第14話~隠匿する関係~
校舎前の掲示板の前が騒がしかった。
放課後。いつも静かな掲示板の前に人集りが出来る時は大抵学園内の生徒達が関心を持つ出来事があった時だ。
”序列仕合”
この学園の核とも言える”序列”を変動させる唯一の方法。生徒達は自分の強さの象徴でもある序列を上げるために日々上位序列の生徒に挑んでいる。
しかし、今回掲示板に掲出されている事は序列仕合の予定や結果ではなかった。
「この前の試験の順位か……」
澄川カンナは人集りの後ろの方から掲出されている先週行われた座学の筆記試験の順位を見た。周りからは喜びの声や落胆の声が聴こえてきた。
「カンナ、私、何位?」
隣りで一緒に掲示板を見に来た篁光希は背が低いので爪先立ちをして前方の生徒達の間から掲示板を見ようとしていたがまるで見えないようで、光希より背の高いカンナに声を掛けてきた。
「えっとね……31位」
「え……!?」
現在39名所属している学園で31位という事は下から数えた方が早い順位だ。それに今は序列1位の神髪瞬花が行方不明になっており不在で実質38名が受験した事になる。
光希はしゅんとして俯いたが、またカンナを見た。
「カンナは?」
カンナは自分の名前を探した。生徒の名前が縦に並んでいる表を下から順に見ていった。
「あ……! 6位だ」
カンナはその順位の高さに笑みを浮かべた。
「いいなぁ、カンナ。まあ、カンナは頭良いし……夜も部屋で勉強してるからね」
光希は肩を落として呟いた。
確かに勉強はしているが元々頭が良いというわけではないと思っている。死んだ父が政治家だったので、政治面に関しては得意だがそれ以外は並だと思っていた。
「光希、次の試験では頑張ろう。私も勉強手伝ってあげるから」
「あ、えっと……私の事は気にしなくていいよ」
光希はカンナの誘いをやんわりと断ろうとしてカンナから目を逸らした。
「駄目だよ! ちゃんと勉強しなくちゃ!」
光希は体術こそ優秀だが、勉強に関してはからっきし駄目でいつも部屋では漫画を読んでいる。多少の教養は身に付けないと光希が将来学園を出て大陸側に行った時に困る事になるのだ。
光希は迷惑そうにそっぽを向いて長いツインテールを指で弄っていた。
カンナがその様子に溜息を付いていると何やら騒がしい男の声が耳に入った。
「おっ! 澄川さん6位かー! 俺は7位! くそぉ、勉強でも負けたか」
その男はカンナの肩に手を置いて馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「あ、和流君。身体の具合大丈夫?」
「ああ、大丈夫! まったく、死ぬ気で勉強したのに……上には上がいるんだな」
「偉いよね、和流君。かなり危ない状況だったのに試験勉強しっかりやるんだもん。でも、あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
カンナの中でユノティアの事件以来、和流馮景の株は大きく上がった。重症だったが驚異的な回復力でほんの数日で授業に復帰したらしい。
「ありがとう! 澄川さん! なんて優しい言葉なのだろうか! あ、そうそう、澄川さん、1つお願いが」
「”デートして!” は、駄目だよ?」
カンナは和流の考えを先読みして笑顔で断った。
和流も笑顔のまま固まってしまった。きっとお願いしたい事を先に言い当てられ、しかも拒否されて困っているのだろう。
「うーむ、残念。まあそれもそうなんだけど……澄川さん、ちょっとこっち来てくれる?」
和流に呼ばれカンナは怪訝に思いながらもついていくことにした。
「光希ごめん、先に寮に戻ってて」
カンナは光希にそう言うと和流の後について校舎裏に到着した。
カンナは辺りを見回した。
「へー、こんな人目のないところで何するの? 和流君?」
カンナは疑いの眼差しを和流に向けた。
しかし、和流は余裕そうな表情で堂々と腕を組んでカンナを見ていた。
その端正な顔立ちと綺麗な瞳がカンナを戸惑わせた。
「な、何なの? 何か言ってよ。そんなに見詰めないでよ。恥ずかしいから」
カンナが顔を赤くしながら照れていると和流の口がようやく開いた。
「澄川さん、絵のモデルになってください!」
「え!? 絵の……モデル?? 私が??」
和流の突拍子もない発言にカンナはつい大きな声を出して驚いてしまった。
「ずっと描きたかったんだよ。澄川さんの容姿は俺の理想とする完璧なものなんだ。ああ、もちろん、タダとは言わない! お礼はするよ」
確かに、和流は絵が趣味らしく、良く1人でキャンバスを立て、筆を動かしている姿を見掛ける。しかし、いつも描いているのは風景画のはずだ。突然人物画が描きたくなったという事なのだろうか?
「なんで急に人物画なの? いつも風景画じゃ」
「俺は美しいものを描いてるだけであって風景画しか描かないわけじゃないよ。美しければ人物も描く。最近は美しいものが風景しかなかっただけさ」
分からなくもない理屈だと思った。しかし、そうなると余計に恥ずかしい。カンナはまた顔を赤らめた。
「この前の澄川さんの戦いぶりを見て、”美”を感じたんだ。篝気功掌っていう体術は美しい体術だと思った。そして、それを使う澄川さんもまた美しい」
カンナは自分を褒められた事よりも、篝気功掌を褒められた事に対する嬉しさで気分が一気に良くなった。
「分かった。いいよ」
「いいの!? ありがとう! やっぱり澄川さんは優しいなー!」
和流はカンナの許可を得て狂喜乱舞し小躍りを始めた。余程嬉しかったのだろう。
「それじゃあ早速美術室に行こうか!」
「あ、今からなの? まあ用事はないから少しくらいなら構わないけど」
和流は満面の笑みで頷きながらペラペラと篝気功掌を褒め称える言葉を並べながらカンナを美術室へと誘った。
この学園には美術の授業も存在する。故に美術室という部屋も存在するのだ。師範は以前までは弓特師範の神々廻が全クラスを担当していたが、神々廻が2年前に疾走した後はその師範の任を引き継いだ元序列2位の美濃口鏡子が担当するようになった。
美術室はデッサン用の彫像や他の生徒達が描いた油絵等がきちんと整理されて飾ってあった。カンナも授業で何度か入った事のある場所だが、和流と2人切りで入るというのがいつもとは何か違う雰囲気を醸し出していた。
和流がいそいそとキャンバスや筆などの画材を用意し始めた。
「ところで、私はどんなポーズすればいい?」
「そうだね……まずは、服を脱いでもらおうか」
「服をね……え!?」
和流の何気ない一言にカンナは今まで出したこともないような変な声を上げて驚いた。
「何で服を脱ぐのよ??」
「美術のモデルと言ったらヌードモデルじゃないか! ははは!」
和流は至って真面目な顔で言ったがカンナの顔は真っ赤だった。
「駄目! 聞いてない! ヌード? 冗談じゃないよ! 別の人に頼んでよ!」
カンナは呆れて部屋の出口に向かった。
「ま、待って! 澄川さん、冗談だよ! 冗談! そんなに怒らないで戻って来てよ」
和流が慌ててカンナを呼び止めたのでカンナは立ち止まり和流の方を振り向いた。
「悪い冗談はやめてよね。まったく。裸なんて好きな人にしか見せないよ」
カンナは何か余計な事を言った気がしたが、手遅れだった。
「好きな人……斑鳩さんの事かな?」
和流は顎に手を当ててニヤリと笑った。
カンナは自分の口に手を当てた。いらぬ話をしてしまったと後悔したが和流はさらにその話を掘り下げようとしてきた。
「とりあえず澄川さん、そこで篝気功掌の構えして。……で、斑鳩さんと本当のところどうなの? 付き合ってるの?」
カンナにポーズの指示を出すと和流はキャンバスの前の椅子に座り、鉛筆でサラサラとカンナの素描を始めた。
カンナは言われた通りに篝気功掌の構えをしてみた。
「付き合ってるとかそういうのはないよ、私と斑鳩さんは先輩後輩の関係だから」
カンナの顔はまだ真っ赤だった。和流が相槌を打ちながらカンナをチラチラと見て描いているので視線が恥ずかしいくらいに突き刺さってきた。
「へー、付き合ってないんだね。じゃあさ、俺と付き合ってくれない?」
「え!? いきなり……何言ってるの!?」
和流の突然の誘いにカンナは言葉を詰まらせた。和流の好意を感じてはいたが、まさか付き合いたい程カンナの事を好きだったとは思わなかった。
「澄川さん今フリーなんでしょ? だったらいいじゃん? それとも、俺じゃあ嫌?」
和流の鉛筆を動かす手は止まっていた。そしてカンナを真剣な眼差しで見詰めていた。カンナは恥ずかしさで和流の目を直視出来なかった。
「……あ、あの、実は……」
カンナが斑鳩との事を話そうとした時、背後に気配を感じた。
「おやおや、澄川さんに和流君。こんな所で2人きりで何をやっているのですか?」
部屋に入って来たのは体特師範の柚木だった。完全に疑いの眼差しをカンナと和流に向けていた。
「あ、柚木師範。ちょっと澄川さんに絵のモデルを」
「いけませんねー、男女が2人きりでそんな事。和流君、君からは下心しか感じません。澄川さん、何かされたり言われたりしませんでしたか?」
柚木はカンナの前に来て心配そうに声を掛けてくれた。
「別に……何にもされてないし、言われてませんよ?」
カンナが答えると柚木は首を傾げた。
「そうですかねー? 僕には”ヌードになれ”とか”付き合え”とか、あまり宜しくない言葉が聴こえたような気がしたのですが?」
「いや、それは」
和流の反論を遮るように柚木は続けた。
「とにかく、澄川さんが嫌がるような言動、行動は担任の師範として見逃せません。澄川さん、今日はもう帰りなさい」
柚木はカンナの意見も聞かずに背中を押して退出を促した。
「ちょっと! 柚木師範! 俺はまだ用が」
「くどいですね、和流君。文句があるなら、僕を倒してしまったらどうですか?」
柚木は和流を顧みてニヤリと笑った。
「は? 何でそういう話になるんですか!?」
「ここは、そういう学園のはずです。力こそが全て。生徒であろうが師範であろうが関係ない。まあ、僕は不純異性交遊を取り締まってるだけですから何の落ち度もないのですがね」
和流はそれ以上何も言い返せず柚木に押されて部屋を出るカンナを見ているだけだった。
「柚木師範、私……」
「いいんですよ。澄川さん。君は斑鳩君と付き合っているのでしょう?」
廊下を歩きながらカンナは思わず身体をビクッと震わせた。
「ふふ、まあ、お互いが同意の上なら僕も止めたりはしませんよ」
柚木の声は優しかった。しかし、何故だかカンナは柚木の顔を見る事が出来なかった。隠し通すべきか。それとももう手遅れなのか。カンナが無言で考えているとまた柚木がカンナの背中を押しながらまた口を開いた。
「ところで……その斑鳩君なんですがね、急遽今日この後、島外へ行ってもらう事になりました」
突然の発言にカンナは流石に驚き柚木の顔を見た。
柚木は相変わらず目を細め、薄ら笑いを浮かべてカンナを見ていた。




