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序列学園Ⅱ~とある学園と三つの国~  作者: あくがりたる
龍蒼決戦の章《船上編》
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第132話~謎の科学者、雲類鷲刹那~

 斑鳩(いかるが)蒼衣(あおい)の乗った走舸(そうか)は、カンナと茉里(まつり)が乗り移った大型の楼船(ろうせん)のすぐ後ろをピッタリとくっ付いて追走していた。

 蒼衣が放った特殊な糸が結ばれた矢が楼船の船体に突き刺さっている。糸の反対側は走舸の船首に括り付けられているので楼船に引っ張られる形で同じ速さで追走出来ているのだ。


「斑鳩さん。私を連れて来て良かったでしょ? とりあえずこれで澄川さん達は見失わないですね」


「ああ、助かるよ。ありがとな」


 斑鳩は蒼衣に礼を言うと、立ち上がって走舸から楼船へと飛び移る算段を考え始めた。


「それだけ?」


 背後から不服そうな蒼衣の声が聞こえた。

 斑鳩はまたかと溜息をついて振り返る。


「礼は言っただろ。何が不満なんだよ」


「斑鳩さんて、私の事嫌いなんですか? 学園では他の女の子達に凄く優しいくせに。さっきからずーっと私に冷たい。つまんない」


「お前……今はそんな話をしてる状況じゃないだろ。俺への不満なら学園に帰ったら聞いてやる」


「学園に……帰ったら……か」


 蒼衣は突然今までの勢いをなくし寂しそうに俯いた。


「どうした?」


「私は学園に帰れないかもしれない。だから、今ここで、答えを聞かせてください」


「学園には俺が連れ帰る。心配するな。それとも、何か帰れない理由でも?」


「いいから! 私の事どう思ってるんですか? 答えてくれないと大声出しますよ?」


 蒼衣の目は本気だった。

 学園に帰れないというのは自分が蒼の内通者だからという事なのだろう。その答えに関しては斑鳩の中ではまだ出ていない。蒼衣が内通者だと知っているのにこうして一緒に行動し、学園に連れ帰ろうとしているのは明らかに正義の行動ではない。斑鳩自身も学園を裏切り蒼に加担している事になる。

 だから今は蒼衣が内通者かどうかは知らないふりをしてるし、問い質す事もしない。現に蒼衣はカンナと茉里を救出する事に協力してくれている。

 しかし、今ここで大声を出すという行動は、斑鳩のカンナと茉里の救出を妨害する事にほかならない。

内通者だろうが、そうではなかろうが、今邪魔されるのは非常にまずい。

 そして、斑鳩はいい加減蒼衣の我儘にもウンザリしていた。


「大声を出すだと? それがどういう事か分かってるんだろうな?」


「分かってますよ。斑鳩さんの邪魔をするんです。邪魔されたくないですよね? なら、私の言う事聞かないと」


 蒼衣が言い終わる前に、斑鳩は蒼衣の口を左手で押えその場に押し倒した。


「ん!? んんん!?」


「邪魔されるのは困る。邪魔する奴は始末しなきゃな。だが、お前は学園の仲間だ。俺は今でもそう思ってるからこうして連れて来た。仲間だから殺しはしない」


「んん……んんん!」


 蒼衣はじたばたと暴れるがその細腕では斑鳩の屈強な肉体を振りほどく事は出来ない。

 斑鳩は右手の革の手袋を前歯で噛んで器用に外す。


「お前はこうして欲しかったんだろ? こんな時に発情しやがってこの性悪女」


 今まで口にした事のないような暴言が、口から零れていた。蒼衣は驚いたように目を見開いて暴れるのをやめて大人しくなった。


「ん、んん……ん」


 何か言っているがもうこの女の言葉を聞く必要はないだろう。

 斑鳩は蒼衣の口を左手で抑えたまま馬乗りになり、蒼衣のスカートの中に右手を入れ、下着の隙間から指を入れた。柔らかくて熱い。そしてヌルヌルとして水気を帯びている。この生々しい女の感触は斑鳩にとって実に2年ぶりだ。


「んんん!!!」


「少しお仕置が必要だよな、お前には。まあ、お仕置というよりはご褒美になるのかもしれないが、お前がやめて欲しいと懇願してもやめない。お前の意識が飛ぶまで続ける」


「んん……」


 蒼衣は抵抗しない。受け入れたのか。それならこちらとしては好都合。こんなやり方は不本意だが、斑鳩の中で切れてしまった何かを今更止める事は出来なくなっていた。自分は悪くない。悪いのはこの女だ。


「俺には時間がない。さっさとイケよ。性悪女」


 斑鳩の罵声は蒼衣へはどう聞えたのだろうか。蒼衣は目を瞑って大人しくしている。蒼衣の漏らす吐息は斑鳩の耳にだけ届き、あとは波の音がかき消してくれた。




 ♢



 部屋はアロマの匂いがキツい。こんな部屋には長居は出来ない。同じ部屋にいる真っ白な学者のような女でさえハンカチで鼻を覆っている。何の為のアロマなのかは分からないがとにかく不快だ。

 机の向かいに座っている(さん)小龍山脈しょうりゅうさんみゃくで会った時とか同じ目元と鼻を隠す黒い仮面を着けている。

 学者の女が言うには以前の記憶は消してあるそうだ。それが何の為なのかは説明されなかったが、どうやらこの参という女は、焔安(えんあん)焔王宮(えんおうきゅう)にいる丁徳神(ていとくしん)越楽神(えつらくしん)と同じ人造人間でその調整が難しいのだろう。

 まったく気味の悪い存在だ。柚木(ゆずき)は参という女に嫌悪感を抱くようになった。


「参様。この後僕はあなたと共に焔安に行き、陛下に後醍院茉里(ごだいいんまつり)を差し出したら澄川(すみかわ)カンナと自由にして良いのですよね?」


 確認の為に投げ掛けた質問に、参は何故か首を傾げる。


「ん? 澄川カンナも陛下に差し出すんだよ。澄川カンナと後醍院茉里の2名と外園伽灼(ほかぞのかや)の骨片」


「あと消氣剤(しょうきざい)の調合法もですよ?」


 参の言葉に白い学者も付け加えるように言う。


「澄川カンナを差し出すというのは聞いていませんよ?」


 柚木は糸のように細い目を見開いて参を睨む。


「私はそう聞いている。話が違うと言うのなら直接陛下に言えばいい」


 参の口元は機械的に動いているが、仮面のせいで表情は分からない。


「僕はカンナを好きにしていいと言われたから危険を冒してまで学園の情報を蒼に流し、こうして必要なものを持って来たのです」


「私に言うな。知らん」


「あなたじゃ話にならないですね。えーと」


 柚木は参の斜め後ろに立っている白い女に視線をやる。


雲類鷲(うるわし)です。雲類鷲刹那(うるわしせつな)


「雲類鷲さん。陛下は本当にカンナも差し出せと仰ったんですか?」


「ええ。私もそう聞いています」


 雲類鷲はニコリと微笑んだ。


「そんな事、話が違いますね。カンナも渡すと言うのであれば、後醍院茉里も外園伽灼の骨片も消氣剤の資料も渡すわけには行きません」


 柚木は腕を組み雲類鷲を睨む。


「あらー、それは困りましたねー。反逆ですか? あなたはこの船が蒼の船であなたの部下は付き人の彼以外乗り込んでいない事をお忘れですか?」


 雲類鷲は笑顔で言う。


「陛下は君に褒賞を渡すと言っていた。別に君の努力を労わないわけではない」


「そんな褒賞などいりませんよ。僕が欲しいのはカンナだけです」


「まあまあ、そう目くじらを立てず。先に外園伽灼の骨片と消氣剤の資料を私に渡して頂けますか?」


「お断りします」


 雲類鷲が手を出てきたが柚木は腕を組んだままそれを無視する。


「あららー。どうしよっか、参ちゃん」


 雲類鷲は腰に佩いていた刀の柄を握る。


「裏切り者は殺していいと言われている」


 参は座ったまま動く気配はない。


「君達2人に僕が殺せますか?」


 柚木も座ったまま動かない。それでいて、参と雲類鷲の挙動を注視している。参が出来る奴だとは知っていたが、学者の雲類鷲からも武人の圧を感じるので下手に動けない。


「いや……やめましょう。無駄な争いです」


 柚木の言葉に雲類鷲は刀の柄から手を離した。


「賢明なご判断です。柚木さん。そうですよ、命は大事ですよ」


 雲類鷲は相変わらず笑顔で言った。

 参は鼻で笑う。

 柚木が戦闘をやめた理由。それは部屋に充満したアロマの匂いだ。しばらくこの不快な匂いを嗅いでいたせいで目眩がするのに気が付いた。今下手な事をすれば、もしかしたら参に殺されるかもしれない。

2人を殺すのは部屋を出てから蒼に到着するまでの間でも遅くはない。

 まずは雲類鷲を殺す。この女がどうも厄介だ。一体何者なのだろう。


「じゃあ、外園伽灼の骨片と消氣剤の資料を渡して」


「渡すとは言っていません。僕が直接陛下にお渡しします」


 柚木は立ち上がると雲類鷲に背中を向けて言った。


「……そう……残念だわ」


 雲類鷲は小さく呟いた。


「失礼します」


 柚木はそのままアロマの匂いが酷い部屋を後にした。




「あの男。気持ち悪いわね。仮にも今まで生徒として接してきた女の子と駆け落ちしようなんて」


 雲類鷲は柚木が退出すると腰の刀の鍔を親指で押したり引いたりしながら苛立ちを顕にした。


「反逆の意思は明らか。さっさと片付けてしまった方がいいんじゃないかな」


 参は立ち上がると部屋の隅に立て掛けてあった方天戟(ほうてんげき)を掴んだ。


「そうよね。じゃあ参ちゃん。柚木を任せるわね。多分私じゃ殺せないと思うから」


「多分じゃなくて十中八九不可能だよ」


「言うわねー。なら私は柚木の付き人の男が邪魔しないようにしておくわね」


「別に邪魔されても私は負けないけど」


「それもそうね」


 雲類鷲は参の素っ気ない返しにも無邪気な笑顔を見せた。



 ♢



「失礼します」


 大型船に移ってから1時間くらいが過ぎた頃、部屋の前で待機していた(えんじゅ)が扉から顔を出してきた。


「後醍院さん。澄川さんはどちらに?」


 1人ベッドに腰掛けていた茉里は黙って槐へ顔を向ける。


「お風呂ですわ」


 答えるとまたすぐに槐から顔を逸らす。


「本当ですか?」


 しかし、槐は茉里の答えに疑問を持ったのか部屋の中に入って来た。


「何ですの? 持ち場を離れていいんですの?」


「私の役目はお2人を見張る事。あなたを見張りにして澄川さんがここから抜け出そうと画策していないとも限りません」


 槐はズカズカと部屋の中を歩き回り辺りを念入りに調べ始めた。

 そして、浴室の方へと向かった。


「ちょっと、流石にそこを覗くのはわたくしが許しませんわよ?」


「あなたの許しなど必要ありません」


 槐は茉里の忠告を無視して浴室の扉を開ける。


「え!? 何ですか!?」


 そこには裸でシャワーを浴びているカンナの姿。


「ごめんなさい澄川さん、この男が勝手に入って来て」


「すみません。後醍院さんの言う事は本当でしたね。疑ってすみませんでした」


 槐は頭を下げるとそそくさと部屋から出て行った。


 カンナはシャワーを止めた。


「焦りましたわ。やはりあの男は定期的にわたくし達の様子を観察に来るようです。澄川さんの機転がなければ危なかった」


「私も後醍院さんと槐って人の声が聞こえなかったら服を脱ぐの間に合わなかったよ」


 カンナは裸のまま浴槽の蓋の上に乗り、天井の換気扇の蓋を外した。カンナの裸は以前も見たが、何度見ても美しく女である茉里の心を掴んで離さなかった。


「ここから出られそう。どこに繋がってるかは分からないけど。人が1人ずつなら通れそうな通気口があるの」


「そ、そうなんですね。それじゃあ、今度はわたくしがその中を調べますわよ」


 カンナの裸に見とれてしまっていた茉里はカンナの言葉に本来の目的を思い出し赤くなっている頬を押さえる。


「大丈夫。このまま私が調べるよ」


 カンナは換気扇の蓋を浴槽の蓋の上に置くと、今度は換気扇をガチャガチャと弄り始めた。


「あー、あの、先に服を着た方が……風邪を引きますわよ」


 目のやり場に困った茉里は近くにあったバスタオルをカンナに差し出す。


「そうだね。ありがとう」


 カンナは差し出されたバスタオルで身体を拭き始めた。


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