里(にいせんり)

 序列18位、水無瀬蒼衣(みなせあおい)

 序列19位、蔦浜祥悟(つたはましょうご)

 序列20位、祝詩歩(ほうりしほ)

 序列21位、七龍陽平(しちりゅうようへい)

 序列22位、蓬莱紫月(ほうらいしづき)

 序列23位、櫛橋叶羽(くしはしとわ)

 序列24位、逢山東儀(あやまとうぎ)

 序列25位、篁光希(たかむらみつき)

 序列26位、扶桑拓登(ふそうたくと)

 序列27位、十朱太史(とあけたいし)

 序列28位、摂津優有(せっつゆう)

 序列29位、霜月(しもつき)ノア

 序列30位、魁清彦(さきがけきよひこ)

 序列31位、暁総二郎(あかつきそうじろう)

 序列32位、柳楽昌平(やぎらしょうへい)

 序列33位、靨梨果(えくぼりか)

 序列34位、日比谷暝(ひびやめい)

 序列35位、栗花落依綱(つゆりいづな)

 序列36位、八重樫蒼士(やえがしそうし)

 序列37位、藤宮凛湖(ふじみやりんこ)

 序列38位、浅黄(あさぎ)ミモザ

 序列39位、水本京介(みずもときょうすけ)


 序列の変動があったのは、序列30位と序列29位。新参の弓特生、霜月ノアという女が魁清彦という体特の男を下し昇格したらしい。

 序列仕合は生徒同士の仲が良くなってくると行われない傾向にある。現在序列29位以下の生徒は過去2年以内に入学して来た生徒で、お互いに思い入れもなく、ほぼ無感情でお互いを敵視出来る関係なのだ。


 現在序列1位の神髪瞬花が失踪中、また、序列2位の斑鳩爽が瞬花を捕縛する任務に序列18位水無瀬蒼衣と序列22位蓬莱紫月と共に学園を不在にしており、序列40位はカンナが学園に来て以来欠員となっている。

 カンナは放課後掲示板で新序列を確認した後、1人で体特寮へ戻った。親友の斉宮つかさはまだ学園のある山の麓にある浪臥村(ろうがそん)という村を守る”村当番”から戻っていない。

 カンナは体特寮の自分の部屋の扉を開けた。


「ただいまー」


 部屋を開けるとケチャップのいい香りが漂っていた。


「おかえりなさい」


 夕飯当番の光希はツインテールをゆらゆら揺らし、台所でフライパンを手に、チキンライスを炒めていた。光希がフライパンを動かすとオレンジ色のチキンライスは宙を舞った。


「もしかして、今日オムライス?」


「そうですよ。カンナの大好物」


「わあ! やったー! 光希の作るオムライス私大好き!」


「別に……大したことないですよ」


 カンナの歓喜に光希は照れながらもフライパンを操った。


「手伝うよ!」


 カンナが靴を脱ぎ、手を洗いながら光希に言った。


「大丈夫です。もう出来ますし」


「あ、そう。じゃあその間にお風呂沸かしてくるよ」


「それも大丈夫です。さっき沸かしときました」


 光希がいつになく気が利くのでカンナは少し不思議に思った。


「色々やってもらっちゃって悪いね。今日はどうしたの?」


 カンナが聞くと光希は炒め終わったチキンライスを皿に丁寧に盛り付け、今度はボウルに用意していた卵を溶いたものをフライパンに入れ焼き始めた。


「最近カンナ元気ないから……少しでも喜んでくれたらいいなって思って……」


 光希は赤面しながらボソボソと言った。


「え……? 私そんなに元気なかった?」


 カンナは首を傾げた。


「ないよ。斑鳩さんがいなくなっちゃったからだと思うけど。寂しそうな目してるし。それに何だか……その、欲求不満なのかな……って」


 光希はカンナの方を一切見ずに黙々とオムライスを作り続けた。


「ああ……ごめん。顔に出てたんだ。気を遣わせちゃってごめんね、光希。まあ寂しいけど仕方ないからね。任務だし。私達学園の生徒は授業と任務を受ける事が義務なんだから……うん、仕方ない! 元気出す! あ、あと、別に欲求不満ではないから!」


「無理しなくていいよ? 私で良ければ話聞くし……その……溜まっちゃうと思うから……私の漫画貸してあげるよ?」


 光希は皿に盛り付けたチキンライスの上に焼き上がったふわふわの卵を乗せながら、心配そうな顔でカンナの顔をチラリと見た。


「いや、私BLには興味ないから……」


 光希の普段読んでる漫画は男同士の恋愛を描いたもので、たまに目に入ってしまう絵柄はなかなか激しいもので子供には到底見せられないようなものだった。光希は2年前からその漫画を持っていた気がする。


「それじゃあ……水音(みお)の漫画は?」


「水音の……って、グロいのはもっと興味ないよ」


 かつてこの部屋で一緒に暮らした周防水音(すおうみお)の遺品の漫画を光希は形見のように大切に持っていた。水音の趣味は光希より理解し難く、猟奇的な内容で人間の屍体に性的な行為をするものや、酷い拷問をする描写があるようなものばかりだった。


「そっかぁ……新しい道を見つければ寂しさも紛れると思ったんだけど」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫! 篝気功掌(かがりきこうしょう)使いのこの私は感情も性欲のコントロールだってお手のものなんだから」


 カンナが胸を張って言うと光希は怪訝そうに目を細めて見てきた。


「ほんとかなー? 私、カンナがむっつりなの知ってるんですよー? たぶん私なんかより断然……」


「ああーー!! もういいよ!! この話は終わり!! あ! ちょうど光希のオムライスが出来たね! 美味しそう! 冷めないうちに食べよう!」


 カンナは光希の話を強制的に打ち切りオムライスをテーブルに運んでスプーンを握った。光希は話を逸らされて不満そうに口を尖らせながらテーブルの前に座った。


「それじゃあ頂きます!」


 カンナはオムライスを一口頬張った。ケチャップの効き具合と卵のふわふわの舌触りがなんとも言えない幸福感を与えてくれた。


「美味しいよ! 光希!」


「良かったです」


 カンナの賛辞に光希は照れ臭そうに微笑んだ。


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